縦糸

 汽車はつつがなく神の塔に到着した。
 リンクは正機関士の証である帽子と手袋を脱いで、降りる準備をする。が、待てど暮らせど相棒であるゼルダがやってこない。
「おーいゼルダー?」
 客車をのぞいてみる。目当ての人は、一番前の席で頬杖をついていた。その視線は窓ガラスを通り越し、あらぬ方へと注がれている。
 リンクは後方に乗っているシャリンとディーゴを意識しながら、声をかけた。
「着いたぞ、神の塔」
 はっとしたゼルダは、半透明の長い髪をなびかせながら振り向く。
『あっ……ごめんなさい。私ったらぼーっとしてました』
 このお姫様との付き合いも長い。おかげで、こんな時彼女がどんなことを考えているのか、わかるようになってしまった。
 リンクは眉を寄せた。
「あの話、気にしてんのか」
 ゼルダの顔色がはっきりと変わった。あたりだ。
『ごめんなさい。どうしても、考えてしまうんです』
 彼女は顔を伏せた。
 ——もし体から魔王を追い出せても、ゼルダの魂が無事に戻れるどうかは、分からない。
 自らの体を取り戻すことを悲願にしていたゼルダだ。シャリンにあの話を聞いたときから、ずっと引きずっていたのだろう。
 リンクは、あえて前向きに諭した。
「あんま心配するなって。まずは魔王を追い出すのが先だろ?」
『でも……』ゼルダはしゅんとする。
 耳にタコができるくらい「一刻も早く、私の体を取り戻すのです!」という台詞を聞き続けたリンクにとって、彼女の受けた衝撃は、想像に難くない。
 彼は話題を少し逸らすことにした。
「ゼルダはさ、魂の姿になったとき、解放感とか感じなかったのか?」
 小首を傾げる王女。
『それは……もちろん少しはありました。おかげで、広い王国を自由に見て回れますし、リンクと一緒に旅ができるのですから』
「そ、そうだな」何でそこでオレの名前が出るんだ、と心の中で焦る。
『けれど、今は不安で不安で仕方ありません。私が私でなくなるような……。
 お父様お母様から授かった大切な体と、この魂。二つがそろったとき初めて、”私”は”ゼルダ”になれると思うのです』
 そう言って、愛おしそうに自分の体を抱きしめた。今や、誰にも触ることができないその体を。 
 リンクは緑の瞳を細めた。
「そっか。でもさ、王家の血筋なんか関係なしに、ゼルダはゼルダだと思うけどな」
 王女はふわりと笑った。
『そうかしら……ありがとう、リンク』
 素直すぎる返事に、どきっとする。
「どっどういたしまして。にしてもさ、親がどうこうとか、血筋がどうこうとか、オレにはよく分からねーよ」
『リンクにはニコさんがいるじゃないですか』目を見開いてゼルダは反駁するが、
「まあ、な」彼は言葉を濁らせた。
 魂のゼルダの姿が見えるのは、今のところリンクとロコモ族たち、それから魔族だけだ。他の人(ニコ、シロクニ含む)には見えない。これが何を意味するのか。
(やっぱりオレは……)
 ゼルダたち人間よりは、ロコモ族に近いのだろう。まさか魔族ではないだろうから。
 ニコとの血縁がないことは、とっくの昔に口を割らせている。それについては心の中で決着も整理もついているし、問題ない。
(シャリンさまもディーゴもなにも言わないけど、な)
 リンクはもやもやが渦巻く内心を、押し隠した。
「だいたいそんなうじうじ悩んでたら、うまくいくもんもいかなくなるぜ」
『そう……ですよね。私は絶対に戻れます。いいえ、戻ります!』
 ゼルダは自己暗示をかけ始めた。
 微笑ましい様子を横目で見ながら、リンクはぼそっとつぶやく。
「それにさ、もし戻れなくてもオレが一生面倒みるし」
『えっ』ゼルダがぽかんとする。
「えっ、て。オレ変なこと言っ——あっ!!」
 リンクは顔から火を噴いた。
「ち、違うからな! そーゆう意味じゃなくて……」
 どもる彼に、頬を膨らます王女。
『何を言ってるんですか。私こそリンクをお手伝いします! 機関車の点検くらいならできます』
 足の力が抜けて、リンクはへなへなと崩れ落ちそうになる。
「あ……ああ、そうだよな。わかった、アリガトウ」
 魂のままでもずっとゼルダがそばにいてくれたら、それはそれで良いかもしれない、と思ってしまったリンクであった。

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