1.魔王の話 …… バッタとタクト
2.お茶の話 …… どろぼーとタクトとウォード
3-a.教育の話(無学組) …… どろぼーとバッタ
3-b.教育の話(寺子屋組) …… タクトとライト
3-c.教育の話(学歴組) …… ウォードとサイレン
4.もうすんだとすれば …… 出会って間もない頃、タクトとバッタ
5.体力の話 …… ライトVSウォード ※メタ発言注意
6.地図の話 …… ライトとタクトとバッタとウォード
「ん、む……ふあぁ……あれ、バッタくんだ」
「目覚めたか、タクト」
「オハヨ。風が気持ち良かったから、昼寝しちゃったよ。バッタくんは何してたの」
「見てのとおりだ。本を読んでいた」
「……珍しいね?」
「どろぼーから押し付けられたんだよ。なんでも、俺の時代からずっと残ってた本だと」
「そっか、きみ、確かどろぼーくんから文字を習ってたよね。やっぱりぼくのところと全然形が違う」
「ライトとお前でも別の文字を使ってるからな。そのくらいの変化はあるだろ」
「話し言葉もね。あーそうだ、アレは大変だったな〜」
「最初はお前と言葉が通じなかったからな。他の奴らとは何とか意思疎通できたのに……サイレンがいなかったら、どうなっていたことか」
「サイレンくんが一ヶ月で言語マスターしてきた時は、みんなびっくりしてたよね。さっすが天才」
「お前も習得は早かっただろ」
「耳の良さには自信があるんだ。バッタくんたちの言葉は音楽的で、好きだな」
「そうか……? 俺のはコキリ訛りがひどいぞ」
「なんとかかんとかジャラ! ってやつ?」
「それは典型的な例だが、他にもイントネーションが微妙に違うらしい」
「へえぇ。……あっ。またいい風が吹いた。指揮棒振りたくなっちゃう」
「でも、俺の故郷に吹く風とは違うな」
「……」
「どうした」
「今のセリフ、すごくガノンドロフっぽい!」
「……はぁ?」
「そんなに嫌そうな顔しなくても。だって、似てたんだもん」
「どのあたりが」
「やたらと風に執着するところとか」
「お前のところは、『そう』だったんだな」
「うん。何かさみしそーな人だった」
「——俺は、ガノンドロフがどんな奴かなんて考えたこともなかった。あいつが魔王だから討ったというだけで……。
人間だとも、思っていなかったかもしれない」
「後悔してるの」
「分からない」
「別に、それでもいいんじゃないかな」
「え?」
「あの人には話しても通じないから。それに、ぼくら勇者だし、『そう』するしかないよ」
「ずいぶん、冷めているんだな」
「どうがんばっても交わらない道の上にいる。そういうものなら、仕方ない」
「……そうかな」
「ぼくが勝手に思ってるだけだよ。でもね、バッタくんが迷ってる理由も分かるな」
「——ああ、なるほど。こういう性格だから、サイレンが心配するんだな」
「え。どういうこと?」
「お前は何でもかんでも、スパッと決めるだろ。それが危なっかしいんじゃないのか」
「そんなつもりはないけど……うっ。確かにいろいろ注意されてるかも」
「あいつ、変なところで世話を焼くよな」
「面白いよねぇ。——で、読書の方は進んだ?」
「全然。やはり俺には向かないらしい」
「じゃあちょっと、体動かそうよ。お昼寝してたら、そこらじゅうカチカチになっちゃった」
「だな。行くか」
「……ガノンドロフの話、みんなにも訊いてみよっかな。ゼルダと違って、あんまり話題にならないし」
「いいんじゃないか。俺がいないところでやってくれれば」
「うん。分かったっ」
「た、だいまぁ……あー大変だった」
「お疲れ様、タクトくん。また団体さん?」
「そう。手配してた船が来なくてさあ、焦った焦った。ま、なんとかなったけど」
「あらら。何か飲む?」
「どろぼーくんが淹れてくれるの! じゃ、コーヒーがいいな。ずっとゾーラコーヒーに憧れてたんだけど、高くて飲めなかったんだ」
「きみの旅は金策が大変だからね。残念ながらその豆はないけど、淹れてくるよ」
「ありがとっ! ……えへへ、楽しみだなあ」
「砂糖とミルクはどうするー?」
「アレ、できないかな〜。上にクリームがのってるやつ」
「ふふふ。なかなか気取ったものが好みなんだ。分かったよ」
「わーいっ」
「タクトくん、お待たせ。こんなので良かった?」
「そうそうこれ! いただきまーす」
「どうぞ召し上がれ」
「……んーたまらない。あれ、どろぼーくんは紅茶なの?」
「ミルクティーね。おじさんが好きだったから、ウチじゃ紅茶が主流だった」
