砂に刻む帰途



 弾き飛ばした黒剣が地面に突き刺さる。一瞬遅れて、わっと歓声が上がった。
「武闘大会を制したのは剛剣の騎士——オルベリク・アイゼンバーグだ!」
 司会の声が会場に響く。オルベリクは剣をおさめた。割れるような喝采の中で黒騎士と呼ばれた男が歩み寄り、満足気に手を差し出した。
 ——ヴィクターホロウの闘技場で小手越しに感じた充実は、まだ手のひらに残っていた。
「お疲れさま、オルベリク」
 用事を終えて宿に戻ると、相部屋の学者に迎えられた。
「見事な試合だったよ。トレサ君など大はしゃぎだった。念のためこちらでも対戦相手に探りを入れていたが……あなたには必要なかったようだね」
 サイラスはいつもどおり朗らかに笑い、オルベリクに称賛を浴びせる。
「それで、黒騎士殿との会談はどうだった?」
「……エアハルトはサンランド地方のウェルスプリングにいるらしい」
 武闘大会での勝利と引き換えに、黒騎士グスタフから尋ね人の行方を教えてもらう約束だった。オルベリクが簡潔に述べると、サイラスはあごを手でつまむ。
「ウェルスプリングか。すまないが、向かうのはしばらく後になりそうだ」
 頭に地図を思い描き、仲間たちの目的地とすばやく照らし合わせたのだろう。一行の旅程を定める役割はいつしか彼が担うようになっていた。必要に応じてオルベリクやハンイットも相談を受けるが、八人分の調整は基本的に彼の処理能力頼みだ。
「構わん。急ぐ用事ではない」
 グスタフの発言からして、エアハルトは町から町へと移動しているわけではないのだろう。何故ウェルスプリングにとどまっているかは不明だが。
「それで、あの試合で『何か』は見つかったのかな?」
 サイラスは人の悪い笑みを浮かべた。どうやらオルベリクの抱えた迷いを察しているらしい。こちらがはっきり言わずとも何か感じ取ったのか、それともお得意の探りを入れたのか。
「……まだ、分からん」
「そうか。それでも勝てるのだから大したものだよ」
「ただの偶然だ」
 実際、大会で剣を交えた相手は誰も彼も強かった。たまたま相性や運がこちらに味方しただけだ。
 サイラスは少し考えてから、唇に人さし指をあてた。
「……オルベリク、本当はもう分かっているのでは?」
 あなたが剣を振るう意味を、何に求めているのか。
 吸い込まれそうな青いまなざしがひたと注がれる。
 なるほどこうして人をたらしこむのか、とオルベリクは感心してしまった。本人には一切その気がないのがまた困ったところだ。
「さあな」
 肩をすくめて誤魔化した。
 サイラスは未だにホルンブルグについて踏み込んだ質問をしない。おそらく然るべき時を待っているのだろう。彼はいつも一歩引いた位置から、こちらをじっと観察している。
「だが、エアハルト氏と会ってどうするか、そろそろ考えておいた方がいいだろう。まだ結論は出なくとも、ね」
「そうだな……そのとおりだ」
 オルベリクは場合によってはエアハルトを斬るつもりだ。しかしグスタフから話を聞いて、その決意は揺らいでいる。とにかく本人に会って真相を確かめなければならない。
 来たるべきその瞬間、選ぶ道を間違えないように、今は悩み続けよう。抱えた迷いは、いつしかオルベリクが前に進むために必要なものへと変わりつつあった。



 扉を開けると、砂まじりの風が室内に吹き込んだ。
 一間しかないその家は壁際にぽつんとベッドが置かれ、残りはほとんど倉庫と化している。およそ人の住んでいる気配がしなかった。
「コブルストンのあなたの家みたいね」
 隣のプリムロゼが目を細めて感想を述べる。オルベリクは渋面をつくった。
「お前はあの家に来たことがあったか?」
「あるわよ、一度だけ。家具が全然ないところなんかそっくりね。サンシェイドで私が住んでいた部屋の方がまだ生活感があったわ」
 そこまでだろうか……とオルベリクは考え込んでしまった。
 心のどこかで「コブルストンは一時の腰かけだ」と思っていたのかもしれない。それは、もしかすると「彼」も同じなのか。
