ビンの中身品評会

 うららかな春の午後。ライトのハイラルに位置する釣り堀にて、とある催し物が開かれた。似たような容姿の男ばかりが六人も集まり、花見をしようと言うのだ。
 六人は要領よくござを敷き、その上に色とりどりの食べ物・飲み物を広げていく。
「晴れて良かったね」
 ほのぼのとウォードが言った。タクトが嬉しそうにうなずく。
「おまけに桜も見頃だし」
 風にちらちらと流された花びらが、注がれたお茶の上に浮かんだ。冒険でささくれだった心が癒されるようだ。
「どうしてライトくんはここを選んだの」
 とどろぼーが尋ねれば、
「よくぞ訊いてくれました!」
 発案者は勢いよく立ち上がった。まだ宴会は始まっていないというのに、大したテンションである。バッタがさりげなく位置をずらしたのは、余計なことに巻き込まれたくないからだ。
「まず一つ。ここは『花』も『団子』も楽しめる」
 桜はちょうど満開だった。広い池の周りに配された木々はよく手入れされており、てんぐ巣病も見あたらない。風にあおられる度に、花弁が一斉に散る幻想的な光景——ロケーションとしては申し分なかった。
「団子」はというと、もちろん用意してきた茶菓子もあるが、ここは釣り堀だ。生きのいい魚がすぐそこで泳いでいる。一日管理小屋とボートごと貸し切っているので、小腹がすいたら水面に繰り出せばいい。
 指折り数えて長所を挙げるライトは、ぐるりと勇者の輪を見回した。
「そして、こっちが本題なんだけど、みんなもちろんアレは持ってきたよな」
「ん、まあ」明らかに乗り気でない様子のサイレンは目をそらした。
 場の微妙な雰囲気に気づいた様子もなく、ライトはきらきらと瞳を輝かせる。
「えーごほん。ではここに、俺は第一回『ビンの中身品評会』の開催を宣言します!」
「おおー」
 ウォードが拍手をした。ライトとしては銅鑼でも鳴らしたいところだろう。
 だが高揚する彼に比べ、他の皆は冷たかった。
「自分のとこの空きビンに入る物のうちで、一番おいしいのを持ってくるんだっけ」
「お前がやりたいだけだろ……」
「みんなで飲み比べしたら、お腹ちゃぽちゃぽにならない?」
「でも、よく思いついたよねーこんな企画」
 褒めているのか貶しているのかよく分からない最後の台詞はどろぼーのものである。
「いいの、やりたいからやるんだよ! ここのセッティングとか料金とか全部俺持ちなんだから、文句言わないでくれ」
 とライトは膨れたが、
「無意味にマジックアーマー使うくらいには、ルピーが有り余ってたくせに」
 即座にサイレンに図星を指される。
「そうそう、ルピーが切れたときの加重力状態って、結構癖になるんだよな……って何言わせるんだよ」「何一人で言ってるんだよ」交わされる視線はナイフのようだ。
 とりなすように笑顔を作ってタクトが言う。
「まあまあ、乾杯だけでもしようよ。ウォードさん寝ちゃうよ」
「えー、寝ないってば」苦笑しながらも、どこか眠気を漂わせているのは気のせいか。
「音頭は誰が?」
「ウォードさんお願いします」
 六人はそれぞれお茶を注いだコップを手に取った。
 ウォードは高く杯を掲げる。
「では。ライトくんが企画してくれた、楽しいお花見に——乾杯!」
「乾杯!」
 折しも風が吹き、薄桃色の花びらが視界を埋め尽くす。白い洪水にタクトが歓声を上げた。
「わっ。これだけあれば、ジャムとか作れそうだね」
「オレ甘いのはあんまりっすねー」
 ふんわり漂う甘ったるい香りに、サイレンは顔をしかめた。草団子よりも煎餅に手が伸びる。
 和やかなムードを壊さないように、おずおずとライトが切り出す。
「ところで、さっきの続きがしたいんだけど」
「勝手にしろ」
 白い目で見るバッタ。ちびちびとお茶をすするのが、またサマになっている。
「ライトくんからやるべきだよ、こういうのは」
 どろぼーの論理に筋を感じたのか、ライトは荷物を探り始めた。
「ちぇーっ。最後にとっておきたかったのに」
 ぶちぶち文句を垂れながら取り出したのは、金色の液体が並々と注がれたビンだ。
「エントリーナンバー1・極上のスープ!」
「まあ、予想通りだよな」
「今までさんざん自慢されてきたもんねー。どれどれ」
 舌なめずりをしながらウォードが真っ先に手を伸ばした。
 ビンを傾けてスープを口に含み、じっくりと舌の上で転がす。ライトは少しだけ不安そうに、
「どっどうですか」
 パッと試食者の顔が華やかになった。
「すごくおいしいぞ、これ! かぼちゃも入ってるの?」
「カボチャとチーズとニオイマスその他もろもろを、一つの鍋にぶち込みました」
「それ、闇鍋っていうんじゃねえの」
 訝りながらサイレンも味見をしてみた。形のいい眉が動く。
