素敵なひとりぼっち

エピローグ

『お父さんとお母さんへ——ミントより』
 そちらではお元気にしていますか。わたしはまあ、ぼちぼちです。
 二人に書く手紙もなんだか久々ね。……あ、忘れてたわけじゃないわよ? いろいろあったから、遅れちゃっただけ。
 二人には報告したかな。あなたたち、おじいちゃんとおばあちゃんになったのよ。それでキャロおばあちゃんは、ひいおばあちゃん。どう、想像できる?
 こんなわたしにも息子と娘がいて、大切な人がいたの。今は娘の旦那さんもやってきて、仲良く一緒に暮らしてるわ。
 ずーっと生きていれば、寂しい時も寂しくない時もある。当たり前のことよね。でもみんながいなくなってから、やっと分かったわ。
 死にたいほど辛いって思ったりもしたけど、その時だってひとりきりじゃなかった。そう、夜空に輝く月のような人がいなくなっても、気づけば星が瞬いていた。みんながわたしの足元を照らしていたの。
 そういうわけだから、わたしはまだまだそっちには行きません。このティパの村で、友だちと一緒に、のんびり生きていきます。



「最近、ミントは元気そのものですよね」
 ずずっとお茶をすすりながらリーゼロッテが言った。
 のどかなティパ村の昼下がり。それぞれの仕事を切り上げた大人たちは、農家の居間に集まって四方山話に花を咲かせていた。
 ミントはこてんと首をかしげる。
「わたしが元気? そうかなー」
 リーはふっと肩の力を抜いた。
「息子さんの声が、戻ったからでは?」
「ああ、それはあるわね。ハルトってば、家族に迷惑ばっかりかけてたからね。やっと心配事がなくなって……ほっとしてるのかも」
 ミントは意地悪く笑う。まるでメモリの癖がうつったかのように。
 部屋にはふんわりと独特の香りが漂っていた。この茶葉は、息子が遠くの土地から送ってきたものだ。最初は抵抗があったけど、慣れるとなかなかおいしかった。
「それにしても。まさか、ジ・ルヴェとリズさんが親戚同士になるなんて、思いもしなかったわ」
 とっておきの指摘をすると、二人は同時に嘆息した。
「それは俺たちだって、意外もいいところだったぞ……」
「本当ですよ。あれは青天の霹靂でした」
 そこでジ・ルヴェは眉を吊り上げ、幼なじみのユークをねめつける。
「お前んとこのユリシーズが、うちのペネ・ロペをたぶらかすからだ!」
「私も息子に関してはいろいろ言いたいことがありますが……それはもう、やめておきましょう」
 リーゼロッテは諦め気味のようである。
「まあまあ、いいじゃないの。あの二人、昔から仲が良かったし。きっとあるべきところに落ち着いたのよー」
 脳天気なヴィ・レの発言を受けて、ミントは慇懃無礼に頭を下げた。
「両家のますますのご繁栄を、心よりお祈りしています」
「〜っ!」
 二人は反論の言葉が見つからず、黙り込んだ。
 しばらくミントはにやにやしていたが、ふと遠くに視線を飛ばした。
「……そういえば。ハルトが言ってたの。あの子、エンジュさんに会ったんだって」
 ジ・ルヴェは目を白黒させた。
「エンジュに会った? 一体どこで」
「クリスタルの向こう側にある『思い出の海』っていう場所だって。そこは、死んだ人の思い出が最後に行き着く場所らしいわ。普通の思い出は全部海に溶けちゃうんだけど、わたしたちがエンジュさんのことをずっと覚え続けてるから、あの人はまだそこに存在してるってわけ」
「へ、へえ……?」
 リーゼロッテは曖昧に相づちを打った。あまりに突飛な話で、頭に入ってこない。
 しかし——この世には、「瘴気を生み出す根源」に加えて「思い出の管理人」、さらには「悲しい思い出を好んで喰らう怪物」などという、想像を絶する存在がいたと聞く。ならば、「思い出の海」なんてものがどこかにあっても、おかしくないのかもしれない。きっと、ミントもそうやって自分を納得させたのだろう。
 三人分の目線が、彼女に集中した。ミントはにっこり微笑んだ。
「そう、エンジュさんはわたしたちのことを待ってるのよ。でもすぐに行くのは、面白くない。どうせなら、思いっきり待たせてやりたいわ。こっちは今まで散々待ったんだもの、ちょっとくらい……いいわよね?」
 茶目っ気たっぷりに目配せすると、三人はそれぞれに苦笑を返した。
 ミントはこぶしを天に突き上げた。
「しわくちゃのおばあちゃんになるまで、絶対に行ってやらないんだから!」
 彼女の頭の中は、楽しい考えでいっぱいだった。
 天寿を全うして再びエンジュと相まみえたら、たくさん文句を言ってやろう。あなたがいなくてとっても寂しかったこと、ひとりで子育てするのはすごく大変だったこと……他にもたくさんの不平不満を、思う存分ぶつけてやるのだ。
 ああ、でも、一番最初の言葉はもう決まっている。
 わたしたちはみんな、ひとりじゃないんだよね。

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