さよならだけが人生だった



 拍子抜けするほどあっさり手に入れてしまった。
 台座から解き放たれた白銀の刀身が木漏れ日を跳ね返す。控えめな装飾ながらも高貴さを感じさせる紫の柄は、指にぴたりと吸いつくようで、リンクは前にもこの剣を手にしたことがあるような気がした。
「おお……マスターソードを抜いた主こそ、まさしくハイラルの勇者。厄災ガノンに対抗できる唯一無二の存在じゃ」
 柔らかそうな木肌の唇が動き、言葉を紡いだ。ハイラル大森林の奥に鎮座まします巨木デクの樹は、退魔剣マスターソードの守り神でもあった。
 いつの間にかまわりに集まっていたコログと呼ばれる森の精が、一斉に体を揺らす。まるで勇者の誕生を祝福するように。鈴の転がるような音が森中に響いた。
 その中心でリンクは、空を映した色の瞳でじっと手の中の剣を見つめている。後頭部で結んだ長めの金髪だけが、かすかな風に吹かれて動いた。
「どうした? 実感がわかぬか」
「……そうみたいです」
 彼は素直に頷いた。この手に感じる重みは確かに本物のはずなのに、なんだか気持ちがふわふわしている。その理由は高揚感――だけではない。
 マスターソードを持つ者にはきっと、責任という重さがつきまとう。今はまだ感じていないけれど、確実にそれはある。
 年若き勇者を見下ろし、デクの樹は目と思われる部位を細めた。
「ならば、森を出て王に報告するが良かろう。時が経てば、自ずから分かることじゃ」
「そうします。ありがとうございました、デクの樹様」
 リンクは一礼し、剣の台座に背を向けた。
 一歩踏み出してから、何かに気づいたように振り返る。
「デクの樹様は、一万年前の勇者に会ったことがあるのですか」
「いや、残念じゃが。かの勇者が降臨したのは、儂の三代ほど前……になろうかのう」
 長寿を誇る森の精霊すら知らないということは、この世に生きる誰も「勇者」を知らないと言うことだった。
 果たして自分がそんな称号を得て、無事にやりきれるのだろうか? リンクの胸には不穏な疑問が湧いてしまう。
 迷いの森を抜けてハイラル大森林の入り口まで戻ってきたところで、彼は立ち止まった。緑の海の中に、珊瑚のような赤色が輝いていた。「彼女」がこちらに気づいた拍子に腕から伸びる長いひれが揺れた。
「リンク!」
 ぱたぱたと足音を立て、嬉しそうに駆け寄ってきたのはゾーラの里の王女ミファーだ。リンクは目を丸くする。
「ミファー? どうしてここに」
「リンクを迎えにきたの」
 王女様が、わざわざ? と首をひねったリンクに微笑みかけると、ミファーは彼の腕に抱えられた白い包みを覗き込んだ。
「マスターソード、リンクが抜いたんだね」
 彼はうなずき、布をめくった。一万年という長い眠りについていたはずなのに、退魔剣はたった今打ち上がったかのような輝きを放った。
 わあ、とミファーが歓声をあげた。そのきらきらした瞳を見るうちに、リンクはだんだん、デクの樹が言うところの「実感」がわいてきた。
「勇者になったんだね。おめでとう!」
「ありがとう。これでミファーの仲間になれたよ」
「うん。リンクと一緒に戦えるの、すごく嬉しい」
 台詞通りの表情で微笑む彼女は、可憐な見た目に反して立派な戦士なのだ。神獣ヴァ・ルッタを操作できるゾーラ族の英傑でもある。その苛烈な槍さばきを見たことのあるリンクは、彼女と肩を並べられたことを誇らしく思う。
 ミファーは不意に、つま先立ちをしてリンクに顔を寄せた。小柄な彼女とは、それでやっと目線が並ぶ。
「どうしたの、突然」
「リンク……前に会ってから、背が伸びた?」
 少し不満そうに顔をしかめるミファー。リンクは首を振った。
「いや、別に。前って言っても、あれから一ヶ月しか経ってないよ」
「そうだよね。私の気のせい……だよね。リンク、なんだかどんどん先に行っちゃうから」
 リンクは目をぱちくりさせた。
「騎士学校に入ってから、大人っぽくなったよね。それで今度は勇者になって。正式な騎士になったら、どんどん私と離れちゃうのかな。少しさみしいな……」
 うつむくミファーを元気づけたくて、彼は口を開く。
「確かに会える時間は減るかもしれないけど、僕はミファーに追いつけたみたいで嬉しいよ。お姫様にこんなこと言うのは変かもしれないけど」
 大真面目に答えると、
「もう、リンクってば」
 なぜかミファーは盛大に照れていた。リンクは反応に困って唇を引き結ぶ。
 ミファーははっとして、彼の瞳を覗きこんだ。
「とにかく、背が伸びてないなら服のサイズは変わってないよね」
「服?」
「お城に帰ったら、英傑の正式な結成式があるんだよ。そこで英傑の服を王様から賜るの」
 リンクははたと気づく。
「もしかして、ミファーはそのことを僕に伝えに……?」
 彼女はこっくりうなずいた。
「ゾーラの姫をわざわざ使いに出すなんて。僕、そんな身分じゃないのに」
 険しい表情になるリンクに、彼女は慌てた様子で両手を広げた。
「気にしないで、私が王様に申し出たの。とにかくリンクに一番に伝えたかったから」
「そ、そう」リンクは少し赤くなった頬をかいた。
「それで、ここからが大切な話なの。もしもリンクがマスターソードを抜くことのできる勇者だったら、ゼルダ姫付きの近衛騎士隊長に任命する……って王様がおっしゃったの!」
 リンクの心臓が大きく跳ねた。
 ゼルダ姫。聡明と博識で知られる、今代のハイラルの王女だ。そして、厄災の復活が間近というこの時代、英傑たちや勇者と同じく人々にとっての希望の象徴である。
 そんな王女直属の近衛騎士隊、その長という身分。王女に近衛隊がいるとは聞いたことがないので、おそらく新設するのだろう。その初代隊長とは――あまりに輝かしい肩書きである。
「そう、なんだ」
 しかし、リンクの返事はぎこちなかった。ミファーは不安そうに、
「嬉しくないの……?」
 彼は「そうじゃない」と答える。
「もちろん嬉しいよ。でも僕、ちょっと前に騎士学校を出たばっかりで……そんなこと、本当に夢にも思ってなかったから」
 三年間の騎士見習いを経て勇者となり、そして近衛騎士だ。ステップアップの幅が広すぎて、自分でもついて行けていない。
 だが、この大抜擢は、裏返せばそれだけ王に期待をかけられているということだ。身が引き締まる思いだった。
 にわかに緊張の面持ちになるリンクを励ますように、ミファーが彼の手をそっと握った。ゾーラ族の少し低めの体温が心地よい。
「大丈夫、リンクならできるよ。私、信じてる」
 リンクははにかんだ。ミファーには勇気づけられてばかりだ。治癒の力を持つだけでなく、人格そのものが癒やしの属性を帯びているかのようだった。
「三日後に、城で英傑五人の顔合わせと結成の儀があるの。その次の日に、騎士の任命式をやるみたい。これから忙しくなるね」
 相づちを打ちながら、リンクは布越しにそっとマスターソードに触れた。
 騎士。ついに自分は騎士になれる。騎士団長をつとめた父や、周りから望まれた通り、仕えるべき主人にこの剣を捧げるのだ……!



「よお、相棒!」
 リンクが時間前に集合場所の城下町噴水広場へ行くと、ゴロンの英傑ダルケルに迎えられた。
 彼とは三年ほど前に知り合い、ともに苦難を乗り越えた仲だ。旧知の友を見つけたダルケルは大きく口を開けて笑った。
「お前ついに勇者になったんだよな! やるじゃねえか」
「ダルケル、声が大きいって……」
 リンクは身を縮め、周囲を見回す。案の定、道行く人々は立ち止まり、二人を遠巻きにしている。好奇の目線がちらちら向けられ、話し声も聞こえてきた。
 あれが例の勇者様。本当にお若い。あんな若者に任せて、ハイラルは大丈夫なのだろうか。でも勇者に頼らないと、姫様の方は――
 予想以上に噂が立つのが早い。大森林からミファーとともに帰還し、ハイラル王に報告した際、マスターソードは城に預けてきた。今のリンクはただの騎士見習いのはずなのだが。露骨に注目を浴びて、居心地の悪さを感じる。
「一応、まだ勇者とも騎士とも認められてないんだから……」
「いいだろ、自慢できることなんだぞ。堂々と胸を張れ!」
 ダルケルは大岩のような腕で騎士見習いの背中をばんばん叩いた。リンクが弱りきっていると、別の声が躍り出る。
「そんな調子じゃ、これから心臓がいくつあっても足りないよ、勇者様」
 現れたのは背の高いゲルド女性だ。浅黒い肌に、ルビーを溶かしたような赤髪がよく映えている。
「ウルボザじゃねえか。遅えよ」
 ダルケルが反応し、リンクは黙って一礼した。ウルボザは涼しい顔だ。
「ヴォーイを待たせるのはヴァーイの仕事だよ。そっちの彼が、例の勇者様だろ」
「ああ、俺の相棒だ!」
「リンクと申します。今は騎士見習いをしています」
 ウルボザは南西にあるゲルドの街を治める族長と聞く。以前、街の近くまで行ったことがあるが、男子禁制の掟があったため入れなかった。彼女とは初対面であるが、向こうはリンクのことを知っているらしい。
「でも、明日には御ひい様の近衛騎士、しかも隊長様だろ。そうかしこまらなくてもいいよ。あんたの噂、前から聞いてた。三年くらい前にゲルドの街にも来たろ」
「はい。武者修行の旅をしていました」
「ちょうどその頃、俺と出会ったんだ。あの時はゴロンシティの厄介な問題を解決してもらってよ」
「ふうん、それで相棒ねえ」
 年上のダルケルから対等に扱われ、気恥ずかしくなったリンクが町並みに目線を泳がせると、見慣れた少女が駆けてくるのが見えた。
「みんな、お待たせ!」
 ミファーだった。水の中に暮らすゾーラ族は全身を覆う衣服は身につけないが、その分装飾品にこだわる。今日の彼女は、王女らしく華麗な文様の頭飾りをつけていた。
 彼女は英傑たちにあいさつすると、リンクにとびっきりの笑顔を向けた。
「そういえばリンク、騎士になったらお家はどうするの? 騎士見習いの宿舎は、もう引き払うんだよね」
「引っ越すつもり。下宿先を父が紹介してくれたんだ」
「なら、今度遊びに行くね」
「きっと何もないと思うけど……」
 仲よさげな二人の様子を、ウルボザとダルケルは珍しそうに眺めていた。
「あの二人、確か幼なじみだったね」
「リンクもリラックスできてるみたいだな」
 広場に四つもの種族が集まって談笑しているのは、多種族国家ハイラルでも珍しい光景だ。足早に石畳の上を歩き去る人々も、それとなく注目している。
 集合時間になった。ウルボザが空を仰ぐ。
「まだ来てないのは――」
 その時、そよ風がリンクの髪を揺らした。それはすぐに頬を切り裂きかねない突風に変わる。さらには敵意の混じった気配を感じ、彼は思わず身構えた。
 英傑たちと街の人々が見守る中、噴水の上に青い一筋の風が舞い降りた。
「おや、空を飛べない英傑様たちが仲良くお揃いのようで」
 ふざけた調子の明るい声が降ってくる。発したのは、青い羽毛を持つリト族の青年だ。
「お前もだろ、リーバル」
「遅れて来てその言葉はないだろう?」
 ダルケルとウルボザがそれぞれに苦言を呈する。リーバルは五英傑の最後の一人だった。彼は噴水の縁に降り立ち、腰に手をあてる。
「だいたい、こんな場所じゃなくて、城に直接集合すればいいだろ。そうすれば僕は翼でひとっ飛びだ」
 いかにも尊大な物言いだった。他の英傑たちとのあまりの違いにリンクは困惑し、初対面の彼をぼんやり見つめる。リーバルが無造作に投げかけた目線はちょうどリンクのところで止まり、赤く縁取られた目がすうっと細められた。
(なんだ……?)
 何かリンクに言いたいことがあるのかもしれない。横からダルケルが呆れたように口を挟んだ。
「お前はそれでいいかもしれねえけどな。英傑は団結しなけりゃガノンに勝てねえ。俺たち五人の仲を、民に知らしめるのも重要だ」
「リーバル、仲良くしよう?」
 ミファーも困ったような声色で頼み込むが、リーバルは何故かリンクを注視したまま、
「お断りするよ」
 すぱっと言い切る。そしてやってきた時と同じように一人で羽ばたき、大空へと舞い上がって行った。
 リンクは彼の自由すぎる態度に呆気にとられ、腹を立てるのも忘れた。風を切って飛ぶ姿をただ見上げる。
「仕方ない奴だねえ。追いかけるか」
 ウルボザはしかめっ面で歩きはじめた。
「リンク、行こ?」
 ミファーに袖を引かれてリンクは我に返る。
「ああ、うん」
 敬礼する門番の横を抜け、四人はハイラル城正門をくぐった。先頭を歩いていたダルケルが振り返る。
「そういえば、明日はリンクの騎士の任命式だろ。それが終わってから、俺たちだけで古代の儀式を真似てみようぜ」
「古代の儀式?」三人は顔を見合わせた。
「一万年前に勇者が誕生した時、当時の姫が勇者を祝福する儀式をして力を授けたって故事があってだなあ」
「ダルケルあんた、よくそんなこと知ってるね……」
 ウルボザが目を丸くすると、ダルケルは胸を張った。
「リンクが名誉ある称号をもらったんだ、相棒としては黙ってられねえだろ」
 当の本人は肩をすくめた。自分よりも周りが盛り上がっている気がしなくもない。
「でもそれって、御ひい様がいないとできない儀式だよね」
「俺から頼んでみる。なあに、賛成してくれるさ。姫さんだって、俺たちと団結しないといけないんだから」
 ミファーがこっそり隣の幼なじみに話しかける。
「面白そうだね、リンク」
「内輪でやるだけなら、まあいいかなあ……」
 雑談しながらのんびりと坂を上り、四人はハイラル城本丸にたどり着いた。
 一足先に来ていたリーバルは何食わぬ顔で合流し、英傑たちは王のもとに参上する。王の他には王女ゼルダ、重臣たち、シーカー族の研究者までもが勢揃いしていた。
 立派な白髭をたくわえたハイラル王は、当代におけるガノン討伐の責任者であり、王国の象徴である。英傑たちは気を引き締めてひざまずく。
「よくぞ参った。ここに五英傑が集ったことは、厄災ガノンとの戦いにおいて大いなる助けとなろう」
 人々の間にはほどよい緊張と安堵が満ちていた。ガノン復活が予言されてから、約十年――やっとハイラル最強の布陣がそろったわけだ。
「まず、ゾーラの英傑ミファーをここへ」
「はい」
 ミファーは姫らしい優雅な足さばきで進み出る。ハイラル王は部下から受け取った包みを差し出した。
「そなたに英傑の服を与え、神獣ヴァ・ルッタの守護者とする。常に民を守り、ガノンを滅するために働くのだ」
「はい!」
 英傑の服は、青空を切り取ったような鮮やかな色に染められていた。全身に布をまとわないゾーラ族のために、マフラーのような長めの布にアレンジしている。裾には神獣ルッタを模した紋章を白く染め抜いてあった。
 ミファーが服を受け取った瞬間、拍手が沸き起こる。リンクも手を叩きながら、胸がいっぱいになる思いだった。
「次に、ダルケルをここへ」
 式は続く。英傑の服をささげ持ったゴロン族はりりしく剛毅で、このような大舞台にふさわしい重厚さだ。ウルボザは年齢に見合った落ち着きを見せ、先ほどは好き勝手に振る舞っていたリーバルも、この時ばかりはうやうやしい態度を通した。
「最後に、リンクよ」
 リンクは顔を上げ、精一杯背筋を伸ばして歩いて行く。
 真正面から対峙したハイラル王は、騎士見習いとしては本来、直接言葉を賜ることなどあり得ない人物だった。騎士が剣を捧げる究極の相手が王なのだ。それは目のくらむような体験だった。
「そなたを英傑のリーダー、そしてハイラルの勇者と認める。正式に命が下るまで、研鑽につとめるように」
 この時点で、リンクはまだ騎士見習いのままである。公式な配属先――近衛騎士への任命は明日行われる。その式は、騎士学校の今年の卒業生をまとめて騎士とし、配属を決めるものである。今日の英傑結成の儀よりも後なので、リンク個人に関しては順番があべこべになるが仕方ない。当然、明日の任命式の主役は彼になるだろう。
 リンクが英傑の服とマスターソードを受け取った時、ハイラル王のそばに黙って控える王女ゼルダと不意に目が合った。王族の証である群青色の衣をまとった彼女は、高貴な身分に似合わずどこか親しみのわく穏やかな容姿であった。だが、何故か顔をこわばらせていた。
 それに違和感を覚える前に、彼はこうべを垂れた。服と剣を持って引き下がる。
「今日ここに五人の英傑がそろったことは、実にめでたいことである。英傑は民を導き、民は英傑を支え、王家とともに厄災に対抗してほしい」
「我らはハイラルのために戦うことを誓います」
 リンクが代表して宣言した。大きくうなずいたハイラル王が腕を振り、英傑たちに退場を促すと、式は終わりを告げた。
 歩きながら、ミファーが隣のリンクに小声で話しかける。
「かっこよかったよ、リンク。緊張した?」
「少しだけ」
 微妙にリンクの眉が下がっている。感情が表に出にくい彼だが、幼い頃から交流のあるミファーにだけは、こういう部分を出すのだ。それに気づいた彼女は微笑んだ。
 二人の後ろにいたダルケルは英傑の証である布をざっと肩に巻いたかと思うと、王に続いて退場しかけていたゼルダに駆け寄った。
「姫さん、明日の任命式の後、少し時間をもらえないか」
「任命式の後……ですか?」
 ゼルダは不思議そうに首をかしげている。
「古代の儀式を真似てみたいんだよ。何せ一万年ぶりに現れた勇者がいるんだ、そうやって祝ってやらないともったいないだろ。別に仰々しくやるわけじゃない、俺たち英傑が出席するだけだからさ」
 話を聞いたゼルダはダルケルから顔をそらし、なぜか遠くにいたリンクに鋭い目を向ける。
 急角度で突き刺さった視線に驚き、リンクは身を硬くした。
「……分かりました」
 ゼルダは重い顔で小さく頷いた。
「城下町を南に出たところにある広場で落ち合おうぜ、姫さんよ」
 軽々しい口の利き方に、姫の後方にいた執政補佐官インパが厳しい顔でダルケルをにらむ。ゼルダ姫は軽く会釈をして、インパとともに広場から去って行った。
「というわけで、約束ちゃんと取り付けたぜ」
 ダルケルはほくほく顔で戻ってきた。ウルボザは眉をひそめて腕組みをする。
「御ひい様、迷惑がってなかったかい」
「平気平気。多少台詞をとちっても、誰も気づかないって」
「そういう理由じゃないと思うんだけどね……」
 ともあれ、これで明日のリンクは儀式漬けだ。少し気が重い。
 英傑の服をおのおの身にまとい、帰り支度をはじめた三人に続いて、リンクも身を翻した。
 本丸から外に出たちょうどその時、背後からぽつりと小さな呟きが聞こえた。
「あの勇者様が騎士、ねえ。とてもじゃないけど無理だろうな」
「……それは、どういう意味ですか」
 リンクは思わず振り向いた。唇が震えていた。
 声の主はリーバルだった。
「おや、聞こえていたか。じゃあはっきり言うけど、君には絶対、騎士なんてできないよ」
 彼は面白がるように表情を動かした。どうしてそう断言できるのだろう。リンクは混乱して二の句が継げない。
「二人とも、何してるんだい」
 ウルボザが戻ってきて、二人の間に割り入った。リンクが答える前に、
「悪いけど、君たちにはもう付き合ってられないから。また明日」
 リーバルは一方的に会話を打ち切り、颯爽と空に飛び立った。
「リンク、リーバルと何かあったの……?」
 ミファーも心配そうに彼を見上げる。
 リンクは誰かに嫉妬されたり、陰口を叩かれたりすることがよくあった。それは、彼がトップの成績で騎士学校を卒業し、マスターソードの眠る森に挑戦する栄誉を得て、分不相応に出世の階段を上り詰めた若輩者だからだ。自分でも何故ここまで来られたのか分からず戸惑っているくらいなので、むしろまわりの反応は当然のことだと思っている。
 だが、ここまではっきりとした敵意を向けられ、悪意の塊のような言葉を吐かれたのは初めてだった。
 騎士の家で育ってきて、王様にも認められているのに、騎士になれないわけがないじゃないか。
「……何でもない」
 リーバルの発言に加え、これから仕えるべき主君ゼルダの態度が、不穏な二重奏となって胸にこだまする。
 リンクは心のざわめきとともに、背中のマスターソードの重さをじわじわ感じはじめていた。