 オルベリクはかぶりを振った。家主との共通点をどうしても飲み込めなかった。
「まだ見つからないのか?」
 開け放した戸口からテリオンが声をかける。彼は外で魔物の警戒にあたっていた。
「せっかちね。すぐ探すわよ」
 二人は手分けして机の引き出しや棚を漁る。目当てのものはすぐに見つかった。プリムロゼが埃を払ってばさりと広げたのは、周辺の地形が描かれた地図だ。
「エアハルトさん、これを持たずに巣窟に行ったの?」
「よほど急いでいたのだろう」
「そうね。まあ、急いでいるのは彼だけじゃないけど」
 地図を畳んだプリムロゼは、たっぷり意味を含ませたエメラルドの瞳をオルベリクに向ける。こちらの焦りはお見通しらしい。
「さっさと行くぞ」
 幸いにもテリオンがいいタイミングで遮った。プリムロゼがサンダルで砂を蹴り、オルベリクは最後尾に続いた。
 ここ西ウェルスプリング砂道にいるリザードマンの大部分は、町の守備隊が引きつけている。魔物の巣窟に向かう三人の周囲は静かだった。
 ——数時間前、彼らとオフィーリア、ハンイットら五人はウェルスプリングの町の近くに来ていた。オルベリクの尋ね人であるエアハルトと、テリオンの探しものである緑竜石を見つけるためだ。
 蜃気楼の向こうにオアシスが見えた頃、十数人からなる商隊がリザードマンに襲われている場面に出くわした。素通りするわけにもいかず、五人は魔物の撃退に力を貸した。
「ありがとう、助かったよ。最近町の近くで魔物の被害が増えてるみたいでさ……守備隊は何をやってるんだか」
 商隊が礼もそこそこに愚痴をこぼしはじめた時、数人の衛兵が町の方角から駆けてきた。
「あなた方が商隊を守ってくださったのですね。感謝します。我々だけでは手が足りなかったのです」
 ウェルスプリング守備隊と名乗った衛兵は丁重に頭を下げた。ともに町に向かう道すがら、状況の説明を受ける。
 ウェルスプリングは砂漠における交通の要衝である。サンランド地方の玄関口であるサンシェイドと、首都マルサリムのちょうど中間に位置するオアシスの町だ。地理的な重要度が高いため、守備隊が常駐していた。
 衛兵たちは以前から魔物と小競り合いを続けていた。ここしばらくは特にリザードマンの動きが活発らしい。専門家のハンイットは熱心に話を聞いていた。
 衛兵の一人がぽつりと言う。
「これでエアハルト殿がいなかったら、今頃町はどうなっていたことか……」
「エアハルト!?」
 血相を変えたオルベリクに問い詰められ、衛兵はのけぞりながら「傭兵として守備隊を手伝われています。うちの隊長が連れてきたので、くわしくはそちらに聞いてください」と答えた。
 町に到着して宿に荷物を置き、オルベリクたちはさっそく守備隊の詰め所に向かった。別の目的を持つテリオンもそれに同行した。彼は「守備隊が竜石の情報を持っているかもしれない」と言っていたが、これは単にオルベリクを手助けするつもりだと解釈していいだろう。
 詰め所ではベイルという名の隊長が応対した。彼は、オルベリクが亡国ホルンブルグで名を馳せた剛剣の騎士であることを知っており、エアハルトに関する事情を惜しまず語った。
 ある時、金の髪をした剣士が町を訪れた。彼はオルベリクたちと同じように商隊を魔物から救い、護衛として町まで送り届けた。彼がエアハルトと名乗ったので「かの烈剣の騎士か」と問うと、果たして本人であった。今はただの旅人だという彼にベイルが協力を要請し、町に居着いてもらった。
「この町の住民はみな、彼に感謝しているのだ」
 ベイルの言葉の端々にエアハルトに対する信頼があらわれていた。それだけにオルベリクの胸中は複雑だった。
 エアハルトは国を裏切り王を討った逆臣である。双璧の騎士の名を記憶する者は多くとも、その後ろ暗い事実を知る者はほとんどいない。だから住民たちはすんなり受け入れたのだろう。
 詰め所にエアハルトの姿はなかった。行方を尋ねようとオルベリクが口を開いた時、見張りの衛兵が駆け込んできた。
