近道か迷い道か

「勇者リンクよ。この森の奥にある神殿には、黒き力が眠っています。
 それは、古代に我ら光の精霊によって封じ込められた、禁断の力。本来それは、光の世界の者たちが、決して触れてはならぬもの……。
 しかし、影の王よりこの世界を救うには、その力が必要となるでしょう。
 もし、貴方がその力を望むなら、この森の奥にある神殿に向かいなさい」



「クククッ、で……どうする? 神殿に向かうのか? ちょうどいいや。ワタシも、その神殿に用があるのさ。
 なあ、オマエ……仲間を助けたいんだろ? もしかして、その神殿の中で、助けを求めてるかもしれないぞ〜。
 まあ、せいぜい頑張りな! 神に選ばれし勇者さん。
 クククッ。またな!」



 何で、こいつらは誰一人として俺の話を聞いてくれないのだろうか。一方的にべらべら喋って終わりかよ。
 ……で、今何て言ってたんだ? 眠いし、腹減ったし、興味もなかったから全然聞いてなかった。大事な話だったのかな。神殿がどうとか、だっけ。
 まあいいや。俺の知ったこっちゃない。まずは家に帰って腹ごしらえと、朝寝だな。起きたらイリアたちを探しに行こう。
 そうして俺は眠い目を擦りつつ、とぼとぼと帰路についたのだった。
 朝日が照し出す我が家は、やたらと神々しく見えた。ずいぶん久しぶりの帰還という気がする。つい昨日までここで寝起きしてたのになあ……。なんだかんだで、夜ずっと起きてたのか俺は。
 感涙を浮かべながら——朝日が目に染みた訳じゃないぞ——梯子を上る。素敵ツリーハウスに到着だ。
 ガチャ。
「ただいま!」
 もちろん返事はない。あったら怖い。俺としては、この家に対して言ったつもりだけどね。
 さっそく着替えを始める。よりによってこんな重装備を揃えてくれた、あの光の精霊とやらが恨めしい。重苦しい鎖帷子を脱ぎ捨て、まるで被る必要を感じない帽子をその辺に放る。頑丈にかけられたグローブの留め金を無理矢理こじ開けると、やっと解放された気分になった。
 さーて、まずは朝飯の支度か。めんどくさいけど。確か昨日の残りがあったな。コッコのダシのスープだっけ。あれから火を通してないけど大丈夫かな。リゾットにでもして誤魔化そうか。
 かまどにかかりっぱなしだった鍋の具合を見つつ、手早く火を熾す。ゆらゆらしている炎を眺めていると、少し落ち着いた。
「喉渇いたな〜」
 トアル山羊のミルクをぐいっと一気に飲みたい。地下に行って蓄えを探してみよう。
 はしごを下りた先の地下室は、真っ暗だった。いかに我が家が光に満ちあふれていようと、ここだけはいつも真夜中並だ。食糧庫を兼ねているせいもあり、下手に光を入れられないのだ。
 足元を探り、カンテラを見つける。火をつけようとしたが、なかなかつかない。もしかして、と上から漏れてくる光に透かしてみると、案の定油が切れていた。
「ちぇっ、ツイてない……」
 トホホと肩を落とす。結局いつもの手探りでの探索に切り替えた。
 空の瓶につまずいたり、鏡に写った自分の顔にビックリしたりしつつも、なんとか米を確保した。残念ながらミルクは切らしていた。
 奮闘の末、汗みずくになって一階に上がってくる。何とも言えない、いい香りがそこら中に漂っていた。腹の虫が騒ぎ始めるのが分かった。
 だがここはグッと我慢して、まずはミルク優先だ。村に行ってセーラさんの雑貨屋さんで買ってこよう。ついでに牧場にも顔を出して——。
 ここで、はた、と気づいた。俺は現在、村で行方不明者扱いされているのではなかろうか、と。
 昨日は朝から城下町に出掛けるはずが、魔物に襲われてハイラル城へ強制連行。どうにかこうにか帰ってきた時にはすでに真夜中だった。しかも最悪なことに俺はケモノ姿。もちろん敵意に満ちた大歓迎を受けた。