 轟音とともに地面が揺れ、小山のような巨体がのっそり動きはじめた。
 実際にこの目で見ても信じられない。心臓を持たないただの鳥の像が動くのだ。リト族の英傑リーバルによって。
「すごい……! これが神獣、ヴァ・メドーなのですね」
 動きやすくも気品を感じさせる服装のゼルダが、興奮した様子で見入っている。彼女がのめり込むのも無理はない。ゼルダやリンクだけでなく、神獣の調整をしているシーカー族の研究者たちすら、呆けたように眺めていた。
 最近ハイラル各地で出土している一万年前の遺物が神獣である。これに同調し、自在に動かせる者が英傑となるのだ。この近くのリトの村で発見されたヴァ・メドーに対しては、青年リーバルが英傑に選ばれていた。
「まあね。僕だからこの短期間でここまで動かせるようになったんだよ」
 リリトト湖のほとりにある平地でメドーを操ってみせたリーバルは、自信満々の様子だった。ゼルダは目を輝かせ、
「ですがメドーは鳥を模した神獣。やはり、飛ぶところを見てみたいものです」
「……今日中に、いやすぐにでも飛ばしてみせるさ」
「楽しみにしています、リーバル」
 二人は期待を込めたまなざしをメドーに向ける。リンクはその後方で、主君を見守っていた。
 近衛騎士隊長となって初めての任務が、ゼルダをリトの村まで護衛することであった。街道沿いに歩けば難所などない旅だが、何ぶん初の仕事である。二人の部下――いずれも若く実力があり、リンクよりも少し年上である――とともに、ゼルダを護る重要な任務だ。さらに今回は、シーカー族の研究者たちも引き連れている。リンクは最年少でありながらその大所帯をまとめる立場にあり、なかなか負担の多い仕事だった。
 ゼルダからは出発前「あなたたちは道中の護衛だけで結構です」と告げられたが、王から与えられた近衛騎士の役割を果たすためには、そういうわけにはいかない。リンクは己の存在が気にならない程度の距離を保ち、ゼルダを護衛していた。
 村について神獣の訓練がはじまってから自由にさせていた部下二人が、リンクに近寄ってきた。
「隊長」
「どうかしましたか」
 リンクは部下に対しても敬語である。つい先日まで、上下関係の厳しい騎士学校に属していたため、その癖が抜けないのだ。
 先ほど声をかけてきた部下はニコラスといい、赤毛で人なつっこそうな顔をしている。もう一人は赤毛で常に背筋がピンと伸びているスコットだ。
 ニコラスが申し出た。
「そろそろ護衛を交替しましょう。俺たちもゼルダ様の近衛騎士ですから」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ。さっき村でもらった魚の串焼き、うまかったですよ」
 心持ち、リンクの足が速くなった。湖の上にかかる吊り橋を渡り、中心の島へ向かう。
 リトの村は、鳥人リト族がリリトト湖に浮かぶ小島を止まり木として住まう村だ。鳥かごのような木の小屋がいくつも設置され、その間を渡り廊下でつなぐ構造をしている。その小屋の一つで、肌寒いヘブラ地方の気候に対応した羽毛を持つリト族たちが、遺物調査隊のために休憩所をもうけていた。
「お疲れ様です」という歓迎を受け、リンクは中央の焚き火のそばに座る。桃色の羽をした女性のリト族が、焚き火で何かを炙っていた。
「串焼きでもいかがですか」
 さっそく差し出されたサーモンの串焼きをありがたく受け取る。直火で皮がパリッとなるまで焼いた上にさっとバターを塗った、最高に食欲をそそる一品だ。リンクは無心に頬張った。
「あれま、こんな場所にいたんだ」
 不意に横から声がした。
 顔を上げると、そこにいたのは雪のように白い髪を結い上げた、シーカー族の美女である。小さな顔と対照的に大きな眼鏡をかけており、彼女が若き研究者であることを教えてくれた。
「例の天才剣士クンじゃないの。一人でどうしたの」
「護衛の任務を部下と交替したので。あなたはプルア博士……ですよね」
「そう。お姫様たちがメドーを動かしはじめたから、勇導石を調べるどころじゃなくなってネ。今は休憩中」
 プルアは長い足を伸ばしてリンクの隣に腰掛ける。
 確か、彼女は英傑結成の儀にも出席していた。王国の研究者として筆頭に数えられる人物だろう。ここに来るまでの道中でも一緒だったが、まともに話すのは初めてだ。
 リンクは聞き慣れない単語に首をかしげた。
「勇導石というのは?」
「そっか、知らないかあ。古代エネルギーを受けて何らかの働きをする機構で、神獣の中にもあるんだヨ。そっちは制御端末っていって、神獣を動かすために必要なの。
 勇導石以外にも、今日は来てないけど同輩のロベリーは、ガーディアンみたいな古代兵器の研究をしてる。もちろん、あんたや姫様の役に立つためにネ。今後ともヨロシク」
「こちらこそ」
 二人は握手をかわした。プルアはリンクの手を握ったまま、ずいと顔を近づける。
「ところで、リンクって勇者よネ」
「え、あ、はい」
「これ持ってみて」
 渡されたのは小さな板だった。表面には、シーカー族の象徴である目玉マークが描かれている。リンクは言われる通りに手に取った。
 しばらく無言のまま時間が流れる。
「……反応なしか。おっかしいなー」
「これは何ですか?」尋ねつつ、プルアに板を返す。
「それも一万年前の遺物。アタシはシーカーストーンって名前をつけたの。勇導石を操作するために必要なもののはずなんだけど、どうやっても動いてくれないんだよネ。もしかして、勇者が持ったら突然動き出すかもって思ったんだけど……。やっぱりインパの言うとおり、ゼルダ姫に持たせるのがいいかな、ウン」
 後半はほとんど独り言だった。目をぱちくりさせているリンクを覗きこみ、プルアは不意に声を落とす。
「ゼルダ姫がこういう学者みたいなことしてるの、正直どう思うわけ。初任務がこれで、驚かなかった?」
「まあ……少し。姫が遺物研究をしておられることは、寡聞にして知らなかったので」
 ヴァ・メドーを見るゼルダの明るい表情は、まぶたの裏にはっきりと焼き付いている。もしかすると、リンクには一生あんな顔を向けてくれないかもしれない。
「そっか」とうなずくと、プルアはしばらく考え込んでしまった。リンクはのんびり串焼きの残りを堪能する。
「王女様って、あんたのことはっきり敵視してるよネ」
「……!?」
 唐突すぎる発言に、リンクは思わずむせた。
「だって、明らかにあんたにだけ冷たくない? 道中びっくりしたんだけど」
「そ、そうでしょうか」
 だが思い当たるふしはあった。リトの村を目指す街道で、珍しい草花を見つけたと言って走り出すゼルダに、当然のごとくリンクが従ったら「何故ついてくるのですか」とつっけんどんに言われ。雪山のそびえるヘブラ地方に近づきゼルダが寒そうに両腕をさすったので、用意していた上着を差し出したら「結構です」とそっぽを向かれた。
 そんな態度を取られて、リンクが全く動じなかったというと嘘になる。だが勇者といえど、王族とはそもそも身分が違う。だから、多少の冷たい態度も「そんなものだろう」と思っていたのだが。
「だめだよー仲良くしなきゃ。勇者と姫がそんなんだったら、サポートのアタシたちが困っちゃう。ハイラル王も、お姫様と打ち解けてもらうために勇者のあんたを近衛騎士にしたんだろうしね。まあ、アタシからも後でゼルダ姫に言ってみるけどさ」
「はあ……」
 仲良く、とは具体的にどうすればいいのだろうか。確かに英傑結成の儀の時も、ダルケルは団結を重視していた。その足がかりとばかりに、翌日の騎士任命式後に行った古代の儀式は、結局ゼルダが途中で気分を悪くして帰ってしまい、尻きれトンボとなったのだが。
 リンクが難しい顔をしていると、別の足音が近づいてきた。
「こんなところにいたのですね」
 噂の本人ゼルダであった。相変わらず硬い表情で、近衛騎士を見下ろしている。リンクは慌てて立ち上がった。
「申し訳ありません」
「まあまあ。姫様も休憩ですか。これ食べます?」
 プルアが間に入って串焼きを差し出した。ゼルダは首を振る。
「結構です。リーバルが、あなたに話があるそうですよ」
「わかりました」
 リンクは一礼し、冷たい視線から逃げるようにその場を辞した。ゼルダにはプルアが何か話しはじめたようである。
 階段を下りながら、彼は考えた。リーバルと言えば、結成の儀で「お前は騎士になれない」と言い放った人物だった。あの時は動揺してしまったが、少し冷静になって話をする機会が来たということか。
 呼び出しを受けた場所は、床にリト族の紋章が刻まれた村の飛行場だった。遙か空の上にはヴァ・メドーが浮かんでいる。無事に制御に成功したということだろう。
 と、いきなり飛行場の下から突風が吹いた。リンクは思わず腕で顔を覆う。風がやんで手をどけると同時に、リーバルが下方の湖から飛び上がって飛行場の手すりに乗った。
「どうだい今の? 君にはとても真似の出来ない芸当だろ」
 確かに、翼のないリンクには到底無理な話だ。リーバルは空を飛ぶどころか、風を操る技術すら持っているようだった。
「上昇気流を発生させ、空高く舞い上がる僕の技。空の支配者リトの中でも芸術品とまで言われるテクニック。この技を以てすれば、厄災ガノンに対して有利に戦いを進められる事、間違い無しだよ」
「……はあ」
 わざわざ呼び出して、することと言えば自慢か。眉をひそめるリンクに、手すりから降りたリーバルがとんとん、軽やかに近づく。
「そして一族でも最高と称えられる弓の使い手――つまりこの僕リーバルこそ、厄災討伐の要に相応しい戦士ってことさ」
 そこで彼は不満そうに目を細める。
「……なのに、僕に与えられた役目は君の援護だ。君がその古くさい退魔の剣とやらの主ってだけで! まったく、愚の骨頂だよね」
 一方的に言葉をぶつけられたリンクは、ゆっくり息を整える。 
「それは、王の判断に対する意見ということでしょうか。ならば聞き逃すことはできません」
 手が自然とマスターソードの柄にかかっていた。声が低くなる。
「自分のことでは怒らず、主君を馬鹿にされたら怒る。そうやって騎士気取りするんだね」
 この発言で、これまでのリーバルの論法は挑発だったのだと気づく。
「なぜ私に、そこまで――」
 こだわるのか。つっかかるのか。リンクにはまるで理解できない。彼が困惑をにじませると、リーバルはふと視線を外した。
「リトの戦士にはリーダーがいない」
「は……?」
 いきなり何を言い出すのだろう。
「一人一人が、それぞれ自分で考えて戦うんだよ」
 戸惑いながらも、リンクは反論する。
「それでは指揮系統が乱れます。集団戦闘ができません」
「誰かに指示されないと集団で動けないのは、自分で考えていないからだよ。本能のままに戦えば、自ずとわかるさ」
 騎士は、絶対に上の指示に従わなければならない。それが最低限守るべきルールであった。リンクは険しい表情で尋ねる。
「それで、私が騎士になれないというのは、私が誰かに従うことができない、という意味でしょうか」
「まあそうなるね」
「……これ以上耳を貸す必要を認めません」
 リンクは思いきり眉間にしわを寄せた。
「おや、怒ったのかい?」
「そんなことは。ただ、あなたは口先だけで武勇を誇っている。いささか実力に疑問を抱きますね」
 これにはリーバルもカチンときたようだ。
「それなら勝負と行こうじゃないか」
「勝負?」
「自信があるんだろう、自分の力に。場所は……そうだな、あそこなんてどうだい」
 リーバルの指し示す場所は、空飛ぶ神獣の上であった。
「ああ、ごめんごめん。君は一人じゃあの神獣に行くことさえできないんだっけね?」
 返事がくる前に、リーバルはハハハと高らかに笑ってメドーまで飛んでいった。
 リンクはじっとその後ろ姿をにらむ。そのとき、部下のスコットがやってきた。
「隊長。姫様がお呼びです」
 それには答えず、リンクはメドーに目線を注いだまま右手を突き出す。
「弓と矢を貸してくれませんか」
「え? ……どうぞ」
 部下が渡したのは騎士の弓だった。リンクは素早く矢をつがえると、無造作に空へと放った。
「ちょっと、隊長!?」
 木の矢は結構なスピードでまっすぐに飛び、メドーに吸い込まれる。
「……外した」
 リンクは首を振って弓矢を部下に返す。
「た、隊長、何してるんですか」
 部下は真っ青になって震えている。それもそのはず、
「うわあ、やるねえ天才剣士クン」
 いつの間にか飛行場に来て見物していたプルアが面白がるように腕組みをし、
「神獣になんてことを……!」
 ゼルダが血相を変えて走ってきた。
 リンクは言い訳を考えながら、心の中でリーバルに向かって宣言していた。
 必ず文句なしの騎士になって、お前を見返してみせるからな。





