言葉が足りない

「ここに来る道中、こんなものを見つけたよ。良ければ役立ててくれ」
 サイラスはそう言って、テリオンにぽんと何かを手渡した。
「……は?」
 もはや聞き慣れた返事だ、とそばで見ていたオフィーリアは思った。
 とある町の酒場にて。サイラスはほとんど脈絡なく、テリオンにあるものを渡した。それは小さくふくれた巾着袋だった。
 八人そろっての会食も終わりかけの頃合いだった。テリオンは一気に酔いがさめたらしく、ぽかんとしている。
 彼が黙って巾着を開けば、プラムにザクロが入っていた。しかも粒が大きい。あのサイズのザクロはなかなか貴重なものだろう。
 横目で二人のやりとりを見守るオフィーリアは、若干はらはらしていた。彼女だけでなく、食事を終えてリラックスしていた仲間たちにも妙な緊張が走っている。
 まわりの視線に気づかぬまま、テリオンは口を開く。
「買ったものか?」
 これは一応好意的な返事とみていいだろう。即座に突き返されなかったので第一関門突破である。
 サイラスはかぶりを振った。
「いや、違うよ。話せば長くなるのだが」
「要点だけ言え」
 ぴしゃりと遮られる。
(ああ……)オフィーリアは内心頭を抱えた。この学者が要点だけを言ったら勘違いを加速させるばかりではないか、と。
 果たしてサイラスは神妙な顔になり、
「……落ちていたものを拾ったんだ」
(えっ?)
 そうではないでしょう! とオフィーリアは口を挟みたくなる衝動を必死に抑えた。
「いらん」
 テリオンは巾着をサイラスに押し付け、ジョッキを置いて酒場を出ていってしまう。
(やはりこうなりますよね……)
 戻ってきた巾着を見て所在なさげにしているサイラスを尻目に、オフィーリアは席を立って紫の外套を追いかけた。
「テリオンさん!」
 酒場の外に出ると、暗闇に消えていく後ろ姿がかろうじて見えた。無視されるかと思えば、テリオンは立ち止まって振り返る。
「なんだ」
 こういう時、少しは彼も気を許してくれたのかな、と思う。オフィーリアはそっと息を整えた。
「あの、先ほどサイラスさんが渡したものについてお話があります。あれにはきちんとした理由があるのです」
 テリオンは表情を消し、そのまま行ってしまいそうになる。
「で、できるだけ短く話しますから!」
 はあー、というため息が返ってきた。テリオンは諦めたように足を止める。どうやら一応聞く姿勢になったらしい。
 出過ぎた真似だっただろうか。しかし、これも必要なお節介であると彼女は信じていた。
 共に旅を続けて長い時を過ごし、八人の仲間たちはそれぞれに打ち解けてきた。その中でほぼ唯一、テリオンとサイラスがどうも噛み合っていないのは周知の事実である。オフィーリアは仲間として彼らの間を取り持たなくてはならない、という謎の使命感に駆られていた。
 だから彼女は唇を開く。
「昼間、わたしが出会った男の子の話なのですが——」



 この日滞在することになった町で、自由時間を満喫するオフィーリアは広場を通りかかった。
 一人の男の子が目に入った。うつむいてとぼとぼ歩き、時折立ち止まっては目元を拭っている。
(泣いているのでしょうか……?)
