「どろぼーのアルバムも埋まってきたね」
ひどい罵声を浴びせられた気がした。どろぼーのアルバムというと、まるで犯罪記録のような言い方だ。
……まあ、本当の証拠写真も、一枚だけあるのだけれど。
ゴポンガ沼からほど近い場所にある写真館にて、目覚めの使者たる少年は物珍しそうにぱらぱらとアルバムをめくっていた。電話といい写真といい、ハイラルの技術レベルからすると摩訶不思議なものが、コホリント島にはあふれている。
彼の指が、新しい写真を探り当てた。
「あ、これは」
いつぞやユーレイにとりつかれた時、成仏させるために行ったお墓の前で撮ったものだ。墓に軽く体重を預け、不敵な笑みを浮かべる少年が写っている。何でこんな表情をしてしまったのか、彼は今更ながら恥ずかしくなってきた。
うん? 画面左側に、なんだかモヤモヤした白いものが写っているような……。
紫色の大きなネズミ——写真スキスキ写真屋さん(本人談)が、そばからのぞき込む。
「ああ、それ珍しいよね。心霊写真だなんて」
常にテンションの低い少年が、珍しく大声を上げた。
「えぇーっ!?」
*
というわけで、少年はあのユーレイのお墓にやってきた。コホリントの集合墓地から南にはずれたところに、ぽつんと淋しげに佇んでいる。改めて見たところ、それほど昔に建てられた墓ではなさそうだ。むしろ集合墓地の墓石の方が、よほど古びていた気がする。こうなると、墓碑銘だけが不自然に削り取られているのはおかしいと思えた。
前に来たときよりも雰囲気が華やいで見えたのは、お供えの花が換えられていたからだろう。目の覚めるような赤のハイビスカスが一輪、陶器の花瓶に生けられていた。思い出せないが、以前は同じ場所に青い花があったと思う。つまり、定期的に誰かがお参りしているということだ。
「あれっ」
ハイビスカスの隣に置いてあったのは、白い貝殻のペンダントだった。どこかで見覚えがある。
『ボクのうちの……ツボ、調べて……』
そうだ、他でもないユーレイが教えてくれた。ユーレイの家——ここからしばらく歩いた場所にある廃屋のツボの中には、ヒミツの貝殻を中央にあしらった、手作りのペンダントがしまってあった。きっと冒険に役立てて欲しかったのだろうけど、少年は他の貝殻と混ざってしまうのが嫌だと思い、そのままにしていた。
(それにしても、どうしてあの貝殻がここに?)
彼がそっとペンダントを拾い上げた時、後ろに気配を感じた。
「あれっどろぼー?」
振り返ると、涼しげな水色のワンピースを着たマリンがいた。手からは白い南国の花がこぼれている。
「どうしたのよ、こんなところで。きみもお参り?」
「いや、まあ……ちょっとね」
心霊写真が動機だなんて、なんとなく言い出しづらい。二人は思わず黙りこんで、お互いに見つめあう。先に目線をそらしたのは少年だった。
「なんで、このお墓だけこんなところにあるのかな。マリンは知ってる?」
「……わからないわ」
「わからないのにお参りしてるの……?」
ますます疑問が膨れ上がる。マリンはムキになって反論した。
「でも、なんだか大切な人が眠っている気がするのよ」
「じゃあ、このペンダントは」
「久々に家を掃除したら、見つけたの。……そう、これは、誰かとおそろいでつくったペンダントだったわ」
「その誰かっていうのは」
「それが思い出せないのよ」
自分でも支離滅裂な話をしていると思ったのだろう。マリンは心なしか瞳を潤ませて、少年にまっすぐ視線を合わせた。
「わたし、最近気がついたんだけど……どろぼーが来る前のことが、あんまり思い出せないの」
少年は何か言いかけた口を閉じて、マリンを見返す。
「代わり映えのしない日が、ずっと続いていたからかな。でもね、誰かが……誰か、大切な友だちがいた気がする」
「もしかして、その友だちが、このお墓に?」
マリンは首を振った。
「……そうじゃなければ、いいんだけど」
マリンは少年から貝殻のペンダントを受け取ると、改めてお墓にお供えした。
