雪見に一杯

 めでたく新年を迎えた日の、お昼ごろ。男ばかりが三人も集まって、ただ黙々と札を繰る席があった。
「……何やってんだ、あいつら」
 機関士の制服を着た子供、サイレンが通りかかり、不審そうに一団を見つめる。問いかけの相手はどろぼーだ。
「花札だってさ」
 彼は少し距離を置いて、三人を見るともなしに見ていた。
「え、せっかく去年トランプが出たのに、花札?」
「あのトランプにはライトくんがいないでしょ。彼がだだこねたから花札に変更になった」
「初代とタクトさん呼んでくればいいだけじゃん」
 眉をしかめて、サイレンはライトの身勝手をなじった。どろぼーは淡々と続ける。
「それは、そうだけど。ウォードさんもバッタくんも反対しなかったみたい」
 一方、ウォード・ライト・バッタの三人は、観衆そっちのけで花札に興じている。しばらく様子を見てから、サイレンはちょっかいを出すことに決めた。
「誰が一番勝ってるんだよ〜」
 いびつな三角形をなす集団に押し掛ける。
「ウォード。二番目が俺だな」と、バッタがぶっきらぼうに告げた。しかつめらしい顔で手札を眺めながら。
「じゃあやっぱりライトがビリなのか」
「やっぱり、ってどういうことだよ」
 不機嫌に発言者をにらむライト。
「だってメンバー的に予想がつくだろ」
 サイレンは鼻を鳴らした。ライトが素早く輪の中を見回すが、ノーコメントを決め込むバッタは目を伏せる。
 最後の一人はというと、
「サイレンくんもやりたいの、花札。この勝負が終わったら僕が抜けようか」
 笑顔でウォードがのたまった。どことなく会話の感覚がずれている。
「いや、邪魔しにきただけなんで。……いいから続けてください」
「うんわかった」
 その言葉と同時にウォードが出した札は。
「『菊に盃』、お前が持ってたのかよ!」「『月見に一杯』『花見に一杯』が完成か……『三光』は阻止しなくてはな」
 ライトが目を丸くし、バッタが苦い顔をした。どうやらウォードが強力な役を完成させたらしい。
 相変わらずウォードはにこにこしている。決して勝ち誇っているわけではなく、この遊び自体が楽しくて仕方がないという風に。
 場に出ている色とりどりの札たちを見やって、サイレンは首をひねった。
「これさ、得点どうやって決めてんだ。カス札は一枚一点か?」
「え、何そのローカルルール。十枚そろえなきゃ点数にならないだろ」
「とりあえずトアル村のルールに合わせてやっている。コキリの森のは、あそこのガキ大将がアホみたいに高い点数を設定しやがったせいで、最後の集計が大変だったからな……」
「そうなんだ。スカイロフトじゃ『こいこい』しかやったことなかったから、三人でやるのは不思議な感じだ」
 次々と語られる地元ルールに驚いたサイレンは、少し離れたところで見ているどろぼーにも声をかける。
「ごめん。僕は『坊主めくり』派なんだ」
「花札よりさらに渋いだと……?」
 五人そろって、わいわい花札を楽しんでいるところに、サイレンそっくりな容姿の少年——タクトがやってきた。
「お姫様たちが、お雑煮とおせち用意してくれたよ。みんなで食べようよー」
 と呼びかけた次の瞬間、彼は妙な光景を目にすることになる。
 なぜか、ライトがウォードを引っ張って、真っ白い雪の積もった表に出ていく。その後をバッタまでもが追いかけていった。
「どういう状況……?」目を白黒させるタクト。
「花札で負け続けたライトくんが、ウォードさんを負かすために、今度は雪合戦で勝負するんだって。バッタくんはたぶん、後始末係」
 冷静にどろぼーが解説する。サイレンは頭の後ろで腕を組んだ。
「行こ行こ。あいつらほっといて、あったかいメシにありつこう」
「え……いいのかな」
「そもそも花札だって、ウォードさんが寝正月にならないように、ライトくんたちが企画したわけだし。いいんじゃないの」雪合戦にすり替わろうが、目的は達成されているのでは、とどろぼーは言う。
「確かにウォードさんは居眠り多いけど、寝正月はいくらなんでも」反論するが、
「あの人さ、門松つくるために竹を何本もスパスパ斬ってただろ? へらへらしてるけど、結構疲れてんだよ」
「? なら、雪合戦したら余計に……」
 はっとして、タクトは不自然に口をつぐんだ。二人の目が怖い。
「——今年のおせち、どんなのだろうな」
 明後日の方向を向きながら、サイレンが呟いた。タクトも調子を合わせる。
「ぼくと釣り堀組が仕入れてきた魚もあるはずだね」
「それと、縁起が良さそうだから黄金のハチを提供しておいたよ」平然とどろぼーが言い放った。
「!?」
「……うそだってば」
 窓の外には、冷たい白にまみれながら転げ回る16歳と17.5歳、呆れたように腰に手をやる9歳がいた。

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