「そうなんだ……へー」
「飲む?」
「飲むーっ! わあ。すごくまろやかだ」
「この前、高級茶葉をウチの上司から賜ったんだ。ちょっと贅沢してみました」
「そっかあ。上司って、ゼルダ姫だよね? どんな人なの」
「弱きを助け強きを挫く、僕などにはもったいないほどの器の持ち主です」
「そーいうのじゃなくて」
「……勝気でわがままなお姫様」
「ぶっちゃけたねぇ」
「その通りだから」
「仲、いいんだ」
「そこそこじゃないの。最近忙しくてあんまり話してない」
「寂しくないのー?」
「そういうものです。僕としては、あの人が玉座で元気に指揮をとっていれば、それで満足だから」
「ふうん……。あ、もうコーヒーなくなっちゃった」
「おかわりする?」
「するするー!」
「あれ、タクト。何やってるの」
「ウォードさん、こんにちは。どろぼーくんとお茶飲んでたの! 今、コーヒーおかわり淹れてもらってるんだ」
「いいなぁ。僕はムギーのお茶でも飲もっかな」
「何のお茶?」
「キュイ族からもらった茶葉で淹れるんだ。苦いのもあるけど、おいしいよ」
「気になるなぁ」
「コーヒー一杯、お待ちどおさま。あ、ウォードさん」
「僕もご一緒していいかな」
「もちろんです。お茶、淹れてきます。いつもの茶葉ですよね」
「そんな、悪いよ……て、行っちゃった」
「さっすが、どろぼーくん。お城で働いてるだけあって、目上の人への言葉遣いはバッチリだね」
「でも、何かと年上扱いされるのは……。ちょっと淋しいな」
「初代さんだって、敬われているじゃない」
「あの人は本当にすごい人だから」
「ウォードさんだってすごいと思うよ。初代さんも前に褒めてた」
「褒めてた? あの人がか。どんな内容だったんだろ」
「もっと自信持ちなよ〜」
「あんまり先輩風を吹かせると、ライトに絡まれるんだよなあ。この前もいちゃもんつけられちゃって」
「あー、ライトはそういう性格だからね、仕方ないよ。そもそも、自分が何に対して怒ってるのかも分かってないんだ」
「……そうなのか?」
「うん。そこだけは、自分で気づかなくちゃいけない。って、バッタくんに口止めされた」
「なるほど。僕と彼以外は、みんな気づいてるのか」
「多分ね。大丈夫、ぼくらゴシップストーンより口が堅いから!」
「いやいや、大抵の人はそうだろ」
「っと、どろぼーくんが来た。席空けよう」
「ムギー茶とコーヒー、どうぞ。二人とも何の話をしてたんですか?」
「ライトが面倒くさいって話」
「えっ。今更?」
「……みんなにとってのライトの印象はそれなんだ」
「ウォードさんは当事者だからわかりにくいかもねー」
「これからはもっと注意してみる……このお茶、うまい! どろぼーはすごいな」
「おじさんに散々叩き込まれましたから」
「家族か。羨ましい」
「ウォードさんはゼルダさんと家族なんじゃないの」
「ぶっ!?」
「あ、お茶吹いた」
「いや、まだゼルダとそんなところまでは……」
「え? でも家族同然に育ってきたんでしょ」
「——そうか、そっちの意味か」
「一本とられましたね、ウォードさん」
「恥ずかし……」
「ぼく台拭き持ってくるー」
「……で、実際のところはどうなんですか」
「どうもなってないから! 大人の話みたいな扱いにしないでくれよっ」
「どろぼーが机に向かっているなんて、珍しいな。書いてるのは手紙、か?」
「ああ、バッタくんか。別に珍しくはないよ、いつもは部屋でやってるから。でも今は手紙じゃなくて、字の練習してるの」
「これは……タクトの世界の文字だな」
「そう。せっかくだから異文化交流を図ろうと思って、手始めに文字から覚えることにしたんだ」
「ふうん」
「一緒にやらない?」
「俺が頷くと思うのか」
「……いいや。誘ってみただけ」
「だいたい、俺は自分の時代の文字も書けないぞ」
「え。看板は読めるのに?」
「それとこれとは別だ。読み下すのだって、妖精に手伝ってもらっていたくらいだ」
「コキリの森じゃあ勉強会とかしなかったんだね」
「あったかもしれないが、興味なかったからな。行かなかった」
「そっか」
「お前こそ、ウォードやサイレンみたいに学校とやらに通っていたわけじゃないんだろう。その割にはあいつらと話が通じてるし、教養があるような……」
「うちはおじさんが厳しかったからねー。そういうことは、ほとんど家で教わったな。速読速記も出来るよ、あんまり使わないけど」
「速読も速記もよくわからんが、すごいのか」
「中くらいじゃないの」
(……中くらい?)
