バッタの背比べ

 古びた勇者の服をまとった青年——ライト。「黄昏」もしくは「光」の称号をもつが、その割に黄昏れている要素がどこにもないと評判の彼は、目下のところ重大な用件を抱えていた。
 というわけで、彼はとある人物の荷物の上に、一通の手紙を置いた。
 翌朝。当然のように寝坊したウォードは、眠気まなこで部屋の中に不思議なものを見つけた。
「手紙……かな?」
 サイレンはそんな彼から相談を受け、手紙の表書きを読んで思いっきり眉をしかめた。
「これ、果たし状じゃないですか。ウォードさん何かしたんですか?」
「さ、さあ……。それより内容、教えてくれないかな」
 彼らは共通の言語によって会話する一方で、文字についてはそれぞれ全く違うものを使っていた。そこでウォードは、一通りの文字を脳内図書館におさめたサイレンを頼りに来たのだ。
(文字が読めないことくらい分かってるはずなのに、果たし状を書いた奴も間抜けなもんだな)とサイレンは思った。
 ところで、肝心の内容はというと、「本日昼二時、トアル牧場にて待つ」というものだった。
「二時かあ。おやつはいつ食べようかな」
 果たし状を突きつけられたというのに、ウォードはのんきなものだ。
「というか、この文字と筆致からして、犯人は明らかにアイツっすよね」
「え!? サイレンには分かったのか」
 身を乗り出すウォードに、彼は苦笑いした。
「……たぶん、ものすっごく意外な人物っすよ。モノスゴク」
 片言であった。



 予定時刻の十分前、ウォードは牧場の門をくぐる。
 ヤギ達と戯れながら待っていると、笛の短いメロディとともに、一頭の馬がやってきた。
「よく来たな。怖じ気づいたかと思ったぞ」
 馬上には、奇妙な面を着けた男がいた。
「……ライトだよな? ホークアイなんて被ってどうしたの」
「何ィ! どうしてばれたんだ。やっぱり、タクトのところの勇者のお守りの方が良かったか……」
 そういう問題ではないが、残念ながら誰も指摘してくれなかった。相手がとぼけた性格のウォードでは、どだい無理な話だ。
「それで、何の用? 一緒におやつでも行く?」
 馬からひらりと降り立ち、ライトはウォードの鼻先に指を突きつけた。
「あのなあ、その手紙に『果たし状』って書いてあるだろ。今回こそ、決着をつけるんだよっ!」
 ウォードは首を傾げた。「決着って……何の?」
「俺とあんたと、どっちがより『勇者』としてふさわしいのか決めるんだ」
「どっちも勇者だよ」
「だーかーらー! 陸と空とどっちが優れているのか! 今、ここで決めるんだよっ」
 高らかに宣言すると、彼はぽかんとしているウォードから視線を外し、空を見る。
「ここでもロフトバードを呼べるよな?」
「うん」
「お互いの相棒を交換するんだ。俺は鳥に乗るから、あんたはエポナに乗ってくれ」
「あっもしかして、エポナに乗らせてくれるのか! やったーっ」
 ウォードはそもそも主旨を理解していないらしく、大喜びだった。
「せっかくならさ、僕あれ吹きたいな。馬笛!」
「ダメだ。エポナはもうここにいるし、笛はイリアからもらったやつだし、同じ笛に口つけるのばっちいし」
「え〜っ。そんなあ……」
 がっくりと膝をつくウォードに、ライトはわずかな優越感を覚える。
「あーはいはい、笛はまた今度な」
 真剣勝負に臨むはずが、調子を狂わされて思わず優しい言葉をかけてしまった。いかんいかん、と首を振る。
「いいからロフトバードを呼んでくれよ」
「わかった」
 ウォードは青空を見上げ、ピィー、と口笛を吹いた。澄んだ音がラトアーヌの山々に反響する。
 程なくして、ばさばさと紅い翼を広げてロフトバードがやってきた。地上に降りた鳥の背をなでながら、ライトに訊ねる。
「乗り方は分かる?」
「ふ。こんなの楽勝だって!」
「じゃあ馬の乗り方を教えて。ここに足をかけるんだよね?」
「そうそう、手はここに置いてひょいっと……」
 エポナも主人の友だちだと理解してるのか、ウォードが触ってもおとなしいものだ。
 ウォードは持ち前の運動神経を発揮し、ものの数十分で馬術をマスターした。軽く走るくらいならライトの先導も必要ないくらいだ。
「どうどう。エポナは可愛いな。ライト、このまま平原にでも行く?」
 ライトはロフトバードの羽におそるおそる触れながら、ぼそりと呟いた。
「……鳥の乗り方を教えてください」



