サコン殺人事件

「ケチなスリ、行方しれずに。最後までお騒がせ」
 複数の窃盗容疑で指名手配されていたサコン氏が、本日未明、クロックタウン北地区で起こった爆発事故に巻き込まれ、行方不明となった。
 クロックタウン町兵団は、現場近くにいた少年を重要参考人として補導し、事情を聴取している。



「は……?」
 ぽかんと開いた口から、無意味なうめきが漏れた。カーフェイは知らず知らずのうちに手に力を込めていたらしい。握った新聞がくしゃくしゃになっていた。
 マニ屋のオヤジに見せられたその記事は、カーフェイの決意を打ち砕くに足るものだった。
 サコンは彼の仇敵だった。明後日の婚礼の儀に必要なお面を盗んだ犯人なのだ。奴をつかまえるため、婚約者アンジュを置きざりにしてまで必死に駆け回った日々が、泡となって消えていく……。
 カーフェイは愕然として顔を上げた。
「じゃあ、ボクが盗まれた太陽のお面は——!?」
 マニ屋のオヤジはぼりぼり頭をかいた。
「手がかり、なくなってしもたな」
「そんな……」
 がっくりと肩を落とす。膝から崩れ落ちたい気分だった。
 一ヶ月ほど前、お面を盗まれて途方に暮れていた彼は、マニ屋のオヤジに「サコンはどこかにアジトを持っているらしい」と告げられた。そのため、いつか必ずマニ屋に盗品を売りに来るであろうサコンを、店の裏に身を潜めて待ち構えていたのだ。クロックタウン北に出没したということは、事件さえなければ、ちょうど今晩あたりマニ屋に現れるはずだったのに……!
 しょげかえるカーフェイを見ていられず、オヤジは腕組みを解いた。
「まだ手がかりはあるで、カーフェイ。重要参考人の少年がおるやないか。きっと、何か知ってるに違いない。ワシが聞いたところによると、そいつは天文台に拘束されとるみたいやな」
「行ってみる」
 カーフェイは即答した。
「やれることは何でもしたいんだ。でないと、アンジュに……申し訳が立たない」
 結婚式を目前にして一ヶ月も放置してしまっている婚約者を思い浮かべ、彼は決意に満ちた顔をキータンのお面で隠した。
「がんばってきいや」
 マニ屋のオヤジは、まるで自分の息子を見るようなまなざしで、彼を送り出した。



 クロックタウンの天文台は、町の中でも特に辺鄙な場所にある。いつもなら、子供たちがつくった秘密組織ボンバーズが入り口を封鎖しているはずだが、今日は代わりに町兵がいた。
 カーフェイは当然のように門前払いをくらった。
「何、重要参考人に会いたい? ダメだダメだ、今彼は拘束中なんだ。キミ、家はどこ? どうしてお面なんて被ってるんだい」
 挙げ句の果てに不審者扱いされ、キータンのお面を剥がされそうになったので、慌てて逃げてきた。
(まずいな……)
 東広場の木箱に腰掛けて、何とか兵士を突破しようと思いを巡らせる。
 黒っぽい色の雲からは、ぽつりぽつりと雨粒が垂れてきた。そんな不機嫌な空を見つめていると、「キミも、天文台に行きたいんでしゅか?」不意に声をかけられた。
「あ、ええと、そうなんだよ」
「あのオニイサン、ひどいでしゅ。あそこはボクらの遊び場なのに、追い出されたでしゅ!」
 ボンバーズの中でも一番のチビ助で、天文台への門番を任せられていた子供だ。悔しそうに地団駄を踏んでいる。
「なんとかあの中に入りたいんだ。どうにかならないかな」
 気づけばカーフェイは小さな子供に向かって、真面目に助けを求めていた。もはや、なりふり構っていられる状況ではなかったのだ。
「それなら、いい考えがあるぞ」
 背後から新たな声が届いた。赤いバンダナを頭に巻いた、当代のボンバーズ団長・ジムだ。
「お前一人分くらいなら、抜け道がないこともない」
 カーフェイはパッと立ち上がった。
「本当かい、助かるよ!」
 そこで、キータンのお面越しにジムと目が合う。
「その代わり、なんだけどさ」
「何?」
「あとでそのキータンのお面……くれないかな」
