喪心

 リヴィエラの森には陰鬱な空気が漂っていた。そう感じるのは、森を歩くプリムロゼ自身の心境が関係しているのかもしれない。
 近くにあるセントブリッジの町にて、仲間のアーフェンはミゲルという罪人と出会った。ミゲルが押し込み強盗をして返り討ちにあい、瀕死の重傷を負って町に潜んでいたところを、アーフェンが見つけたのだ。彼は当初ミゲルの罪を知らずに保護し、知ってからも更生を期待して治療したが、望みは叶わなかった。回復したミゲルはころりと態度を変え、町の子どもを人質にとって金銭を要求した。アーフェンは「治したからには自分で責任をとる」と言い、ミゲルが逃げ込んだ森に向かった。
 黙々と進む薬師の後ろには、プリムロゼ、テリオン、オルベリクが従っている。アーフェンが森に行くと決めた時、即座に同行を申し出た三人だ。彼女たちは己の果たすべき役割をよく分かっていた。
 犯人が踏み荒らした痕跡をテリオンがたどる。やがて四人は森の奥でその男を見つけた。
 燃えるような赤髪を逆立て、二本の槍を持った男だ。アーフェンが叫ぶ。
「ミゲル……!」
 こちらの姿を認めたミゲルは舌打ちした。その足元では、人質の男の子ティムがぐったりと伏せていた。
「おい、その子に何したんだ!」
 アーフェンが血相を変えて叫ぶ。ミゲルは楽しげに唇の端を吊り上げた。
「わりいな。泣き止まねえから、つい刺しちまった」
「てめぇ、本物の屑だったのかよ……!」
 かっとなるアーフェンとは反対に、プリムロゼはどんどん心が冷えていった。ミゲルは手加減も情けも一切無用の相手だ。父の仇を討つ時と同じように、全力で仕留めに行く。
「そこをどきな、その子を診させろ」
 アーフェンが一歩踏み出すと、
「動くんじゃねえ!」
 ミゲルが槍を抜いて叫ぶ。その穂先は、さりげなく位置を移動していたテリオンへと向けられた。子どもを救出しようとしたのが見抜かれてしまったか。
 ミゲルはくつくつと笑う。
「金づるを治してもらいたいのは山々だが、治すフリして連れ去られちゃ敵わねえからな」
「言ってる場合か……!」
 アーフェンは全身に怒気をみなぎらせる。彼がここまで憤る場面をプリムロゼは初めて見た。ヴァネッサと対峙した時以上だ。
 一方でミゲルはどこまでも余裕の表情だった。
「感謝してるぜ、アーフェン。あんたのおかげで、もうひと稼ぎできる機会をもらったんだ」
 それはどうだろう。プリムロゼからすれば、ミゲルはやけになっているとしか思えなかった。後先考えず人質を取って森に逃げ込むなど、あまりに杜撰である。ただし、もう後がないことは彼自身も分かっているはずだ。下手に刺激すると子どもやアーフェンを道連れにしかねない。それだけはなんとしても防がなければ。
 高笑いするミゲルを前に、アーフェンは体の震えを止めた。
「……認めるぜ。これはてめえを治してやった俺の責任だ。俺の手で取り返してやる!」
 彼はまっすぐに斧を構えた。その横で長剣を鞘走らせたオルベリクが、抑えた声で告げる。
「あいつが傭兵だったというのは本当だ。以前、双槍のミゲルという通り名を耳にしたことがある。思い出すのが遅れたが……」
 オルベリクの苦い台詞を受け、全員に緊張が走る。ミゲルは自慢げに槍を回した。
「そうさ、戦じゃ手練れもずいぶん殺した。さあ来な! お前らごとき俺様の相手じゃねえ!」
 人数では圧倒的にこちらが有利だが、ミゲルには人質が――それも、刻一刻と弱っていく子どもがいる。
 アーフェンは後ろに控えていたテリオンに小声で何か話しかけた。盗賊はわずかに頭を振る。
「行くぜ、ミゲル!」
 大きな踏み込みとともにアーフェンが振り下ろした斧を、ミゲルは槍を交差させて防いだ。反撃で槍が突き出され、オルベリクが剛剣で受け止める。プリムロゼは踊りで支援に徹した。
 相手は立ち回りが上手く、なかなか子どもに近づけない。テリオンは後方に控えてじっと機会をうかがっていた。
