名無しのヒーロー

「一つ前」の三日間にて。リンクはかねてからの悩みの種を解消した。彼の働きによって、アンジュとカーフェイの再会が果たされたのだ。
 だが、その結果がもたらしたものは。
「アナタたちは逃げてください。私たちはもう大丈夫です。
 明日を……二人いっしょで迎えられるんですもの」
 アンジュは、子供の姿になってしまった未来の夫と手を取り合い、悲しく微笑んだ。花嫁誕生を知らせる、めおとのお面をリンクに託して。
 彼は何も言えなかった。ただ、揺れ続ける床を蹴って、従業員室から立ち去った。ほとんど逃げ出すように。
 その足で、月を止めるため時計塔に向かうことはできた。しかし、ナベかま亭を出て彼が真っ先に起こした行動は、オカリナで時の歌を吹くことだった。
 時計の針が戻っていく。そして——一日目の朝六時。
 おなじみの風景を取り戻したクロックタウンを見て、チャットが驚愕する。
『な、なんで!? あれだけ苦労したのに……』
 リンクはオカリナを握りしめた。
「ずっと、考えてたんだ。ぼくが勝手に時を動かしても、いいのかって」
 うつむいた口から紡がれるのは後悔の言葉だ。
『タルミナやトレイルを救うためには、仕方ないことじゃない。それと何の関係があるの』チャットはイライラする。
「本当に仕方ないことなのかな。神様でも何でもないぼくが、好き勝手に時間を操るのは、やっぱり……いけないことだと思うんだ。ましてや、ぼくなんかタルミナにとっては単なる異邦人なのに」
『だから、どうするっていうの? まさか月を落とすわけじゃないわよね』
 チャットには、リンクが何を考えているのか分からない。落ち込んでいるように見えて、その心の岸辺は凪いでいるようだった。
「そうは言ってないよ。明後日、ぼくは必ず月に挑む。でも、それまでは何もしない」
『何も……しない?』オウム返しに尋ねる。
「そう。何もしないし、誰にも関わらない。石ころのお面ってあったでしょ。あれを使うんだ」
 そうすれば、誰にも認知されないで行動できる。顔を覚えられたりもしない。異邦人は異邦人のままだ。
 チャットは納得がいかなかった。
『アンタの助けがなければ、アンジュとカーフェイの二人は再会できないのよ!? それでも——』
「それでも、ね。これは、あの二人が自力で乗り越えなくちゃいけないんだよ、きっと」
 問答無用で石ころのお面をかぶった。これで、空気にとけ込んだように、リンクの気配が消えたはずだ。
(あんな顔、二度と見たくないよ……)
 死を覚悟した末の二人の表情は、とても安らかだった。
 リンクは月の落下を回避するために冒険していた。なのに、あの状況で満足されてしまった。納得されてしまった。
 三日を繰り返して人々を救ってきたのは、一体何のためだったのだろう。
 その時受けたのは、動機から目的まで、すべてが揺らいでしまうほどの衝撃だったのだ。

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