「う……おおおっ! 気持ちいい!」
「そうでしょー!?」
 馬に乗って全速力でハイラル平原を駆けるウォードは、体全体で振動を感じていた。空から見る時よりもずっと近くにある大地が、ものすごいスピードで後ろに流れていく。
 一方、風を切るロフトバードは飛翔感がたまらない。
「このままハイラル一周できそうだねー!」
「それは無理だろー! エポナがかわいそうだっ」
 二人はハイテンションで駆け抜けていく。ライトに至っては、すっかり果たし状の事など忘れてしまっていた。
 不意に、平原の向こうにぽつりと影が出現した。それはみるみるうちに大きくふくれあがり——やがて魔物の大群が現れた。馬上のウォードは軽く身構える。
「あれは?」
「ブルブリンだ、平原の奴らはたいていブルボーに二人乗りしてる。でも俺は親玉と面識あるから、たぶん手出しは——」
 途端に、火矢がライトの頬をかすめた。「うわっ」とのけぞる。
 ウォードは苦笑した。
「末端に教育が行き届かないのは、仕方ないよね」
「むう。おまけにカーゴロックまでいやがる。城や村に来てもやっかいだしな、退治するか」
「……いいのか?」
 ライトはロフトバードの姿勢制御に苦労しながらも、真面目な顔で頷いた。
「いい。キングも文句は言わないさ」
 二人はさっと散開した。地上の敵をウォードが、空の敵をライトが担当する——が。
「うわわっ」
 ライトは剣を抜こうとして、大きく体勢を崩した。羽に当たってしまいそうで、剣を振り回すことはおろか矢を射ることすらできない。疾風のブーメランで攪乱させるのが精一杯だ。
 その窮状を見かねたウォードが、愛鳥に視線を送った。
「ライトくん、スピンアタックさせるからしっかりつかまってて!」
「へ、な、何ですか」
「いっけえ!」
 ウォードの左手の合図とともに、ロフトバードは急に羽を畳んだ。「!?」そのまま鳥は回転しながら敵につっこむ。ライトは突然襲ってきた暴風にもみくちゃにされ、悲鳴も出ない。
「〜っ!」
 空が上になったり下になったりした——ということだけは分かった。
 カーゴロックを一掃したロフトバードは、二回ほど羽ばたいてから地上に降りた。ちょうどその頃、地上の魔物を自慢の剣術で潰走させたウォードが、近くに寄ってくる。
「はあー。なんとか片づいたね」
 ライトはよろけながら鳥から降りて、ウォードに詰め寄った。
「な、なんなんだよ、さっきのは……!」
「あれはね、騎士学校の上級生にしか許可されてない技」
「……俺、初心者だって知ってるよな?」
 ウォードは後輩のじと目など意にも介さず、にっこりした。
「でもロフトバードは上級者だから。それにライトなら、きっと大丈夫だと思ったよ」
 ライトは文句を言う気も失せてしまった。近くに草原を見つけて、ぐったりと大の字に寝転ぶ。
「なんつーか……やっぱりエポナの方がいいなあ」
 その正直すぎる感想を、ウォードは馬の首を優しく叩きながら、笑って受け止めた。
「僕も。ロフトバードに乗ってる方が落ち着くよ」
 ライトのはるか頭上で、ロフトバードが気持ちよさそうに空を飛んでいた。
「そういえばさ、なんであの鳥に名前つけないんだ?」
「え……ああ。ロフトバードは僕の守護鳥だけど、厳密には僕のものじゃないんだ。女神様からの授かりものだから」
「ふうん」
 そういった思想や決まり事をいまいち理解できないライトは、生返事をした。
「ねえライト。ここでのんびりするのもいいけど……お腹空かない?」
 ウォードは照れくさそうに腹部をなでた。ライトががばっと上半身を起こす。
「ホテルオルデ・インの期間限定シフォンケーキ、食べたい!」
 男二人で甘味を食べに行くのは気が引けるけど、背に腹は代えられない。
 二人は集まった目的も忘れて、それぞれの愛鳥と愛馬に乗り、一路カカリコ村へと向かったのだった。



 その翌日、ウォードとライトはテーブルを挟んで向かい合い、トランプで神経衰弱に興じていた。そこに、サイレンが通りかかる。
「おー、果たし状の二人。それで、どっちが勝ったんだよ」
 二人は顔を見合わせて、にしし、と笑った。
「ああ。馬は最高!」
「鳥だって負けてないよ!」
 実力の競い合いが、どうやら己の相棒の優劣にまで発展したらしい。
「……ふうん」
 興味なさげにサイレンが鼻を鳴らした。
 二人はカードをめくりながら、火花を散らす。
「だが今日は頭脳の勝負だ! この神経衰弱、俺が勝たせてもらう」
「騎士学校の名誉を守るためにも、僕は負けない!」
(本当に仲いいよなー、あの二人)
 軽く肩をすくめてから、サイレンは歩いて行った。

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