「このままじゃ埒が明かないぞ」と盗賊が声を張る。
「分かってる。……テリオン、頼むぜ!」
 アーフェンは苦悶の表情でミゲルに瓶を投げた。
 昼間の太陽よりも強い光が瓶から放たれ、プリムロゼはぎゅっとまぶたを閉じる。これだけ離れていても眩しいくらいだから、至近距離で見たミゲルは視界が真っ白に塗りつぶされたに違いない。彼は腕で目元を覆ってよろめいた。
 アーフェンは自分で治療した患者に劇物を放ったのだ。断腸の思いだっただろう。だからこそ、この機会を逃してはならない。
 すかさず駆け出したテリオンが子どもを救出し、ミゲルから離れた。草の上に寝かされたティムにアーフェンが駆け寄って応急処置を施す。
 視力を失ったミゲルは闇雲に双槍を振り回した。オルベリクはそれを避け、踊りで力を増した長剣によって相手の得物を一本弾き飛ばす。
「くそっ……!」
 体のバランスを崩したミゲルが膝をつく。誰の目にも明らかなほどの隙ができていた。直後、紫の影が飛び出す。
(テリオン、やるのね……!)
 プリムロゼはひと目で分かった。テリオンは短剣を振りかぶり、そのままミゲルを討ち取ろうとしていた。
 会話はなくともプリムロゼたちの意見は一致していた。アーフェンには手を下させない。人々を救う薬師の手を汚すわけにはいかない、と。
 刃がミゲルの首に吸い込まれる直前、よく通る声が響いた。
「待ってくれ、テリオン!」
 首筋ぎりぎりで短剣が止まる。テリオンは声の主アーフェンに殺気立った目を向けた。
「……ここは俺にやらせてくれ。俺の責任なんだ」
 子どものそばから立ち上がり、アーフェンは苦しい声と表情で懇願する。
 テリオンは一瞬だけ逡巡したが、舌打ちとともにミゲルから飛び離れた。
 本人の判断ならば、プリムロゼもオルベリクも、もう口を挟めなかった。
(本当にいいの、アーフェン……?)
 彼女は胸元をおさえる。目を背けたくなる瞬間がすぐそこに迫っていた。
 アーフェンはだらりと垂らした片手に斧を握り、ミゲルのもとに歩いていく。
「だから、そういうところが甘いんだよ!」
 突然ミゲルが体を起こし、まっすぐに槍を突き出す。アーフェンはそれを見越したように身をひねって避けると、斧を振り下ろした――。



「アーフェンさん、大丈夫でしょうか」
 ベッドに腰掛けたオフィーリアが両手を祈りの形に組む。セントブリッジの宿の一室には、女性四人が集まっていた。
 今、アーフェンはリヴィエラの森から連れ帰ったティムを家に運んで治療している。もはやプリムロゼたちにできることは何もなく、ただ待機するだけだった。
「そうだな……あの男の子はきっと助かる。アーフェンの腕は確かだ。だが彼自身は――」
 ハンイットは整った顔をくしゃりと歪めた。彼女はミゲル討伐に加わらなかったが、プリムロゼたちから事件の顛末を聞いていた。
「ねえ、あたしたちはどうしたら良かったの……?」
 トレサはおろおろしながら皆を見回した。アーフェンがミゲルを討った場面を彼女に見せなくて良かった、とプリムロゼは思う。
「答えなんてきっとないのよ。今はそっとしておくしかないわ」
 プリムロゼは力なくかぶりを振った。
 やはり、アーフェンにとどめを刺させたのは間違いだったのだろうか。子どもを取り戻して森から帰る時の重苦しい沈黙を思うと、後悔は尽きない。
 その時、部屋の扉が叩かれた。オフィーリアが立ち上がって応対する。
「まあ、サイラスさん。どうされたのですか」
 黒い頭がオフィーリアの背の向こうに覗いた。うなずく彼は、その端正な顔に少しだけ緊張をにじませている。
「オフィーリア君、ちょうど良かった。少しキミに話があるんだ」
「なんでしょう?」
 サイラスは珍しく返事を濁した。
「その……今後はキミの助けが必要になるかもしれない、と伝えたくて」