 気になって眺めていたら、ついにはぐすぐすと嗚咽を漏らしはじめた。
 近くに親はいないようだ。見てしまった以上、神官として放っておけない。オフィーリアはすぐに声をかけた。
「どうしたのですか? どこか痛いところでも?」
 男の子は泣きじゃくるばかりで、何も答えてくれない。とにかく落ち着くまで待ってあげよう、と小さな背中に手をそえる。
 しばらくなだめていると、不意に誰かが近づいてきた。
「オフィーリア君、どうしたのかね」
 穏やかな声が降ってくる。オフィーリアはぱっと顔を上げた。彼女にこう呼びかける相手は一人しかいない。
「サイラスさん」
 彼はオフィーリアと男の子に等分に視線を向けた。説明の必要を感じ、彼女は立ち上がった。
「理由は分からないのですが、この子がなかなか泣き止んでくれなくて……。迷子かもしれません」
「それは大変だ。親を探してこようか?」
「ち、違うの……」少し落ち着いたのか、男の子は何度もしゃくりあげながら話しはじめた。「お財布を落としちゃったみたいなの」
「まあ」
 それは大変だ、探してあげようとオフィーリアが提案しようとすると、
「ふむ、ならばどこで落としたのか推理しようか。キミが直前に訪れた場所は?」
 サイラスがいつもの調子で涼やかな声をかける。
 男の子ははっとして学者の整った相貌を見つめ、さらに激しく泣きはじめた。
「あっ……」
 サイラスはびっくりしたように固まった。オフィーリアは慌ててしゃがみ、子どもの肩に手を置く。
「大丈夫です、あなたを責めているわけではありませんよ。さあ、深呼吸して」
 ずいぶん時間をかけて、ようやく男の子の呼吸が穏やかになってきた。ほっとするオフィーリアの耳に、小さな声が届く。
「……すまない」
 今にも消え入りそうな謝罪だった。オフィーリアは思わず口元を緩める。サイラスは子どもの相手が苦手なのかもしれない。確かに、生徒にものを教える場面は簡単に思い描けるのに、小さな子の面倒を見るイメージはなかった。
「少し驚いてしまっただけですよ。ね、もう大丈夫ですよね?」
 男の子はこっくりうなずく。オフィーリアはサイラスに腰を落とすように促した。
「まずこうして目線を合わせてあげるんですよ」
「ほう」
 学者の青いまなざしが、男の子の濡れた目と交差する。今度は泣き出さなかった。
「お姉さんとお兄さんにくわしいことを教えてください。あなたのお財布を探すお手伝いをしたいのです」
「う、うん……」
 男の子は途切れ途切れに話をはじめた。
 彼は母親から道具屋へのお使いを頼まれた。言付かったものを店で買い、きちんと数を数えて巾着に入れた。しかし、家に帰る途中でふと懐を確かめると、財布がどこにもなかった。
「どこで落としたのか心当たりはありませんか」
「分かんない……」
 サイラスは真剣な面持ちで質問する。
「落とした財布の特徴は? 色や形など、できるだけくわしく教えてもらえないかな」
「えっと……これとおんなじ刺繍が入ってるの。お母さんがつくってくれたんだ」
 男の子は巾着を取り出した。素朴な草花の模様が施されている。なるほど、愛着のある品物だから余計に悲しくなってしまったのだろう。
 サイラスはすっと立ち上がる。
「では、まず買い物をした道具屋に尋ねてみようか。私が行ってくる。オフィーリア君はこの子をよろしく頼んだよ」
「あ、はい」
 彼は黒いローブを翻して去った。半ば逃げ出したようにも見えた。オフィーリアは「やはり子どもが苦手なのだろうか」という思いを強くする。
 男の子はどこか不安そうにその背を眺めていた。
「大丈夫ですよ、落とし物はきっとお兄さんが見つけてくれます」
 と言いつつ、サイラスは「お兄さん」でいいのだろうか……と考えてしまった。彼は初対面の人にはまず年齢通りに見られないから、違和感はないけれども。
 オフィーリアは広場のベンチを確保し、男の子と一緒に座った。
「さっきの人はお姉ちゃんの知り合い?」