しばし胸に手を当てて、黙祷する。一体どんな祈りを捧げているのだろうか。
「それじゃあ、また。暗くならないうちに帰ってきてね?」
「夕飯までには帰るよ」
もはやマリンの家にお世話になることについて、違和感を覚えなくなってきた。少年は軽く手を降り、マリンを見送る。
突然、彼の頭の上に影がさした。
「ホッホウ! ホッホウ!」
ことあるごとに彼の前に現れ、進むべき道を示してくれる、あのフクロウだ。
「何か用ですか?」
尋ねれば、フクロウは首を傾げるような動作をした。
「その墓は——ぼうやの来る前に、目覚めの使者として活躍した者の墓なのぢゃ」
少年ははっと息を呑む。
「僕の前にも、コホリントに漂着した人がいたんですか」
「いや……その子はもともと島の住人だったのぢゃ」
そのセリフを聞いた瞬間、彼の脳内でいくつかの事実がつながった。
あのユーレイが彼にとりついたのは、アングラーの滝壺というダンジョンを攻略した後だった。そして、ユーレイは他のダンジョンには決して入りたがらなかった。少年を金縛りにしてまで阻止しようとしたほどだ。
また、島の各所にある不思議な石碑を思い出す。その一つに書かれた文言——風のさかなの目覚めなくば、勇者は島の土になる。死んでしまえば、誰であれ土の下に埋められる。
前々から考えていたことがある。悪夢に苛まれた風のさかなは、自己防衛策をとらなかったのだろうか、と。
フクロウの話からすると、おそらく一度は自衛しようとしたのだ。しかし、セイレーンの楽器の奪還に失敗してしまった——だから少年が外部から呼び寄せられた。
彼はああ、と思わず声を出して、頭を掻いた。
「それにしても、なんたってこの子が島の人に忘れられるなんてことに……」
ユーレイが楽器奪還の任務に失敗した時点で、マモノたちがとるべき策は、「目覚めの使者を打ち倒した」と喧伝することだ。そうすれば島の人々に大打撃を与えることが出来る。だがそうはならなかった。
「おそらく、風のさかなのご意思ぢゃろう」
少年はなんとなく察した。ユーレイの存在を忘れてしまえば、ひとまずこれ以上状況が悪くなることは回避できる。あとは新しくやってきた目覚めの使者に任せればいい。
眠りっぱなしの風のさかなも、悪夢に負けないように戦っていたのだ。
「それでも、なんか、それってちょっと……」
どうしようもなく胸がもやもやした。マリンは曖昧な思い出をたどって、あれほど不安そうな顔をしていたのだ。これではユーレイも浮かばれないではないか。
「不満に思うなら、墓に向かって魔法の粉をかけてみると良いぞ。ホッホウ」
不思議な言葉とともにフクロウは飛び去った。
彼は言われたとおりに、お墓に向かって魔法の粉をまいた。
『ゴホゴホ、ゴホゴホ……』
何故か咳き込むような声がする。『粉、かけないで……』
あきらかに聞き覚えのある、か細い声だ。少年は呆れたように問いかけた。
「成仏、してなかったんだ?」
『……』
返事はなくともユーレイの気配を感じる。もしかすると、今までの会話も全て聞いていたのかもしれない。
「マリンの前にも出てあげればいいのに」
すると。空気のような柔らかいものに、ふわりと包まれたような感覚がした。マリンのものともまた違う、柑橘系の香りが彼の鼻をくすぐった。
『悲しませたくない、から……ゴホッ』
「そういうものかな」
確かにマリンは、友人(と思しき人物)の死が確定するのを、恐れていたようでもある。
『だから、きみがマリンを悲しませたら……たたるよっ!』
怒ったような発言だった。
そうだ。ユーレイの存在自体を意味のないものにしないためにも、少年は目覚めの使者として、前に進むしかない。
「わかったよ」
強く請け負うと、あたりに漂っていたあたたかい何かは消えた。
墓石は夏の日差しを浴びて、堂々と立っている。
「あのユーレイ……女の子だったんだなあ」
優しく触れられた腕には、彼女の体温が残っていた。