五ルピー二十枚の謎

「でさー、あのインチキくさい男が、スタアゲームのテントに入れてくれないんだよ!」
 と盛大にグチりながら、俺がフォークでつつくのはこの店で評判のカステラだ。憎たらしいほどふわふわしちゃってコイツめ。
 城下町南広場のオープンテラスは、ちょうどおやつ時ということもあってほぼ満席だった。俺の対面に座ってるのはイリア。トアル村ではちょっと見ないような、都会風のやたら色数が多い服を着ている。まるで別人のようだ。……というか、正直俺にとっては別人なんだけど。
「リンクルさん」
 なぜって、記憶喪失になった幼なじみは、必ず俺の名前に一文字足してくるのだ。
 イリアは指を組んで共感してみせる。
「それは、とても残念でしたね……私もスタアゲームというものを見てみたかったのに」
「イリアが見て面白いかは、わかんないけどな」
 ダブルクローショットを駆使してスーパープレイを連発すれば、あのいけ好かないオヤジの自尊心をけちょんけちょんにできる。その点が俺のお気に入りだった。外野がきゃあきゃあうるさいのが玉にきずだが。
 イリアはにこにこしながら、ゆっくりかみしめるようにして味わっていた紅茶のカップを置いた。三杯も砂糖入れてたよな。前はそこまで甘党じゃなかったのに、嗜好まで変わってしまったらしい。
 残しておいたカステラの一番大きな切れを、まるごと頬張る。空気ばっかりで腹にたまらないけど、これがなかなかどうして旨いんだ。
「一服し終わったら、本題ですよね?」
「ああ。一応お茶代も経費だし。ふとっぱらだよなー、マロも」
 俺たち二人が城下町でのんびりしているのは、今や一大組織のトップに君臨するマロの要請を受けたからだ。
 旅の途中だった俺はポストマンにつかまり、手紙で呼び出されてカカリコ村のマロマート本店に向かった。そこには店長と、イリアが待っていた。
「マロマート城下町支店で、なにやら不可解が事件が起こっているようだ。自分はこっちを離れられないから、リンクとイリアの二人で調べてきてほしい。くわしいことは向こうで聞いてくれ」
 言葉と同時に放られたのはオレンジルピー(百ルピー)だった。「なんでイリアと一緒に?」とか「そんなの内部で調査させろよ、面倒くさい」とかいう余計な言葉を飲み込み、俺は二つ返事で引き受けた。ハイラルを救うための壮大な旅は完全に慈善事業なので、資金繰りが大変だったりするのだ。特に最近は、マジックアーマーという名の金食い虫を購入してミドナが激怒する事件が発生したので、マロマートからは一ルピーでも多くむしり取りたい気分である。
 というわけで、俺はイリアと一緒にエポナの背に乗り、カカリコ村から平原を越えてきた。意外と彼女は、この小旅行を満喫しているようだった。記憶を失った幼なじみにとっては、まだ見ぬ生まれ故郷よりも、カカリコ村や城下町の方がなじみ深いのかも知れない——そう思うと、少し、寂しいな。
「じゃ、行くか」
 会計をすませて向かう先は、もちろんマロマートだ。俺にとっては、消費アイテムの有力な仕入先でもある。
「この紹介状を見せるんですよね。あの、私が話してもいいですか?」
「いいよ」
 入り口付近に立つ客引きや井戸端会議の奥様方を適当に無視して、イリアはドアノブに手をかける。
「あっ、イリア」
 ——洗脳されないように、気をつけろよ。
 その言葉は幼なじみに届く前に、例の歌によって押し潰された。
 買っちゃいなー、買っちゃいなー。買いたくなったら買っちゃいな。
 俺が勝手に「洗脳ソング」と呼ぶ、マロマート宣伝販促用の歌である。多分、作詞作曲はマロだ。
 びっくりして立ち止まるイリアの肩を軽く叩く。
「さっさと紹介状見せよう」
 そして、出来るだけ早くここから脱出すべきだ。
 こくりと頷いて、彼女は店員に近づいた。
「すみません、マロマートカカリコ村本店から参りました」
 マロ直筆の手紙を示す。調子良くアナウンスをしていた店員は、紹介状の名前を確認するとすぐに店の奥に通してくれた。
 普段は従業員しか入らない場所は、購買意欲をそそる照明も、うるさいBGMもない。素っ気なくて静かだった。
 奥の部屋で待っていた支店の店長だという背の高い男は、俺たちに椅子を勧めると腕組みをした。
「最近、店の方に妙な客が現れるのです」
 強盗の下見とか、スリとか、万引きあたりか。そう検討をつける。
 店長は渋い顔をした。
「五ルピーを二十枚持って来て、百ルピーと交換して欲しいと言うんです」
 ……それだけ?
「つまり、両替ですね」
 イリアがごく真面目な顔で頷く。いやいや。
「それってべつに何の問題もないんじゃあ……」
「毎週決まった曜日に現れるんですよ!」
 と、店長は力説した。
「その曜日とは?」
「安息日です」
「銀行があいてないから、仕方なくこっちに来てるだけだろ」
 思わず容赦無くツッコミをいれてしまった。
 店長はこぶしを握って訴えた。
「でも、気になるでしょう!? 一度気になったら夜も八時間しか眠れず、商売にも集中できなくて売り上げに影響が……」
「な、なんてこと——」
 イリアは息を飲む。俺はほとんど喉元まで過激な言葉が出かかっていたけど、百ルピーの前払いは無視できない。ぐっと堪えて尋ねた。
「とりあえず、安息日って今日ですよね。もうその不審人物は来たんですか」
「いえ。でも、だいたいこの時間帯ですね」
「じゃあさっそく張り込むぞ。イリア」
「はい、リンクルさん!」
 だから、その一文字は余計だっての。