 こういう話題が出るということは、気分が落ち着いてきた証拠だ。オフィーリアはほほえんで、
「仲間ですよ。一緒に旅をしています」
「そうなんだ」
 男の子は首をかしげている。旅人という存在にあまりピンとこないのかもしれない。
 オフィーリアはあることを思いつき、尋ねてみた。
「もしかしてサイラスさんのことが怖いのですか?」
 背は高くて衣装は黒く、何よりも彼は他人に勘違いされやすい性格をしている。それは女性に対してだけではないだろう——例えば仲間の盗賊だとか。
 男の子はぶんぶん首を振った。
「ううん。でも、何考えてるのか分かんなくて」
「サイラスさんが?」
「うん……」
 男の子は困惑したように空を見上げた。
 何を考えているか分からない。確かにそう思えるかもしれない。なるほど、誤解を招く一因はサイラス自身の態度にあるらしい。
(もしかして、テリオンさんも同じことを思っているのでしょうか……)
 オフィーリアの思考は何故かそちらに飛んだ。どうも、最近二人が妙な方向に傾いていくばかりに見えたからである。
 よく分からない存在だから、ひたすら避ける。そんな現状を放っておいていいのだろうか。テリオンとサイラスは決して一期一会の関係ではなく、協力し合う旅の仲間なのに——
「お姉ちゃん?」
 しばし考えに浸っていたオフィーリアは、怪訝そうな声を聞いて我に返る。
「あ、すみません。少し考えごとをしていました。どうかしましたか」
「えっとね、旅のお話を聞かせて!」
 すっかり機嫌を直したらしい男の子が身を乗り出す。オフィーリアはほおをほころばせた。
 話は弾み、そのうちに時間は過ぎる。視界の端に黒いローブが映った。オフィーリアはぱっと立ち上がり、目を丸くする。
「サイラスさん……!?」
 戻ってきた学者はローブにいくつも葉っぱをくっつけていた。オフィーリアは駆け寄り、手でそれを払う。
「どうしたのですか、そのような格好で」
 尋ねると、サイラスは不思議そうに見返してきた。まるで身なりに気を使う様子がないので、こちらの方が戸惑ってしまう。
「いや、植え込みの中にこれがあったものだから」
 彼が取り出したのは、見覚えのある刺繍が施された財布だった。
「あ、それ!」
 声を明るくした子どもに、サイラスは腰をかがめて財布を渡してやる。中身は無事のようで、男の子は「ありがとうっ」と元気にお礼を言った。
「無事に見つかって良かったですね。でも、どうして植え込みに?」
 言葉の後半は学者に向けた質問だ。
「それはだね——」不意にサイラスは台詞を切った。「いや、後にしよう。先に家族に報告しなければ」
「うんっ」
 男の子は大きく首肯した。
 二人は子どもを家まで送ることにした。男の子はすっかりサイラスと打ち解けたようで、母親の刺繍の素晴らしさを力説している。サイラスも真面目に耳を傾けていた。隣を歩くオフィーリアはほほえましい気分になる。
 子どもの自宅にたどり着く。息子の「ただいま」の声を聞いて玄関口に出てきた母親は、呆気にとられたようにオフィーリアたちを見比べた。
「ど、どちらさまでしょう……?」
「旅の神官です。ご縁があってこの子とお話する機会がありまして」
「お財布を見つけてもらったの!」
 え、と母親が目を白黒させる。オフィーリアが経緯を説明した。
「まあ、そんなことが……。ありがとうございます神官様」
「いいえ、何ごともなくて幸いです」
 母親は笑顔のまま何気なくオフィーリアから視線を移動させ、隣の学者を見て固まった。
「……どうかされましたか?」
 サイラスは心底不思議そうに問いかける。母親ははっと息を呑み、何故か家に取って返した。
「あ、あの、これを……」
 すぐに戻ってきた彼女はサイラスに巾着袋を差し出した。どうやら同じデザインでいくつもつくっているらしい。サイラスは首をかしげて、
「私に、ですか?」
