こどもの世界

 子供って、興味の向くままなーんにも考えないで行動している、と思っていませんか? あっちこっちではしゃぎ回って、影法師が夕闇に溶けるころまで遊ぶ。さじ一杯の蜜のために蜂の巣をつつく。他人のことは思考の外、いつもいつも大人に迷惑ばっかりかけている。そう思っているでしょう?
 でもね、彼らは彼らなりに一生懸命面白いことを考えているんですよ。
 ほら。今日も新しい遊びを思いついたみたい。ちょっと覗いてみますか。



「——というわけで、コレが例の鍵だ!」
 日が緩やかに傾いてきた頃、トアルの森の泉のほとり。
 わんぱくそうな男の子がちっちゃな鍵をかかげました。黄昏色にキラリと光って綺麗ですね。一体どこの鍵でしょうか。
「すっごいじゃない! 一体どうやって手に入れたの?」
 女の子が腰をくねらせて喋ります。お母さんからくすねてきたと思しき山羊の角でつくられたネックレスなんて身につけていますよ。きっとおませさんなんでしょう。
 問いかけに、自信満々に男の子が答えます。四人ほどの子供達の中で一番小さな男の子を指さしながら。
「マロが考えた作戦なんだぜ。さすが俺の弟だな」
「作戦って……?」
 気の弱そうなもう一人の男の子が尋ねました。彼は俯き気味のままちらっと視線を上げましたが、わんぱくそうな男の子と目が合うとすぐにそらしてしまいます。
「その作戦ってのはなあ……。あ、何だっけ?」
「もうタロ、しっかりしてよね」
 女の子の叱責を受けてぶーっとむくれるわんぱく坊や・タロ。その様子を横目で流し見つつ、マロと呼ばれた小さな男の子が、存外に低い声で説明し始めました。
「……まずは生活を調べた。意外にも戸締まりは厳重で、昼間は窓すらふさいでいるから裏口からこっそり侵入、なんてことは難しい。
 検証に検証を重ねた結果、リンクがいない日は帰りが遅いから忍び込むに最適なことが分かった。ちょうど今日決行が妥当だろう。
 とりあえず牧場内の小屋に無造作に放置してあった鍵をうちの鍵とすり替えた」
 声はぼそぼそとして聞き取りづらいですが、そのお年に似合わず頭脳的な作戦ですね。女の子の口から「おおー……」という感嘆の声が漏れます。
 そんな中。満足げにタロがマロの頭をなでる様子をじいっと見つめていた、気弱そうな男の子が口を開きました。
「——やっぱりやめようよ。人の家に忍び込むのなんて良くないよ」
 しかし、倫理的に正しい発言は、この場ではいかにも弱々しい意見でした。
 意味ありげに女の子が目配せします。
「今更良くないって言ってもねえ、コリン。ねえタロ、説得してよ」
「え、めんどくさいからベスがやれば……分かったよ。
 ほら、コリンだって気になるだろ、ファドの家の中。
 朝は誰よりも早く起きて、家に鍵かけて牧場に行って。帰ったらあっという間に明かり消してさ。
 今までトアル村の誰があいつの部屋を見たんだ? 何か秘密があるんだ!」
 タロは拳を握って力説しました。
 ファド、というのはトアル牧場のオーナーさんですね。といっても、彼以外にはリンクという牧童の少年が働くだけの、小規模経営牧場のオーナーですが。もうけっこういい年だけど、未だ独身の男性です。真面目に働いているのに山羊たちに熱意は伝わらず、何故かしょっちゅう山羊を逃がしてしまいます。リンクがいなければ牧場主としててんでダメダメな人なんです。
 タロの話によると、よほど彼は秘密主義を貫いているようです。秘密というものがしょうもないかも分かりませんが、確かに気になる話ではありますね。
「で、でも。僕は嫌だ!」
 しまいに、気弱なコリン少年は泣きそうなまでにゆがんだ顔で叫びました。せっかくこれから突入で気分も高揚してきたのに、台無しです。仕方ない、とうんざりしたタロが顎をしゃくります。村の方に向かって、コリンは一目散に駆けていきました。
「あんなやつなんて放っておいて、三人で忍び込もうぜ。いざ、未知の世界へ!」
 目を輝かせておませなベスが頷く中、マロだけはコリンの後ろ姿をしばらくの間見ていました。