「こんな暑い場所にようこそ姫様。それに、相棒!」
 青い英傑の布をたすき掛けにしたダルケルは豪快に笑い、両手を広げた。
 神獣ヴァ・ルーダニアとゴロンの英傑との相性を高めるため、ゼルダ姫はオルディン地方の最高峰、デスマウンテンを訪れていた。ダルケルは根拠地ゴロンシティから、わざわざ登山道入り口まで姫を迎えに来てくれたのだ。
 王女の護衛をつとめるリンクはもちろん、部下とともに一歩下がってゼルダに付き添っている。彼女は山道を特に苦もなくすたすた歩きながら、ゴロンの英傑に話しかけた。
「出迎え、感謝します。ダルケルは彼と知り合いなのですか」
 彼女はちらりと後ろを振り返る。「彼」とはリンクのことであった。
 ダルケルはよくぞ訊いてくれた、と言わんばかりに声を張り上げた。
「おう! 三年くらい前かな。リンクは親父さんの方針で、各地を回って武者修行の旅をしてたんだ。その時に会ったんだよ」
「なるほど……」
「あの頃からリンクはとにかく目立つ奴だったよな。まさか勇者になってくれるとは思わなかったけど、うれしいぜ」
 ダルケルは陽気にリンクへ手を振る。常にぼんやりした表情の「相棒」は、珍しく苦笑いをしていた。
 一方で、ゼルダの顔は曇っている。
「……そうですか。では、さっそくですが神獣のいる場所に案内してくれませんか」
「ああ、任せろ」
 ダルケルは会話の途切れがちな姫君一行を慮り、さまざまな話題を出してリードした。オルディン橋の架け替え工事の大変さ、南の採掘場にヒケシトカゲを乱獲する旅人が出て困ったこと――ゼルダの表情がほぐれ、時折笑い声が上がるようになった頃、彼女はふと腕を上げ、行く手を指さした。湯気の上がる泉が山道の脇にわいている。
「あれは温泉でしょうか」
「そうそう、デスマウンテン名物の温泉だよ。そういえば、俺と相棒が出会ったのもここだったよなあ」
 ゼルダは途端に無言、無表情になった。明らかに興味がなさそうだ。
「ダルケル、ちょっと……」
 不機嫌を察したリンクは口を挟んだ。自分に関する無駄話で、姫の公務の時間を削るのは避けたい。だが「英傑たちと王女は仲良くすべき」という思いを強く持つダルケルは、聞き入れてくれない。
「ちょうどその三年前だ。この温泉が沸騰しそうなくらい熱くなった時があったんだよ……」



「こりゃあひでえ」
 部下とともに麓の温泉の様子を見に来たダルケルは、思わず頭を抱えた。
 近頃、ゴロンシティ南にある温泉が、急に熱くなりはじめた。常にぐらぐらと茹だっているレベルである。ゴロン族はかなりの高温に耐えられる種族だが、温泉を楽しみに訪れた他種族の旅人たち、さらには麓の馬宿からもクレームが出ている。
 そこで山を下りながら各地の温泉を順番に調べてみると、いつもはぬるいくらいの麓の温泉すら沸騰しそうなほど熱く、もうもうと蒸気が立ちこめていた。
「ここの源泉ってどこだ?」
「確か、オルディン橋を超えてすぐのあたりだったゴロ」
 部下が答える。ダルケルは腕組みした。
「こりゃあ源泉に何かあったのかもしれねえな。上に行って調べてみる」
「組長自ら?」
「あったり前だ、こういうときの組長だろ」
 そう言って胸を張った時、彼は人影を見つけた。ハイリア人の子供が、山道をてくてく歩いている。しかも、十歳を超えたかどうかという背丈なのに、デスマウンテンに登る進路をとっていた。
 ダルケルは思わず声を張り上げた。
「おい坊主、そんな格好じゃこの先きついぞ!」
 大声を聞いて子供はびくっと肩を揺らした。ぱっちり開かれた瞳が、ゴロン族を見据えている。
 ダルケルは彼を怖がらせないようゆっくり近寄り、子供と目線を合わせるためしゃがみこんだ。
「もしかして、初めてゴロンを見たのか」
 子供は大きくうなずいた。やわらかそうな金色の髪に、青空のように冴えた色の瞳。華奢な体だったので、一瞬ダルケルは女の子かと思ったが、腰に帯びた剣や意志の強そうな瞳がその印象を裏切る。
「俺たちみたいな体を持ってりゃ問題ないけどな。デスマウンテンっていうのは登れば登るほど、灼熱地獄になるんだぞ。そんな服じゃ燃えるかもしれねえ」
「分かりました。ありがとうございます」
 子供はぺこりと頭を下げた。話を聞いていないわけではないが、それでも帰る気はさらさらないらしい。
「おいおい……」
 思わずダルケルは子供の首根っこをつかまえる。
「ちょっと待ってろ、『燃えず薬』作ってやるから」
 と後ろに目配せすると、部下が小瓶を差し出した。この地方に生息するヒケシアゲハと呼ばれる蝶を乾燥させて、粉末状にしたものだ。
「俺が子供の面倒見るから、ひとまずお前はシティに戻ってろ」
「合点承知ゴロ」
 部下は体を丸めて転がり、ゴロンシティを目指していった。ダルケルは「ついてこい」と子供に言い、愛用の武器「巨岩砕き」を岩の上に置いた。麓の方でも地下にはマグマが流れているので、たまに異常に熱くなっている岩があるのだ。
「えっ」
 驚く子供に、彼はにやりと笑いかけた。先ほどの粉末と、今度はダルケル自身が持ち歩いていたオクタロックの浮き袋を、平たい巨岩砕きの上ですりつぶす。下から熱が伝わり、なんとも言えない色の液体が出来上がった。ダルケルはそれを器用に小瓶に詰めると、子供に渡した。
「飲め」
 子供は不思議そうに液体のにおいをかいでいたが、やがて興味を示したように一気に飲み干した。
 けふ、とげっぷをする。
「面白い味……」
 ダルケルは目を丸くした。魔物素材でつくる薬は抜群の効き目に反して、結構なえぐみがあるはずだが。薬を飲ませれば子供は諦めて帰るかもしれない、という予測は裏切られた。
「まずいって言わねえんだな」
「どうしてですか?」
 子供は心の底から疑問に思ったようだった。ダルケルはからりと笑い声を上げた。子供はきょとんとしている。
「ちょっと話さねえか」
 ダルケルが促し、二人は山道にたくさん転がっている石の一つに腰掛けた。
「お前、どうしてこんなところを旅してるんだ」
「とうさ……父が、騎士になるためには世界を見て回ったらいい、って言ったんです」
「へえ、騎士になるのか」
 子供はこっくりうなずいた。
 騎士――その称号は、この時代のハイラル王国において特別な意味を持っていた。きっかけは、数年前に厄災ガノンの復活が予言されたことである。
 ハイラルには「王国最高の剣士こそが退魔剣マスターソードを抜き、勇者になって厄災を討つ」という言い伝えがあった。王家は勇者を見つけるため、まず剣士の育成を目的に騎士制度を再構成した。さらに勇者となった者を城に迎え、厚遇すると発表した。
 ハイラルに住まう種族の中でも剣の扱いを得意とするハイリア人たちは、こぞって子息に騎士を目指させた。すでに騎士であった者はさらに腕を磨き、年に一度の武闘大会に命運を賭ける。騎士学校では、その年の卒業生の中から最優秀者を決める大会が開かれる。ともに優勝者には、その深部に聖剣が眠るとされるハイラル大森林に挑む権利が得られるのだ。だが大森林は別名「迷いの森」とも呼ばれ、未だに奥までたどりついた者はいなかった。
 厄災ガノンの復活が予言されてから五年ほどが経つ。騎士制度を目一杯整備してもまだ見つからない勇者に、王家は焦っていた。とにかく勇者を見つける機会を増やそうと、年若い騎士見習いの中にも頭角を現す者がいないか目を光らせている。
 この少年も騎士の家系なのだろう、もう騎士学校に入学できる年齢と見受けられるが、それを遅らせてでも国中を巡っているようだ。それが彼の家の教育方針らしい。
「ちっこいのに大変だなあ」
 ダルケルは巨岩砕きをうちわのように振って仰ぎながら、ため息をついた。ゴロン族なら、彼くらいの子供は坂という坂から転がり落ちて遊ぶ年齢だというのに。
「でも僕、父の役に立ちたいから」
 その言葉にはひそやかな決意が込められていた。
「立派な志じゃねえか」
 ダルケルは子供の柔らかい髪をぐしゃぐしゃとなでる。子供は困ったように微笑んだ。
 それに笑みを返してから、ダルケルは立ち上がる。
「さて、燃えず薬もあるし、せっかくならお前をゴロンシティに案内してやりてえ。でもちょっと困ったことがあってな……山の上に行くのはしばらく待ってくれねえか」
「どうかしたんですか」
 子供の瞳が鋭く光る。ダルケルは視線の強さに少したじろぎながら、
「さっきお前と会ったあたりに温泉があっただろ。あれ、最近妙に温度が上がっててな。これから原因を探りに行くところなんだ」
「……僕も行ってみたい」
「お前が?」
 ダルケルは面食らった。だが子供は本気そのものの表情だった。自分は戦いのすべを持つのだと主張するように、背中の剣の柄に触れる。
「薬のお礼に、何かしたいんです」
「でもなあ……」
「武術の心得ならあります」
 と言っても、彼の得物はダルケルの見たところ「旅人の剣」だろう。女性旅行者でも扱いやすい軽さの武器だ。切れ味がいいとはお世辞にも言えない。
 まあ、源泉を調べに行って、危ない目に遭うと決まった訳ではない。ダルケルは早くもこの子供を気に入りはじめていた。
「わかった、つれてってやるよ」
 少年は目を輝かせた。表情があまり変わらず、静かに受け答えをするので大人びた印象が目立つが、ところどころで年齢に見合った行動をする。妙に気を引かれる子供だった。
 ダルケルは岩のような右手を差し出した。
「俺はダルケル。ゴロンシティの組長をやってる。おまえ、名前は?」
「リンクです」
 大きくごつごつした手のひらに、小さく頼りない手が重ねられた。



「まずいのがいやがるな」
 岩の陰から源泉を観察し、ダルケルは思いきり顔をしかめた。
 念のため火消し薬を多めに飲ませ、服にも薬をかけてやったリンクと一緒に、彼はオルディン橋を渡った。部下の言っていた源泉までやってくると、燃えさかる溶岩そのもののような巨人が、堂々と湯につかっていた。
「あれは……?」
 同じく身を隠しながら、リンクは尋ねる。
「マグロックだ。普段はダルニア湖あたりにいるんだが、なんでまたここに……」
 ダルケルは巨岩砕きの柄を握りしめる。戦って勝つ自信はあるが、おいそれと飛び出せない理由があった。
「倒せることは倒せるはずだ。でもその後が問題なんだよなあ」
 マグロックを倒せば、残骸の岩がそこら中に飛び散るだろう。それも、相当な熱を持ったものが。中からあふれ出したマグマが冷えて固まり、源泉が塞がったら大ごとである。それこそ取り返しがつかない。
 説明を聞いたリンクは、
「なるほど。あいつを源泉から引き離さないといけないんですね」
 やる気にあふれた表情で袖をまくる。
「おいおい。戦う気満々じゃねえか、ここは俺たちゴロン族に任せろって」
「いえ、多分ハイリア人の方がやりやすいです」
 ずいぶんと確信に満ちた発言だった。ダルケルは目を見開く。
「……リンク、まさかいい作戦でも思いついたのか」
 少年は青い瞳をきらめかせ、しっかりとうなずいた。
「必要なものがあります。ゴロンシティにあると思うんですけど、ダルケルさんにも協力してもらわないといけません」
「とりあえず、聞かせろよ」
 リンクは訥々と作戦を話しはじめた。
「よし分かった。やるだけ、やってみよう」
 悪くない作戦だ、とダルケルは内心評価していた。リンクはほっとしたようにほおを緩めた。
 一度ゴロンシティにとって返し、二人は準備を整えてからマグロックに挑んだ。まずリンクは後方で身を潜め、ダルケルが相手をすることになる。
 ダルケルは、相手の正面と思われる方向(何しろマグロックは顔がないのだ)から岩陰沿いに後ろまで回り込み、一気に飛び出した。敵の急所と思われる鉱石は背中についていた。
 巨岩砕きの攻撃圏内に入る前に、マグロックに気づかれる。が、動きが鈍い。岩の塊でできた腕をダルケルに打ち付けてくるが、ゴロンの組長がひとつ気合いを入れて叫ぶと、夕日色の薄い障壁が形成されて岩を弾き飛ばした。リンクが驚きの声を上げる。ひるんだマグロックの股ぐらをくぐり、ダルケルは巨岩砕きを急所に容赦なく打ち付けた。
「リンク、今だ!」
 返事の代わりに矢が飛んできた。
 それは氷の矢。しかも、ゴロンシティで調達したサファイアを矢尻に使用した特別製だ。古来より氷の力を秘めるとされる宝石は、マグマすら凍らせる極低温の魔力を作り出した。
 そして狙うのはマグロックではない。温泉の方だ。
 氷の矢は温泉をまるごと凍らせただけにとどまらず、湯に足をつけていたマグロックすらその魔力で捉えた。
 棒立ちになる岩の巨人。ダルケルが恐る恐る武器で殴ると、マグロックだったものはゆっくりと姿勢を崩した。残骸は温泉の外へ転がる。
 ちょうどいいタイミングで、温泉に張っていた氷が溶けた。少し岩が残ってしまったが、源泉を塞ぐほどではない。
「……」
 ふう、と息を吐くリンクに、ダルケルが黙って近づいてくる。リンクはどきりとして、心臓のあたりを押さえながら彼を見上げた。
「やるじゃねえか!」
 いきなり、がっしりと肩を抱かれる。リンクは目を白黒させた。
「おまえは俺の相棒だぜ、リンク!」
「あ、ありがとうございます……」
 リンクははにかんだ。ダルケルは興奮冷めやらぬ様子で彼の全身を揺さぶる。
「このままゴロンシティに泊まっていってくれ! ゴロン族はお前を歓迎するぜ。温泉も元に戻ったことだしな。そうだ岩盤浴って知ってるか、気持ちいいんだぞ~」
「は、はあ」
 リンクはがくがくと頭を揺らし、不意にバランスを崩して膝をつく。
「おい、リンク!」