「ねえ。そっちの文字とか文法、僕が覚えたら教えてあげようか」
「余計なお世話だ」
「でもさ、ちゃんと大人なった時、きっと重宝するよ」
「……そうかな。考えておく」
「まあ、まず僕はタクトくんの文字から片付けないとね」
「せいぜい精進しろよ」
「そっちこそ。じゃあね、また」
「うみのおとはとおくなれども、しおのかおりはいまだきえず。それはなつのよのともしびのごとく——」
「なんだそれ。暗号?」
「わあっライトくんいたんだ。今はね、詩の朗読をしてたんだよ」
「タクトが詩を? 優雅だな〜」
「そうでしょ。指揮者たるもの、歌の意味は知ってないとね!」
「今のが歌詞だったのか」
「いいや、これは読解の練習用。昔の教科書が出てきたからさ、懐かしくて使ってたの」
「教科書! げぇー、やなこと思い出させるなよ」
「嫌な思い出があるの」
「机に向かうとすぐ眠くなる性分だからさ。
イリアと一緒に村長ん家でいろいろ教わったなあ。懐かしい」
「ぼくはね、青ジイの家。本がたくさんあるんだよ。一階の道場でも剣を習ってた」
「ほー。俺は剣術はモイから習ってたなあ。やっぱり家の近くで教われると、いいよな」
「わかんないことがあれば、すぐ聞きにいけるもんね」
「いや、質問はしなかったけど」
「えっ。優秀なんだね、ライトくん」
「いやあ。ただ、遅くまで居残りさせられてたから、帰る時に楽だったんだよなー」
「自慢することじゃないよ、それ」
「おっ。何してるんだ、サイレン」
「ウォードさんか。答案の添削。今年の副機関士試験の採点やらされてるんだ。まったく、こちとら忙しいのに……ギリギリで正機関士の方は逃れたけどさ」
「……大変そう」
「まあな。でもやりごたえはある。見るか、こいつの回答はそこそこ見所があるぞ」
「へえ? 正直、あんまりわかんないけど」
「文字が違うもんなあ。これは綺麗な方。えっと、こっちは汚いやつだな、もう見る気をなくすぜ」
「たしかにミミズが這ったあとみたい。ちょっと理解した」
「ウォードさんも、学校に通ってたんだろ。どんな教科を習ってたんだ」
「剣術と実技——鳥乗りと、歴史とか生物とか天文学とか。やっぱり騎士として一人前になるための学校だから、それなりの科目だったな。サイレンのところは?」
「実技はもちろんだけど、一番重要なのは地理。地形覚えないと何もできないからな。歴史はあんまり得意じゃなかったけど必須だったから、受験の時は苦労した」
「……へー。前々から思ってたけど、サイレンは一番自立してるよな。なんというか、将来設計がしっかりしてる」
「このくらいでしっかりって——あのなあ、どんなことがあるか分からないご時世だぜ? 機関士だって安定してるかと思いきや、魔王との戦いに巻き込まれたりするんだから。ぶっちゃけ、他の奴らがフラフラしすぎてるんだよ」
「ごもっともです……」
「んー、宮仕えが嫌な気持ちも、分からなくはないけどな」
「でもそれは上司が良ければオールOKだよね」(ゼルダは女神だし)
「それは言えてる」(ゼルダ可愛いし)
その見張り台が建てられた当時は、襲いくる魔物をいち早く察するために存在したのかもしれない。しかし今は長いはしごをのぼれど、どこまでも広がる青い海と、申し訳程度の島影が目に映るだけだ。
おまけにほどよい風が吹き抜けるそこは、絶好のお昼寝スポットになっているらしく。はしごをのぼりきったバッタが木の床に視線を落とすと、ごろりと横になっている子供が、一人。
「……」
彼は声を掛けるかどうか、しばし逡巡した。
このプロロ島で家族とともに暮らしている——仲間内ではタクトと呼ばれる少年だ。いつもの緑衣ではなくて、風通しの良さそうな水色の私服に身を包んでいる。熱帯といって差し支えない気候のせいで首筋にじわりと汗をかいているバッタは、羨ましくそれを眺めた。
ひとつ息をついて、行動に出ることにした。
「おい、起きろ」
