だいたい橙

「し、しまったぁ〜ッ!」
 と、入店して早々にすっとんきょうな声をあげたのは、常連の緑のアンちゃんやった。
 あのー、今営業中なんやけど。他に客おれへんからって……ピロロちゃんが驚いたらどないすんの。
「あのーお客さん、なんや、具合でも悪いん?」
「あ、ヘナさん、こんにちはー。それが、釣り餌を整理しようとしたら、ビンがなんかごちゃごちゃになっちゃって」
「はあ?」
「だから、えっと……」
 何を話そうとしているのか、いまいち要領を得ない。ワタシは苛立って、思わずカウンターを越えてアンちゃんに近寄った。
「で、どないしたん」
「これと、これの中身が判別できないんです」
 差し出されたのは、黄色に透き通った液体が並々と注がれた、二つのビンやった。
「……どっちも同じやん」
「違いますよ! どちらかが極上のスープで、もう片方が黄チュチュゼリーなんです」
 なんや知らんけど、聞き覚えのない飲み物やなあ。なんでそんなもん持ち歩いてるんや。
「飲んだら分かるんとちゃう?」
「俺一気飲み派ですから、そんな味見みたいなことできませんよ」
 アンちゃんは胸を張った。何で偉そうやねん。
「けったいなやっちゃ」
「はい? ケッタイ?」
「……もう、ええから。で、どうしたいの」
「いやーヘナさんが飲んでくれないかなって」
「なんでワタシが!」
「片方はほっぺが落ちるほどおいしいんですよ!」
「もう片方は」
「ただの油です」
 両極端にも程があるわ。眉間に皺を寄せ、もう一度凝視して見比べてみた。——やっぱり違いがわからへん。
 そうこうするうちにアンちゃんは何やら思いついたらしく、顔を輝かせた。
「なら、こうしませんか? 俺とヘナさんが一本ずつ手にとって、同時にそれぞれを飲むとか」
「極上のスープとやらが当たったら全部飲んでしまってもええの?」
「え……仕方ないなー。いいですよ」
 食いしん坊ですねー、なんて笑っとるけど、もとはアンちゃんが持ちかけてきたんやからな? 責任っちゅーもんや。
「ハイこれ。どうぞ」
 どうやらワタシが勝負を受けると判断されたらしく、片方のビンをを手渡された。
 アンちゃんは漢らしく、腰に手をあてて一気飲みの構えや。ワタシも対抗意識を燃やしつつフタを開けた。
 ピロロちゃん見ててや。ヘナ姉さんはやったるで。
「準備はいいですか? それじゃ、いっ、せー、のー、でっ」
 ごくり。最初は警戒して息を止めてたけど、この喉ごし、舌触り……間違いない、スープの方や!
「げ、俺の油だ」
 アンちゃんは不味そうに舌を出してはる。ほんまアホやなあ。
 ワタシは勝利の微笑みを浮かべ——ようとして、何やら強烈な違和感を感じた。
「アンちゃん、これいつ作ったん!?」
「え? あー……一週間くらい前のでした!」
「このドアホぉーッ!」



 見事に釣り堀を追い出された後、リンクはミドナにからかわれながら、
(あれ、フタだけ開けて匂い嗅げば良かったかな)
 などと考えていた——。

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