不器用な便り

「お嬢様、お手紙です」
 ヒースコートが持ってきたのは差出人不明の封筒だった。
 宛名はかろうじて「コーデリア・レイヴァース」と読める。が、苗字の綴りが間違っていた。おまけにそんな不審さとはちぐはぐに、封蝋とスタンプだけは立派である。
 屋敷の自室で手紙を受け取ったコーデリアは、訝しい気持ちでそれを眺めた。
「あの、これは……」
「読めば分かりますよ」
 優秀な執事はにやりとして答えた。まだ封を開けていないのに何故そう言い切れるのだろう。コーデリアは首をかしげながらペーパーナイフを取り出した。
 中に入っていた便せんは一枚だけだ。紙を広げて目に飛び込んできた文字は、宛名と同じく読みづらい。まるで子供が書いたような拙さだった。文章も脈絡がなく、要点だけ書かれているらしい。
 苦労して読み解いた末、コーデリアははっとする。手紙には「赤竜石は無事に入手した」と記されていた。こんな内容を知らせてくる相手は一人しかいない。
「テリオンさんからのお手紙ですね!」
 まさか彼が手紙を書くとは! 正直、こういった連絡は期待していなかった。仕事を果たせばいきなりボルダーフォールに顔を見せるだろう、と勝手に思い込んでいた。コーデリアは目を丸くしてヒースコートを見つめる。
 彼は無言でもう一通の手紙を差し出した。封筒も封蝋も便せんもテリオンのものと同じだが、こちらは流麗な文字で宛名が書かれている。差出人は――
「そういうことでしたか」
 コーデリアは思わず笑みをこぼした。
 サイラス・オルブライト。いつかこの屋敷を訪れた学者からの手紙だ。おかげでコーデリアにもからくりが読めた。屋敷から別々に旅立ったはずの盗賊と学者は、はるか大陸の東側でいつの間にか再会していたのだ。
 サイラスの手紙には、テリオンと同道していること、ノーブルコートで竜石を手に入れたこと、頼まれていた本を見つけたこと、竜石と本を持ったテリオンがボルダーフォールに帰還すること、テリオンに手紙の書き方を指導していることなどが記されていた。あの立て板に水の調子を思い出させる饒舌な手紙だ。
 テリオンはおそらく「これからのためにもコーデリアと手紙で連絡をとった方がいい」とサイラスに説かれたのだろう。嫌がるテリオンに、サイラスが無理にでも手紙を書かせた場面が目に浮かぶようだった。
「今度テリオンと顔を合わせる時が楽しみですね、お嬢様」
 ヒースコートは愉快そうに目を細めた。こんなに楽しげな執事はなかなか見られない。彼もテリオンのことが気に入っているのだろう。
「ええ、本当に」
 コーデリアはまぶたを閉じて、嫌々ペンを手に取るテリオンの姿を想像してみた。



「何かあったらまた手紙で連絡する。中継は頼んだぞ」
 姿を消したサイラスを追ってこれから西へと旅立つテリオンは、屋敷を出る間際にそう言った。
 コーデリアは片手を挙げたまま何度か目を瞬く。
「……なんだ?」
 テリオンは眉根を寄せて、玄関をくぐろうとする足を止めた。
「いえ、あの、テリオンさんはずいぶんお手紙に慣れましたね」
 あの彼が当たり前のように「手紙で連絡する」などと言い出すとは。一番最初に届いた手紙のことを思うと、コーデリアは感慨深い気分になる。竜石をすべて取り戻した彼は、こちらの想像以上の変貌を遂げていた。
「まあ、あいつに慣らされたからな……」
 テリオンが遠い目をしたので、コーデリアはくすりと笑った。
「最初の方のお手紙も素敵でしたよ。比べてみるとよく分かります」
 近頃、テリオンの書く手紙はどんどん上達してきた。良い指導者に恵まれたこともあるが、元々器用なのだろう。その気になれば信用状の偽造すらできるのではないか、と思えるほど整った形式になっていた。
 するとテリオンはみるみる不機嫌になって顔をしかめた。
「……まさか、今までのやつも全部残してるのか?」
「もちろん」と即答した。すると相手は怖い顔になって、
「燃やすからここに持ってこい」
「だ、だめです! 私の宝物ですよ」
「そんなもん宝にするな」
 互いに一歩も引かず、二人はにらみ合いになる。コーデリアは胸を張った。
「テリオンさんはわたしのお返事をどうされましたか? もう捨ててしまいましたか」
 鋭く尋ねると、彼はうろたえた。目をそらしてぼそりと答える。
「依頼の証拠になるからとっておけと……学者先生が」
 コーデリアは満足してうなずいた。
「わたしも同じ理由で保管しているだけですよ」
 テリオンははあ、と大きく息をついた。そして諦めたように身を翻し、軽く手を宙に泳がせる。気安い動作に「またな」の意味を感じ取り、コーデリアは「いってらっしゃい」と声をかけた。
 紫の外套が扉の向こうに消えるのを最後まで見送った後、彼女は久々に手紙を読み返そうと考えた。
 あの手紙にはテリオンの旅路の全てがあらわれているように感じていた。単純に文字が綺麗になっただけではない。あくまで事務的な内容でも、コーデリアに伝わりやすいよう言葉を選んでいることが分かる。文面には本人の心の移り変わりが如実に反映されていた。
(でも、変わらないものもあるんですよね)
 だからこそ見比べるのが楽しいのだ、と我知らずほほえむ。
 何故なら、彼の字には手紙の書き方を指導した「誰か」の癖が今でも残っていることを、コーデリアだけが知っていた。

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