「落とし物を拾ってくださったお礼です。う、受け取ってくださいっ」
 母親は巾着ごとお礼を渡すと、子どもの手を引いて逃げるように家に入る。
 扉の閉まる寸前まで男の子は手を振ってくれた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして」
 オフィーリアも小さく手を振り返す。
 サイラスは巾着を見つめ、麗しい横顔に疑問符を浮かべていた。何故母親が礼を渡したのか理解できていないらしい。相変わらず罪作りな人だ、とオフィーリアは苦笑いしてしまう。
 そういえば……と彼女は聞きたかったことを思い出した。
「先ほどの落とし物は植え込みの中で見つけたのですよね? どうしてそんなところにあったのでしょう」
 子どもだって、植え込みに入った記憶があればそちらを優先して探すはずだ。すると、サイラスはいたずらっぽく目を細めた。
「ああ、それは……秘密にしておこうか」
「え」
 オフィーリアは一瞬絶句した。いつもの彼なら嬉々として解説するだろうに、珍しいことだ。
 サイラスはそれ以上質問を受け付けるつもりはないらしく、巾着の中身を確かめている。
「さて、これはどうしようか。オフィーリア君が使うかい?」
 オフィーリアは慌てて断った。
「わたしはあの子とお話ししていただけですよ。お財布を見つけたサイラスさんが使ってください」
「そうか。なら別の活用方法があるかな」
 サイラスは考え込むそぶりをして巾着を懐に入れ、身を翻す。
「では私は少し用事があるから失礼するよ。またあとで会おう」
「は、はい。お気をつけて」
 オフィーリアは真っ黒な背中を不可解な気持ちで見送った。
 こういう時、サイラスが何を考えているのかは彼女にも分からない。しかしその行動に深遠な理由があることだけは理解できる。彼は適当な嘘でごまかさず、わざわざ「秘密だ」と言ったのだから。
 オフィーリアが思わずその謎を解きたくなってしまったのは、他ならぬサイラス自身から影響を受けてしまったから、かもしれなかった。
 もう一度あの男の子の足取りを順番にたどってみよう。そう考え、彼女は広場に戻ることにした。
 いくらか傾いてきた日差しを浴びる広場には、別の仲間がいた。若草色の上着をまとった青年がキョロキョロあたりを見回している。
「アーフェンさん」
 声をかけると彼はこちらに気づき、にかっと笑った。
「なあオフィーリア、テリオンかサイラス先生見なかったか?」
 オフィーリアは言葉に詰まる。
「えっと……サイラスさんなら先ほどまでわたしと一緒でしたよ。何かご用事があるそうで、どこかに行かれましたが。テリオンさんは見ていません」
「え、そうなのか? じゃあさっき見た先生はオフィーリアと会う前だったってことか」
「お二人にご用があるのですか?」
「うーん、さっき二人を道具屋の近くで見かけてさ、ちょっと気になったんだ」
 道具屋といえば男の子の買い物先と同じだ。オフィーリアは目を瞬く。
「気になった、というのは?」
「それが妙な話なんだけどよ」
 アーフェンは順序立てて話してくれた。
 ——少し前、彼が町をぶらぶら歩いていると、唐突に「なんだよ、あんた!」という叫び声が上がった。ほとんど怒鳴るような調子であった。
 もしや喧嘩か、怪我人が出れば薬師の出番だと思い、アーフェンは声の方角に急行した。すると、雑踏の中で仲間の学者と知らない男が向かい合っていた。サイラスがいつもの調子で何かを言い募り、相手が声を荒げている。
 あの学者は思慮深い性格なのに、全く悪気なく相手を怒らせることがままある。「こうしちゃいられねえ」とアーフェンは腕まくりしながら助けに入ろうとして——
「やめとけ薬屋」
 後ろから冷水のような声が浴びせられた。
「うわっテリオンかよ、驚かせんなって」
 毎度のことながら音もなく背後に現れるので心臓に悪い。テリオンは紫の外套の下で腕組みをして、じろりと学者を眺めやる。
