星のなる木

 瞼の裏が青い。
 ……この表現はおかしいだろうか。しかし、この情景は他の言葉では表せないだろう。まるで海の中を漂っているようだ。輝く波間を。光の届かない深海を。
 さぞかし外界は美しいのだろう、と期待を抱きつつ重い瞼を持ち上げた。
 そこは海ではなかった。ましてや空の中でもない。青色も見つからない。あるのは闇色だけ。
 もう夜になったのか。
 段々意識もはっきりしてきた。そうだ、今日はかなりの大移動をこなさなければならなかった。一日中歩きっぱなし、しかもよりによって炎天下。あまりにも喉が渇いたので、偶然見つけた水場で小休止を取ろうと思った。……そこから記憶がない。
 まさか熱中症で気絶していたのか? 最悪の事態を考えぞっとした。だがその場で倒れたのなら近くに水場があるはず。さらさらとかすかに聞こえる水音は遠かった。相変わらず喉の渇きもあるが、死ぬほどではない。
 つまり、朦朧とする意識の中で水を飲み、適当な場所まで移動してから倒れたのか。
 夜の風は昼間の熱風を忘れるほど爽やかで心地よく、汗で濡れた服の嫌な感触を紛らわせてくれた。
 そろそろ起き上がろうか。仰向けに寝転がっていたので、まず首を動かそうとした。重い。この感じは……そうか。肩こりか。装備なんて外す暇はなかっただろうな。
 それでも力を振り絞り上半身だけは起こすことに成功した。すぐさま背中にある剣の鞘を固定していた革のベルトを外し、草むらに放った。多少乱暴になったのは仕方がない。
 目に入る情報は極端に少なかった。寝ぼけまなこで視界がきかないということもあるが、夜では唯一の光源である月が雲隠れしてしまったようだ。いよいよ喉の渇きも激しくなってくる。しかしこうも真っ暗では動きようがない。どうせならもう一眠りしたい。去りかけた睡魔を引き戻そうと再び横になった。
 それから黙って目を閉じていると、突然の突風が間隔を置いてきっかり四度、僕の髪を揺らした。
「……横着だ」
「そうだね」
 独り言で会話をする。まわりに誰もいない時は、考えをまとめるためによくやっていることだ。僕は頭の中でごちゃごちゃ思考するよりもこちらを好んでいる。移動のみの日は、日が落ちるまで何も言葉を発していなかったこともざらにある。人里に着いたら言葉を忘れていた、なんてこともありそうで怖い。
 寝返りをうった僕にすっと青い光が射し込んだ。
「……月が出たよ」
「本当だ」
 先ほどの風が雲を晴らしたのか。闇に慣れた目にも優しい、淡い光だ。僕は仰向けになり、空を見た。どうやらここは木の根本だったようだ。黒い葉が繁っている。
「ん……?」
 僕は目を見開いた。
 きらきら瞬く無数の星が、木いっぱいに実っていた。いや、まさか、そんなことがあるはずはない。ならば、この光は……。
「そうか、葉っぱの間に星が見えているんだ」
 やっと理解した。僕は木の根本から見上げていて、葉と葉の隙間から星が顔を出している。木漏れ星とでも言うべきか。
 一瞬でもどきっとした自分に赤面する。
「……水を飲もう」
 今度こそ立ち上がった。重い足を引きずりつつ、放り投げた剣を手で探る。
 あった。鞘からするりと抜いた。白銀の刀身に清浄な光が煌めいた。
 そして、僕はそこに夢で見た青の正体を映す。今日は満月だった。

inserted by FC2 system