 子供の瞳はキラキラしていた。昔は自分もこのお面に憧れたものだ、と思い出して、カーフェイは苦笑した。キータンのお面はマニ屋のオヤジからもらった大切なものだったが、今の彼には他に被るべきお面があるのだ。
「必要なくなったら、すぐにあげるさ」
「約束だからな!」
 それに、いずれは顔を隠す必要もなくなる。太陽のお面さえ取り返せば……。
 抜け道というのは、天文台へ続く地下水道への侵入口だった。ちょうど、木箱の下に隠れていた鉄の蓋を、三人がかりでこじ開ける。
「達者でな!」
「がんばるでしゅ!」
 ボンバーズの声援を受けながら、カーフェイははしごを降りて、水道を駆け抜けた。足元が濡れたって構わない。カーニバルまであと二日しかないのだ、いくら急いでも足りないくらいだった。
 彼は息を切らせて、天文台にたどり着いた。
「おや、また子供かね。今日はずいぶんとお客さんが多いな」
 そこには天文台の管理者である老人シカシがいた。彼は、幼い頃のカーフェイを知っているはずだ。正体がばれたらまずい。カーフェイはことさらキータンのお面を深く被り、うつむきながら、
「あの……勝手に入って、ごめんなさい。どうしても、ここにいる人と話したくて」
「おお、そんなことか。構わんよ。町兵が勝手に連れてきたのでな、彼も退屈そうにしておった」
 幸い、ここには町兵もいないらしい。事情聴取は一段落したのだろうか。
 新聞の記述とシカシの発言から推測されたとおり、重要参考人も、今のカーフェイと同じくらいの歳の子供だった。
 階段を上った先で、緑衣の少年が望遠鏡を覗きこんでいた。「あのハートのかけら、欲しいなあ……」などと呟いていたが、彼はカーフェイの気配を悟ったらしく、振り向いた。
「あれ。こんにちは」
 爽やかな笑顔だ。町兵にひっ捕らえられたという割に、ずいぶん呑気なものである。
 カーフェイはやっと見つけた手がかりを離すまいと、必死の面持ちで詰め寄った。
「キミ、サコンについて何か知ってるだろう!」
 彼はにこっと唇の端を吊り上げた。
「きみもぼくのことを疑ってるの? 残念だけど、ぼくはやってないよ」
「何だって」
「冤罪だ。というか、そもそもサコンは死んでなんかない」
 カーフェイは大きく目を見開いた。
「聞かせてくれないか、事件の話を」



 いいよ。話してあげる。
 ぼくは昨日の夜零時ごろ、クロックタウン北にいた。ちょうどいい時間に始まるイベントを思い出したから——じゃなくて。たまたま、本当に偶然、あの時間帯に一人で歩いているおばあさんを見かけたからね。危ないな、と思って観察してたんだ。
 案の定、盗人がやってきた。きみも知ってると思うけど、そいつがサコンだ。ちょうどポストの前くらいで、あいつはおばあさんの荷物を奪った。
 ぼくはすぐにサコンの後を追ったけど、疲れて足が重かったから、楽をしようとした。適度に狙いを外して矢を打ったんだ。
 そしたら、サコンが予想外の動きをして——運悪く矢が荷物にあたって、爆発しちゃった。おばあさんはバクダン屋のおふくろさんで、盗まれた荷物は満杯にバクダンの詰まったボム袋だったんだよ……。
 おまけに爆発の衝撃で、近くにあったボンバーズの風船まで割れた。あたり一面もくもくの煙に包まれて、それはもう大変なことになった。さすがのぼくも呆然としちゃったよ。
 こういう時に限って町兵団の人がやってくるんだ。ひどいよね。いつもはサコンをみすみす逃してるのに! ……あ、こっちの話。気にしないで。
 こういうわけで、ぼくは天文台に押し込められることになったんだ。でも、ぼくは確かに見た。そりゃあもう、心のまことのメガネでしっかりと——
 煙にまぎれて、どこかへ逃げていくサコンの後ろ姿を、ね。



 少年はそこまで語って、口を閉じた。カーフェイの反応を伺うように。
「謎の爆発の原因は、それだったのか……」
 カーフェイはあごに手を当てた。すると、少年のふところから白い妖精が飛び出して、
『ボム袋に向かって矢を射るなんて、アンタも無茶苦茶なことをしたわねえ』
「うるさい」
 少年は唇を歪めて邪険に頭を振る。