「あれは確信犯だ。話を聞いてみろ」
 促されてアーフェンは渋々会話に耳を傾けた。サイラスは瞳に聡明な光を宿し、言葉で男を追い詰めている。
「キミは道具屋の近くで何かを拾ったね」
「はあ? さっきから違うって言ってるだろ」
「だが、キミがものを拾い上げる瞬間を見たという証言がある」
「ただの通りすがりの言うことを信じるのかよ」
 どうやら聞き込みがエスカレートした結果らしい。サイラスのことだから、確信があってこの男にターゲットを絞っているのだろう。容赦のない追及を受け、相手の雰囲気は時を追うごとにピリピリしてきた。
 アーフェンはそわそわしながらテリオンを見つめた。
「確信犯って言ってもよ、ずっと放っておいたらまずいだろアレ」
 学者は恐ろしく強い魔法を操るが、こんな場所で使うわけにもいかない。相手に殴りかかられたらひとたまりもないだろう。
 テリオンは白銀の髪を振った。小さく舌打ちしてから、サイラスたちに向かって足を踏み出す。
「お、おいテリオン……!」
 アーフェンは慌てて声のボリュームを絞った。テリオンは見事に気配を消し、ごく自然な足運びで男の背後を目指す。そろそろサイラスの視界にも紫の外套が入った頃だが、学者は話を止めない。
 テリオンは男の後ろを通り抜けながら、そのポケットに手を伸ばす。
(あっ)
 一瞬だった。アーフェンがよくよく目を凝らしてやっと事態を把握できたくらい、手際が良かった。
 男から何かを奪ったテリオンはそのまま雑踏に消える。ひっきりなしに喋っていたサイラスが、ひとつうなずいた。
「それでは本当に持っていないと? いや、似たような財布ならいくらでもあるだろう、私の勘違いかもしれない。一度、実物を見せてもらえないかな」
 男はいい加減しびれを切らしたように声を張り上げる。
「分かったよ、見せりゃいいんだろ! ……あれっ」
「どうかしたのかい?」
 サイラスは落ち着き払って尋ねた。男は服をあちこち調べはじめる。
「えっと、ここにもない……?」
 やはり盗まれたことには気づいていないようだ。サイラスは涼しい顔で両肩を上げて、
「おや、これは大変失礼なことをしたね。完全に私の誤解だった。ひどい言いがかりをつけてしまったようだ、申し訳ない」
「え、いや、それはいいんだけどよ……」
 男は怒りが吹き飛んだ様子でしきりに首をひねっている。サイラスは自分から注意がそれたのをいいことに、すぐにその場を離れていった。
 一部始終を見ていたアーフェンの頭は疑問でいっぱいだった。テリオンが盗んだものは結局なんだったのか? それに盗んだ理由は? サイラスはテリオンの行為に気づきながら、どうして無視したのだろう?
 というわけで二人に直接尋ねようと考え、行方を探していたわけだ。
 ——アーフェンの説明を聞きながら、オフィーリアは脳内で話の筋道を組み立てていく。
「オフィーリアは先生と一緒にいたんだろ? なんか心当たりあるか?」
 彼女はゆっくりと首を振った。
「少しだけあります。夕食の時間にでも、わたしからテリオンさんに確かめてみてもいいですか?」
「あーそれがいいな、オフィーリアの方がテリオンも素直に教えてくれそうだし」
「そうでしょうか」
「あいつオフィーリアに弱いから。んじゃ、任せたぜ」
「え……は、はいっ」
 アーフェンに肩を叩かれ、オフィーリアはほおを上気させてうなずいた。テリオンが自分に弱い、という発言にはいまいち同意できなかったけれど。
 質問相手にはサイラスよりもテリオンが適しているだろう。これはサイラスが「秘密だ」と言って提示した謎だから、本人に直接尋ねるよりも自分で解いてみたかった。
 やがて日が沈んで夕食の時間になり、仲間たちは酒場に集う。食事を終えたオフィーリアが質問のタイミングを図っていた時、サイラスが例の品をテリオンに渡したわけだ。
 これで全てがつながった。オフィーリアはテリオンの勘違いを正すため、そして自分の推理の裏を取るため、紫の外套を追いかけた。