 さて、タロ、マロ、ベスの三人は抜き足差し足で村の入り口近く、目的のファドの家の前まで移動してきたようですよ。
「なんか泥棒に入るみたいで嫌ね」
「嫌なら帰れよベス。俺とマロだけで秘密を暴くからさ!」
「そっちのがやーよ。あたしだって気になるもん! 絶対あの家にはルピーが貯め込んであるのよ。だからファドはあんなコソコソしてるんだわ」
 ベスが己の自説を披露しました。ほら、やっぱりなんにも考えずに行動してるわけじゃないんですよ。
 それに対して、いやいや違う! とタロは首を振ります。
「行商人が来たときさ、いつも一直線に買いに行くだろ。あれ、武器を買ってるんだと思うんだ。もしくはカカリコ村の爆弾とかな。
 男が隠すもんって言ったら、ルピーより断然こっちだろ!」
「そんなことないわよ。たーっぷりのへそくりに違いないわ!」
 どちらもなかなか意見を曲げようとはしません。業を煮やしたタロはもう一人の人物に尋ねます。
「なにくそ。おい、マロはどう思うんだよ?」
「むう……。いや、ここで言い争うよりも、まず家に入ってしまった方がいいと思うぞ」
「ま、それもそうね」
 あっさり合意したようです。細かいことにこだわりすぎないのも子供のいいところですね。
 そうそう、ファドの家の中は、この地方を見守る精霊ラトアーヌ——あ、これ私のことです。我ながら偉そうですね——すら見たことがないんですよ。というか、見ようと思ったことすらありません。
 でも、言われてみれば見たくなるんですよね。子供たちって感性が豊かで、私なんかとは気がつくところが全然違いますね。
「よし、開けるぞ?」
 タロがドアノブに手をかけます。ついに子供たちは一歩踏み出しました。果たして扉の向こうには、どんな世界が待っているのでしょうか。



 その部屋は暗かった。よく見えなかった。そりゃ、もう太陽も沈む頃だもんな。なのに人に目立つからって、カンテラもつけられない。俺たちは目が慣れるまで、その場でじりじりと待った。
 やがて、傾いた日差しが細く入り込んできて、一瞬だけ何かを照らした。
「マロ、何か見えるかしら?」
「何も見えん……」
 二人はまだ目をこすっている。でも、トアルの森からハイラル城のとんがり屋根のさきっちょを見つけられる俺の視力には、ばっちり部屋の全貌が映っていたんだ。
 まず目についた物は、ツボ。次にでっかいビン。色は良くわかんないけど、中に液体が入ってるみたいだ。予想してたような武器じゃあなかったけど、このビン、なんか変な匂いがする。
 ……怪しい。やっぱり行商人からアブナイもんばっかり買ってたんだ。
 あ。もしかして村長に頭上がんないからって、力ずくでも村長になるつもりなんだ!
 だったら——イリア姉ちゃんがヤバイ! 村長は図体でかくて強そうだからいいけど、イリア姉ちゃん細いから薬なんて飲んだらすぐ倒れちまう!
 思い立ったら吉日。ってマロに聞いたことがある。意味は違うかもしれないけど、どうでもいいや!
 俺は状況がよく分かってない二人を置き去りにして、夕焼けの村に飛び出した。目指すは村長宅、そして牧場で決戦だ!