「その後さ、リンクがいきなり倒れて。何かと思えば薬の耐熱効果が切れたんだよなあ」
 ダルケルに長い思い出話を聞かされて、リンクは恥ずかしそうに目を伏せた。
「それが、ダルケルとリンクとの出会いだったのですか」
 ゼルダはいつの間にか話の内容に興味を示したらしく、意外と熱心に耳を傾けていた。
「彼のように才能のある人は、昔から抜きん出ていたのですね……」
 まっすぐ褒められているのに、リンクがどうにも居心地が悪いのは、ゼルダの顔にどことなく影がかかっているからだ。ダルケルは気づかないようだが。
「そうさ。俺は相棒がいつか勇者になるんじゃねえか、ってずっと思ってたよ」
 褒めちぎるダルケルに対し、恐縮したようにリンクは縮こまっている。
「おーい、姫様に英傑様たち、遅い遅い!」
 いつの間にか先行していたプルアの声が坂の上から降ってきた。「すぐに行きます」と、ゼルダはのろのろ歩きになっていた足を速める。
 リンクはそれを追いながら、ふとダルケルに尋ねた。
「僕は、ちゃんと騎士になれたのでしょうか」
「何言ってんだ、お前は王様に認められたんだろ。念願だった勇者にまでなって、騎士団長だった親父さんも喜んでるに違いねえ」
 ダルケルの発言はもっともなのに、リンクはどうしても「不安」としか呼べない思いにとらわれてしまう。
 リンクは三年前の旅で、自分が守るべき世界を見て歩いた。騎士学校への入学を一年遅らせてでも旅をしたことが、今の糧になっていることは間違いない。
 過去を積み上げてきた順当な結果として、今の自分がいる。それなのに、何故こんな気持ちになるのだろう。リーバルに言われたこと――リンクは騎士にはなれない――が引き金になったのかもしれない。三年前にデスマウンテンで見た景色が胸によみがえる。ダルケルとの共闘も、初めて入った温泉も、どれもが輝くような思い出だった。新たな景色を知る度に心が躍った。
 父に言われてはじめた武者修行であったが、誰の命令にも従わない自由な旅は、本当に楽しかった。今、騎士になった自分が抱く気持ちは、本当に望んでいたものは――
(考えてはいけない)
 リンクは首を振り、不吉な考えを頭から追い出した。
 騎士として主君を守る、それでいいじゃないか。ゼルダにはどうも鬱陶しがられているようだが、それでもかまわない。何があっても彼女を守り抜く。
 それがリンクが生まれた意味であり、騎士として「生」を全うすることなのだ。





「ついてこないで、と言ったはずです」
 ゼルダは顔をこわばらせ、あくまで主張を譲らない。
「ですが王のご命令です。あのあたりはイーガ団の目撃証言も相次いでいます。お一人では危険です」
 対するリンクも、一歩も引かない構えである。
 完全に対立した二人を遠巻きにして、近衛騎士隊の部下と英傑ウルボザは困惑していた。
 もう日が暮れて肌寒くなる時刻、砂漠の真ん中にあるゲルドの街の入り口である。ここまで近衛騎士を伴って来たのはいいが、ゼルダが「明日の遺物調査は一人で行く」と言って聞かないのだ。
 ウルボザは豊かな髪を揺らして二人の間に入る。
「私がついていきたいところだけど、明日は用事があるんだよ。御ひい様、調査は明後日に伸ばしてくれないかい」
「いいえ。ウルボザに申し訳ありませんし、一人で平気ですから」
 リンクを含めた周りの全員に反対され、ゼルダは完全にヘソを曲げている。腕組みしてそっぽを向いてしまった。
 業を煮やしたリンクは、思わず余計なことを口走った。
「失礼ですが、その調査は姫が単独で、明日行う必要があるのですか?」
「――っ!」
 姫は一瞬ものすごい目つきでリンクを睨むと、肩を怒らせて街に帰っていく。しまった、と彼が思った時にはもう遅い。
「隊長、今のはちょっと……」
 部下たちにも非難の視線を向けられてしまった。
 ウルボザは軽く肩をすくめると、身を翻して、
「悪いけど、私は御ひい様を追うよ。明日は私の方からも護衛をつけるから」
「すみません、よろしくお願いします」
 リンクは頭を下げた。彼にはゼルダの後を追うことができない。ゲルドの街は男子禁制だった。護衛たちや遺物調査隊の男性研究員は、近くにあるカラカラバザールに泊まることになる。
 二人の姿が見えなくなってから、リンクはがっくりうなだれる。
「……完全に失言でした」
「そうですよー! 隊長って本当に世渡り下手ですよね」赤毛の部下ニコラスが唇をとがらせ、
「おい、こらっ」茶髪の部下スコットが口を塞ぐ。
 リンクは力なく首を振った。
「いいんです。事実ですから。明日は未明にゲルドの街に向かいます。とにかく、姫に単独行動させないようにしましょう」
 以前にも姫は近衛隊の警護を振り切ったことがあった。タバンタ地方へ遺物調査に向かった時のことだ。近くの馬宿に泊まった翌日、朝起きるとゼルダはすでに一人で出発していた。あのときほど背筋が冷えたことはない。彼女はリンクにとって直接の上司であるが、もちろんハイラル王に命じられた近衛としての役割を無視することはできない。それに、基本的にゼルダは剣を持たず、武術と言えば多少護身術が使える程度だ。魔物が増えてきている現状、一人で放っておけるはずがない。たとえどれだけ迷惑がられたとしても。
 明日の具体的な算段を取り決めると、部下たちは神妙な顔でうなずいた。
 その夜。一刻も早く眠るべきなのだが、リンクはカラカラバザールの宿でいつまでも寝返りを打っていた。
 夕方、ゼルダを神獣ヴァ・ナボリスの内部まで迎えに行った際、彼は眠る姫のそばでウルボザに衝撃的なことを告げられた。
「御ひい様は、あんたの背中にある剣を見るたび落ち込んじまうのさ。『自分はハイラル王家の出来損ない』だって……」
 ゼルダに嫌われているのはさすがに分かっていた。しかし、その理由はリンクの想像もつかないことだった。てっきり、リンクが無口で無表情で、おまけに口を開けば小うるさいことばかり言うものだから、嫌われているのだとばかり思っていた。
 ゼルダ姫は厄災を封印する力を受け継ぐとされる、ハイラル女系の王族だ。しかし、力を目覚めさせるための修行を十年行なっても、未だ覚醒を果たしていない。それは厄災復活が間近とされるこの時代において、非常に重大な意味を持つ。王族に対し表立って言うことはないけれど、ハイラル国民は誰もが危機感を持っていた。無言の圧力を受け、ゼルダが自分の状況を針のむしろに座っているように感じていても、仕方がない。
 一方、リンクは他人から見れば完璧な人生を送っている。十代の後半に差し掛かった若いみそらで、勇者と近衛騎士というこの世に二つとない称号を持っている。でもそれは、あくまで平民として極められる頂点だ、と彼は思う。だから、同じ平民に嫉妬や羨望のまなざしを向けられるのは理解できた。
 だが、まさか生まれた時からの雲上人である王女様が、平民のリンクとその能力を比べて落ち込んでいるだなんて、思いもしなかった。ウルボザの前で、彼は言葉が出なかった。
 それに、「ハイラル王家の出来損ない」とまで思い詰めているとは……。思えば彼が近衛騎士に赴任してからというもの、公務と言えば遺物調査ばかりで、ゼルダが修行している場面を――そして失敗する場面を、リンクは一度も見たことがなかった。もしかすると、彼に失敗を見られるのが嫌だったのかもしれない。
 さらにウルボザは、「ゼルダ姫は一向にうまくいかない修行の代わりに遺物調査をしている」とも言った。それを知っていて、リンクが先ほどの質問をしてしまったのは、最悪の失言に他ならない。
(あとで絶対に謝らないと……)
 リンクはベッドの中でうとうとしながら心に誓う。主君にあんな顔をさせてしまったことに対し、どうしようもない後悔が胸に渦巻いていた。



 翌朝、リンクは部下を振り分け、ゲルドの街の三つの出口に自分を含めて一人ずつ見張りを立てた。どこからゼルダが出てきても対応できるように。
 リンクは正面入り口を見張っていた。砂漠に太陽が昇り始めた頃で、ぐんぐん気温が上昇していくのが分かる。
 不意に、街の中から石畳を駆ける乾いた音がして、ゲルドの兵士が血相を変えて走ってきた。
「リンク殿、大変です!」
「どうされました」
「姫がどこにもいません。ウルボザ様の屋敷の奥から、砂漠に出られたようです!」
 リンクは絶句した。屋敷は正門から一番遠い場所にある。街の裏手から出ていったのか。
 続けてウルボザがやってきた。
「悪いリンク、うちの護衛も撒かれた。見通しが甘かったよ……」
 彼女の表情は苦い。リンクは左右にかぶりを振った。
「いえ、近衛騎士である我々が対応できなかったことに問題があります。ウルボザさん、このあたりにある遺物に心当たりは?」
「ナボリスの他には、街のすぐ外に一つと、南にずっと行ったところに一つ、開かずの祠がある。あたしはとにかく街で情報を集めてみるよ。用事まではまだ時間があるからね」
「ご協力感謝します!」
 正門での騒ぎを聞きつけて、部下たちも集まってきた。ゼルダが失踪したことを告げると一様に青ざめる。
「私はひとまず南の祠に向かいます。あなたたちは、カラカラバザールで情報収集を」
「はいっ」
 言うが否や、リンクは走った。ブーツを砂の中に埋めながら、熱い空気の満ちる砂漠のまっただ中を突っ切り、必死にゼルダを探した。
 もしもゼルダに何かあったら――なんて考えるだけで恐ろしい。ハイラル王国滅亡の危機に直結してしまう。
 一目散に南へ足を運んでいると、不意に風の音に混じって悲鳴が聞こえた。前方で、三つもの赤い影が一人の少女を取り囲んでいる。中心には青い服に身を包んだゼルダが尻もちをついていた。
(イーガ団!)
 王国に仇なす武装集団だ。リンクはマスターソードを抜きながら思いっきりジャンプして、距離を一気に詰めた。今にも姫に殺到しようとしていたイーガ団を斬り伏せ、なんとか姫を背中にかばう。
「貴様、勇者か!」
「答える必要はありません」
 右から振り下ろされた首狩り刀を剣で跳ね返す。急いで出てきたため盾を置いてきたことに今更気づいたが、後の祭りだ。
 もはや、なりふり構っている余裕はなかった。相手が殺す気でいるのだから、こちらも容赦はしない。相手の隙を狙って肩を切り裂いた。「ぎゃっ」と声を上げて、イーガ団は煙とともにどこかへ転移した。煙が晴れると、不利と判断したのか、他の二人も消え去っていた。
 リンクは剣をしまい、すぐに姫に駆け寄った。
「姫、ご無事ですか!?」
 ゼルダの唇は色を失い、わなないていた。
「あ、あなた、どうしてここに……」
「私はゼルダ様の騎士ですから」
 自然に言葉が出た。ゼルダは大きく目を見開いた。
「とにかく皆と合流しましょう。またいつ奴らが襲ってくるかわからない。今日の遺物調査は、諦めてください」
「え、ええ」
「立てますか?」
 ゼルダは膝に力を込めて、立ち上がろうとした。リンクが手を伸ばすが、それを掴む前に崩折れる。
「姫!?」
 リンクは失礼を承知で抱き起こし王女の肩を揺らしたが、意識は戻らない。ふと、彼女の膝頭が切り裂かれ、薄く血が滲んでいることに気づいた。
(まさか、相手の刃に毒が塗られていた?)
 想像以上にまずい事態になったようだ。検証するにも、まずはゼルダを街で休ませなければ。リンクは「失礼します」と断りを入れ、主君を背負った。
(ゼルダ姫……)
 自分が不用意な発言で彼女の神経を逆なでしたから、このような事態を招いたのだ。リンクの胸には苦い後悔が渦巻いていた。



「……勇者リンクよ。なぜお主のような者がついていながら、今回の事態が起きた」
 リンクは黙っている。申し開きのしようがない。
 ハイラル城に帰還した彼は、王から直接査問を受けていた。冷たい石の床にひざまずき、ひたすらこうべを垂れている。
 王はため息を吐いた。
「いや……分かっておる。ゼルダにも非はあろう。無理に単独行をしたのは娘だったと聞いた。じゃが、わしは王女に罪をかぶせることはできぬ。分かるな」
「はい」
 この国では、王族を罰することは誰にもできない。この場合は近衛騎士隊長であるリンクが責任を取ることになる。
 少しの間考えて、王は結論を出したらしい。
「そなたは近衛騎士となってから、休みなしじゃったろう。そなたを一時、謹慎処分とする。実家に帰り、ゆっくり休養を取るが良い」
「お心遣い、感謝いたします……」
 リンクは深々と頭を下げた。
 王は謹慎の期間を述べなかった。すなわちいつ王宮に戻れるかは分からない。リンクは勇者であるため完全に王室から縁を切られることはないが、厳しい処分だった。それでもゼルダを生命の危機に晒したことに比べれば、十分に寛大な処置といえよう。
 気を失ったゼルダはゲルドの街で応急手当てを受けた後、すぐに城に戻って本格的な治療を受けた。やはり傷から毒が体内に入り込んだということだった。意識は戻ったり戻らなかったりで、最近になってようやく容態が安定したらしい。幸いにも後遺症などは残らなかったと聞く。彼女が大事に至らなかったことが、今回のリンクの処分を多少は緩和しているだろう。
 とにかくゼルダに謝らなければならない――そうひしひしと感じながらも、リンクは彼女に合わせる顔がなかった。自分がもっと気をつけていたら今回の事態は防げたはずだ、という思いが拭えない。
 リンクは王宮を辞して、城下町の下宿に戻った。実家に帰るための荷物をまとめなければならない。
 幸いにも、部下の二人はお咎めなしだった。しかし隊長がおらず、護衛対象が病室に詰めているとなれば、彼らも仕事などなきに等しいだろう。
「早めに帰ってきてくださいよ、隊長」
 翌日。リンクが騎士になった際に与えられた馬に乗って城下町を出発しようとすると、部下たちはリンクが何も告げていなかったのに、門まで見送りに来てくれた。
 赤毛のニコラスがにやりと笑う。
「我々は、あなたの下なら絶対に出世できるって信じてますからね」
「そして都合の悪いときだけ責任をとってください」
 茶髪のスコットも含めて、言いたい放題である。
 リンクはただ目礼した。部下には恵まれていたのだな、と彼は思った。
 お前は騎士になどなれない、というリーバルの言葉がこだまする。悔しいけれど現時点ではその通りだった。
 こうして近衛騎士は夢破れ、城を去ったのだった。



 故郷ハテノ村のゲートを馬でくぐると、すぐに村中に声が響き渡る。あちこちの家の扉が開いて、村人たちが集まってきた。
「あらまあ、おかえりなさいリンク!」
「おおい、近衛騎士様がお帰りだぞー!」
 里帰りの時期は手紙で知らせておいたが、予想以上の大歓待だった。思わずリンクの顔がほころぶ。
「ただいま、みんな」
 馬を下りると、村の子供たちが足下にわらわらと寄ってきて、手のひらを差しだした。
「なあなあ、城下町土産はー?」
「うん、向こうで流行ってるお菓子を持って来たよ」リンクは荷物が山と積まれた馬のくらを指さす。
「なーんだ、また食いもんかよ」
 と皆に笑われたが、リンクはきょとんとしていた。
 彼は愛想良く村人に土産を配るが、肝心の家族がいないことに気づく。
「そうだ。父さん、今は家にいるかな」
 雑貨屋の主人に話しかける。
「たぶん。今の時間は農作業でもしてるんじゃないか?」
「農作業って。足悪いのに何やってるんだか……」
 リンクは皆に手を振って応えると、早足で帰路についた。
 村の奥にある吊り橋を渡れば、大きな二階建ての家が見えてくる。リンクはここで育ち、彼岸に旅立つ母を見送り、ハイラル城で騎士団長をつとめていた父の帰りを待った。数え切れない思い出の詰まった彼の生家だ。
「ただいま」
 懐かしさで胸をいっぱいにしながら、横の畑に顔を出す。
 鍬を持って土を耕していた父は、額の汗を拭いた。小麦色の髪は立派なひげとつながっており、経歴にふさわしい貫禄がある。リンクとよく似た青色の瞳が柔和そうに細められた。
「なんだ、阿呆息子の帰還か」
「悪かったね、阿呆で……」
 リンクがふて腐れた表情になれば、父はふっと破顔した。
「阿呆も阿呆だろ。城で問題起こしてのこのこ家に帰ってくるなんて、情けないったらありゃしない」
 容赦ない台詞の割に、父の顔は朗らかだった。
 リンクは頬を膨らませる。
「笑いごとじゃないよ、ゼルダ姫が大変な目に遭われたんだから」
「でも無事だったんだろ。過ぎたことをくよくよ言っても仕方ねえよ」
「うん、まあ……」
「まあしばらくは休むんだな。できるだけ早く城に戻れるよう、わしの方からも働きかけてみるから」
「期待しないで待っておく」
 リンクは足の悪い父にペースを合わせて歩き、家に入った。前に帰った時と、内装は何も変わっていない。母が好きだった刺しゅうのタペストリーがそこかしこに飾られている家だ。
 その日の夕飯は父がつくった。リンクがつくると申し出たのだが、「おまえろくに料理できないだろ」と指摘されたのだ。確かに城下町暮らしではほとんど買い食いで、料理などほとんどしたことがないが、修行さえすればそれなりにつくれるはずだ、と心の中だけで反論した。
 ハテノ村特産のミルクや小麦をたっぷり使った料理を食べながら、リンクは騎士の任命式で食べたハイラル城の宮廷料理を思い出す。
「……僕、やっぱり騎士に向いてなかったのかな」
「なんだあ、そりゃあ」
 父は首をかしげた。
「同じ英傑の人に言われたんだよ。僕は騎士にはなれない、って」
「お前に適性がなかったら、騎士学校になんか入れてない。わしは元騎士団長だぞ、人を見る目はあるつもりだ」
 足を怪我する前まで、父はハイラルの騎士団長をつとめていた。リンクのような近衛騎士ではなく、ハイラル騎士団百人をまとめ上げるトップだったのだ。このように気楽な性格をしているので、息子のリンクすらうっかりその過去を忘れそうになるのだが。
「いいか、騎士っていうのは、主君のために剣を捧げるんだ。命をかけて王のために戦う。それは何のためだか、わかるか」
「何のため……? 厄災ガノンを倒すため、とか」
「おいおい、それならガノンがいない時代はどうなる。もしくは、ガノンを倒した後はどうなるんだ」
 リンクははっとした。厄災を封印した後なんて、考えたこともなかった。平和な時代において、騎士はどうあるべきなのか。その時、勇者はもう必要とされなくなるのだろうか。
 父はとっておきの話をするように指を立てた。
「わしらはな、主君が理想とする世界、つくりたい世界のために戦うんだ。剣の腕で王様の手助けをするんだよ」
「理想の世界のために……」
 ゼルダはハイラルをどうしたいと考えているのだろう。もし無事に近衛騎士に戻れたとしたら、そしてその話が出来るほど彼女と打ち解けられたのなら、聞いてみよう。王族の彼女にはきっと、自分よりもはるかに物事がよく見えているだろうから。
「主君の描く世界とわしらの考える幸せが重なれば、もう騎士としては本望だろうな」
 そして父は本懐を遂げた。騎士として十分に能力を発揮し、王に仕えてきた。
 食卓に心地よい沈黙が降りた。リンクは素朴なスープとパンで腹を膨らましながら、心にも充足感が満ちていくのを感じていた。