肩を揺さぶる。タクトのみならず「彼ら」はたいてい寝坊助であったため、出会って間もないというのに互いに起こし起こされが日常茶飯事だった。
「ん……アリル?」
幸いにも、タクトはすぐに身じろぎして体を起こした。妹の名を呟くなんて、のんきなものだ。重く垂れ下がる瞼をこすり、
「バッタくんかぁ」
彼はふわっとほほえんだ。海に降り注ぐ太陽を思わせる笑顔だ。
バッタは水平線に消えつつある、ひとつの船を指差した。
「もう他の奴らは、一足先に竜の島に行ってるぞ」
こてんと首を傾げたタクトは見張り台の手すりの間から海を眺め、大きな瞳を思いっきり見開く。
「えっ、出遅れた? でも定期船の時間までは、まだ……」
「ライトが調子に乗って遠吠えしてたら、それが合図と勘違いされて、出港した」
「あーらら」
よっこらしょ、とタクトは立ち上がって、伸びをした。それでやっと、背丈がバッタに追いつく。
「じゃ、行こっか!」
「追いかけるのか」
タクトはいたずらっぽく目を細めて、どこからともなく指揮棒を取り出す。
「全速力で、ねっ」
*
彼の言う全速力とは、「二人乗りの小舟でも帆船に楽々追いつける速度」だった。
つまり。
「ひゃっほーっ!」
順風満帆。彼のあだ名の由来でもある指揮棒に導かれた風が、帆を満たす。より効率良く風を拾える「快速の帆」とやらを装備した小舟は、ものすごいスピードで海の上を滑って行った。あっという間にプロロ島の島影が遠ざかる。
バッタは帽子が飛ばされないように抑えることで手一杯だ。
「どう、気持ちいいでしょ」
と言われても、タクトと違って風を感じたり景色を見るような余裕はない。
「ちょっと……飛ばし過ぎじゃないか?」慣れない揺れやスピード感についていけない彼は、苦言を呈してみる。
「後ろ見たらわかるよ」
バッタは必死に首をひねった。
「あれは、雨雲か」
一瞬視界に入ったのは、黒く垂れ込めた雲。プロロ島は快晴だったのに、いつの間に。
「そう。最高速度にしないと、定期船には追いつけても、雨に降られるから。海の真ん中でびしょびしょになるのって、結構辛いよー」
あははは、と笑う彼は、もはや立派な海の男なのだった。
タクトは前を向いたまま続ける。
「今はこの帆があるからいいけど、昔はもっと船足が遅くて。補給地点に行くまでに嵐が来ちゃって、慌てて近くの無人島に避難してね。雨が止む頃には夜になってたけど、朝まで待つのも大変だからそのまま強行軍で進んだこともあったな」
平原と違って、どこにも逃げ場のない海。そんな世界を旅してきたタクトは、どうもバッタとは別種の苦労を重ねてきたらしい。
「……ごめん」
その声はあまりに小さかったので、船を操るタクトは聞き逃しかけた。
「え? どうしたの」
「いや、その。苦労をかけたな、と思って」
極限まで濁した言葉だったが、タクトはその真意を理解した。バッタのなした旅の延長線上に、自分は立っているのだ。
「時の勇者って案外、赤獅子と似たようなこと言うんだね」
バッタからは表情は伺えないが、その台詞には苦笑の響きがあった。
「赤獅子の王、か」話だけは聞いている。海の底へ消えた、ハイラル最後の王——。
「なんだっけ。私たち大人はこんな世界しか残せなかった、とかなんとか」
ハイラル王の抱いた悔恨の情がバッタの胸にも押し寄せてきて、思わず彼は目を伏せる。
舟は減速していき、ついに大海原の真ん中で静止した。波は低く、足元は穏やかに揺れている。
タクトはくるりと振り返り、気まずそうにうつむくバッタを見やる。
「謝られても、困るんだよね。こんな世界が大好きなぼくはどうなるの、って。
それにね。さっきの言葉、サイレン君が聞いたら、きみ殴られてるよ」
顔を上げたバッタは、目を白黒させる。
「きみだって、ハイラルのことが好きなんでしょ? 故郷をそんな風に言われたら、ぼくはさみしいし、サイレン君なら怒るだろうね。
だから、もうこの話は無しにしよう。だいたいあなたの後輩たちはみんな別の理由でそれぞれ苦労してるし、ぼくに謝ったら、あっちこっち頭下げて回らないといけなくなっちゃう」