 その部屋は暗かったわ。そうよ、そろそろ日も暮れるころだものね。しかも目立っちゃいけないから明かりもつけられない。息を殺して、手探りで歩いてみる。
「マロ、何か見えるか?」
「いや……」
 二人はとぼけたことを話してるけど、私には見えたの。扉を開けたときに入ってきた一筋の光を、何かがはね返すのを。紛れもない、あれは黄ルピーの輝きよ!
 その光を目に焼き付けておいて部屋を見回すと、あちこちに光が見えた。あれは青ルピー、こっちは緑ルピー!
 ……怪しい。やっぱりお金を貯め込んでいたのね。しかも、ちょっとくらい見つかってもバレないように小銭ばっかりじゃない。
 あたしは緑ルピー十枚に相当する黄色の輝きを手で包み込んだ。
 コレ、もらってっちゃダメかな。このことで脅してみたら、あのへなちょこファドのことだから、あたしのささやかな要求くらい呑んでくれるかも。ちょうど、あのヒスイの髪飾りに少しだけルピーが足りなくて困ってるのよね。
 あたしは鋭く後ろの二人を見た。まだ気づいてないわね。お子様なこと。ダメねぇ、本物の価値ある輝きを見抜けるようになることが、大人への第一歩なんだから。
 さあて、どうやって二人にばれずに事を進めようかしら。
 思わず出ちゃった「うふふ」と言う笑いは、いつか見たお芝居の美しくて罪な女の役を真似てみたのよ。



「リンクー!」
 唐突に、名前を呼ばれた。あの声はコリンだ。ちなみに俺は一日の仕事を終えて、こまごまとした後始末をファドに頼んでから、エポナにまたがったところだった。
 寄ってきたコリンは落ち着きがなく、その視線は小屋の方と俺との間で行ったり来たりしている。
「どうしたんだ?」
「あの、さ……。ファドには内緒で、ファドの家に一緒に来て欲しいんだ」
 一瞬ぽかんとしてしまう。まず内容がよく分からず、次いでコリンの意図が分からなかった。
「それって何がやりたいんだ……?」
「とにかく、お願いなんだ」
 上目遣いの得意なその目には涙さえ溜まっている。
 あ、不安なんだな。直感で理解した俺はなるべくコリンを安心させるように笑って、エポナの上から飛び降りた。
「またタロと喧嘩でもしたのか? まあ理由はいいか。分かった、ついてくよ」
 いつもなら言葉をかけて笑ってみせるだけで、楽しそうに一日のことを報告してくれるのに。何故かまだコリンの表情は晴れない。
 これは、俺の想像以上に複雑な事情があるのかもしれないな……。
 なんやかやと気落ちした様子のコリンを励ましつつ、ゆっくりとファドの家まで歩いた。夕暮れ時のトアル村は綺麗だったが、同時に切なく思えた。ううん、コリンに感情移入しちゃってんのかな。
 小川に沿っててくてく歩き、牧場の反対方向、村の入り口付近にその家はある。いつも戸締まりだけはきちんとしてある、田舎にしては警戒厳重な家だ(ちなみに俺の家は年中誰でも大歓迎状態である)。
 だがしかし。今のファドの家は扉が中途半端に開けっぱなしになっていた。
 あれ、もうファドは帰ってたのか。いつの間に追い越されたんだ? そんな疑問を抱く。
 そして、半開きの扉を見た瞬間、コリンは真っ青になって家の中に駆け込んでいった。
「おいコリン、どうしたんだよ!」
 追いかけて俺も飛び込む。オレンジの光が染め上げた室内に、タロ、マロ、ベス——村の子供達が倒れていた。
 さらに、俺はびっくりして鼻をつまんだ。な、なんだこの匂い!? むせかえるような甘ったるい匂いが部屋中に漂っていたのだ。その時、タロの体を揺さぶっていたコリンまで倒れ伏した。なんだなんだと俺が一人で混乱していると、急にまぶたが重くなった。次に猛烈な睡魔が襲ってきた。ついにがっくりと膝をついてしまった。
「こ、これは……!?」
 はっとして眠気を振り払い、窓に飛びついた。長い間開けられていないのか、窓枠はひどくゆがんでいた。悪態をつきながら、ほとんど引っぺがすようにして開け放つ。折しもひんやりした夜を呼ぶ風が入ってきた。それが渦を巻いて室内で暴れまわり、匂いと共に暴力的な眠気を取り去る。
 ふう。一息ついて、俺は冷や汗を垂らして玄関に立ちすくむ影に声をかけた。
「……おい。説明してもらえるよな、ファド?」