 中央ハイラルで起こるであろう様々な事件は、遠く離れたハテノ村までは届かない。リンクの日常はハテノビーチに押し寄せる波のように穏やかで、ただ時間だけが過ぎていった。
 リンクは毎朝早く起きて、家の農作業を手伝い、時にはハテノ牧場まで出かけて力仕事をした。村人たちは彼が戻ってきた事情を知っているので、あえてそれに触れようとはしない。リンクは自分が騎士だったことなど忘れてしまいそうだった。ハイラル城での日々が、遠い遠い過去になりかけていた。
 ある日、リンクが庭で薪割りをしていると、吊り橋を渡ってくる見知らぬ旅人の姿が目に入った。フードを目深にかぶった女性だった。
 彼女は封筒を差し出す。
「リンクという方にお手紙です」
「ああ、どうも」
 妙に聞き覚えのある声だ。リンクが不審に思ってのぞき込むと、その人物はフードを脱いだ。
「一刻も早く城に戻るように、とのお達しですよ」
 マントから覗くのは、王族にのみ許されたロイヤルブルーの衣装。昼の日差しの中でも輝かんばかりの金の髪をなびかせたその人は、ハイラル王女ゼルダその人だった。
「ぜ、ゼルダ姫――!?」
 リンクは仰天して膝をつく。叫びを聞きつけて家から顔を出した父も驚き、すぐに笑顔になってゼルダへと両手を広げた。
「お久しぶりでございます、ゼルダ様。お体の調子はいかがですか」
「団長! 体はもうすっかり治りました。こちらこそ、お元気そうで何よりです。彼は団長の息子さんでしたね」
 ゼルダも嬉しそうに答えた。リンクの父はまんざらでもなさそうに、
「元団長ですよ。ここまでは、どうやっていらっしゃったんです?」
「近衛騎士隊に送ってもらいました。二人もリンクに会いたがっています。今は宿で待ってもらっていますが」
 これほど朗らかに受け答えするゼルダを見たのは初めてだ。リンクは何が何やら分からず、ひざまずいたまま凍り付いていた。
「姫様がわざわざ来てくださったと言うことは、息子に話があるんでしょう。今片付けますので、中に入ってください」
「恐れ入ります」
 ずっと下を向いたままだったリンクの尻を父が蹴った。リンクは慌てて立ち上がり、ゼルダを居間へ案内する。
「では、あとは息子が相手をしますので」
 そう言って父は二階に引っ込んだ。
 二人の間に気まずい沈黙が流れる。家の中は男所帯ながら片付けているつもりではあるが、王女様が滞在すべき場所ではない。恥ずかしさで頬が熱くなる。
 リンクはうつむきかけた視線を無理矢理上げて、
「ゼルダ姫」「リンク」
 言葉が重なった。「すみません、お先にどうぞ」とリンクが譲り、ゼルダが話しはじめる。
「まず、この前は本当に申し訳ありませんでした。一人で勝手な行動をしたあげく怪我をして、あなたやたくさんの人に迷惑をかけました。それに、今までずっとあなたにはひどい態度をとってしまって……謝ります」
 ゼルダがぺこりと頭を下げた。リンクは心底慌て、
「とんでもございません。私がもっと気をつけていれば――いや、あの前の晩、失礼な発言をしてしまいました。こちらこそ、申し訳ございません」
「いいえ、私が一人で調査をしたいと言って、あなたが疑問に思うのも当然ですよ」
「ですが……」
 なおも謝罪しようとするリンクに、ゼルダは頬を緩めて手を振った。
「もう、やめましょう。リンクの気持ちは十分に伝わりましたから」
 主君にそう言われては引き下がるしかない。リンクは恐縮しながら、初めて面と向かって名前を呼ばれた、と思った。
 彼は一度深呼吸して、先ほど受け取った手紙を取り出す。ハイラル王直筆であることを示す印が押されていた。
「これは、王からの書状ですか」
「ええ。詳しいことはそこに書いています。私から進言し、あなたにすぐにでも城に戻ってもらうことになりました」
 ゼルダはきっぱりと答えた。
「厄災に対抗するため、あなたの存在は絶対に必要なのです」
 なんとも力強い発言だった。やはり彼女は王家の一員なのだ、とリンクは深く感じ入る。そうとなれば、彼の心はもう決まっていた。終わってみれば短い休暇だった。
「かしこまりました、城に戻ります。ですが荷造りがあるので、出発は明日でもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
 タイミングを見計らっていたのだろうか、父親が階段を降りてきた。リンクの肩をつかんでゼルダの方へ押し出す。
「姫様、宿までうちの息子に送らせますよ」
「ありがとうございます。でも、見送りだけで大丈夫ですよ」
 外に出て橋に向かいかけたゼルダは、何故か少し不安そうな顔で振り返った。
「リンク。あのとき、どうしてイーガ団から私を助けてくれたのですか」
 彼はまっすぐに主君を見つめ、前とそっくり同じことを答える。
「私はあなたの騎士だからです」
 ゼルダはにっこり笑った。花のつぼみが開くような、とびきりの笑顔だった。
「どうもありがとうございました。明日はよろしくお願いします」
 お辞儀をし、ゼルダは暮れかけた夕日を浴びて歩いていく。リンクは王女の背中が吊り橋の向こうに消えても、ずっとぼんやり見つめていた。
 父親がやってきて、息子の肩を叩く。
「いい主君を持ったな、リンク」
「……うん」
 リンクは素直にうなずいた。
 これからはゼルダを支え、彼女の夢見る世界のために力を尽くそう。彼女のための騎士として生きよう、と心に決めた。
 それは、リンクの夢と思いが一致した瞬間だった。





「まず、食事から肉類を抜きます」
 ゼルダの静かな声を聞き、リンクはトリ肉の包み焼きを頬張りかけたまま、停止した。
「完全な断食をしていた時期もあったのですが、現在は効果なしと判断しています。今夜は体を清め、寝る前には祝詞を唱えます」
 彼女の遠い目は、鍋を炙る火に何かの影を重ねているようだった。
「それは、お母上からお聞きになったことですか」とリンクが尋ねると、
「いえ。自己流……なんです」
 ゼルダはそっと目を伏せた。
 姫と近衛騎士隊の三人は、樹海の奥にある「勇気の泉」を目指してフィローネ地方を旅していた。明日泉にたどり着く日程で、今夜は手前の高原の馬宿に宿泊だ。
 今回の旅には遺物調査隊はいない。ゼルダは、泉で封印の力を目覚めさせるための修行をするのだ。
 ゼルダの母は十年ほど前に亡くなった。娘の修行が本格化する直前だったらしい。一子相伝の修行にはろくな資料も残っておらず、自己流でやるしかなかった、とゼルダは自嘲する。
 トリ肉をふんだんに使った食事は馬宿で張り切って用意してもらったものだが、彼女は修行の関係上口に入れられない。
「ですので、このお肉はみなさんで食べてください」
「じゃあ隊長どうぞ」
 間髪入れずに赤毛の部下・ニコラスが言った。リンクが口を開く前に、茶髪の部下スコットが指摘する。
「隊長、食べるの大好きでしょう」
「そうですか……?」
 リンクは自覚していなかったらしく、首をかしげた。ゼルダも表情に笑いを含ませながら、
「遺物調査の時も、私が目を離すといつも何か食べてましたよね。リンクは健啖家なのですね」
「確かに嫌いな食べ物はありませんけど……」
 リンクは恐縮するしかない。肩を丸めてゼルダの分のトリ肉を受け取った。
 黙って幸福そうに肉にむしゃぶりつく彼を眺め、ゼルダは目を細める。
「あなたが近衛騎士になってから、私はいつもあなたにどう見られているか気にしていました……。無表情だし、必要なこと以外しゃべらないから」
「す、すみません」
 単純に、何も考えていなかっただけのような気がする。ニコラスがぴんと人差し指を立てた。
「あれですよね、隊長って出来るオトコだから、昔っから敵が多かったって聞いてます。だから、無口なのは自分を守るためにやってるんですよね」
「……?」
「無自覚だったんですか!?」
 姫はこらえきれなかったらしく、口元を押さえた手からくすくす笑い声を漏らした。
 ぼうっと燃え上がる頬を隠すようにうつむいて、リンクは肉にがっついた。



