白昼夢の続き

「お願い、教会の前庭の草刈りをやってちょうだい! ぼーぼーに伸びてきちゃって、大変なことになってるのよ。バイト代、はずむからさ」
 と、へとへとになって帰ってきた教会で、ゼルダ姫に拝み倒されたのは先ほどのことだった。もちろん拒否権なんてものは存在しない。渋々ながらも従う。
「ありがとうっ!」
「どういたしまして」
 自分の思うとおりに事を運ぶためには、部下に頭を下げることだって厭わない。なるほどうまい処世術だ。感心しつつ、僕にはできそうにないと思う。
「それじゃあよろしくね〜」
 あっと言う間に外に放り出されてしまった……。上司のご機嫌とりも大変だ。
 新緑の季節になり、腰のあたりまで伸びてきた雑草もしばしば。骨が折れる作業になりそうだ。
(やれやれ)
 真面目に草を刈り始めて、気づいたことがある。これは神父様や姫には任せられない、危険な仕事だ。蜂が飛んできたり、偵察にきたアグニムの部下の仕業なのか、ごくまれに地雷(!)まで仕掛けられていた。
 これだけ苦労したんだもの、草の根もとでルピーを発見する、という役得があったことは内緒にしておこう。
「ふう」
 あらかた片付けたところで、腰をまっすぐにして、一息ついた。刈った草は一カ所に積み上げてある。
「お疲れさま〜」
 お盆に冷水とおしぼりを持ってやってきたゼルダ姫が、隣にやってきて手招きする。そこには庭園を眺められるように、ガーデンチェアが配置されていた。
 自分の成果をじっくり観察しようとすると。
「あれは……」
 草刈りに夢中で気づかなかったけれど、墓地との境目あたりの花壇に、バラが植えてあった。今までは見かけなかったものだ。赤白黄色と、なかなか見事に咲いている。よく手入れされてあるらしい。
 僕はバラ園を見やりながら、
「あれは、もちろん姫が育てたんですよね」
「ええそうよ。とにかく暇なの。教会に所蔵されてる本も、全部読んじゃったから」
 ゼルダ姫は、組んだ手の甲の上に顎を載せた。
「その暇に任せて、やってしまったわけですね」
「なんかその言い方引っかかるわね。
 まあね。こんな閑古鳥が鳴いてる、カビくさーい場所に引きこもってるおかげで、私もすっかり枯れちゃったわ。園芸が趣味なんてねえ」
 これは、神父様に告げ口しておくべきなのだろうか。
 しみじみと腰を丸めながら紅茶をすする姿は、確かに王女として大切な何かを失っているようだった。
「上流階級っぽくていいんじゃないんですか?」一応フォローしておく。
 姫は頬を膨らませた。
「いかにもお年寄りっぽいじゃない。私はイヤよ」
 紅茶をもう一口含んでから、
「それよか弓の鍛錬しているときとか、戦術立案の授業を受けているときの方がよっぽど楽しいわ!」
 目がキラキラしている。その趣味はお姫様としてどうなのだろう?
 差し入れの水をすっかり飲み干してしまうと、姫にじいっと見つめられた。
「何ですか」
「あのさ。キミが、ものすごい魔法使いになった夢を見たのよ」
「はあ」何を唐突に。
「ちっちゃなメダルみたいなのから雷を呼び出したり、赤や青の杖を持っていたり。挙げ句の果てには、身につけると透明になれるマントを使ってたわ」
「……はあ」
 確かにそれはすごい魔法使いだ。
 ゼルダ姫は頭を抱えた。
「なんだか嫌な予感しかしないの。あんなのキミらしくないわ! だから、絶対、あの夢みたいにならないでね」
「善処します」
 勝手なお願いにもしっかり頷いておいた。が、すでに青い杖——アイスロッドを手に入れてしまったことは、言い出せなかった。だって、あれは姫の助言のおかげで入手できたわけだし。
 改めて、刈り尽くされた庭と、積み上げられた草の束を見る。
「よく働いたわね。本当に」
 僕の顔はさぞ、達成感に満ちあふれていたことだろう。
「案外気持ちよかったですよ」この言葉に嘘はない。
 ゼルダ姫はにやりと笑った。
「ふふ、これからもお願いしちゃおうかなー」
「それは勘弁してください」

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