求めるものは

『リンク、いいですか、私はお菓子が食べたいのです!』
 いきなり何を主張するのだ、この姫君は。
 目的地に向かって汽車を運転していたリンクは、緑の目を思いっきり鋭くしてゼルダを睨んだ。しかし、彼女は動じなかった。
『私はこの体になってから、一度もご飯を食べていないのですよ。いつもいつもリンクのご飯の匂いを羨ましく思うばかり……。ですから、元の体に戻ったら、お腹いーっぱいお菓子を食べたいんです』
 幽霊ゼルダの「元の体に戻ったらやりたいこと」は、再現なく増えていく。前はファントムの鎧に嫌気がさしたのか、「お風呂に入りたい」とのたまった。無理に決まっている。なので「神の塔ならいくらでも溶岩風呂に入れるぞ」と言ったら、ファントムの腕で殴られた。本人はお姫様の可愛いパンチのつもりだったのだろうが、かなり痛かった。
 リンクは操作レバーに手をかけたまま、むすっと眉根を寄せた。
「オレだってそんなに間食してないぞ。メシもハッキリ言って粗食だろ、あんなの」
 これだから上流階級は。神の汽車の車体を維持するのにどれだけ費用をかけているかを知らないから、そういう口が聞けるのだ——という思いを言外に込める。
 半透明のゼルダはこぶしを握り、口をぱくぱく動かした。
『でも、でも……』
「線路が消えるっつー国の一大事に、贅沢なことを言うな。これ以上この話題はなしだ」
 表情も台詞も、きつめにしておいた。
『わかりました……』
 ゼルダはしゅんとしていた。



 数々の試練をリンクと共にくぐり抜けた末、ゼルダの価値観は旅の当初と比べてほとんど真反対へと変わってしまった。
 無事に自分の体とハイラルの平和を取り戻した後。ゼルダはお城で自身の昼食メニューを指示した。
「え、姫様……お食事はこれだけでいいのですか?」
 料理長が、渡された紙を見て驚いていた。ゼルダは微笑む。
「はい。私が贅沢をするようなお金があれば、国民のために使ってください」
 ジイが聞いたら感動の涙を流しそうなセリフだった。決して格好をつけようとしているのではなく、彼女はごく自然にそう思えるようになったのだ。
 ゼルダ自身はこれでいいと思っているのだが、ひとつ、困ったことがある。
「おーいゼルダ、おみやげ持ってきたぞー」
 耳にたこができるほど彼女に節約を説いたはずのリンク本人が、やたらと甘やかしてくるようになったことだ。
「リンク……またですか」
「またってなんだよ。超特急で持って帰ってきたんだぜ。ほら、ほかほかのゴロンまんじゅう」
 大きく膨れた紙袋を渡された。ゼルダは仕方なく受け取る。
 機関士本来の職業に復帰してから、リンクは事ある毎におみやげと称してゼルダへ菓子類を持ち帰るようになった。城から離れられない彼女のことを気遣ってくれているのだろうが——
「こんな、わざわざ私のために……」
「いいじゃんかー、全部オレの金だし、正直給料なんてあっても使う暇ないし!」
 昔はあれほどうるさかったのに、手のひらを返したような言動をするようになった。
 今のゼルダになら、分かる。当時の彼の態度が、ゼルダのワガママに由来していたことも——現在は、働き過ぎているゼルダを気遣ってくれていることも。
 だからこそゼルダは、
「次はおみやげはいりませんからねっ」
 と言いつつ、こっそり次の機会に期待しながら、ゴロンまんじゅうを頬張るのだった。

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