眩しいのは日差しだけではない。当たり前のように前へ進んでいける、確固たるその意思だ。
だからこそ彼は、「風の勇者」と呼ばれるのだろう。
「そうだな、悪かった……いや」
バッタはニヤリと笑い、「ありがとう」礼を述べた。
タクトは猫のような目を細めた。
「それじゃ、いそいで追いかけよっか!」
「ああ」
帆が張られ、再び高速で流れていく風景を眺めて、バッタは気づいた。
ハイラルとは似ても似つかぬ海の世界。漂う木の葉のような島々、暑く照りつける太陽。
それらに馴染みはなくても、不思議と親しみがわいてくることに。
「はあ、はあ」
汗だくの緑の衣が帰ってきた。両手にいっぱい荷物を抱えているのは、「彼ら」の中でも最年長の青年だ。
「息がうるさいぞウォード。疲れてるのか?」
近くにいたライトは呆れながら声をかけた。ウォードと呼ばれた青年は、荷物をその辺に置いて、汗を拭う。
「うん……そこの坂上がってきたら、がんばりゲージ消費しちゃって。ライトは平気なの?」
「俺の所には、そんな訳の分からんゲージはなかったからな!」
自分の成果ではないのに、ライトは偉そうに胸を張る。ウォードは素直に羨ましそうな目線を向けた。
「いいなあ。そういえば、セカンドのところも似たようなゲージがあるから、弓を打つだけで体力消費して大変だって言ってたな」
「そんなもんなのか。しかしあれだな、あんたはクスリに頼らないと、全っ然体力ないよな〜」
「ははは……」
ウォードは力なく笑う。どうも図星らしい。それを見ていたライトの脳裏に、雷が閃いた。
(いいこと思いついた)
*
「ウォード、勝負だッ!」
練習用の木剣を振り上げ、ライトが先輩の前方を塞ぐ。
「剣の勝負だね? いいよ、受けて立つ!」
ウォードは目を輝かせた。
「またライトが変なことしてる……」
機関士の仕事がたまたま休みだったサイレンは、帰ってくるなり目の前に広がった光景を見て、ため息をついた。
「と言いつつ見学するんだな」
「バッタ。お前もだろ」
見た目の幼さに似合わず泰然自若とした少年は、ふっと笑った。
「ああ。ウォードの戦いは見応えがあるからな」
二人の観客の目の前で、ライトはいよいよウォードと相対した。
(ウォードは体力がない……つまり、持久戦に持ち込めば勝てる! 俺の盾には耐久力なんてないし、いけるぞ)
「今日こそあんたを潰してやるからな」
ライトの物騒な物言いにも、ウォードはにこやかな笑みを崩さない。
「お手柔らかによろしくね」
バッタが審判代わりをするらしく、合図のためにすっと手を上げた。
「はじめ!」
瞬間、木剣ではあり得ない鋭い光が、真一文字にライトの目の前を走った。
ぼんやり見ていたサイレンが、ぎょっとして身を乗り出す。
「は、速っ! なんだあのスピード……!?」
ウォードは、右から左から変幻自在の攻撃を繰り出した。隙なくほぼノータイムで相手に襲いかかる。あっという間にライトは防戦一方に追い込まれた。
バッタは何故だか得意げだった。
「そりゃそうだ、ウォードが何連続で攻撃出来ると思ってる。攻撃速度もピカイチだし、テクニックもすごいぞ。剣を右に構えたままさらに右に振って、魔族長相手にフェイントをかけるくらいだ」
「言ってる意味がよく分からないけど……すげーんだな、きっと」
さすがはウォードさん、とサイレンは目を輝かせている。世の中全てを舐めたような態度の機関士だが、純粋なる強さには憧れのまなざしを向けるようだ。
決着がつくのはあっという間だった。
「負けた……」
悔しそうに片膝をつくライト。ウォードは笑いながら剣をしまった。
「久々に本気出せて楽しかったよ! またよろしくね、ライト」
上り坂一つに苦戦していたのが嘘のように、まるで息の上がらない様子で立ち去るウォード。その背中に向かって、ライトは叫ぶ。
「今度こそ、絶対負かしてやるからな〜!」
