素敵なひとりぼっち

プロローグ

『お父さんとお母さんへ——ミントより』
 こうやって手紙を書くのも久しぶりね。二人とも、そっちで仲良くやってる? おばあちゃんもわたしも、とっても元気にしています。
 雑貨屋の方は、最近ちょっと売り上げが伸び悩んでるの。季節の商品が少ないからかな。きっとショウバイをするからには、そういうこともしっかり考えないといけないんだよね。今度、友だちのメモリに相談してみよう。
 毎日毎日、搬入と品出しと店番。ちょっぴり退屈だけど、変化がないのも幸せなことよ。
 ……でもね。本当は寂しい。二人に会いたい。どうしてわたしだけ、置いて行かれちゃったのかな。
 いつもは考えないようにしてるの。でも、こうやって手紙を書いてると、ふっと思い出しちゃう。もう、二人がわたしのそばにいないこと……。
 おばあちゃんは、二人はわたしの中で生きてるんだって言ってた。思い出が胸に残っていたら、そこに二人がいるんだって。わたしはそれを信じる。絶対に、忘れないようにする。そうしたら、二人ともわたしのそばにいてくれるんだよね?
 わたしたちはみんな、ひとりじゃないんだよね。



「ミントってば、また手紙書いてるの?」
 紙の上にふっと影が落ちた。首を動かさずとも、声だけで分かる。親友のメモリ=ノードが、文面をのぞき込んでいた。
「もう、メモリ……人が悪いよ」
 クラヴァットの少女ミントは顔を赤らめながら、書きかけの手紙を手のひらで隠した。メモリは意地悪そうに笑った。一つ年上のリルティの女の子は、今日もお気に入りの帽子をかぶっている。
 マール峠はいつも通り、ぽかぽか陽気だった。からりとした風が吹き抜けて、ミントの黒いショートヘアが揺れた。
「だってミネを汲みに来たら、そこでミントが堂々と手紙書いてるんだもーん」
 メモリはちっとも悪びれない。
 特産の鉱泉ミネ——マール峠出身者は、これを飲まないと一日が始まらない。だから、村の真ん中にある井戸の前に行けば、いつでも誰かに会える。ミントも毎朝の習慣として、この井戸でミネを汲んでいた。そのついでに、鉢合わせたメモリとおしゃべりをしたり、今日みたいに手紙を書いたりすることも、頻繁にあった。
 メモリは無造作に封筒を取ると、宛名を確認し、少し目を細めた。
「お父さんとお母さんへ、かあ……」
「届くわけ、ないんだけどね。それでも書いちゃうんだ」
 ミントはそっと微笑んだ。流行り病で両親を失ってから、もうずいぶん長い間、彼女は祖母と二人きりで暮らしている。
 メモリは唇を強く噛むと、ミントの腕の中に飛び込んだ。
「ミントにはアタシがついてるでしょ。雑貨屋の方も、できるだけ手伝うから!」
「……ありがとう」
 ミントは頬をほころばせ、封をする前の手紙を近くに置いた。
「ところでメモリ、何かわたしに用があるんでしょ」
「そうそう。ミントってば聞いた? 北のティダの村に出る、オバケの話!」
「えーっ、オバケ? まさかあ」
 マール峠の乾いた土に、おしゃべりの花が咲く。二人はそれから長々と井戸の前を陣取っていた。
「——ねえ、ミント。そろそろおばあちゃんも待ちくたびれてるんじゃない?」
 というメモリの指摘に、はっとした。
「やっちゃった!」慌てて立ち上がり、ミネの詰まったタルを持つ。「ごめん、またすぐ戻るねっ」
 家にミネを届けてから井戸端に帰ってくると、メモリはキョロキョロあたりを見回し、首をかしげていた。
「ミント、あの手紙は……?」
「え」
 確かにそのあたりに置いておいたはずなのに、忽然と消えていた。二人一緒に探してみても、結局見つからなかった。ミントはほう、とため息をつく。
「風に吹かれて飛んじゃったのかな」
「もしくは、お空の上の二人に届いたのかもよ?」
 メモリは楽しそうに言う。
「まさかあ……」
 青空へと視線を投げ、ミントは寂しそうに笑った。

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