「で? あんたは一体何を言いたいんだ」
 最終的に相当長くなった話を、テリオンは我慢して聞いてくれた。オフィーリアは真正面から彼を見据える。
「先ほどサイラスさんが巾着を渡そうとしたのは、テリオンさんを信頼しているからです」
 きっぱり言い切ると、テリオンはうさんくさそうに眉をひそめた。不遜な態度にもひるまず、オフィーリアは話を続ける。
「これはあくまでわたしの想像なのですが……あの男の子が落としたお財布は、サイラスさんと口論していた男の人が拾ったのだと思います。きっと彼はお財布を自分のものにしてしまったのでしょう。
 サイラスさんは道具屋などで聞き込みをして彼の存在を探り当てました。それでお財布を取り返そうと、様々な質問をしていたのではないでしょうか」
「……それが、俺とどう関係がある」
「テリオンさんも同じことに気づいていたのでしょう?」
 もしかすると、テリオンは男が財布を拾い上げる瞬間を目撃していたのかもしれない。その男を観察するうちにサイラスがやってきて難癖をつけはじめた。そこで一度身を引いて様子を見守っているとアーフェンが登場した、という流れも考えうる。
 そういえばサイラスは、先ほどテリオンに巾着を渡す際、わざわざ「落ちていたものを拾った」と発言した。事実と異なる説明をしたのは、遠回しに巾着の出どころ——財布のお礼であること——を伝えるためだったのだろうか。
「とにかくテリオンさんは男の人からお財布を盗み、近くの茂みに落としたのでしょう。後からサイラスさんに見つけてもらうために。
 サイラスさんもきっと、テリオンさんの行動の意味に気づいていました。だから……あなたを信頼しているから、お礼の品を渡そうとしたのです」
 事前に打ち合わせたわけでもないのに、二人は息の合った行動をしたのだ、とオフィーリアは結論づけた。
 祈るような気持ちでテリオンを見つめる。彼は肩をすくめた。
「あんたの話には証拠が何もない」
 オフィーリアはそっけない態度にごまかされないよう、じいっと彼を見つめた。
「そうです、証拠はありません。だからテリオンさんに確かめたかったのです。アーフェンさんも事の顛末を気にされていましたよ」
「俺が喋るとでも思ったのか? 学者先生に聞いた方が早いだろ」
「わたしは、テリオンさんの口から教えてほしいのです」
 色の異なる二対の視線が闇の中で交錯する。
「断る」
 テリオンはそう言い切り、ついにきびすを返した。オフィーリアは肩を落とす。
(残念です……)
 とはいえ、あのテリオンが最後まできっちり話を聞いていたということに、彼女は後になって気づいた。



 その翌日。旅人たちは一晩過ごした町を出て、街道を歩いた。
 オフィーリアは前をゆくサイラスに近寄った。謎の解明は中途半端なままで終わったが、巾着の行方くらいは知っておきたかった。
「サイラスさん、あのプラムとザクロはどうされました?」
「あの男の子の母親からもらったものだね。どうやらなくしてしまったようだ」
「え」
 驚くオフィーリアに、サイラスは「大丈夫だ」と顔の前で手を振った。
「どこにあるかは分かっているよ。きちんと活用してくれるさ」
 発言の意味をはかりかねて当惑する。直後、オフィーリアはひらめいた。
(まさか)
 ちらりと後ろを振り返る。テリオンは素知らぬ顔で歩きながらリンゴをかじっていた。外套の裾から見えるその腰に、見慣れた巾着が揺れている。
 渡されたものを素直に受け取らず、挙句の果てにサイラスから盗んだということか。おまけに、サイラスもそれで良しとしている。
 おそらく彼らは、本人たちやまわりが想像するよりもずっと相性がいい。だからこそ、オフィーリアは「一言くらいまともに会話すればいいのに」と思ってしまう。
 余計な気を回して疲れを覚えた彼女は、人知れずため息をつくのだった。

inserted by FC2 system