人形の機関士

「ついたぞ、目的地……って、寝てんのか」
 汽車の操縦桿を離して客車までやってきた機関士リンクは、座席にもたれかかって目を閉じるトゥーンリンクを発見した。
 目下、トゥーンたちファイター一派は、キーラによって散り散りにされた仲間たちを救出するため、再構成された世界を奔走している。機関士リンクはシロクニとともに汽車を運転し、彼らの移動の手助けをしていた。
 機関士が乗客を起こすべきか迷っていると、緑衣の少年が目を覚ます。
「あ、サイレンくん……」
「その名前はやめろって」
「ごめんごめん。機関士くん。もうついたの?」
 トゥーンは脇に置いていた剣と盾を背負い直す。機関士は眉をひそめた。
「もう少し休んでいったらどうだ。いくらフィギュアの体でも、ダメージは蓄積するんだろ」
「そうだけど、休んだところで回復するわけでもないし」
「じゃあオレの無駄話にでも付き合っていけ」
 唇を引き結んだ機関士が、トゥーンの隣にどっかりと腰を下ろす。トゥーンはくすりと笑った。
「いいよ」
 客車の窓の外は一面の荒野だった。その中を線路が一本だけ走っているのが不思議だ。「この世界」の経験も長くなってきたトゥーンにとっては、もはや慣れっこの光景であったが。
 機関士は制服の赤い帽子をいじりながら、
「今、ハイラルの関係者で戻ってきたのは何人だ?」
「僕とリンクとシークの三人かな。子供のリンクとゼルダ姫とガノンドロフは、まだだね」
 指を折って数える。機関士がため息をついた。
「また厄介そうな相手ばっかり残ってるじゃねーか」
「はは。ガノンドロフはまず間違いなく魔獣になってるよね」
 以前、仲間の一人の波動ポケモン・ルカリオが火山地帯でクッパと対峙した際、目の前でギガクッパという姿に変身された、と聞いた。ガノンドロフも似たような状況になっている可能性は高い。
「でも魔獣の相手はあのリンクに任せるんだろ」
「まあね。そっちはなんとかなるとして、ゼルダ姫がいないのが問題かな。リンクもシークもそれで妙に焦ってるんだよねー」
「そりゃ、そうなるだろうなあ」
 あの二人のゼルダへ向ける感情はそれぞれに複雑だ。それだけでもあのゼルダが相当特殊なタイプだということは、ほぼ部外者の機関士にも分かる。
「お前はあの姫、どう思うんだ?」
「お姫様だなあって思うよ。見てる世界の規模が僕らとは全然違うよね」トゥーンが比較対象として誰のことを思い浮かべているのか、機関士には分かった。
「ま、テトラ女王とは大違いだよな。それにしても、まさか神代の姫があのリンクと気が合うとは思わなかったぜ」
「機関士くんの方はどうなの?」
「あの姫とだけは口喧嘩したくねえな」
 機関士は頭も口もよく回る男だが、だからこそ敵対したくない相手が分かるのだろう。
 二人はそれぞれに例の姫のことを思い浮かべていたが、やがてトゥーンが立ち上がった。
「そろそろ行こうかな。リンクたちのためにも早くゼルダ姫を見つけてあげないと」
 あっさり旅立とうとするトゥーンだが、機関士は「どうしてこいつらは前に進めるんだろう」と思った。
 敵対スピリット戦では多対一の戦闘を強いられることもある。だが、ファイターたちはどれだけ苦戦を強いられても敵に挑み続け、味方スピリットの力を借りて勝ちをもぎ取る。だから機関士もトゥーンも光の化身から解放されて今ここにいるのだ。
 機関士は、油断なく装備の点検をするトゥーンを眩しそうに見つめた。
「『この世界』のファイターって、みんな前向きだよな。悲壮感がないっていうかさ」
 キーラと対峙したあの時、一度はファイターが全滅した。あれは本当に絶望的な状況だった。それでも彼らは、カービィ一人しか生き残れなかった状態から、ここまで持ち直したのだ。
「そうだね。今回は特に仲間が多いし、何より『はじまりの十二人』がいてくれるから大丈夫だって思えるんだよ」
 なるほど、正真正銘「この世界」出身の彼らはファイターの精神的な支柱なのだ。
「僕は、ここの『戦いは楽しむものだ』っていう考え方、好きだな。みんな、早く大乱闘を楽しみたいから光の化身と戦ってるんだよ」
 もちろん違う人もいるだろうけどね、と付け加えてトゥーンは笑う。くっきりした形の眉が明るく開いた。
「機関士くんも、『汽車』ステージでシロクニさんと交代で運転手やるの結構好きでしょ?」
「まあな。神聖な汽車の上で戦うなんて言語道断、って最初は思ったけど……見てるだけでも結構面白いんだよな」
 ファイターではない機関士にできるのは、彼らをサポートすることだけだ。
 機関士リンクはグローブに包まれたこぶしを前に突き出した。
「また大乱闘でお前の活躍見せてくれ。絶対に勝ってこいよ」
「任せてよ」
 こつん、と二人のリンクの手がぶつかった。

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