 特に鷹を容赦なくけしかけてきたハンジョー、アイツは許せん。だが、怒りがつのる一方で、俺は気まずさを感じていた。
 あのイノシシにまたがった魔物の襲撃の後、さらに村を荒らし回って皆を恐怖に晒した——それは、他でもない俺なんだ。
(くそ、どんな顔して出ていけばいいんだよ……!)
 今ではあの真夜中の出来事は夢だったように思える。でも、間違いなく現実だった。ハイラル王家への献上品だった剣と盾は現在俺の手にあり、影にはあのミドナとかいう変な魔物がとりついたままなのだから。
 背後ではスープがグツグツ煮える音がする。火にかけたまま放置すれば、煮詰まるのは当たり前だ。まずい。二重の意味でまずい。このままではとっておきのスープが、油売りのキコルもかくやの「まずいスープ」になってしまう!
 決断——それは、俺がこの世でもっとも嫌うものだ。しかし決めねばなるまい。村に行くか、黙って出ていくか。
 やっぱり嫌かな、村に帰るのは。イリアたちを無事に救出できてからでも遅くない。その方が皆も安心できるだろう。万が一にも、俺の責任を追及されることもないし……。
『オイ』
 あれ、幻聴かな?
『もうワタシのことを忘れたのか。神殿はどうしたんだよ』
 違った、こいつが俺の影にとりついた魔物だった。
 ああ、神殿ねえ。そういえばそんなこと言ってたっけ。よしここは適当に誤魔化そう。
「ちょっと休んだら行くからさ。もうヘトヘトなんだよ」
『……の、割には忙しなく動き回ってたけど』
「朝飯作ろうと思って」
『じゃあさっさと作れ。そしてとっとと神殿に行くんだな。ククッ』
「はいはい分かってますよー。ふんっ」
 何だよこいつ、突然出てきたと思ったら。人を働かせるならな、激励の言葉の一つや二つ寄越しやがれ。
 あ、今初めてまともな会話したのか? ケモノの時は肉体言語しか使えなかったから……。
 仕方ない、なんだかあちらも急いでるみたいだし、ここはミルク無しでさっさとリゾット食べて寝るか——
『なあ、ここはお前の家なのか?』
 まだいたのかよ。
「そうだよ。だからどうした」
『小さい家だなあ。ククッ』
「うるせえよ」
『ナルホド、夜中に侵入したのはお前の村だったのか。挨拶とかしなくていいのか?』
「そんなの俺の勝手だろ」
『帰る場所があるなら——迎えてくれる人がいるなら、帰るのが普通だろ!』
 声が荒い。驚いた、こいつは義憤を感じているらしい。なんでお前に怒られなくちゃいけないんだよ、関係ないだろ、と言いたくなる気持ちも少しはあった。けれども、
「そこまで言うなら……仕方ないなア」
 本当は、ちょっと嬉しかったりする。紛らわしい方法とはいえ、決断力のない俺の背中を押してくれたのは、間違いなくこいつだ。
『故郷、か……』
 だから、今はその意味深な言葉も無視しといてやるよ。



 無事にミルクをゲットして、俺は意気揚々と家路を急ぐ。村の皆のほっとした顔が見られたので、戻った甲斐があった。献上品の一件は、先方が都合よく解釈してくれたおかげで、お咎めなしだった。ここは日頃の信用がものを言う。
 ミドナが飽きたとばかりに欠伸をしながら、
『お務めご苦労だったな。さあ神殿行ってみようか』
「話聞いてなかったのかよ! せーっかくリゾット食べさせてやろうと思ったのに」
『リゾットねえ。だいたい、ワタシは光の世界のモノにはさわれないぞ』
「え、そうなの? じゃあお預けだな。フフン、美味そうな匂いに、せいぜい腹を空かせばいいさ」
『こんな焦げ臭い匂いの、どこがいいのやら』
「は、焦げ……? あ。やっべ、鍋を火にかけっぱなしだった!」

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