「とにかく、ぼくの記憶が確かなら、サコンは生きている。今もどこかで身を潜めているはずだ」
「なるほど……」
 道を見失っていたカーフェイに、一筋の光が差してきた。重要参考人の少年は、年の割に明晰な頭脳を持っており、
「きみは、サコンの行方を捜しているんだろう。だったらぼくの妖精、チャットを連れて行かない? ぼくは動けないから、彼女が代わりに調査を手伝ってくれるよ」
 妖精は「え」と声を漏らした。
『ちょっと、勝手に決めないでよ』
「いいだろー別に。ぼくの疑いを晴らしてくれよ」
 カーフェイは渡りに船とばかりに大きく頷いた。
「助かる。チャット、よろしく」
『……まあいいけど』
 妖精チャットは渋々承諾した。
 そこで少年はカーフェイに歩み寄ると、
「あ、忘れてた。これを貸してくれないかな」
 彼はカーフェイの胸元に手を伸ばし、そこにあったペンダントを鮮やかに奪った。
「そ、それは……!」
 そのペンダントは、カーフェイにとって大事な思い出の品だったのだ。少年は人の悪い笑みを浮かべた。
「一応、きみが帰ってこないことも考えて、保険をかけようと思ってね。大丈夫、悪いようにはしないよ」
『安心しなさい。あのペンダントは何があっても、必ずアンタの元に戻るから』
 チャットも妙に自信満々に請け負った。カーフェイは歯ぎしりしたくなる思いを振り切り、少年に背中を向けた。白い妖精へと声を投げる。
「行こう、チャット。現場検証だ!」



 二人はクロックタウン北に趣き、事件の目撃者に会いに行った。マップ売りのチンクルと、ボンバーズの団長ジムである。ジムとはつい先ほどぶりの再会だった。
「ボクは爆発の瞬間をよく見てなかったのだ。妖精さんが巻き込まれたのは、知ってるけど」
 三十五歳の自称妖精は、首を横に振った。妖精さんというのは重要参考人のことらしい。確かにあの少年は、どこか浮世離れした雰囲気があった。チンクルとは別の意味で。
 目撃情報に関しては、隣にいたジムも同様だった。
「オレも爆発しか分からないな。バクダン屋のおふくろさんが、『誰か荷物を取り返してくれ』って言ってから、ほとんどすぐに爆発したんだ」
 皆爆発に気を取られて、サコンのことは見ていなかったらしい。
 ジムは、カーフェイの被るキータンのお面をジロジロ覗き込んだ。
「天文台に行ったのは、そういうわけだったのか。どうしてお前は聞き込みをしてるんだ? 町兵には任せておけないのかよ」
「いや……あの爆発でサコンが死んだとは、思えなくて」
 天文台の少年の放置加減からすると、町兵はこの事件に対して積極的ではないらしい。下手をすれば、不幸な事故ということで、サコン死亡のまま片付けられてしまう。第一、カーニバルを中止にするか否かの議論で町兵たちも混乱しており、他のことに構っている暇がない。
「サコンの行方を追いたい。あいつには訊かなくちゃいけないことがあるんだ」
 カーフェイはこぶしを握りしめた。ジムはにっ、と笑う。
「そういうことなら、ボンバーズも協力するよ」
「……!」
 カーフェイは顔を明るくした。天文台の少年といい、自分に協力してくれる人がいるなんて……。一ヶ月間、マニ屋の主人だけを頼りにして孤独にサコンを追っていた分、そのあたたかさが身にしみた。
「ボクも妖精さんを手伝うのだ」
『いや、アンタは別にいいから』
 一方チャットはすげなくチンクルを追い払った。
 カーフェイは目線を鋭く北門に投げた。そこには、不安そうに空を見上げる町兵がいる。彼は雨雲ではなく、その上の月を気にしているようだ。
「いくらなんでも、サコンらしき人物が通ろうとしたら、兵士が気づくよなあ……」
 生きているならば、必ず奴はどこかに潜んでいる。このクロックタウンのどこかに。
 それからカーフェイは、町兵よりもずいぶんと熱心に、町の人々へ「怪しい人物を見かけなかったか」と尋ねて回った。
「予想通り、町兵たちはサコン死亡の方向で片付けようとしているらしいぞ」
 その合間に、ボンバーズの情報網を駆使して、ジムが報告してくれる。