緑の服を着た少年たちが三人、部屋の真ん中でなにやら紙束を広げていた。不気味なことに、全員が黙りこくってひたすら手元の紙を見つめている。
「何してるんだ……?」
たまたま通りがかったライトが、不審そうに近寄っていった。三人のうちの一人、タクトが顔を上げる。
「ライトくん。今ね、みんなのところのマップを見比べてたんだよ」
「え、地図? にしては数が多すぎないか」
彼の言うとおり、タクトのまわりには地図が何十枚も散乱していた。隣にいたバッタが、ふうと息を吐いて背筋を伸ばす。
「最初は、タクトが一人で自分のところの海図を整理してたんだ」
「そこに、僕とバッタが手伝いに入って。だんだん、海図そのものに興味がわいてきちゃったんだよね」
ウォードが目を輝かせながら一枚拾い上げた。ライトはあまり彼のことが得意ではないので、少し身を引く。
「タクトのところは広い海があるから、全体マップの縮尺が小さいんだよ。だからそれとは別に、詳細が描きこまれたお宝の地図が、それぞれの地域ごとにあるんだ」
なるほど、ウォードの持つ「お宝の地図」とやらは少し小さなサイズの紙に、島の形がはっきりと記され、海の真ん中にぽつんとバツ印が打たれている。
「これを頼りにお宝をサルベージするの、本当に大変なんだよ……。現在地を地図と見比べてる間に、船がどんどん潮に流されるし……」
げんなりしたように海図を見るタクト。苦労がよみがえるのだろう。どの海図も赤インクで細かな書き込みがされていた。ずいぶん使い込んだようだ。
それを眺めているうちに、ライトは俄然、興味が湧いてきた。
「へえ〜結構面白いな。他のみんなの地図はどうなんだよ」
「僕の、見る?」
さっそくウォードがにこやかに差し出してきたので、ライトは渋々受け取る。どうやら砂漠の地図らしい。彼には読めないが、どことなく見覚えのある文字がタイトルとして大きく書かれている。この単語は——
「もしかして、ラネール地方って書いてあるのか?」
「そう! よく分かったね。それでこっちはゲルドオニヤンマ、スナスナボウシって書いてるんだ」
「まさか……虫の地図!?」
驚くライトに、バッタたちが何とも言えない表情で頷く。ライトは、この年長の青年が、どろぼーと同じように虫取りアミなんてものを後生大事に抱えて冒険していたことを思い出す。
「……子供かよ」
思わず真面目にツッコんでしまった。すると、ウォードはムキになって反論した。
「いやいや。これ、僕にとっては重要な金策なんだよ!」
「金策って言ってもクラスメイトに売りつけてたんだろ!?」
「ぐう」ウォードは言葉に詰まった。
「お前だって女の子に散々虫を貢いで、ルピーをたかってただろ」
バッタの鋭い指摘に、ライトはうっとうめいた。図星だった。その脇で、タクトが真面目な顔で「虫って儲かるんだ……」と呟く。海の世界の厳しい金銭事情に思いを馳せたらしい。
思わぬところから攻撃されたライトは一時的に矛をおさめ、改めてウォードの地図を見る。
「にしても虫以外は綺麗すぎないか、この地図」全体的に、空白が目立つように思えた。
「冒険のために必要な目印とか、打たないのか」
とバッタが尋ねると、ころっと機嫌を直したウォードは笑顔になる。
「目印は全部ファイがやってくれたから」
「へ?」
「ここに行きたい、って剣で示したら、ファイがその場所にのろしをたててくれるんだよ。しかも、僕にしか見えないやつ」
「ずるすぎないかそれ……」抜群の幸運を享受するウォードは、鋭く刺さる視線の矢に気づかない。
「そののろしがあれば、サルベージももっと楽になるのかな」
真剣過ぎるまなざしを地図に向け、腕組みをはじめたタクト。なんだか面倒なことになりそうな気がしたので、ライトは話題を変えることにした。
「それで、バッタの地図はどうなんだよ」
いきなり話題をふられた少年は嫌そうに顔をしかめて、自分の地図を素早く背中に隠した。
「お前は見るな」とにべもない。
「いいだろー減るもんじゃないし」