 後ろで話を聞いていた三人は顔を見合わせた。サイラスは間違いなくアーフェンの件に言及している。それを察したオフィーリアは力強くうなずいた。
「そうですね……アーフェンさんにはいつも助けてもらっています。わたしにできることがあれば、少しでもお手伝いします」
「頼んだよ」
 サイラスはほっとしたように表情を緩め、足早に身を翻した。彼も考えがあって行動しているのだろう。来るべき難事に向けて布石を打つ、学者らしい対処法だった。
 これから大きな悩みを抱えるアーフェンに対し、仲間たちができるのはそれとなく気を使うことくらいだ。誰も彼の問題を肩代わりはできないのだから。
 それを分かっていながら、プリムロゼは疑問を抱く。
 アーフェンを見守る――本当に、それ以外の方法はないのだろうか。



「闇夜の帳、災いを祓え!」
 両手を前に突き出せば、闇色の魔力が魔物の足元から噴出する。プリムロゼの放った魔法により一匹のフロッゲンが倒れた。
 まだ敵は残っている。カエルの魔物は武器を振り上げてアーフェンに突っ込んだ。「うわっ」彼は慌てて斧の柄で防御するが、力で押し負けそうになる。
 刹那、小柄な影が割り込んだ。
「テリオン!?」
 彼は身軽に跳躍すると、魔物を蹴ってアーフェンから引き剥がす。怒りに震えるフロッゲンはテリオンに向かって幅広の剣を突き出した。避け切れなかった腕から血が飛ぶ。彼は怪我にひるまず、お返しとばかりに短剣を振るって、フロッゲンの片目を潰すことに成功する。そこにオルベリクが槍で追撃した。
 ほどなく戦闘は終わった。あたりには弛緩した雰囲気が漂う。
 彼らは次なる目的地に赴くため、リバーランドの川辺を歩いている最中だった。別方面に湧いた敵を蹴散らしていた残りの仲間も合流する。
 汚れた短剣の後始末をするテリオンに、アーフェンが駆け寄った。
「テリオン、今怪我しただろ。見せろよ」
「いらん」
 テリオンはにべもなく断った。旅をはじめたばかりの頃ならまだしも、最近では珍しい態度だった。思わぬ拒絶の強さにプリムロゼは嫌な緊張を覚え、オルベリクとともに固唾をのんで二人を見守った。
「いや、だって血が……」
 腕に走った傷を外套の下に隠し、テリオンはすうっと片目を細くする。
「おたく、俺のことは治すのか?」
 厚い布の下でわざとらしく金属音が鳴った。罪人の腕輪が立てる音だった。
「いきなり何言って――あっ」
 何かを悟ったアーフェンの顔がみるみる青くなる。テリオンはふっと横を向いて歩き去った。不穏な気配を感じたオフィーリアが、慌てて紫の外套を追いかけていく。
 アーフェンは唇を噛んでうつむく。彼を取り巻く空気は凍りついていた。
(あらら……ついに言っちゃったわね)
 皆がずっと指摘できなかったことを、よりにもよって口下手なテリオンが告げてしまった。プリムロゼは肩をすくめる。
(案外、あの人が今のアーフェンを一番気にしているのかしら)
 結局テリオンはオフィーリアの治療を受けたらしい。行軍を再開してからアーフェンは何度かテリオンに話しかけたが、完全に無視されてしまう。それでも普段なら無理やり絡んでいただろうが、彼はそうしなかった。
 そう、今の薬師はまったく「らしく」なかった。彼が迷いを抱えていることは誰もが知っている。しかし、生業に深く関わる問題には下手に口出しできなかった。そのため、彼が薬師としての役割を全うできない時は、サイラスに頼まれたとおりオフィーリアがこっそり手助けしていた。
 プリムロゼは前をゆく紫の背中を眺めながら、隣のオルベリクに話しかける。
「テリオン、なかなかいらついてるわね」
「そうだな……他でもない、アーフェンがああなったのが嫌なのだろう」
 オルベリクは眉をひそめる。プリムロゼもその意見に同感だ。盗賊はとりわけ薬師との付き合いが長い。だからこそ変化に敏感になるのだろう。
