ほんの気持ちですが

 いつもお世話になっているあの子に、プレゼントをあげたい。最近ゼルダは仕事の合間に、そのことばかり考えている。しかし、それはなかなかに難しい話だった。
「だってナイト君って何をあげたら喜ぶのか、全っ然わかんないんだもん……」
 午後の執務室にて、カーテンの隙間から差し込む日差しを浴びながら、ぐったりするゼルダ。騎士団関連の資料を届けにきた団長が見かねて理由を聞くと、彼女は平和な悩みを吐露した。
「確かに、彼の好みは難しいですね」
 主に妻との関係において、少年に多大な迷惑をかけていると自負している団長だが、一転して彼自身のことになるとさっぱり分からないのが実情だった。
 なにせ、何でも願いを叶えてくれるというトライフォースへかけた願いが、あんな——予想外のことだったのだから。
「クッキーもね、『作りすぎた』って渡したら食べてくれるの。でも感想は、例の仏頂面で『おいしいです』の一言。有休あげても全然消化しないし、ほんとにもう、あの子ったら……」
 得意のお菓子作戦も通じず、ゼルダは困りきっているらしい。アグニムとしのぎを削っていた時よりも深刻そうな表情だった。
 悩みに悩み抜いた彼女は挙げ句の果てに、
「いっそ、土地でもあげようかな」
「はっ!?」
 国家元首自らが臣下に土地を与えるということは、すなわち爵位を授けるということだ。城仕えの身とはいえ、あくまで平民にすぎなかった少年にとっては、大躍進となる。
 が、こんな理由で新たな貴族が誕生しては、いくら王制国家といえど問題視されるだろう。騎士団長は慌てた。
「い、いくらなんでもそれは……。そうだ、私が彼の好みを訊いてきますよ」
「それがいいわねっ。じゃあ任せたわ」
 団長はホッと胸をなでおろした。仕事は増えたわけだが、これで一応、ハイラルの国家としての品位が保たれたわけだ。
「さあて休憩も終わったし、仕事を再開するわよ!」
 懸案事項を部下に丸投げしたゼルダは、にわかに元気になって羽ペンを手にとった。



 翌日、騎士団長は運良くハイラル城の廊下で例の少年とすれ違った。
「やあ。今、ちょっと時間あるかな」
「大丈夫ですよ。何かご用ですか」
 彼はごく丁寧に応じ、無表情に見上げてくる。これでも愛想は前より良くなった方だ。
「これまでにもらったプレゼントの中で、何が一番嬉しかった?」
 団長の唐突すぎる質問に対し、彼は不審そうな目で見つめてくる。
「いきなり、ですね。また奥さんへのプレゼントですか」
「ま、そんなところだよ」
 僕を参考にするのはどうかと思いますけど——と前置きしてから、彼は話し始める。
「プレゼントではないかも知れませんが。一番最近ですと、家の権利を奪い返した時が一番嬉しかったですね」
「ああ……確か、内乱中は実家が差し押さえられてたんだったか」
 彼は苦々しげに唇を噛んだ。
「土地も家も、どこぞの下級貴族のものになってたんです。あれもゼルダ姫からもらったプレゼントとも言えなくないかな、と」
 ということは、すでに土地はもらっていたことになる。妙なところで姫と勇者の考えはリンクしているな、と団長は思った。
 しかし今は、少年本人の好みを聞き出したいのだ。
「だがなあ、さすがに家はちょっと」と団長が渋ってみせると、
「官舎を出て夢のマイホームでも立てたらどうですか。最近給料上がったんでしょう」
「ははは……それじゃあ、今きみの持っている日用品で、買い替えの時期が来てるものはあるかい?」
 団長はもう一歩踏み込んだ質問をしてみた。
「それこそ家の中を探してください、としか言えません。……あ、でも」
「でも?」
 少年は、ほんの少しだけ唇の端を持ち上げた。
「日用品ではありませんが。剣と盾がないと、背中が寂しいんですよね」
 マスターソードは迷いの森に再び封印してしまったし、鏡の盾は貴重な魔法防具としてハイラル城に保管されている。さらに、彼は武官ではないので装備品は支給されておらず、基本的に無手なのであった。
 わずかに見せた年相応の感情の欠片を、少年はさらりと流して、いつもの思慮深い表情に戻った。
「ですから、そうですね、奥さんにはきっと包丁あたりが喜ばれると思いますよ」
 団長は「なるほど」と、いかにも感心したように相槌をうち、礼を言ってその場を離れる。
 ——任務完了だ。



 団長がさっそくゼルダの元に戻って報告すると、
「剣と盾か、いいわね! カカリコ村はずれの鍛冶屋さんに新しく作ってもらいましょう。で、銘を刻めば完璧ね」
 主君の王女は大喜びしてくれた。
「銘ですか、良い案ですね」
「せっかくだから、私自ら彫ってあげようかしら。これでもカリグラフィは得意なのよ〜」
 彼女は羽ペンを握ってニヤリとする。ゼルダ姫の文字は、どんなに急いで書かれたものでも流麗そのものであることで有名だった。
 その時、とんとん、ドアがノックされる。
「失礼します」
 入ってきたのは例の少年だった。「あ、あら!」ゼルダは思わず、机の上に広がっていた何の関係もない資料をかき集めてしまった。
「……何の話をしてたんですか」不審そうに目をすがめる少年。
「いえいえちょっとね、オホホホ」
 口に手を当てて上品に笑ったが、どう考えてもごまかしである。団長も苦笑していた。少年はいちいち咎めるのも面倒になったのか、さっさと用件を切り出す。
「臨時予算の件、試算が出来たので持ってきました」
「ああうん、その辺置いといて」
 なんとなく空気を読んだ団長は一歩後ずさり、きっちりと礼をした。
「それでは私はこれで」
 少年は閉まるドアを一瞥したあと、何故か目を泳がせた。
「……それで、あなたに差し入れがあるんですけど」
「へえ? 誰から」
「僕からです」
 目を丸くするゼルダに、彼はポケットから取り出した小さな包みを差し出した。
「作ってきました」
 チェックの布地に包まれたものは、どうやら菓子らしい。
「え、これ、本当にキミが?」
「はい。昨日焼いたものですが……」
 ゼルダは驚きながら包みを開けた。中身は、赤い果実のジャムがのったクッキーだった。
「私のクッキーより美味しそうじゃない!」正直嫉妬してしまった。彼は、勇者業だろうが予算案作成だろうがお菓子作りだろうが何でもさらりとこなす、万能かつちょっぴり嫌味な奴だった。
「今食べるんですか……」
 彼は少し恥ずかしそうだった。ゼルダはにやりとし、これ見よがしに一枚口に放り込む。
「おいしい〜っ」
 彼女は思わず目を閉じ、うっとりした。
 それから少年の目の前でたっぷり時間をかけてクッキーを味わい、幸せな気分に浸った。この倍の量あっても、一息に食べ尽くしていただろう。
「にしても、キミが差し入れを持ってくるなんて。一体どういう風の吹き回し?」
 少年はなんだかしどろもどろになりながら、
「いえ。先ほど団長に、奥さんへのプレゼントは何がいいかと相談されまして——その時、いつもお世話になっている人にお礼をするのも大切かな、と思ったんです。たまたまクッキーを持っていたので、ここに来てしまいました」
「そっか……ありがとう」
 ゼルダは微笑んだ。プレゼント作戦ではすっかり先を越されたわけだが、彼と自分が同じようなことを考えていた事実が、単純に嬉しかった。
 後日、ゼルダから正式に剣と盾を贈られた彼は、はにかみながらそれを受け取ってくれた。

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