 そいつは、見るからに怪しい格好をしていた。
 ゼルダ姫が喪服として着ていた黒いローブを想起させるような、しかしアレよりもはるかに安っぽいボロ布を身に纏っている。おまけにフードを深く被っているので顔の判別もできず、怪しいことこの上ない。
 イリアと頷き合う。そいつ——仮に「両替男」としよう——は、カウンターにすすす……と近寄ると、
「これを両替してください」
 ジャラジャラと青いルピーを取り出した。
(出た!)
 店員が対応して二十枚が数え上げられ、すぐにオレンジルピーが出てくる。
 俺たちの出番はこれからだ。とりあえず目立たないようにあいつの後をつける。
 店を出て、広場を突っ切り、路地に入る。この辺りは商店が密集していて、人通りも多い。
 はぐれないようにイリアの手を引いて群衆をかいくぐる。
 人の波が途切れ、ぽっかりあいた空き地に差し掛かったその時、目の端を何かが横切った。続いて俺の頬にぶち当たったのは、カボチャのタネの弾丸だ。
「いってぇ!」
 俺は思わず頬を押さえてうずくまった。
「大丈夫ですかっ」イリアが駆け寄る。
 三人ほどの子供が、バツが悪そうにしていた。くそう、あいつらが犯人か。こっちがいきなり遊び場に飛び出したのも、原因の一つなんだけどな。
「……パチンコ使うなら、気をつけろよ」
 かろうじて睨みつけることは回避した。イリアもいるし、あまり大人気ない行動はできない。
 最近、城下町の子供の間でパチンコが流行っているのだ。路地裏のあっちこっちで弾丸が飛び交っている、と噂で聞いた事がある。しばらく前に、トアル村で手本をせがまれたのを思い出すなあ。
「逃がしちゃったよな、両替男」
「ええ。でも、どこに逃げ込んだかは、分かりますから」
 え。
「きっと、あそこですよ」
 イリアが指差したのは、スタアゲームのテントだった。