 フィローネ樹海の最奥、竜の顎を模した遺跡の中に、その泉はひっそり存在する。歴代の王女が祈りを捧げ、封印の力を得たと言い伝えられる勇気の泉だ。底からは清浄な水がこんこんと湧き出し、泉を見下ろすように石造りの女神像が鎮座ましましている。
 ゼルダは静まりかえった大昔の遺跡を、簡素なサンダルでぺたぺた歩いた。すでに全身は修行用の白い巫女服につつまれている。彼女はゆっくりと近衛騎士隊に振り向いた。
「ここから先は……リンクにだけついてきてほしいのです」
 リンクが何か言いかける前に、部下たちは顔を見合わせてうなずいた。
「じゃあ我々は外で見張りをしています」
 ゼルダはほっとしたように息を吐いた。
「修行は日の出から、日の落ちるまで続きます。もちろんリンクもですが、適宜休憩を取ってください」
 部下二人が外に出るのを確認し、ゼルダは泉の中にしずしずと入っていった。冷たいだろうに、身じろぎ一つしない。中央までたどり着くと、両手を祈りの形に組み合わせた。
「天におわします女神ハイリアよ……」
 流れるように祝詞を唱えはじめる。リンクは彼女に背を向けて、入り口を見張った。
 この修行方法は、毎回少しずつ変えているらしい。母の発言や数少ない手記を地道に調査して、毎度別の方法を試している、と昨晩ゼルダが言っていた。
 延々と続く修行を背中で感じながら、リンクはただそこに居続け、太陽が天球を半周する様子を眺めていた。
 気がつけば祝詞が終わっていた。
「――どうして!?」
 ぱしゃんと水を叩く音がして、リンクは反射的に振り返る。
 ゼルダは泉の中でうつむいていた。体が震えているのは、寒さのためだけではない。
「私は……私はやっぱり無才の姫なの……?」
 リンクは唇を開きかけて、止めた。かける言葉が見つからなかった。
「できない」ことで悩んだことのないリンクには、ゼルダの苦悩はどうしても分からない。どう対処すればいいのかも。ただ、言葉を受け止めるだけだ。
 泉から上がってきたゼルダは、こらえきれないようにつぶやく。
「十年間、努力してきました。それなのになぜ……」
 いつかできます、と言うのはあまりに無意味な励ましだ。リンクは黙って、乾いた布を彼女に差し出した。
 ゼルダは力なく首を振り、遺跡の中を歩いていく。
「……馬宿に帰りましょう。一日、ご苦労様でした」
 入り口に向かうその背中を、リンクは見守ることしかできなかった。
 部下と合流し、一行は高原の馬宿にたどり着く。
 すぐにでもゼルダを休ませようとしたが、宿は妙に混み合っていた。テントの中からあふれた人々が、興奮した様子で会話している。
 リンクは馬宿の主人をつかまえ、尋ねた。
「何かあったのですか」
 近衛騎士とゼルダ姫の姿を認めた主人は、リンクにすがりつかんばかりに話しはじめる。
「それが、ここから北に行ったハイリア大橋の向こうに、魔物の群れが現れたんです……!」
 さすがのリンクも顔色を変えた。後ろのゼルダが息をのむ気配がした。
「どのていどの規模ですか」
「数十……と聞きました。どうもこちらに向かっているらしい、と逃げてきた旅人たちが皆そう言っています。城に伝令は走らせたのですが、街道が魔物に占拠されているので、応援が来るまでまだ時間はかかりそうで……」
 主人の言葉には不安がありありとにじんでいた。
 聞くが否や、リンクは反射的に身を翻していた。休ませたばかりの馬の手綱を引き、馬宿の入り口へ駆けていく。部下が叫んだ。
「隊長!」
「少し様子を見てこようと思います。二人は姫をお願いします」リンクはほとんど馬に飛び乗りながら叫び返した。
「リンク、どうか気をつけて……」
 ゼルダの声を背中に受け、リンクは颯爽と平原を横切る。月が明るいおかげで馬でも動けるが、裏返せば魔物たちも活発に行動できるということだろう。
 ハイリア大橋を渡り、北にある物見台にたどり着いた。はしごを上ると常駐している兵士たちが一斉にこちらを見る。リンクは英傑の証である服を誇示するように、敬礼した。
「私はゼルダ姫の近衛騎士隊長、リンクです。状況を教えてください」
 兵士は敬礼を返し、
「はっ。三十ほどの魔物のこちらに向かってきています」
 兵士が指さす方を確すると、北の平原に無数の赤い目が明滅していた。ハイラルに生息する魔物の中でもっとも数の多いボコブリンだけでなく、背の高く力の強いモリブリンのような個体も混ざっているらしい。魔物が群れで行動をとるのは珍しいことだった。最近ささやかれている魔物増加の噂は、真実だったようだ。
 目をこらして暗い平原を見つめ、リンクは物見台から身を乗り出した。
「――あれは!」
 眼下を走るのは二人の旅人だ。ほとんど魔物の群れの先頭付近にいる。たいまつを持っているが、それが逆に魔物たちの注意を引いていた。あのままでは追いつかれてしまう。
 考える前に体が動いていた。リンクは躊躇なく見張り台から飛び出した。
「リンク殿!?」
 はしごを数段飛ばしで駆け下り、旅人と魔物の間に割り入った。
「ここは私がなんとかします。あなたたちは早く見張り台へ!」
「ありがとうございます!」
 足音が遠ざかっていく。リンクは覚悟を決めてマスターソードを構えた。白刃が月光を跳ね返し、魔の者の目を焼かんばかりに輝いた。
 横薙ぎに振るわれた剣が、先鋒の赤いボコブリンを上下に二分した。退魔剣は魔物に対して抜群の威力を発揮した。無造作に振るうだけで急所に吸い込まれるようだ。リンクは一人で悠々と数匹を相手取り、蹴散らしていく。魔物は徒党を組んでいても統率がとれているわけではないらしく、単騎で挑んだリンクが集中砲火にさらされなかったのも幸いだ。彼は、ハイリア大橋に近づこうとする敵を優先して狙った。
 気づけば切り捨てた魔物の死骸で足下が埋まっていた。周囲が開けて少しだけ息をついた瞬間、頬を矢がかすめた。はっとして身を伏せる。月明かりに浮かび上がるのは、馬の四つ足に猛獣の上半身。あの特徴的なシルエットは――
(ライネルか!)
 最強格の魔物だ。距離に応じて近接武器と弓を使い分ける、厄介な相手である。また矢がすぐそばの地面に突き刺さった。相手は夜目が利くらしい。このままでは埒があかない。リンクは立ち上がり、距離を詰めようとした。が、魔物の姿が二つ見えて愕然とする。二体のライネル。ハイリア大橋を守りながら、果たして二匹同時に相手できるのだろうか。
 ここが引き時か。一人で戦うには限界がある。見張り台に引き返し、弓矢での攻撃に切り替えるべきか。
 それが得策に思えた。なのに、リンクは動けなかった。
(ここで僕が下がれば、被害が広がる……?)
 自分以外の誰かが怪我をするかもしれない。一方自分には切り札と言えるマスターソードがある。やれるところまでやってみるべきではないか。
 リンクはライネルに正対した。一匹が先に突進してきた。彼は気合いを入れて退魔剣を振り上げ、相手の重い一撃を受け止める。そこから反撃に転じたが、前足を高く上げて避けられる。
 今度は右から別の一匹が斬りかかってきた。リンクは背を反らせてかわした。剣でなぎ払い、矢をかいくぐり、盾で防ぐ、テンポのいいやりとり。お互いに一歩も引かない。
 いつしかリンクの心に火がついていた。いや、それは昔から燃え続けていたのかもしれない。生死をかけた戦いの中で、彼は何かが目覚めるのを感じた。
(楽しい……?)
 自分の呼吸しか聞こえなくなったような不思議な感覚。逃げ遅れた髪が切り飛ばされて覚える興奮。
 ライネルが大きく息を吸った。間髪入れず吐かれた炎を、リンクは後方に引いてやり過ごしてから、素早く後ろに回り込む。馬のような胴体に駆け上がり、それを足がかりにして高くジャンプし、脳天からマスターソードを突き刺した。
 ライネルとの距離が近すぎたせいで、魔物の体液を真正面から浴びてしまった。だが、リンクは何故か気持ち悪いと思わなかった。
 死体の上で振り返れば、もう一体のライネルがこちらに向かって剣を構え突進してきていた。
 もう一戦だ。だらりと垂れた右手の中で、マスターソードが青白く光った。
「リンク!」
 出し抜けに涼やかな声がして、魔物の首に矢が突き刺さる。
「!?」
「大丈夫だった、リンク?」
 目を丸くする彼の前に躍り出たのは、赤いひれをひらめかせたミファーだった。光鱗の槍と呼ばれる愛用の武器が半回転し、ライネルの鼻先をかすめる。彼女は自分の体の二倍以上ある魔物にも果敢に立ち向かう。
 気づけば、あちこちで戦いが起こっていた。リンクの討ち漏らしたボコブリンたちがハイリア大橋に殺到する。だが、橋の真正面にはいつの間にかウルボザが陣取り、七宝のナイフを振るっていた。彼女に向かって放たれた矢はダルケルが障壁で受け止め、その隙にウルボザが雷撃を食らわせる。
 さらに、どこからともなく降ってきた矢が、恐ろしいほどの正確さで魔物を射抜いていった。丘の上に陣取ったリーバルがオオワシの弓で放ったものだ。さきほどリンクを助けた矢も彼の仕業らしい。
 リンクはもう一度真正面を見据えると大きく踏み出し、ミファーに向かって振り下ろされたライネルの剣を盾で受け止めた。その脇から飛び出したミファーが魔物の腹部を大きく切り裂く。
「リンク、今!」
 その合図と同時に、リンクはマスターソードを袈裟懸けに振り下ろして渾身の一撃を食らわせた。
 ライネルはどうと倒れた。どうやら今のが最後の敵だったらしい。リンクの周りに、ばらばらと英傑たちが集まってきた。
「ど、どうしてみんなが……?」
 彼は困惑して仲間たちの顔を見回す。ミファーが笑顔で答えた。
「明後日、また城に英傑で集まって会議をすることになったんだ。だから、リンクと姫様を迎えに行くために早めに集合しようって、みんなですぐ北にあるハイラル宿場町まで来てたの。そうしたら、このあたりに魔物が集まってるって伝令が来たから」
「私たちが行くのが一番早いだろうってね」
 ナイフを肩に担ぎ、ウインクするウルボザ。「一人で戦うなんて水くさいぜ相棒」とダルケルに言われ、リンクはどきりとする。リーバルはくちばしを閉じたままだったが、思うところがあるに違いない。
 魔物殲滅を見届けたのだろう、大橋の見張り台から兵士が次々と降りてきた。「ありがとうございますっ」「さすがはハイラルの英傑様だ」「すさまじい戦いぶりでした!」と口々に礼を述べる。
 その輪を抜けて、供を連れた一人の少女がリンクの前に現れた。
「リンク、どうして一人で戦ったのですか」
「姫!?」
 ゼルダは修行を終わらせた時と負けず劣らず、青ざめていた。周りの人々が王族の登場にさっとひざまずく。英傑五人も姿勢を正した。
 リンクは冷や汗をかきながらぼそぼそ答える。
「どうして、と言われましても……」
 すると、ミファーがリンクの右手をとり、ゼルダに一礼した。
「姫様、ここは私に任せてくれませんか? リンクの傷の手当てもしたいですし」
 その発言で、さっとゼルダの顔が曇る。
「まさか、怪我をしているのですか」
「いえ、たいしたことはありません」リンクは首を振るが、
「と言っていますけど、ちゃんと確認してみます」
 ミファーは力強く宣言した。ゼルダは少しだけ表情を緩めた。
「お願いします、ミファー」
 こうして英傑を含めた一行は高原の馬宿に帰還した。すでに夜はとっぷり更けており、星が瞬いていた。魔物の脅威が消えたことを聞いた宿の人々は安堵の息を吐き、戦いの一部始終を見ていた者たちは興奮を発散させるために会話に打ち込んだ。
 ミファーは宣言通り、リンクを近くのハラヤ池のそばへ連れて行った。そして彼の体を一瞥すると、
「左手と右足、それと背中かな。見せて」
「ミファーには隠し事できないよ……」
 リンクはおとなしく袖をまくり上げた。露出した傷口にミファーが右手をかざすと、金色の光があふれ出す。彼女には、妖精にしか扱えないという癒しの力が生まれつき備わっていた。ゾーラの英傑にふさわしい特別な力だだろう。
 そして性格もまさしく妖精のように優しい彼女だが、リンクに対する追及は厳しい。
「リンク、どうして無茶をしたの」
「分からない」
 彼は正直に答えた。だが、あのとき感じた興奮、「楽しさ」のようなものだけは、ミファーにも決して告げられないと感じていた。今思い出せば、あの感情は不吉だった。自分の中にある掘り返してはいけない鉱脈を探り当てた気がした。
 だから、あくまで表面上のことを答える。
「気づいたら体が動いていたんだ」
「そう……。リンクはいつもそうやって一人で誰かを助けようとするけど、私たちや部下の人や、仲間がいるんだから。もうこんなことしちゃだめだよ」
「うん。ありがとう」
 ミファーの手が引かれると、すっかり痛みが消えていた。皮膚は跡すら残さず元通りだ。
 全ての治療が完了して、服を元に戻すリンクを見つめながら、ミファーは微笑みをこぼす。
「私、リンクが勇者になってくれてよかったって思ってる」
「え?」
「前に、雷獣山に電気の矢を使うライネルが住みついたときがあったでしょう。あれをリンクが退治してくれた時、伝説の勇者がリンクだったらいいのに、って思ったの」
 武者修行の時の記憶だ。リンクとミファーは、騎士団長の父とゾーラ王ドレファンを通じて幼なじみと呼べる間柄だった。三年前に旅の途中でゾーラの里に寄ったとき、電気に弱いゾーラの代わりにライネルを退治したのだった。
 静かに揺れ月を映す水面に、リンクは視線を投げかける。
「勇者か……。僕って、本当に勇者らしいのかな。一万年前の勇者はどんな人だったんだろう」
 ゼルダの封印の力は血によって受け継がれる。だから多かれ少なかれ、母親から力がどのようなものか聞いていただろう。だがリンクは、一万年ぶりに現れた勇者の魂を受け継ぐ者だ。「勇者」がどのようなものか分からないまま、マスターソードを扱っている。この剣にはなんとなく自分と共鳴するものを感じるが、それが勇者の印だという確証はない。
 ミファーはそっとリンクに体を寄せた。
「さっき戦ってるときのリンクは、勇者みたいだったよ。ちょっと無謀……かもしれないけど、勇気があって。かっこよかった」
 ストレートに褒められて、彼はぽうっと熱くなった頬をかいた。
「そろそろ馬宿に戻ろうよ、リンク。お腹減ったよね」
「うん。もうちょっとしたら戻るよ」
「分かった。寒くならないうちに帰ってきてね」
 ミファーは少し物足りなさそうに振り返りながら、先に帰路につく。
 リンクは立ち上がった。池のほとりにある木の陰のあたりを鋭くにらむ。
「僕に何の用ですか」
 ゆっくりと暗がりから姿を現したのは、リトの英傑リーバルだった。
「さっきの戦い方は、騎士らしくはなかったんじゃないかい」
「……」
 リンクが一人を貫いて戦ったことだろう。薄々彼自身も気づいていたが、やはりリーバルにもそう思われたか。
 騎士は主君を守る使命がある。だが先ほどの戦いは、あまりに無謀だった。使命を果たすためといえど、余計な危険を冒しすぎた。
 リンクは唇を噛んだが、ふと肩の力を緩めて深々とお辞儀をした。
「おっしゃる通りです。先ほどは助太刀、ありがとうございました」
 顔を上げると、リーバルは意外そうな表情をしていた。
「ずいぶん素直じゃないか」
「あなたとは違いますから。それに、弓の腕は確かなようですので」
 以前「実力に疑問を抱く」と言ったことは撤回する、とリンクは答えた。リーバルは面白がるように目を細めた。
「へーえ。それなら弓を教えてあげようか?」
「結構です」
 ぴしゃりと断る。リーバルは肩をすくめ、羽を広げて飛び去ろうとした。
 その直前、リンクは声を投げる。
「私は騎士です。どうあろうとゼルダ姫の近衛騎士です」
「そう思いたいなら、思っていればいいさ」
 やはり平行線だった。どうやっても彼とは分かり合えないのかもしれない。それでもリンクの心に残ったのは、最初の頃のような居心地の悪さではなく、すがすがしさだった。
 リンクはハラヤ池に背を向け、馬宿を目指した。





「本当に、修行の旅をしてきたのじゃな?」
「はい。間違いありません。ゼルダ姫と我々は力の泉に赴き、祈りを捧げてまいりました」
 すらすらと答えながらも、リンクは内心冷や汗をかいていた。
 玉座に腰掛けたハイラル王は思案するようにあごひげをさすった。やがて、重々しくうなずく。
「分かった、そなたを信じよう。遅くまでご苦労であった、ゆっくり休むとよい」
「は……」
 彼は深くこうべを垂れてから王の前を辞した。ハイラル城本丸を出ると、西の空に沈みゆく夕日がよく見えた。
 数ヶ月ほとんど片付けをしておらず荒れ放題の下宿に帰り、ドアに鍵をかけてやっと息を吐く。
(王に嘘をついてしまった……)
 それが正しいのか否か、リンクにはもう分からない。
 ゼルダ姫はハイラル王の「今後一切遺物との関わりを禁じる」という言いつけを破り、遺物の調査に行ってしまったのだ。いつまで経っても封印の力に目覚めず、好きな遺物調査ばかりしているゼルダに業を煮やした王が、研究の禁止をきっぱりと言い渡した。その場にリンクも居合わせており、その命令ははっきりと聞いている。
 だから先日ゼルダが「古代研究所へ行く」と言い張った時、リンクは当然のごとく反対した。
「どうしても、この目で確認したいものがあるのです!」
「ですが、王のご命令があります。遺物の研究はプルア博士やロベリー博士に任されては……」
 弱くリンクが反論すると、ゼルダは例の石版を取り出した。
「このシーカーストーンに関する文献が見つかったそうなのです。解析を進めれば、リンクの役に立つかもしれません。父上には私から力の泉に行くと伝えます。どうか、お願いします」
 深々と腰を折られて、リンクは困り果てた。悩んだ末、彼はゼルダに従った。簡単に言えば、思考停止してしまったのだ。「直属の上司が命令したのだから仕方ない……」と。
 ゼルダは古代研究所からさらに別の遺物へ寄り、帰り道に通ったサーディン公園で「ラネール山に挑む」と宣言した。その頂に「知恵の泉」を抱く山だ。もちろんゼルダの修行の地の一つだが、十七歳にならないと足を踏み入れてはいけない習わしがあるため、まだ行ったことがなかったらしい。ハイラル王が、一向に成果の上がらない修行を十年も強行させた理由は、このあたりにあったようだ。
 それに。サーディン公園に寄る前、マリッタ馬宿で調査の準備しているとき、リンクは旅人たちがひそひそ話しているのを聞いてしまった。
「姫様、こんなところに何の用だって?」
「なんでも一万年前の遺物が見つかったとか。それを調べるんだってよ」
「はあ。でも封印の力、まだなんだろう? 大丈夫……なのかねえ」
 リンクは息を殺して馬宿に荷物を運んだ。心臓がどくんどくんと鳴っている。民の不安を完全に否定してしまうことは、彼にはできなかった。
 ゼルダの封印の力が目覚めないことは、確かに大問題である。それに輪をかけて、民衆は「ゼルダが趣味に興じて修行をおろそかにしている」と思い込んでいる。それを助長する証拠も事実も、残念ながらいくらでもあるのだ。いくら本人が「研究は逃避行動ではない」と言い張っても、そう取られてしまっていることは事実だった。
 やはり、ゼルダを止めるべきだったか。プルアたちも反対したのか、今回の調査にはついてきていなかった。
 そこまで思い出して、リンクは自室のベッドの上で突っ伏した。
 明日はゼルダの十七歳の誕生日を記念して、ハイラル城でパーティが開かれる。王国の重鎮や英傑たちは皆、招かれていた。
 リンクも参加する資格はあるが、少し顔を出すだけで済ませるつもりだった。来たるべきラネール登山の装備をととのえるのが先だ。
 ゼルダはどうしたら力を手に入れることが出来るのだろうか。きっと本人も含め、周りの人間は皆深刻に悩んでいるだろう。魔物の増加スピードから考えると、もうあまり厄災復活までの時間はないはず。マスターソードも来たるべき戦いを前に、最近どんどん切れ味が増しているようだ。
 ゼルダが成果を出さねばならぬ時が近づいていた。



