沈黙の中に生きる人

 よし、まず現在の持ち物を確認しようじゃないか。
 マップよし、コンパスよし、ボス部屋の鍵よーし。今回の戦利品はダブルクローショット(命名俺)。コンパスの宝箱情報からすると、これ以上のアイテムは望めない。現時点での所有物をどう活用するかが重要である、はず。
 次。目的地の整理。
 間違いなく、この大部屋からまっすぐ北に行ったところだろう。未踏破の部屋はもうあそこしかない。階上には見慣れたでっかいドクロマークもあることだし。
 ボス戦のことを考えるとちょっと憂鬱だ……。だって、ここのボスと言えば、たびたび進路の邪魔をしてくれたあの竜に決まってる。空を自由に飛びまわる奴にどうやって攻撃を加えりゃいいんだ。矢やクローショットの届く距離におびき寄せなきゃいけないかもな。面倒くさそー!
 ——じゃなくて。ええと、目的地も決定したな。順当にくると、今度はそこへ至る手段の確認だ。
 いやーそれにしても、湖底の神殿で散々仕掛けに悩まされたときに、この『俺用謎解きガイドライン』作っておいて良かった〜。あんな初期(当時はあの神殿で最後だと思っていたけど……)にこれを作成できていたのは、僥倖じゃないか。詰まったときこそ冷静になることが、謎解明への近道なのである。とかなんとか、どこかで偉い人が言ってないかな。この紙切れが、俺以外にとっては何の価値もないだなんて信じられない。こっちからすれば金の延べ棒にも等しいってのに!
 うわ、また思考が脱線してる……脳味噌がこんな調子だから、いつまでたっても謎解きに苦戦してばっかりなんだってば。たとえ脳内で解けても、どんくさいから実行段階で失敗することも原因の一つなんだが。
 はあ、やれやれ。
 ここ天空都市でのパターン通りに、ボス部屋のある浮島への連絡路は切断されているらしく。その間には、クローショットの引っかかりそうな金網のついた——なんだろうこれは、少し違うけど、例えるならば竹とんぼの羽の部分が大きくなったような——ものが、ぽつぽつとボス部屋まで設置されている。仮にハネと呼ぼう。足元不如意のままハネを利用して渡りきるには、一世一代の勝負に出る必要がある。果たして向こう岸まで俺の握力が保つのか。天空人たちは空飛べるから気楽でいいよなあ。間違って明後日の方向に放り投げても、平然と舞い戻ってきたのにはたまげたぞ。
 そういえば、少し前やけにリアルな夢を見た。単発クローショット時代、あのハネに飛びついたまま降りられなくなる夢だった。精一杯ジャンプしても、あの距離では足場には届かなかっただろう。結末は忘れたけど、にっちもさっちもいかなくなって、大空へ羽ばたいちゃった可能性が高い。……いかにも俺のやらかしそうなことだ。あまりにリアルすぎて夢かどうか自信がなくなる。いや、この通りバッチリ俺は生きているから、あれは夢に違いない。そう信じたい。
 そして、今なら分かる。あれはダブルクローショットを駆使して乗り継いでいくタイプだな。でもなー、二番目のハネ、もうちょっと角度がついてくれないと、ダブルクローでも次に届かないかもしれない。そりゃ困る。夢の二の舞は勘弁だ。
 ……ふっふっふ。以前の俺ならここで詰まって、「わかんねー!」と嘆いたあげくにふて寝でもするところだ。だがしかし! もうそんな情けない日々とはオサラバ。なんと事前の下調べにより、ハネを回転させるために使うであろう巨大な送風扇を発見したのだー! それは今いるこの大部屋の、ボス部屋方面の壁に設置されている。だから俺は階段に座って、メモや地図とにらめっこしつつ「静かに」考えごとに没頭しているのだ。
 じゃあ、謎解きガイドラインの手順1〜3は飛ばしても良かったんじゃないかって? 甘いな。ここでしっかり現状と経緯を確認しておかないと、後でひどい目に遭うことは確定している。目的を明確に定めないまま、雪山の廃墟で大砲の弾を持って延々そこらをさまよっていた俺が言うから間違いない。
 兎も角、あの巨大送風扇を作動させれば風が吹いてハネが回りだし、俺はボス部屋にたどり着けて桶屋は儲かるって寸法なんだ。いいことだらけじゃないか。そして、作動スイッチはパターン的にこの大部屋の中にある!
 ——ここまで分かっているのに、後一歩のところで答えにたどり着けない自分が腹立たしいぜ、全く。苛立ちを紛らすために、この辺りをうろつき回ってる大きいヒップループ(おばちゃんの話じゃデグヒップという名前らしい)をいじめてこようかな。あいつも初めて戦ったときは、マスターソードの攻撃でさえ通用しないのか、と勘違いして焦ったもんだ。そりゃヒップループなんだから後ろに回ればいいんだよな〜。穴に落とさなきゃ倒せないのかと思ってた。おかげで勘違いが解けるまでに、数体を自由の空へ旅立たせてやってしまったじゃないか。地上の人たちもいい迷惑だ。
 いや待て、ここで突然俺が立ち上がってヒップループを剣でいびり始めたら、そこらをよちよちしている天空人たちはどう思う? たった一人の憂さ晴らしによって「地上の人間は奇怪な行動をとる野蛮人だ」と思われるのは甚だ不本意である。焦りを押さえ、ここはもう少し考えを練ることにしよう。方針を決めてからでも行動は遅くない。
 やっと思考が本筋に戻ってきたぞ。この大部屋で怪しいものといえば、視界を大幅に遮ってそびえる二本の柱。お誂え向きにツタまで絡みついている。……このツタって森の神殿からたびたび見かけるけど、こんな天空でも育つんだな。むしろルーツが天空なのか?
 あーまた脱線したぞ。下ばかり向いていて肩が凝ったので、ごろんと仰向けに寝ころがる。高い天井が目に入って、凝った装飾の見慣れた球体を発見し——
 お? あ、あああ、あるじゃないかスイッチ! そうだ。あれだよ、いっつも送風扇を回すときに使ってた、アイアンブーツを履いたままクローショットでぶらさがる、あの球体だよ。あれさ、ブーツを履いたとたんにスイッチが入るのはおかしいと思うんだ。荷物に入ってる時から重さ自体は変わってないはずなのに。気にしちゃ負けなのか、ってそうじゃなくって!
 くくく、俺ってばなんてスマートに解いちゃったんだろう。なんとメモ片手に黙々と思案してるだけだったんだぜ! こんなに(端から見て)スムーズな謎解き初めてだよ。か、感動して涙が。
「おい」
 うん? なんだよミドナ、俺の目赤い?
「全部口にでてるぞ」
 ——え?

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