「……なかなかいいもん飲んでるじゃねえか」
 他人の悔しさは蜜の味とでも言いたそうに、ライトは満足げな笑みを浮かべる。
「よーし、好評だったところで第二弾行ってみようか!」
 先鋒がこうも強力だと、次鋒に立候補するには覚悟がいる。しばし五人の間にさぐり合う空気が流れた。
「これでもどうぞ」
 す、とどろぼーが差し出したのは、深い赤の液体だった。丸底フラスコのようなビンに入っている。
「なんだこれ」
「赤いクスリ?」
「残念、はずれー」皆が頭に「?」を浮かべて首を傾げる様子を、どろぼーは面白がっているらしい。
 一人、とあることに思い当たったバッタは、顔面から血の気が引くのを感じた。謎が解けた時の音が、むなしく頭の中に響く。
「お前まさか……」
「そ。ヒミツのクスリだよ」
 どよめきが走った。
「塗り薬だろ!?」「効き目を確かめればいいの?」
「反則反則! 審判の俺としてはそういうの許せないぞ」
 身を乗り出してライトが指を突きつけても、どろぼーは涼しい顔を崩さない。
「前に間違ってなめちゃったことがあったんだけど、案外いい味だったんだ」
(そのシチュエーション、すっごく気になる)ウォードが眉をハの字にしてむずむずした。
 顔をひきつらせてサイレンが尋ねる。
「で……誰が飲むんだ」
 ゴクリ、誰かののどが鳴った。恐怖に満ちた視線が交錯する。
「とりあえず、後世への影響力が少ない奴にしようぜ」冷静なようでかなり混乱したサイレンの発言に、
「ちょっ。何で死ぬこと前提になってんの」
 どろぼーは憮然とした。
「なら、ライトさんかサイレンくんじゃないかな」
 犠牲の羊としてタクトに指名された二人は、顔を見合わせる。
「ライト……前途有望な若者の未来を奪うなんて、気が引けるよな」
 諭すようなバッタの言葉。
「うっ、そういう攻撃は苦手なんだよ」
 渋々ライトはビンを持つ。そして、一気にあおった。
「! 何もそんなにいっぱい——」あわててどろぼーが止めようとするが、もう遅い。
 いつもの勢いで一気飲みし、口元をぬぐった。丁寧に栓まで閉めてから返却する。
「どうかな?」
「これ……たぶんアルコール入ってる」
「何だと」
 にわかに聴衆がざわめいた。
「なるほど、塗り薬なら消毒する必要があるもんね」
 得心がいくタクト。見ているだけで胸を悪くしたのか、ウォードがお茶をぐいっと飲み干した。
「味は、案外悪くない……げほっ」
 被験者はぜえぜえと肩で息をしている。みるみるうちに顔色が悪くなってきていた。
 明らかに、ダメージを受けている。ハートが四分の一ずつ減っていくようだ。
「まずいなーこれは」
「くそっ。誰か妖精とか持ってきてないのかよ」
「そんな定番アイテム、逆に誰も持ってないと思う」
「今あるビンの中身でなんとかするしか——」
 というどろぼーの発言を聞いて、サイレンははっとした。
「ある! いいものが」
 彼は自分の持ってきたオレンジの液体を、苦しむライトに無理矢理飲ませた。
「ライト、草刈りしろ」
 そして、冷然と命令を下す。
「む、無茶だよっ!」
 唐突すぎる行動を呆然として見守っていたタクトが、あきれかえる。ライトに至ってはもはや諦めムードだ。
「やればいいんだろ……ぜえぜえ」
 するとどうだろう。草を切ったそばから妖精が沸いてきた。ピンクの光はライトの周りを飛んで、減った体力・傷ついたハートもろもろを回復させていく。
「こんなところにどうして妖精が?」
 目を瞠るウォードに対してどろぼーが解説した。
「今飲ませたのはアレでしょ、ぼうしくんのところのチロップ」
 パチン、とサイレンは指を鳴らす。
「大当たり。オレのとこのビンって、廃品回収に出しちゃうから、あんまし持ち歩かないんだよな。困ったあげく、あいつに貸してもらったんだ」
 オレンジのチロップは、妖精を見つけやすくする効果がある。思わぬところで役に立ったわけだ。
 一応回復は出来たものの力尽きたライトは皆の助けを借りて、ござの上に大の字になった。
「この分じゃ、もう品評会はおしまいかな」
 品評会推進派のウォードは寂しそうだ。
 そのとき、ぐったりしていたはずのライトが、不意に起きあがった。
「サイレンのエントリーとしては反則だったかもしれないけど、チロップもなかなかうまかった……」
 ぎくしゃくした動きが恐怖を誘う。
「うぎゃーっ!」
「お前はリーデッドか!?」
「いろんな人のトラウマを刺激しないで!」
 座はつかの間、阿鼻叫喚の渦に巻き込まれる。
「た、体調の方は大丈夫なのか」青い顔の彼をウォードが助け起こす。
「へーきへーき。むしろ元気でてきた。『ヒミツのクスリ』のおかげだな」