「御ひい様とずいぶん仲良くなったみたいじゃないか、リンク」
 顔を出すだけのつもりで出席した誕生記念の立食パーティで、リンクはウルボザにそんな言葉を投げかけられた。
「仲良く……ですか?」
 無心に香草焼きを皿に取っていた手を止め、彼は首をかしげる。ウルボザは普段より着飾り、金の装飾が増えている。一方のリンクはいつもの英傑服そのままだ。
「そうだよ。最近御ひい様と会うと、あんたのことばっかり話してくるんだ」
「近衛騎士として、行動を共にしていますから。話題が増えるのも当然かと」
「わかってねえなあ相棒は」
 そこにダルケルがにやにやしながら割り込んでくる。
「お姫様だって十代の女の子なんだよ」
「今日が十七歳の誕生日ですからね」
「そうじゃなくてだなあ……」
 杓子定規な回答ばかりするリンクに、ウルボザはこらえきれないように笑っていた。隣でミファーもにこにこしている。
「リンクはずっとそのままでいてね」
「ミファーまで……」
 リンクは眉を下げ、ふと時計を確認した。予定の時間を過ぎていたことに気づき、急いで食事を詰め込む。
「すみません、一度抜けます。明日の準備があるので」
「ちゃんと戻って来いよ!」
 ダルケルの声に軽く手を上げたが、心の中では「どうだろうな」と思っていた。
 会場の食堂から出る時にざっと確認したが、リーバルはいないようだった。最初のあいさつでは確かにいたので、さっさと抜け出したのだろうか。
 リンクは一人、冷え切った廊下を歩いて倉庫に向かう。そこで部下の二人が待っていた。
「隊長、パーティはいいんですか」
 ニコラスが驚いたように顔を上げた。彼らの足下には荷物がまとめてある。
「抜けてきました。もしかして、二人が準備を?」
「ええ、やっておきました」
 スコットが誇らしげに胸を張る。リンクはうなずき、
「では点検しますね。二人もパーティを覗いてきたらどうですか」
 と言うと、部下たちははーっと大きくため息をついた。
「いや、ああいうのはお偉方に任せます」
「隊長の点検が終わるまで待ってますよ」
 リンクは荷物のリストと併せてチェックを始めた。
 その最中に、彼は不意に顔を上げると、部下に問いかけた。
「二人はどうして、私の下についたんですか」
「え、それ聞いちゃいます?」ニコラスが肩をすくめ、おどけたように答える。
「だって……こんな若造が上司になって、不安だったでしょう」
 二人は顔を見合わせた。
「理由はいろいろありますけど」ニコラスが言い、
「出世への近道だと思ったから、です」スコットが真面目な顔で引き継いだ。
 出世。リンクが考えたこともなかった要素だ。彼はただ、騎士にふさわしい人間になりたかった。誰かの期待に応えたかった。その結果として地位が得られるのは名誉なことだ、と父は言っていたが……。
「出世は重要ですよー。お給料と直結しますから。英傑で勇者の隊長がばんばん昇進したら、自動的に部下の俺たちも引き上げてくれるでしょう?」
 下心に満ちた回答をされ、リンクは慌てて首を盾に振る。
「それは、もちろんそのつもりですけど……」
 スコットが少し声を張り、
「それとリンク隊長はニコラスや俺に好き勝手やらせてくれるから、やりやすいです。こんなに部下に好き放題言わせる上司なんて、他にいません」
「そ、そうでしょうか」
「そうです」
 スコットが断言する。ニコラスが笑顔でリンクの肩を叩いた。
「だから俺たちのためにガノンを倒して出世してくださいね」
「……努力、します」
 いつもの殊勝な台詞だが、リンクの頬はほころんでいた。二人は、ほとんど初めて彼の笑顔をまともに目撃したのだった。
 そのとき、倉庫とつながる廊下に、誰かの影が揺らめいた。
「リンク」
 ゼルダ姫だった。リンクは姿勢を正してかしこまり、部下は一歩引いてひざまずく。
「どうされましたか姫、このような寒い場所に……」
 ゼルダはロイヤルブルーの正装である。今宵の主賓にふさわしい美しさだ。普段は理知的な面ばかり強調されがちだが、やはり姫の気品を備えていることが分かる。
 彼女はリンクに近寄ると、唇を尖らせた。
「あなたが急にいなくなるから探したのですよ。ウルボザに聞いたら、ここにいると言っていました」
 リンクははっとした。いつの間にか部下たちがいなくなっている。ゼルダは手に持っていた皿を差し出した。
「宴の料理を少し持ってきました。展望室で食べませんか」
 ゼルダは伏し目がちに近衛騎士を誘った。
 日が落ちると、ハイラル城下町には無数の灯がともる。王女の誕生日ということで、街にも城から料理が振る舞われているようだ。通りは老若男女であふれ、出店に列をつくり、賑わっているのが見えた。
 故郷の村ののどかさとは違うけれど、とてもいい光景だとリンクは思う。これを守るために自分がいるのだ、とも。
 ゼルダは料理にあまり手をつけず、ぼんやりと景色を眺めていた。唐突に、唇を動かす。
「私は、自分の誕生日があまり好きではありません」
「え?」
「十年前の誕生日……あの予言があったのです」
 リンクはどきりとした。ガノン復活の予言があったのが、ゼルダの誕生日当日だったと、確かに聞いたことがある。
 ゼルダは目を細め、過去に思いをはせる。
「今でもよく覚えています。私の将来を占うため、王国一の占い師が城に招かれたのです。彼は私の目の前で、水晶玉の中に何かを見つけ――悲鳴を上げて倒れました。そしてうわごとで『厄災ガノンがよみがえる』と告げたのです。それからほとんど間を置かずにかの占い師は血を吐き、命を落としました」
 その光景を想像し、リンクは身震いした。直後、子供だった彼はハテノ村で「厄災ガノン復活間近」の知らせを聞いた。そしてハイラル王が優秀な騎士を王国中から集める、というおふれも。
「それは、なんと申し上げてよいか……」
 ゼルダの抱える悩みはその瞬間から始まったのだ。きっと、その日のことは嫌と言うほど思い出したことだろう。
「ショックでした、とても。でも、もう私がやるしかないのですよね……」
 ゼルダの横顔には静かな苦悩があらわれていた。
「姫は、どうして封印の力を得たいのですか」
 ついにリンクはそう尋ねた。ずっと気になっていた、騎士として目指すべきゴールのことを。
 ゼルダはそっとまぶたを閉じた。
「私にしか出来ないことだから……王族としてのつとめだからです。どうしても私は……皆に、お父様に認められたい……」
 それは、ゼルダが心の奥に押し込めた小さな願いだった。
 この言葉を聞いて、リンクは胸が苦しくなると同時に、足下が崩れるような感覚をおぼえていた。
 リンクは無意識に「ゼルダは国のために修行をしているのだ」と思い込んでいた。だが、実際は違った。ゼルダはもう、この先はないというところまで追い詰められている。力が手に入らなければ彼女の心は前に進めない。だから、街の明かりを見て「ここを守りたい」と思ったリンクと、どうしても同調できない。肩を並べていても、見えるものと感じるものが違いすぎる。
 騎士のつとめは、主君を守り、その夢見た世界を実現させることだ。しかし、今のゼルダにはその理想が存在しない。父や周囲に自分の思いを押さえつけられ、あまりに強く力を求めた結果、守るべき「世界」が見えなくなってしまったのだ。
 突然リンクの舌は、何の味も感じられなくなったようだった。道に迷う主君のために、自分には一体何が出来るのだろう。彼女を導くことは、騎士の役割ではない――何よりも、リンクはそんな器でも身分でもないのだ。
 黙りこくってしまった彼に、ゼルダは心配そうなまなざしを向けた。
「リンク、どうしました?」
 何も答えられなかった。リンクは無力感を噛みしめていた。
 やっと息を整えてから、彼はある提案をする。
「すみません。明日、ラネール山に行く前にハテノ村に寄ってもよろしいですか」
「里帰りですか。かまいませんよ」
「少し、父と話したくて。騎士の身分でこのようなわがままを、申し訳ありません」
「そんなこと……リンクにはいつも助けられていますから」
 ゼルダは微笑みかけた。出会ったばかりの頃は絶対に見せてくれなかった表情だ。
 でも、リンクはその瞳に映るのは本当に自分なのか、と不安になってしまう。
 ウルボザたちは「仲良くなった」と言ってくれた。ゼルダも自分の悩みを率直に打ち明けてくれる。けれど、本当に二人は距離を近づけられたのだろうか。リンクにはどうしても分からなかった。



「リンク、遅かったな。お前の友人とやらがいらっしゃって、一緒に飲んでたんだぞ」
「お邪魔してるよ」
 ハテノ村の実家に帰ってきて真っ先に目に入ったのが、酔っ払った父親と英傑リーバルだったので、リンクは思い切りドアを閉めた。
 それから慌ててもう一度開ける。
「何一人で遊んでいるのさ」
 実家の卓について腕組みするのは、青い羽根を持つリト族である。見間違いではない。
「……リーバルさん、ちょっとお話、よろしいですか」
 リンクは自称「友人とやら」を問答無用で外に引っ張り出した。
 そして声を低め、すごんでみせる。
「誰と誰が友人だって?」
 リーバルはふんと鼻で笑った。
「おや、やっと本性をあらわしたね。不本意だけど、そう言えば話が通じやすいかと思って。いつ帰るか分からない君を外で待つのも退屈だから」
「で、一体何の用なんだ」
 リンクは警戒度マックスである。普段とは言葉遣いすら違っていた。一方のリーバルは余裕しゃくしゃくだ。
「王の命令だよ、あの人も人使い荒いよねえ。ゼルダ姫がまた遺物調査に出かけないか見張れ、だってさ」
 リンクはどきりとした。今回は本当にラネール山に行く予定なのだが……。
「そのついでにね、君がどんな環境で育ったのか気になって」
「別に興味など持たなくて結構です!」
 リーバルが相手になると、リンクは普段の冷静さを忘れ、ついムキになってしまう。
「いやあ素晴らしいお父様じゃないか。騎士っていうものについて、たっぷりご高説を賜ったよ」
 彼の切れ長の瞳を見て、リンクは自分の悩みが見抜かれていることを悟った。
「あのお姫様から、理想の世界は聞き出せたかい」
 やはりそうだ。リンクは返事をよく考え、口を開き駆けたが、
「すぐに否定しないって事は図星だね」と機先を制される。
 リーバルはゆっくりと家の隣にある池の方へ歩いていった。リンクもいやいや、後を追う。
「ハイリア人は、一人一人が弱いから群れる。武器や防具で身を固め、騎士団や王国を作る。でも、リト族は孤高の戦士だ。基本的にリーダーはいない。一人の戦士としてどちらが優れているのか、わかるよね」
「何を言うかと思えば、種族自慢ですか。ですが、集団になることによる強さもあります」
「それなのに君はフィローネ地方でそれを選ばなかった」
 鋭い指摘が胸に刺さった。確かにあの時、リンクは一人で戦った。リーバルはすっと腕を上げてリンクを指さした。
「勇者としてはそれでいいよ。一人で戦って、敵を倒して、人々から尊敬されて。でも、君の目指す騎士としてはどうなんだろうね」
 リンクはリーバルが何を言わんとしているのか、そして何故今まで突っかかってきたのか、やっと理解できた。
「勇者」と「騎士」は違うものだ、と主張しているのだ。それは両立しうるものではない、と。その違いに気づかなかったリンクを、非常に回りくどいやり方で答えに誘導していたらしい。何故そんなことをしたのか、リンクには分からなかったが……。
 彼は、自分を支えてくれた人々を思い出す。「出世してくれ」と言ってくれた部下たち。信頼を寄せてくれるゼルダ姫。騎士学校から近衛騎士へと引き抜いてくれたハイラル王。英傑の仲間たち。古代研究所の博士たち、ハテノ村の人々、父親――
 リンクは誰のことも裏切りたくない。だからリーバルに向かって宣言した。
「勇者であり、騎士であることは、必ずどちらも両立できます。僕がそれを証明してみせる」
 夜風に英傑の服がはためく。背中のマスターソードがリンクの決意に共鳴したようだった。
「……ふうん。威勢だけはいいよねえ」
 リーバルは小馬鹿にしたような発言の後で、
「まあ、その結果がどうなるか、見守ってやらないこともないよ」と告げた。
「監視の間違いでしょう?」
 気づけば、少しだけリンクの唇の端が上がっているのだった。
 皆と協力すれば、自分一人よりも力が増す。大丈夫だ、自分にならできる。父だって信じてくれている。
 それなのになぜだろう。リンクの胸騒ぎは止まらなかった。





 空が割れたのか、と思うほど大きな音がしたかと思うと、足下が揺れ地中から巨大な柱が姿を現した。五本の柱は不吉な赤色に明滅しており、あまりに大きすぎて頂点が見えないほどだ。ゼルダの研究に付き添った際、リンクが幾度となく見てきた遺物たちと似た素材に思えた。五本の柱は、ハイラル城を閉じ込めるかのようにまがまがしくそびえ立つ。
 知恵の泉での修行に失敗し、近衛隊とゼルダは失意を抱えてラネール参道に帰った。そこで待っていた英傑たちと合流したその時、ハイラル城の方角に厄災ガノンと思われるどす黒い霧のようなものが立ち上るのが見えたのだ。ついに決戦の時が来たようだった。英傑たちはおのおのの神獣へと急ぎ、リンクとゼルダ、それに近衛隊の部下二人はハイラル城を目指した。
 東の平原から見た懐かしき城は、暗雲に囲まれていた。城下町も黒々としている。今にも土砂降りになりそうなほど不穏な空模様だから、というわけではない。
 あそこに、厄災ガノンがいる。誰もがその気配をひしひしと感じていた。
 一度しっかり状況を確認しようと、道中にあったゴングルの丘に上ったことで、様子が明らかになった。城下町がよく見えなかったのは、煙に包まれていたからだった。街のあちこちで火の手が上がっていた。
「あれは、ガーディアン!?」
 ゼルダがシーカーストーンをのぞき込み、口元を押さえる。望遠鏡の機能を使ったのだ。石版に投影された映像では、六本の足を持った古代の兵器が無数にうごめき、建物に向かって光線を発射し、街を蹂躙していた。
 それは、かつて彼女が「これがあればガノンにも対抗できます」と期待を込めて眺めていたものだった。
「ど、どうしてガーディアンが町を……そんな……」
 彼女は膝から崩れ落ちた。着替える間もなく走ってきたため、修行着の白装束は見る影もなく薄汚れている。リンクは食い入るように城下町を見つめた。
「城に……城に行かなくては。お父様が……」
 見れば、丘には街から逃げてきた人々が、疲れ果ててそこここでくずおれている。まさか王女ゼルダや勇者がそばにいるとは考えてもいないようだ。残念ながら、城の兵士らしき姿は見えなかった。
 リンクはしゃがみこみ、うつむくゼルダの肩に手を置いた。
「姫はここで待っていてください。私が様子を見てきます」
 ゼルダはぱっと顔を上げた。今にも泣き出しそうな表情だった。彼女はリンクにすがりつき、
「嫌です。私も行きます」震える声で言い張った。
「姫、どうか……」
 王女を説得しようとリンクが口を開いた時、再び重い地響きがした。柱の出現した時の揺れとはまた違う。人々の間から悲鳴が上がった。
「今度はなんだ!?」「また化け物か……」
「隊長、東です!」
 リンクは部下が指さした方に目を向けた。はるか東、ゾラ台地の向こうにあるゾーラの里の方角が奇妙に明るい。重く垂れ込める雲の下で、神獣ヴァ・ルッタがのっそりと動き出していた。
(ミファー!)リンクの胸に希望が灯る。
 だが、ルッタの目に宿る光は見たことがないほど赤く染まっていた。
 胸のざわめきを感じたリンクはゼルダの手をつかみ、とっさにその場から走り出した。大木の影に隠れる。
 一瞬世界が真っ白になって、全ての音が消えた。すぐに視界と聴覚が戻り、あたりは阿鼻叫喚の渦になる。
 何かとてつもない質量のものが、地面をえぐったらしかった。折れた木の幹や散った葉、大量の土埃が頭に振ってくる。ガーディアンの攻撃を軽く凌駕する、とてつもない威力と射程を持った光線が放たれたようだった。暗くてよく見えないが、犠牲になった者がいるに違いない。
 なんとか難を逃れたゼルダは、唇を震わせて叫ぶ。
「い、今のは神獣が……? どうして私たちを襲うのですか!?」
 リンクは答えられない。喉がカラカラに渇いていた。部下たちも無事だったようだが、光景に圧倒されたのか一言も発しない。
 ひとまず自分にできることはないかとリンクが周りを見回した時、立ちすくんでこちらを見つめる誰かと目が合った。暗い空の下でもはっきりと分かる銀色の髪は、シーカー族の証だ。
 相手はリンクたちの正体を悟り、驚きの声を上げる。
「もしかして……リンク!? それに姫様じゃないの」
「この状況でただひとつのラッキーだな……」
 古代研究所のプルア博士と、その隣にはロベリー博士がいた。大きな眼鏡で顔の半分ほどを覆い尽くしたロベリーは、何かを台車に乗せて引いている。
 リンクは二人に駆け寄り、ざっと様子を確認した。どうやら大した怪我はないらしい。
「ハイラル城がどうなったか、ご存じですか」
 尋ねると、二人は青ざめた顔でこっくりうなずいた。ロベリーが先に口を開く。
「バッドなニュースさ。あの五本の柱に格納されていたガーディアンが、厄災に乗っ取られたんだ……」
「城の中は大混乱で、もうめちゃくちゃだったヨ。アタシたちは命からがら逃げてきたけど、ネ……」
 さすがのプルアも消沈した様子で首を振った。ゼルダがよろめきながら近づき、声を絞り出す。
「父は――ハイラル王は?」
 二人は目をそらし、答えない。
「そんな……」
 ゼルダは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。
 リンクは彼女にかける言葉がなかった。ロベリーは取りなすように言った。
「でも、リンクとゼルダ姫様がいる。まだフューチャーは失われていない」
「神獣もあの状態だし、今ハイラル城に行くのは危険すぎるヨ。とにかく後退して、再起にかけよう」プルアも同意する。「場所は――カカリコ村がいいかな。ちょうどインパが里帰りしていたところだし、あそこは防衛に優れた土地だから、ひとまずは無事のはず」
 それぞれにうなずき合い、行動に移ろうとした。それでもゼルダの目は、黒いシルエットを戦火に浮かび上がらせるハイラル城へと釘付けになっている。
「私は城に行かなければ。皆のために、お父様の……」
「ゼルダ姫」
 リンクが小さく名前を呼ぶと、彼女は身を震わせて騎士の腕をつかんだ。
「リンク、厄災と戦ってください!」
「城に行くとしても、あなたをカカリコ村に送り届けてからです」
 きっぱりと言い切ると、リンクは王女の体を支えてしっかりと立たせる。
 酷な対応になってしまうが、今やハイラルの希望は自分たち二人の双肩にかかっているのだ。なんとしてでも生き延びなければならない。
 彼は部下へと目をやった。
「ニコラス、スコット。二人は博士たちの護衛と、できれば人々の避難をお願いします」
「えっ、隊長と姫は……」ニコラスが狼狽えた。
「別行動で、隠れながら進みます。それに、マスターソードが厄災に有効なら、乗っ取られたガーディアンにも効くでしょうから」
 プルアとロベリーは深々と頭を下げた。
「ありがとう、助かるヨ」
「いえ。カカリコ村で、必ずまた会いましょう!」
「オケィ!」「任せて」「はいっ」
 部下たちと別れた後、リンクはゼルダに掴まれていた腕をとんとん叩いた。彼女はうつむいたままだったが、腕を引くと一緒に歩き出した。
 ミファーが神獣の中でどうなったのか……考えたくはない。それに、他の神獣は今どうしているのか。嫌な予感ばかりがどんどん膨らんだ。
 むっとするような土の香りが立ちこめていたかと思うと、ついに雨が降り出した。これはきっとひどい雨になるだろう。目に雨粒が入り、リンクはまぶたを閉じる。すると思い出の暗闇の中に、青い羽毛を持つ鳥人が浮かんできた。
(見守るって、偉そうに言ってたくせに……)
 リンクの胸を満たすのは、苦い敗北感だった。