 その後、俺たちは子供を相手に情報収集に勤しんだ。
「あのテント、最近違うゲームをやってるんだ」
「子供限定で、大人にはゼッタイ話すなよって言われたけど……」
「一回五ルピーで遊べるんだよ」
 イリアはニコニコしながら着実に求める情報を聞き出していく。昔から年下の面倒見は良かったもんなあ。
 一方俺はというと、ほとんど何の役にも立たなくて、そこらの犬と戯れていた。もうイリアの助手でいいや。
「何か分かったか?」
「はい。あとは、あのテントに入ることができればいいんですけど……」
 俺はちょっと考えてから、
「んー、ちょっとここで待っててくれ」
「分かりました」
 さっと物陰に隠れると、影に潜むミドナを呼び出した。
「ケモノになりたいんだけど」
『いいのか?』
 街のど真ん中で変身するわけだが、ここは人通りも少ないし、出番は一瞬だし、まあ問題ないだろう。
 影の魔力が身を包む。四つ足移動もすっかり板に付いてしまった。俺はケモノになって素早く移動し、テントの中に突っ込んだ。
 いた、スタアゲームのダンチョーだ。
「う、うわ〜!」
 情けない悲鳴を上げて、ダンチョーは逃げて行った。追い回して出口へ誘導すれば、狙い通りテントから飛び出す。俺はすぐ人間に戻って追いかけた。
 ちょうど、イリアが行く手に立ちはだかっている。
「あれ、リンクルさん?」と言いたげにキョトンとしてるけど、もちろん説明はしない。
「あなたがた、何ですか!?」
 挟み撃ちにされたダンチョーはいきり立った。
「イリア、こいつに話してやれよ」
「はい。ダンチョーさん、あなたは子供を相手に的当てゲームをしていますね。その的はずばり、青ルピーです」
 ……は? ぽかんと口を開ける俺だったが、ダンチョーはがっくり膝をつく。
「どうしてそれが……」
「子供たちから五ルピーを回収して、それを的にする。的はタネをあてられて痛んでしまうので、マロマートで両替する。そういうことでしょう?」
 ルピーを的にするなんて突飛な考えだが、かえって子供たちにウケたのかもしれない。近ごろのパチンコ流行の仕掛け人はこいつだったわけだ。
「じゃあ、なんで安息日に来てたんだ?」
「変形したルピーは銀行で両替することは出来ません。遊んでダメにしてしまったから交換して欲しい、なんて論外でしょう。安息日なら、マロマートで両替してもおかしくないんですよ。
 それに、あのお店はものすごい混雑です。ルピーの状態に注意が払われなくても、仕方ありません」
 ははあ……なるほど。もっともらしく頷いてみるが、俺の頭は「つまりどういうことなんだ」と忙しく動いていた。あとでゆっくり聞いておこう。
 イリアはダンチョーに優しく声を掛ける。
「お金に細工をしているのが知れ渡ってしまったら、スタアゲームが続けられなくなりますよ」
「そうだそうだ、見逃してやるから妙な両替をやめろ」
 俺たちの目的は、マロマートの両替事件を解決することだ。ダンチョーの行く末なんか微塵も興味がない。
「はい。心を入れ替えます……」
 だから、そこまで落ち込まなくていいんだっての。俺らの後味悪いから!



 一件落着したあと、俺たちはどちらともなくため息をついた。
「お疲れさん」
「リンクルさんこそ、ありがとうございました」
 多分ダンチョーを外に引っ張り出してきたことに対して感謝しているんだろうけど、そこは言葉を濁しておく。
「報酬の百ルピーだけどさ、どうする? 正直イリアが七で、俺は三くらいの取り分でいいと思うんだけど」
 きっとマロは、いつしか芽生えた彼女の推理力まで読んで、一緒によこしたのだろう。俺一人じゃ絶対に解決しなかっただろうし。
 なんというか、イリアは別人になってしまったけれど……悪いことばかりではないな、と思った。少なくとも以前は、こんな彼女の一面を見る事は絶対に無かったわけだ。
 そうだ、幼なじみの俺が認めなくちゃ、きっとこの子の居場所はないんだ。
 だから分け前の提案をした。あくまで対等な立場で、な。
「そんな……! 申し訳ないです。あ、でも」
「でも?」
 イリアはこの日一番の笑顔になった。
「私、城下町で買い物をしたくて。リンクルさん、付き合ってくれませんか?」
 そういうことなら、お安い御用だ。
 一文字多い件も、予想外に早かった解決に免じて、今日だけは許してやるよ。

inserted by FC2 system