 気を取り直して、あぐらをかくライト。
「まだ続けるぞお。次、バッタさん行って見よー!」
 調子よく宣言して、片手を振りあげた。
 指名されたバッタは隣のどろぼーに目配せする。
(あいつ……アルコールで酔ったんじゃないか)
(らしいね)
 やれやれと首を振る両人。
「俺の番か……予想はついたと思うが、『シャトー・ロマーニ』だ」
「おおー」
 雲よりも白いとろりとした液体に、一同はひれ伏さんばかり。なにせ一杯200ルピーする代物だ、ラベルの質からして違う。
「牛乳って飲んだことないんだよね」「ぼ、ぼくも!」
 物珍しそうなウォードとタクトが競って飲みあった。何ともいえないまろやかな味わいに、うっとりする。
 その光景を見ていたバッタは首をひねった。
「案外、牛乳に縁がない奴が多いんだよな。牛はあれだけ繁殖していたというのに」
「ジャブジャブ様のお腹の中とかね」
 何気ないどろぼーの相づちに、バッタはお茶を吹いた。
「なぜそれを……!」
「有名な話、有名な話」とニヤニヤしながらはぐらかす。
 うそ寒そうにバッタは自らの肩を抱いた。
「さすがの貫禄だよな、シャトー・ロマーニは。くそー強力すぎるライバルだ」
 ライトは、微妙にろれつの回らない舌で褒めちぎった。
 続いて前に出たのはウォードだった。
「次、僕でいいかな?」
 冷めないように何重にも布でくるんである、大きなポットを取り出す。中身はコップに小分けして全員に配った。
「あたたかい方がおいしいからね。はい、カボチャスープ」
「ありがとうございます。こういう気遣いがうれしいよね〜」
「うん、ゼルダが包んでくれたんだ」
「はいはい……」二重の意味でごちそうさまだ。
 パンプキンバーのカボチャスープは、名物メニューというだけあって上品な味をしていた。これ一つで店を開けるのも道理だ。なめらかな舌触りと濃厚なコクがある。
「極上のスープともまた方向性が違うなあ。いよいよ順位が分からなくなってきたぞ!」
 うるさくなる一方のライトだった。
 ビンの中身品評会は、ひとときの混乱も忘れて和やかなムードでたけなわを迎える。
「いよいよラストかー!」
「ぼくなんかが最後でいいのかな……」
 不安がるタクトに、サイレンが下手なウインクを決めた。
「大丈夫ですって。で、どれっすか」
「これなんだけど」
 ポットどころか、大きな鍋に入っての登場だった。薄い色の透明なスープである。具材は特に入っていない。
「名前とかないから、『ばあちゃんのスープ』ってことで」
 肉親の、手作りスープ!? 言葉にならない衝撃が走った。
 血縁関係が全滅している者も多い中で、これは強烈なインパクトを残す。
「うまいよ〜、ばあちゃん……」
 酔ったライトは今にも泣きそうな顔で飲んでいた。他の者も神妙な面持ちになっている。
「そ、そう? それはよかった」
 予想外のショックを与えたことに、タクトは戸惑いを隠せない。
 すべてのビンの中身を飲み干し、バッタはこの企画の発案者を振り返った。
「さて、そろそろ結果発表とかするんだろ? 審査委員長はお前でいいから——」
 言葉が途切れる。ライトは、首をかっくり折って爆睡していた。
「他人をさんざん振り回しておいてっ」
 イラッとして揺り起こそうとするバッタを、ウォードが止めた。
「寝かせておいてあげよう。おかげで楽しい企画だったわけだし。これからはのんびりすればいいだろ、夕飯までフリーでさ」
「それも、そうか」
 だんだん平静を取り戻したバッタは、肩をすくめた。
 この発言を聞いて立ち上がったのはタクトだ。
「じゃあさ、ぼくあのボートこいでいい!?」
「いいんじゃないか」
「それならついでに僕も同乗させてよ。釣りっての一回やってみたかったんだよね〜」とどろぼーがお願いする。
「もちろん!」
 タクトは満面の笑顔でうなずいた。
「サイレンくんは?」
「管理小屋のコロコロゲームを全制覇する」
 彼はその緑の瞳に、並々ならぬ闘志を燃やしていた。
 散らかったビンや皿、コップを片づけた後、三人は各々の目的を果たす為に散っていった。
 ウォードとバッタはライトをござの上に横たえ、毛布を掛けてやる。
 すうすうと静かに眠る彼を見つめながら、
「あのさ、バッタくん的にはどのビンの中身が好きだった?」
「そうだな——こいつのとこの極上スープが、一番口にあったかもしれん」
「ははは」
 ウォードは楽しげに肩を揺らした。
 寝返りを打ったライトが、むにゃむにゃと寝言を呟く。
「……ごちそうさまぁ」
 花びらのカーテンの中、穏やかな笑いが弾けた。

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