私を月まで連れて行って

 遠くから響く汽笛の音は、いつも私を外の世界へといざなってくれます。
 あいにくこの体はお城に縛られていますが、魂は城下町を飛び越え、駅に向かって飛翔していきました。
「おめでとう!」
「機関士さーん、こっち向いてーっ」
 お城から一番遠くにある駅舎には、きっとこんな言葉が満ちているのでしょう。
 そう、今ここに、史上最年少の機関士が誕生したのです。
 私はこのたび機関士の任命式を取り仕切る事になりましたので、知識だけはあります。正機関士になるのが、どれだけ難しいのか。
 副機関士でしたら、まだ要件は少ないのです。職務は時刻表に沿って、定められた線路を運行するだけ。汽車の運転さえマスターしてしまえば、まず合格するでしょう。
 副機関士で実務経験を一定期間積むと、正機関士試験が受けられます。まずは最初にして最難関と言われる、筆記試験。高等教育卒業程度では解けないような問題が出るとか。正機関士は決められたダイヤを持たず、定刻通りに走る車両の間隙を縫うルートを見つけ出さなくてはなりません。なので素早い頭の回転が必要不可欠なのです。
 その後、度重なる面接を突破した末の最終試験は、ハイラル全土を舞台にして行われます。各地を回って幸せを運び、人々を満足させなければなりません。まるまる一ヶ月の、おおがかりな旅です。最後の目的地はハイラル城下町。若者は少し大きくなって始まりの地へ帰ってきます。
 しかし、今回は事情が違いました。ハイラル王国始まって以来、未曾有の異常事態が発生しているのです。国をくまなく巡る線路が、端からどんどん消えるという怪事件。今ではハイラルを構成する四つの大地はそれぞれ分断され、汽車による連絡は付きません。
 むろん、手をこまねいて見ているわけにはいきません。私こと王女ゼルダをはじめとする城の一同は、このことを非常に憂え、対策を講じているのですが。私が勝手に動くのを良しとしない大臣キマロキの妨害にあって、なかなかはかどりません。
 かくなる上は、思い切って部外者に協力を求めるのはどうでしょう。まだ見ぬ最年少機関士の任命式……チャンスではありませんか? 聞くところによると、彼は私と年の頃が同じようです。かろうじて残った森の大地(しかもその一部)しか最終試験の舞台にはなりませんでしたが。たぐいまれなる才能を評価されて、栄光の道を上り詰めた彼ならば、託してみる価値はありそうです。
 私は部屋の出窓から、いっそうの盛り上がりを見せる駅舎に、目を凝らしました。



 つまらん。全くもって、つまんねー。こんな簡単な試験クリアしたって、何にもうれしくねえよ。
 毎朝早起きして城下町の予備校に通った。それこそ血の滲むような努力を何年も続けて、ここまでたどり着いた。その苦労が報われる晴れの日のはずが、オレの胸には全く喜びがこみ上げてこなかった。ずっと楽しみにしていた最終試験がこんなにしょぼいものだなんて。
 オレの愛する汽車が走る為に必要不可欠な線路が消えていってるんだぞ、流通経路がずたずたなんだぞ。城の奴らは何をやっているんだ? 無為無策の一言に尽きる。
「リンク!」「おめでとー!」
 汽車の運転席から降りて、送られる声援に手を振る。さすがにこの朗らかな雰囲気の中で、怒りをあらわにしない程度の分別はあるからな。
 オレの汽車——実際にはシロクニ師匠から譲り受けたものなんだが——は見せつけるようにすすけた巨体を風に晒していた。どうせならオレだってこの晴れ姿を、民衆に向かって思う存分誇示したかったけど、そういう行為は師匠にかたく禁じられていた。評判が落ちるから、だそうだ。別に気にしねーのに。オレは大地を駆ける事さえ出来れば、それでいい。
 師匠に言われたとおり、黙ってにこにこ、控えめに手を振る。口閉じてりゃ普通の子供なんだがな、と師匠にはいつも渋い顔をされている。
 集った人々を見回すと、城下町の知り合いも大勢来ていた。一応こっちじゃ故郷のモヨリ村と違っておとなしくしてるから、きっといいとこの坊ちゃんだと思われてるんだろう。とんだ勘違いだ——正す気もないけど。
(いつまでヘラヘラしてりゃいいんだよ、めんどくせー)
 という本心を押し隠して、オレは帽子をかぶりなおした。数日後に控えた任命式さえ終えれば、この色が赤になる。そうすればオレは、どこに出ても恥ずかしくない、正機関士として認められるんだ。
 駅舎ではりつけた笑顔を保っていると、左右に城の兵士を従えて、ふんぞり返ったちっせえ奴がやってきた。緋毛氈の上を歩くのがお似合いな、嫌みったらしい奴。確か大臣のキマロキだ。こういうタイプはあんまり好きじゃねえ。奴の値踏みするような視線が、オレの目に突き刺さる。
 キマロキは何気なく呟いた。
「アナタが機関士ですか……機関士というのは子供でもこなせるようになったのですね、墜ちたものです」
 前言撤回、ハッキリ嫌いだ。イヤミを言うにも、もうちょっと何か考えろ。ストレートすぎるだろ。オレにしか聞こえないからって言いたい放題かよ。
 すまねえ師匠、もう我慢できません。
 オレは満を持して口を開いた。
「てめえみたいに背が低いと、歳くったらますます腰曲がって大変だろうなァ。杖がかわいそうだ」
 さすがに大臣の顔色が変わった。どうだ、この喧嘩の投げ売りっぷり。オレはこれで気に食わない奴を、一人残らず敵に回してきた。
 今にも戦いの火蓋が切って落とされようとした瞬間、どおん、と祝砲が鳴り響いた。わあわあ、きゃあきゃあと歓声を上げてオレを見る人々は、キラキラした期待をあふれさせている。ま、悪くないな。ちょっとだけ気分が良くなった。
 オレは大臣にすばやく視線をとばした。勝負の続きは、任命式で。
 群衆の声援に応えるため、オレはそれなりの笑顔を作った。

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