 粘つくようなぬるい雨はまだ降り続いている。カカリコ村を永遠の闇に閉ざそうとしているかのように。
 インパの屋敷は、不気味な沈黙で満たされていた。なんとかここまでたどり着いたゼルダは疲れきって、二階で眠りについている。彼女がこの現実に向き合うにはまだ時間がかかるだろうし、誰も起こそうとはしなかった。
 別の町や村から避難してきた人々を次々と受け入れているため、屋敷一階の広間はぱんぱんだった。ここまでたどり着いた皆が、疲れた顔をしていた。シーカー族たちは手当に大わらわだ。
 無事に顔をそろえた博士二人と近衛騎士隊の三人、それに王国執政補佐官インパは、二階で車座になって地図を見つめている。そこには無数の赤いバツ印が打たれていた。
「インパ様っ」
 伝令が階段を駆け上がってきた。下の階の避難民に聞こえないように小さく、だが切羽詰まった声で、
「大変です。ガーディアンの群れがこちらに向かっています……!」
 伝令の顔は真っ青だった。インパは礼を言って彼を下がらせると、
「……いよいよ覚悟を決める時が来たか」
 と重々しく告げる。リンクが地図を指さしながら、
「カカリコ村の守りはどうなっていますか?」
「いざとなれば、岩で東西の入り口を封鎖する。ガーディアン相手にどこまで持つかは分からないが……」
「その間にアタシたちが守りを固めればいいんだネ。やるっきゃないヨ」
 プルアは張り切ったように拳を振り上げた。軽い台詞だが、いつもの明るい調子からはほど遠い声色だった。
 リンクは地図から顔を上げ、ゆっくりと皆を見回した。
「一つ、提案があります」
 何を言い出すのだろう――全員が彼に注目した。
「村の南、カカリコ橋を渡った先にあるクロチェリー平原……あそこで、敵を迎え撃ちます」
 プルアは首をかしげる。
「そんなこと、一体誰が……」
 リンクは静かに青い瞳を瞬いた。まさか、とインパの唇が動く。
「馬鹿なことはやめなさい!」
「そうだヨ、ここでみんなで立てこもればいいじゃないの」
 シーカー族姉妹の発言に、リンクは首を振る。
「カカリコ村はそれで守れるかもしれません。ですが、ハテノ村はどうなりますか」
 部下の二人は顔を見合わせた。そこは隊長リンクの故郷だった。
「ユー、あそこはハテノ砦があるだろう」ロベリーが反論するが、
「大昔の内乱の時から、ほとんどそのままの残っている砦です。木で組んだ壁など、あのガーディアン相手に役に立ちますか」
 誰よりもガーディアンの性能を知っているであろうロベリーが反論できず、うなだれた。
「無茶だ、そんなこと……」
 リンクはどこまでも真面目に、涼しい顔で述べる。
「私が引き受ける利点なら、他にもあります。きっと厄災は私やゼルダ姫を優先的に狙うことでしょう。ここまで来る道中でもそう感じました。
 だから、私が時間を稼いでいる間に橋を落とし、岩で道を塞げばいい。どうか、行かせてください」
 リンクは座ったまま頭を下げた。それは「お願い」のようであったが、実のところ他の選択肢はなきに等しかった。
「いや……リンク、あんたがいなかったらゼルダ姫はどうなるのヨ。このハイラルは? 勇者なしで、どうやってあの厄災に勝てばいいの!?」
 プルアが初めて眉を怒らせ、声を荒げた。ほどけた銀髪から、乾ききらない雨粒が飛んだ。
 それでもリンクはひるまなかった。静かに返された視線の強さは、逆にプルアが言葉に詰まったほどだ。
「私が負ける、と決まったわけではありません。少しでも被害を減らす手段があるなら、選ぶべきではないでしょうか。我々はすでに多くを失いすぎました……」
 誰だって死にたくはない。それに、リンクならもしかするとガーディアンの大群にも勝てるかもしれない……。
 それは、とてつもなく苦い誘惑だった。
 リンクを犠牲にして生き残っても、後で絶対に後悔する――そうと分かっていて、誰も彼を止めることができなかった。インパの「時が来た」という発言に反し、この場で覚悟を決めていたのは、リンクだけだったから。
 反対意見が出なくなると、彼は武装を調えた。といっても、身にまとうのは汚れきった英傑の服。武器防具はマスターソードの他に、盾と弓が一つずつ、矢が五十本。それも退魔剣の他は神器にはほど遠い量産品で、きっと戦いの最中に壊れてしまうだろう。
「姫によろしくお伝えください」
 リンクは一礼し、雨のカカリコ村を歩いて出て行った。その背にかけられる言葉を持つ者はいなかった。
 カカリコ橋を渡り、南下する。敵は双子山の間を通ってくる見通しだ、と村を発つ前に伝令から聞いたが、その通りだった。雨で煙っていても、川沿いにこちらめがけて前進してくる無数の目が見えた。不気味にうごめく姿は、群れ全部をひっくるめてひとつの生き物のようだった。
 リンクはマスターソードを抜いた。ゼルダとの逃避行の途中にこびりついた泥が、雨で少しだけ流れる。
「こんなことに付き合わせて、ごめん」
 そう剣に話しかけると、刀身がぼんやり青く光った気がした。なぜだか、リンクの無謀な選択を肯定しているような気がした。
 先頭のガーディアンが、リンクの喉元に照準を合わせる。注がれる赤く細い光は、攻撃を準備している合図だ。それに対し反射的に盾を構えた瞬間、戦いがはじまっていた。
 ……どれだけ時間がたったのだろう。二十体倒したあたりから、リンクは数えるのをやめた。クロチェリー平原の豊かな下生えに覆われた地面は醜くえぐれ、足の踏み場がないほどぼこぼこになっている。リンクは倒したガーディアンの体を遮蔽物にして巧妙に立ち回っていた。だがその動きは、戦いがはじまったばかりの頃よりずいぶんとのろい。
 未だレーザーの直撃は受けていないものの、時々体をかすっている。何よりも、疲労がひどかった。マスターソードを持ち上げるのも一苦労だ。退魔剣は厄災に侵されたガーディアンを相手に抜群の威力を発揮したが、それ自体は刃を持った武器である。明らかに切れ味が落ちていた。
 自らの意思を持たず、相手の動きに反応してただただ殺戮を繰り返す遺物たちは、裏を返せばその行動を読みやすかった。機械的に一体一体ガーディアンを攻略しながら、リンクはいつしか深い思考の沼にとらわれていった。
 何故、一人でカカリコ村を飛び出したのか。その理由は、もう自分でも分かっていた。
 騎士は、皆で一人を守るもの。勇者は、一人で皆を守るもの。
 リーバルの言った通りだ。リンクは完全に間違えていた。そもそも騎士であり勇者であることなんて、彼にはできなかったのだ。
(ごめんなさい、ゼルダ姫。私はあなたの騎士になることができませんでした)
 彼が気づいていなかった自身の本質は、実は勇者の方だったのだ。だから、どうしてもただ一人だけのために剣を振るうことができない。ゼルダだけでなく、背中に残してきた人々の誰もが特別で、大切で、守りたかった。
 背後から特有の機械音とともに、赤い照準が突きつけられたのを感じた。とっさに地面に身を投げ出したが、太い光線は逃げ遅れた右肩をかすめた。マスターソードが腕から飛びかける。
 ここまでか。リンクはなんとか上半身だけ起こし、相手の目玉をにらみつけた。
 その時。
「だ、だめーっ!」
 悲鳴のような声を上げ、誰かがリンクとガーディアンの間に割って入った。すると、突然目の前にまばゆい金色の光があふれた。
 その光はあたたかく、ハイラルの日差しをひとつに集めたようだった。雨雲すら吹き飛ばしてしまうほどの爽快な明るさを感じた。
 リンクは軽く気を失っていたのか、次に目を開けた時、誰かに抱きかかえられていることに気づいた。泥で薄汚れても神々しく輝く女性が、目の前にいた。
「姫……」
 なんとか目だけ動かして、ぼんやりあたりを見回した。雲が割れ、土だらけの草原には光の帯が差し込んでいた。その光景は眩しすぎて、目が痛いほどだ。そうか、今は昼だったのか。
 ガーディアンは全てが機能停止し、そこらに転がっていた。さらにゼルダをここまで連れてきたであろう、部下の二人とシーカー族の戦士が後ろに控えているのが見えた。皆、危機は去ったというのに苦しそうな表情をしている。リンクは自分がどういう状況にあるのか、理解した。
「リンク、お願い、死なないで……!」
 ゼルダの大きな瞳から涙がこぼれ、血で汚れた彼の頬に落ちた。
(またこんな顔をさせてしまった)とリンクはぼんやり思う。唇が勝手に動いていた。
「さっきのは、姫の力ですよね……。力、使えました、ね。おめでとう、ございます……」
「そんなこと」とゼルダは首を振った。
「ごめん、なさい。ハイラルを……お願いします」
 これ以上は騎士として彼女を守れそうにない。ゼルダはくしゃりと顔をゆがめた。
「そんな。私にできることは、もうないのですか!?」
 リンクは彼女に自分の夢を押しつけていたというのに――自らの足でリンクを助けに来て、さらにはこんなことを言ってくれるなんて。ゼルダの真摯な思いが胸にしみこみ、痛みを和らげたようだった。やはり周りの環境が、本来のゼルダをねじ曲げてしまっていたのだろうか。
 だが、彼女は幸か不幸か、もう遺物にも封印の力にもとらわれなくなった。これからのゼルダには、きっと今まで見えなかった素晴らしい何かが見えるはずだ。
 まだ厄災を倒していないのに、英傑たちの仇もとれずに無念で仕方ないはずなのに。リンクは、ゼルダが新たな一歩を踏み出せたであろうことが嬉しかった。
 彼はわずかに頬を持ちあげ、笑みをつくった。
「もう……十分、です。勇者を救える人がいるとしたら……それは、同じ勇者だけだから」
 ゼルダが目を見開いた。そこからぽろりと宝石のような雫がこぼれ落ちる。
 もうまぶたに力が入らない。リンクの視界が暗くなった。
 寸前、懐かしき我が家が記憶の中からよみがえった。夕餉の香りがどこからともなく漂ってくる。
 幻の中で玄関を開け、彼は父にこう言った。
 騎士になれなくて、ごめんなさい。



 勇者は長き眠りについた。



エピローグ、そしてプロローグ


「見れば見るほど、大厄災のすさまじさが伝わってくるよな」
 旅人プリトスの発言に、リンクは大きく頭を縦に振った。
 ハテノ砦前のクロチェリー平原には、大量の朽ちたガーディアンが埋まっている。たまにまだ動くものが混ざっているので、なかなか油断ならない古戦場だ。昔これが全部動いていたなんて――考えたくもない。
 歴史好きらしいプリトスは、深く感じ入った様子で平原に目線を投げる。
「それにしても、このガーディアンの数すごくないか? それだけ、ここで戦った剣士様が大厄災にとって脅威だったってことなんだろうな。こんなガーディアンの大群をよくここでせき止められたよな。このハテノ砦と剣士様がいなかったら、少なくともハテノ村は壊滅してたって話だぜ」
「へええ」
 確かにその剣士はとてもすごいし、そのおかげで今のリンクがのんびりハイラルを旅できているわけだけども。
 プリトスと別れてから、リンクは独りごちた。
「でも、あんなのと一人で戦うなんて……馬鹿野郎だよ。そんな状況にまで追い詰められたら、絶対にダメだよね」
 妙に冷めた発言だった。隣を歩いていた黒灰色の狼は、何かを気にするようにリンクを見上げた。
「ごめん、行こうか」
 彼は狼に笑顔を向け、ハテノ砦から東へと街道をたどっていった。
 歩きながら考えることは、やはり先ほどのプリトスの話だ。
(なんでその剣士はそんなことしたんだろう……?)
 そもそも、あの危険兵器ガーディアンに剣で立ち向かうなんて無謀すぎるだろう、と彼は思う。旅人の剣を背中に装備した駆け出しの旅人リンクは、一度ならずガーディアンに出くわしてはひどい目にあっている。
 いくらかっこよくても、死んじゃったなら意味ないじゃないか。
 そう勝手に結論づけると、彼はムカムカしてきたらしく肩を怒らせながら、狼とともにハテノ村を目指した。無言で機嫌を悪くするリンクを、狼は不審そうに観察していた。
 やがてたどり着いたハテノ村でメインストリートから商店を見て回ろうとした時、ふと、村の奥に大きな二階建ての家を見つけた。あんなところに民家があるなんて、今まで気づかなかった。もしかして村長の家か何かだろうか。
「ちょっと待ってて」
 と狼に言うと、リンクは吊り橋を渡った。取り残された狼は「やれやれ」というように頭を振り、彼を見送る。
 家の周りにはちまきをした人がとりついて、壁に向かってハンマーを振り下ろそうとしていた。リンクは慌てて止めにかかった。
「ちょ、ちょっと、何やってるんですか」
 大工らしき男は困惑したように、
「何って、取り壊しッスよ。村から頼まれたッス」
「えっ」
 取り壊されるのか、この家。リンクは驚いた。古いが立派なつくりの家なのに。きっと大厄災の以前から建っていたに違いない。
 なんだか、この家を前にも見たことがあるような気がした。少しずつ鼓動が早くなるような、不思議な感覚が彼を支配していた。
 ――この家が欲しい。ここに住みたい。
「お金を払ったら、この家を買えませんか」
「へ? いや、そういうのは社長に話してもらわないと……」
「社長さん、どこです?」「ここの裏にいるッスよ」「分かりました!」
 リンクは大股で走って行く。
 なるほど、この家が残っているのは、例の剣士のおかげというわけだ。砦の前で一人で戦ったのも無駄じゃなかったんだな、とリンクは思った。
(きっと、そういう人こそが本当の勇者になるんだろうな)

inserted by FC2 system