「兵士の詰所で聞いてきた。オレたちにはこれくらいしかできないけど、まあがんばれ」
「ありがとう」
 子供の集まりのボンバーズが、まさかここまで頼もしいとは思いもしなかった。
 しかしその協力があっても、カーフェイが必死に聞き込みをしても、サコンの行方は掴めなかった。
「手がかりなし、か……」
 カーフェイは徒労感を覚えて、クロックタウン西の花壇に腰掛ける。すでに夕刻を迎え、しとしと降っていた雨は止みかけていた。
 ずっと黙って調査に付き合っていたチャットは心底不思議そうに、
『アンタ、どうしてここまで必死になれるのよ?』
 と尋ねた。カーフェイは慎重に答える。
「ボクはサコンに盗まれたものを、どうしても取り返さなくちゃいけないんだ」
 太陽のお面は、胸を張って婚約者の前に姿を現すために、絶対に必要なものだった。
 チャットは再び沈黙した。自分の内なる声に耳を傾けているようだった。
「ここで休んでいてもダメだ。手がかりがないなら、足で稼がないと」
 カーフェイは疲れた体に鞭打って、立ち上がった。何かに急かされているようでもあった。
 そして、二人はバクダン屋の前を通りかかった。町衆と思われる大工がドアの近くで腕組みをしているのが目に入る。
「ははあ、あの爆発はこれだったわけか……」
 突然耳に入ってきた「爆発」という単語に、どきりとして立ち止まる。カーフェイは思わずその人に声をかけた。
「どうしたんですか?」
 大工の男は壁に貼られたポスターを見ていた。遠く離れた山里で、バクダンの新商品が発売されたという告知らしい。
 大工はキータンのお面を被ったカーフェイを見て一瞬ぎょっとしたが、快く答えてくれた。
「大バクダンだよ。昨日、ゴロンの人がこれを使って、ロマニー牧場への道を塞いでいた岩を爆破したんだ。あれはすごい威力だった。おれなんか、十分離れていたのに破片で怪我しそうになったんだ」
 カーフェイははっとして口を閉じた。ボム袋一杯のバクダンは、大バクダンの威力にも決して劣らないだろう。
 彼は傍らのチャットをちらりと見る。
「普通、爆発に巻き込まれたら絶対に怪我するよな」
『そうね——あっ』
 二人は同時に閃いた。
「なら、行くべき場所は、あそこしかない!」
 お面の奥で、カーフェイの瞳がきらりと輝いた。
『でも突入したとして、アンタにサコンがつかまえられるかしらね』
 チャットの指摘も最もだった。大人のサコンに全力で逃げられたら、今のカーフェイにはなすすべもない。
「なら、こうしようか」
 カーフェイはある文書をしたため、ポストに投函した。クロックタウン町兵団に向けて、あえて「町長息子カーフェイ」の名で。
 そして明くる日、刻のカーニバル開催前日——。
 大妖精の泉に潜伏していたサコンを、突入した町兵たちが確保した。
『ここなら爆発で負った傷を癒すのに最適だものね。よく考えたわね、カーフェイもサコンも』
 チャットはおおいに感心していた。カーフェイは「町長さんの息子に言われてきた」と嘘をついて、逮捕の現場に居合わせていた。このあたりの機転も利いている。
 しかし、熱くなると周りが見えなくなるらしい。彼は確保されたサコンに飛びつき、
「おい、ボクから奪ったお面はどこだ!?」
 胸倉を掴みかねない勢いで尋問した。サコンはへらりと笑った。
「それは、アジトに——」
 言葉の途中で、町兵が入る。
「きみ、こいつはケチなスリとはいえ、危ない奴なんだ。あんまり近づくんじゃない」
 そのままサコンは町兵に引っ立てられていく。「あっ」話を聞き出そうとしても、子供の彼では追い払われてしまうだろう。肝心の、アジトの場所がまだなのに……。
 呆然とサコンを見送るカーフェイの肩に、後ろからぽんと手が置かれた。
「やあ、お疲れ様」
 振り返ると、緑衣の少年がいた。ひらひら左手を泳がせている。カーフェイは仰天した。
「え! キミ、どうやって天文台から……?」
「まあ、いろいろ方法はあるよね」