ライトは圧倒的な体格差を利用して手を伸ばし、ひょいと地図を奪う。バッタは盛大に舌打ちをした。
「……これ何の記号?」
マップから顔を上げたライトは満面に疑問符を浮かべていた。地図には丸三角四角、とおそらく形によって使い分けられているであろう、色とりどりの記号が並んでいた。
「書けないんだよ、文字が」
バッタはうつむいた。耳が赤く染まっている。タクトが朗らかな笑みを浮かべ、
「ああ、そういえばどろぼーくんと文字を書く練習してたね」
「コキリ族ってそういう勉強はやらないんだなー」
ウォードが首をかしげる。彼らに比べて勉強環境が著しく貧困だったことについて、バッタは少し引け目を感じていたのだが、どうやら無用な心配だったようだ。
ライトが地図に指を突きつける。
「でも、まさかこの地図だけで冒険してたわけじゃないだろ。いつもはどうしてたんだよ」
「連れが、自分の地図にやたらめったら書き込むタイプだったからな……」
バッタは遠くを見るような目になった。一時期共に旅をしていた「彼」のことを思い出す度、少年は妙にしんみりするのだ。
「そうなんだ……」と相槌を打ったきり、タクトは唇を閉ざす。
停滞しかけた空気を察し、バッタは首を振って意識を入れ替えた。
「他人に文句ばっかりつけやがって。ライト、お前の地図はどうなんだよ」
ライトはふふんと鼻息も荒く、己の地図を取り出した。よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりだ。
三人は覗き込む。もとの地形が見えないほどの書き込み量だ。黒や赤のインクが上から上から重ねられて、酷い有様だった。
「うわきたなっ」「これでよく冒険できたね……」
ライトはこの反応がお見通しだったようで、自慢げな態度を崩さない。
「それは使い潰す用。いろんな奴が好き勝手に目印を書き込むから、気がついたらこうなっててさ。で、こっちが本命のお楽しみ用!」
自信満々に広げて見せたのは、色とりどりのインクで飾られた小綺麗な地図だ。先ほどの地図と違ってインクの配色も書き込み場所も考えられており、内容が分からないにもかかわらず、いかにも読みやすい。地図の余白部分には吹き出しが描かれ、長めの文章がみっちり入っている。
「何の地図か分かるかな〜」
得意げなライトの鼻を明かしてやりたくて、三人はマップにさらに顔を近づけた。この場に、各時代の文字に堪能なサイレンがいれば、すぐさま解読できるのだが。大きく印が打たれているのは、ゾーラ側上流やスノーピーク、ハイラル城下町、カカリコ村など。
「もしかして……ミニゲームの位置か!」ウォードが閃いた。ライトは正解だ、と親指を立てる。
「これこそ俺の旅の集大成。読めないだろうけど、ミニゲーム場所までの詳しい道のりとか、攻略法まで書いてるんだ。まだコロコロゲームは未攻略なんだけど……いつかミニゲームマップとして完成させて、ラネール観光協会に売り込んでやるつもり」
あれくらい平和で文明が発展した時代だと、観光業も成り立つのだろう。ならば観光用マップの需要もあるに違いない。ウォードの時代などでは、まずありえないことだ。
ライトは自信作をためつすがめつし、上機嫌そのものだ。
「勇者やめたらこういう地図をたくさんつくって、それを売って暮らそうかな〜」
ウォードも「いいなあ、それ」と地図を食い入る様に見つめる。
一方で、タクトとバッタは気まずげに顔を見合わせた。
「マップ売りで生活……ねえ」
「まあ、儲かることは儲かるかも、な」
ライトは眉根を寄せて、「なんだよ、妙に含みのある言い方しやがって」口をとがらせた。
タクトは黙って生暖かい目線を返し、バッタがため息をつく。
「マップを売る時は、緑の服はやめておけよ」「そうだねえ」「……?」
——後日。ライトがたまたま通りがかったどろぼーに己の夢について語ったところ、じろりと緑衣を一瞥されて、
「……チンクルにでもなるつもりなの?」
と指摘されたのだった。