「今日はこのあたりで野営しよう」
 川辺の開けた土地にたどり着き、ハンイットが判断を下した。結局二人の会話はないまま、ここで一晩を過ごすことになる。
 野営のために役割分担して、薪を探すことになったプリムロゼは、水の確保を振り分けられたテリオンを追いかけた。
 後ろから紫の外套に近づくと、彼はすぐに立ち止まった。
「……何の用だ」じろりと緑の目が振り返る。
「あら、言わないと分からない?」
 テリオンは大きくため息をつく。プリムロゼが率先して川べりに腰を下ろすと、彼も従った。
 プリムロゼはいきなり本題に入ることにした。
「ミゲルのこと、最初からああなるって思ってたんじゃないの」
「まあな」
 テリオンはかすかに首肯した。
 やっぱりね、とうなずく。初めてミゲルを見た瞬間、プリムロゼの頭は即座に警鐘を鳴らした。あの男は自分の利益のためならどれだけ他人を利用しても心が痛まない人間だった。ヘルゲニシュの酒場で働いていた頃、似たような者に何度も遭遇したことがある。きっとテリオンにも馴染みのある人種だろう。
 それゆえ、アーフェンに討たせるわけにはいかないと思った。たとえ他人がミゲルに手を下しても、彼は同じように引きずっただろうけど――ただのわがままでもなんでも、プリムロゼは薬師の手を汚したくないと思った。
 プリムロゼは傾いた日差しを受ける川面に視線を投げる。
「……治すべき人を選ばなくちゃいけないなら、多分、私もあなたも同じよね。もしかするとオルベリクも」
 罪の定義は様々だ。プリムロゼたちはミゲルと同じ罪人か、と問えばアーフェンは否定してくれるだろうが、彼一人の意見では片付けられないものがある。
 テリオンは黙って耳を傾けている。プリムロゼは彼の左側に腰を下ろしたため、長い前髪によりその表情は見えなかった。
「誰を治すべきか、答えを出すのはアーフェンだけど、手助けくらいなら私たちにもできる。だから、さっきあんなことを言ったんじゃないの?」
 アーフェンはミゲルが罪を犯したことを自分の責任とした。その一方で、彼は盗賊や復讐者の仲間を当たり前に治療している。テリオンはその矛盾をずばり指摘し、結果としてアーフェンは自分の歪みに気づいてしまった。
 今頃アーフェンは散々悩んでいるのだろう。今日の彼はオルベリクとともに天幕の設営に振り分けられたから、作業の合間に何か相談しているかもしれない。
「さあな」
 色のない返事に、プリムロゼは唇で弧を描いた。
「なら、これはどう。あなたが本当に怒ってるのは自分に対してなんでしょ」
 テリオンはぱっと体をひねってこちらを向く。その顔は思い切りしかめられていた。分かりやすいものだ。思えば、彼はいつからか内心をはっきりと表に示すようになった。ほとんどが負の感情とはいえ、それは大きな変化だった。
「もしかして、あんたも同じなのか」
「そうよ」
 プリムロゼはテリオンと違って素直に認めた。あの時そばにいながらアーフェンの手を汚してしまった後悔と、ろくでもない悪人に彼を傷つけられたことへの怒りが胸にくすぶっていた。それをなんとか押し込めて、再び口を開く。
「私、アーフェンに変わってほしくないのよね。薬代をもらわないのは正直どうかと思うけど、それ以外はあのままで行けたらいいのに、って思うわ」
 誰にでも別け隔てなく接して、大きな夢を持っていて。復讐に生きるプリムロゼとは正反対の眩しい生き方をする彼を、太陽を思わせるあの笑顔を曇らせたくなかった。仲間たちも――テリオンも、きっと同じように感じているに違いない。
 テリオンは皮肉げに顔をゆがめた。
「誰かみたいなことを言うんだな」
「誰のことよ」
「こっちの話だ」
 テリオンは「失言だった」とばかりに目をそらした。プリムロゼは肩の力を抜いて川面を見る。それはアーフェンの故郷クリアブルックへと続く流れだ。