『どんな方法よ』とチャットが突っ込めば少年は肩をすくめて、「ぬけがらを置いて、石コロのお面を被ってきた」
『ああ、なるほど』
 彼女はその説明で納得したらしい。カーフェイにはさっぱり内容が分からない。
「あんな顔でもぼくと勘違いしてくれるとか、失礼しちゃうよねー」
『あれが本来の顔ってことじゃないの』
「ええー?」
 二人は勝手に話を進めている。置いて行かれた形になったカーフェイが目をぱちぱちしていると、
「じゃ、カーフェイ。サコンのアジトに行こうか」
 少年がさらりと言い放った。カーフェイは息を呑んだ。
「ど、どうしてボクの名前を……それに、キミはアジトの場所を知っているのか!」
「ついでに言うなら入り口の開け方も分かるよ。さあ、アンジュさんのために行くんでしょ」
 少年は手を差し伸べる。カーフェイは大きくため息をついた。アンジュのことなんて、チャットにすら一言も話していないのに——この少年は、何もかもお見通しらしい。サコンの逮捕を待つ意味などあったのだろうか。
 カーフェイは、その手に触れることを躊躇した。
「でも……アンジュはもう、ボクを待っていないかもしれない」
 一か月も音信不通だったのだ。とっくの昔に愛想を尽かされたかもしれない。彼女には守るべき家族がいる。月が落ちるという噂を聞いて、どこか安全なところに避難してしまったのではないか。
 少年はどん、と自分の胸を叩いた。
「それは、大丈夫。あの思い出のペンダントを渡して、説明したから」
「え」
「ぼくはカーフェイ本人に会った、だから安心してほしい、って」
 そうか。だから彼は昨日、カーフェイからペンダントを奪ったのだ。まるで未来を見通しているかのような行動だった。
 少年の晴れ渡った空のような瞳が、真剣な色味を帯びた。
「彼女は、きみのことを待っている」
『ここで退くなんて男らしくないわよ!』
 チャットの激励が心に響く。
「……ああ!」
 カーフェイは眉をきりりと吊り上げ、頷いた。
 少年は破顔して踵を返す。
「それじゃ、東門に向かおうか。アジトにはあっちから行くのが近いから」
「あ、待って」カーフェイは背を向けかけた少年へ声をかける。
「キミの名前を教えてくれないか」
 少年は瞬きした。
「……言い忘れてたね。ぼくはリンク」
「よろしく、リンク」
 カーフェイはリンクの肩を軽く叩くと、颯爽と先を歩く。
 チャットは、ぼうっとしてその背中を眺めるリンクに寄り添った。
『アンタ、なんか楽しそうじゃない』
「えっ。そうかな」
 彼は驚いたように妖精へ視線を合わせた。それからふっと表情を緩め、
「うん、楽しいかも。だって今回、時の繰り返しから外れた出来事が起こったでしょ」
『いきなりカーフェイがやって来たものね』
 天文台で不貞腐れているリンクの元に現れた闖入者、カーフェイ。彼を見つけてらしくもなく焦っていたリンクを思い出し、チャットは笑いをかみ殺す。望遠鏡を覗いたのはとっさに動揺を隠すためだったのだ。
「そう。彼らはちゃんと生きているし、ぼくの行動で未来は変えられるんだ」
 最近リンクは、幾度も同じことを繰り返す町の人々が、ゼンマイ仕掛けの人形のように見えてしまっていた。自分とはまるで違う、心のない存在なのではないか、と疑っていたのだ。だが今回、それはあり得ない、とはっきり分かった。体の底から力が湧いてくるようだった。
 それに彼のわくわくには、もうひとつ理由がある。リンクとチャットは以前、カーフェイと共にサコンのアジトに侵入したことがあったが、太陽のお面の奪還には失敗してしまった。それからしばらく、リンクは明らかに元気を失っていた。紆余曲折はあったが、ここでようやくリベンジの機会が回ってきたのだ。
(サコンには申し訳ないけど……あの爆発事件のおかげで、こいつが立ち直ってくれたようなものね)
 頬をほころばせるリンクと同じく、チャットも愉快な気分になっていた。
 リンクはたんぽぽを思わせる色の髪をなびかせ、東の空を指さした。
「さあ、ぼくらの未来を掴みに行こう!」

inserted by FC2 system