 その部屋は暗かったのです。もうそろそろ日没ですからね。しかも、三人は、目立ったらいけないと思って、明かりになるものを持ってきていませんでした。部屋の中は、見たこともないような濃い闇が溜まっています。子供たちは我知らずおののき、立ち止まりました。
 そして——どさっ。入って数分もしないうちに、そろいもそろって昏倒してしまったのです。どうしたのでしょうか。
 あら? よくよく見ると、うっすらと部屋の中にはもやが漂っていますよ。見ると、お香が焚いてあるのです。私はピンときました。
 おそらくコレは、睡魔を呼び込むお香です。ファドは能力は伴いませんが勤勉です。毎日朝早くから夜遅くまで働き、あんまりにも疲れてすぐに寝付けません。だから、行商人からこのお香を買い求めていたのですね。そして、今日に限ってお香を焚きっぱなしにしてしまったのですね。
 幸せな顔で眠る子供達。一体どんな夢を見ているのでしょうか。私の知らないところで、思い思いの部屋の中を描いているのかもしれませんね。



「いってぇー!」
 タロはぽかりと殴られた頭を抑えた。ひとまずのお仕置きとして、俺が殴ったのだ。
 のたうち回るタロにベスやマロのくすくす笑いが降り注ぐ。ついでにファドも笑う。俺は冷静に言った。
「いや、ファドは笑っちゃダメだろ」
「あ、すまん」
 大人が冷ややかなやりとりを演じる中、子供たちはもうさっきのことを忘れたかのように談笑に興じている。
「あーあ、思った通り怪しいクスリがあると思ったんだけどな。まさか夢だったなんてさ……」
「あたしもよ。山のようなルピーが全部パーだわ」
 そんな夢見てたのか。二人らしいというか、何というか。
 タロはもう一人に話題を振った。
「マロは何の夢を見てたんだよ?」
「夢なんか……見てない」
「ふうん?」
 あ、嘘っぽいな。目が泳いでるぞマロ。
 そういや二人とも自分の思い通りの部屋を夢に見たみたいだけど、マロもそうなのかな?
 だとしたら、あいつの描いたファドの家ってどんなのだろう。



 その部屋は暗かった。当たり前だ、すでに日没も間近。しかも誰も明かりは持ち合わせていない。
「ベス、何か見えるか?」
「いいえ、なんにも……」
 二人の狼狽したような声が聞こえてくる。やつらには見えていないらしい。この、最後の陽光を受けて煌めく写真立てが。
 その中には、遙か昔に撮られたと思われる色あせた写し絵が入っていた。中央に人物が二人写っている。一人は若き日のファドだろう。もう一人は女性。優しげな笑顔を浮かべている。腕には赤ん坊を抱いていた。
 直感で分かった。この人は、昔ファドと結婚していた人だ。子供までもうけているのに、今は噂すら聞こえない。音信不通のままどこか遠くの場所にいるのだ。城下町か、カカリコ村か。
 ……ならば。このマロが再会させてあげようか。



「——でさ、みんなそこで夢を見ていたみたいなんだ。タロは怪しいクスリを発見して、ベスはルピーを見つけたらしい。
 面白いだろ? 精霊さん」
 もちろん答える声はない。そりゃ、泉からいきなり声がしたら怖いよな。
 仕事帰りの黄昏に包まれる森の泉で、いつもの報告の時間だ。エポナを洗うためにここに来て、ついでに精霊に一日の話をする。物心ついた頃のからの習慣だ。はたから見たら独り言だけれど。
「俺は、マロも絶対夢を見たと思うんだ。あいつはどんな夢を見たんだろうな。タロたちみたいに願いが反映された夢なら、どんな部屋を思い描いたのかな」
 コリンが乾いた布を持って迎えに来た。昨日の事件以来なにかと手伝ってくれる。そんなことしなくてもいいのになあ。
「それじゃ、精霊さん。また明日」
 去り際に、柔らかい風が背中をなでた。不思議な声を伴って。
 ——あの子は、みんなの幸せを願っている気がします。タロとコリンが唯一無二の親友になって、トアルのみんなはいつまでも元気でいて。そして、そう言う絵空事を実現させることができる、そんな人だと思います。

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