 もし、彼の悩みがどうしても解決しなかったら、このまま故郷に帰ってしまうことだってあり得る。復讐や竜石奪還を目標とするプリムロゼたちと違って、アーフェンには期限を伴う目的がない。途中で旅を切り上げる可能性は十分に考えられた。
 それは嫌だ、とプリムロゼはこぶしを握った。手のひらに爪が食い込む。
「……あんたも相当あいつを気にかけているらしいな」
 揶揄するような口調だが、これはテリオン自身がアーフェンを心配していると認めたも同然だ。プリムロゼはそれを分かっていて、あえて指摘しなかった。
「そうよ。悪い?」
「いや……」
 俺たちも薬屋も、面倒なことだな。
 テリオンは不透明な情のにじんだ言葉を残して、立ち上がった。
 プリムロゼは座ったまま彼を見送る。自分はどうしてテリオンを誘ったのだろう。アーフェンと仲直りしてほしかったのか、それともただ話を聞いてほしかったのか。自分でもよく分からなかった。
 その時、第三者の足音を耳が拾った。草むらをかき分けてきたのは、渦中の人アーフェンだった。ここ最近眉間に漂っていた重い雰囲気はなく、テリオンを見つけて何故か表情を緩めた。
「あ、いたいたテリオン。ちょっと腕見せろよ」
 アーフェンは問答無用で距離を詰め、テリオンの腕を取る。彼はぎょっとして身を引いたが、今度は振り払わなかった。
「一体何のつもりだ」
「やっぱりさっきの怪我が気になってさ。よしよしちゃんと治ってるな。さすがはオフィーリアだぜ」
 テリオンは軽く腕を振ってアーフェンから離れた。
「もういいか」
「いいや。二人に聞いてほしいことがある」
 腰を浮かせたプリムロゼが目を見開き、思わず彼に視線を合わせる。胡桃色の双眸にはどきりとするほど強い光が宿っていた。
「私も?」
「ああ。あのな、俺さっきオルベリクの旦那に相談したんだ。悩みがある時はどうすりゃいいかって。そしたら、旦那の場合はひたすら剣を振るんだってよ。そうするうちに心が空っぽになって、本当に大事なことが見えてくるんだと。それで俺も考えた」
「……で、答えは?」
 テリオンが腕組みして続きを促す。
「俺は薬師だから、やっぱり薬を練るしかねえんだ」
 彼はこぶしをぐっと握る。
「……どうすりゃいいかなんて、まだ分からねえ。でも仲間は別なんだ。今までみんなには何度も助けられてきた。迷う必要なんてない、あんたらが怪我したり病気になったりしたら、俺が絶対に治してやる!」
 いつしか太陽は地平の向こうに消えかけていた。それなのに、プリムロゼはあたたかい陽光がほおに差す気配を感じた。
 そうだ、アーフェンはこんな性格でずっと生きてきたのだ。そう簡単に変われるはずがない。思えばプリムロゼの仲間はそんな人たちばかりだった。
 彼はいつか真の意味で立ち直るのだろう。太陽が昇らない日など絶対にないのだから。プリムロゼは我知らず顔をほころばせ、テリオンはふんと鼻を鳴らした。
「勝手にしろ」
「おう、勝手にする」
 二人はばしっとこぶしを打ち付けた。
「テリオンのおかげで目が覚めたぜ。ありがとよ」
「……別に」
 テリオンは横を向いた。照れと夕日で顔が赤く染まっている。
 盗賊と薬師という関わりの薄い生業で、性格もほとんど正反対なのに、二人はいつでも対等だった。テリオンは彼にしか担えない役割を果たして、アーフェンを立ち直らせたのだ。
 プリムロゼは、それが少しだけ羨ましかった。
 暮れかけた日差しが川に反射する。黄金色の髪を煌々と光らせて、アーフェンはにかりと笑った。
「へへ、旦那からテリオンが心配してたって聞いて思わず来ちまったけど、正解だったな」
「だから心配なんかしてない!」
 肩を怒らせて反論するテリオンに、プリムロゼは遠慮なく笑声を浴びせた。

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