「たっ大変です、リザードマンの群れが……!」
 西の砂漠に今までとは比べ物にならない数の魔物が集結している、と彼は報告した。「そのまま町を襲うかもしれません」
「エアハルト殿はどうした!?」
 顔色を変えたベイルが問いただす。
「あの方は最初にリザードマンの群れを見つけ、我々に第一報を届けてから、『群れの長を討つ』と言って一人で魔物の巣窟に行ってしまわれました」
 オルベリクは思わず「魔物と戦うなら、俺たちも協力させてくれないか」と申し出た。無論、エアハルトを追うためだ。ベイルはこれを快諾した。
 彼らは守備隊とともに砂漠に防衛線を築き、リザードマンの群れを迎え撃った。さらにオルベリク、プリムロゼ、テリオンの三人は包囲網を突破し、エアハルトの加勢に向かった。一方町に残ったハンイットとオフィーリアは守備を固める役割を担う。
 エアハルトは、西ウェルスプリング砂道に設けた簡素な監視所を寝床にして、一人で魔物を調査していたらしい。監視所には彼の調査の成果があるはずだと隊長は言った。そのため、三人はまず監視所を訪れて地図を入手した。
 じりじりと太陽に焼かれながら、地図に記された場所を目指す。やがて砂に埋れた建造物が見えた。リザードマンはあの遺跡を根城にしているらしい。
 不意に、前をゆくテリオンが振り返った。乾いた緑の視線をオルベリクにぶつける。
「あんたは烈剣の騎士と会って、どうするつもりなんだ」
 万事他人に干渉しない彼がこういう質問をするのは珍しかった。
「それは……分からん」
 正直に答えた。ヴィクターホロウからずっと悩み続けているが、未だに答えは出ない。プリムロゼが破顔する。
「その時にならないと分からないわよね。そんなものよ」
 テリオンは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
 年下の仲間たちから無言の気遣いを感じた。オルベリクの心境を案じているのだろう。ふっと肩が軽くなる。
(二人の前で、情けない顔は見せられないな)
 それは心地よい緊張感だった。



 遺跡に足を踏み入れた途端、すっと汗が引いていく。日射が遮られただけでなく、屋内はひんやりした空気に満たされていた。思ったより堅牢な建物である。
「ここがリザードマンの巣窟なのね?」
「ああ、間違いない」オルベリクは手元の地図と周囲の地形を確認する。見覚えのある筆跡に心を波立たせながら。
「リザードマンなんていないじゃない。……あら」
 テリオンがすたすた歩いていく先に、魔物の死体があった。身につけた防具ごと胴体が切り裂かれている。しゃがんで調べはじめた彼に、オルベリクが尋ねた。
「どうだ?」
「一撃でやられているな」
 守備隊が苦戦するだけあって、道中で戦ったリザードマンは生半可な強さではなかった。やはりエアハルトの剣技は衰えていない。最後に剣を交えた時はこちらが敗北したが、今はどうなるか——オルベリクは己の腕当てに目を落とした。
 あたりに敵影はなかった。再びテリオンを先頭にして慎重に進む。
「待て」
 壊れかけた階段に片足を置き、テリオンが制止をかけた。次の瞬間、濁った叫びが響く。リザードマンの咆哮だ。
 オルベリクが真っ先に飛び出したのは、やはり焦りがあったためだろう。
 遺跡の奥の大部屋に、巨大な影があった。今まで見た個体よりはるかに立派な体躯を持つリザードマンだ。斧と盾を装備し、仮面のようなものをかぶっている。あれが群れの長に違いない。
 長は二匹の手下を引き連れていた。彼らは知能が高く、群れをつくる上に武器や防具を扱うのだ、とハンイットが警告していた。
 リザードマンたちの眼前に、一人の男が立ちはだかる。長剣を構えた男は今にも踏み込もうとしていた。その直前、乱入者に気づいて振り返る。
「オルベリク……!? なぜお前がここに」
 エアハルトだった。豊かな金髪をたてがみのようになびかせ、驚愕の声を上げる。
 別れてから八年ほど経ったが、以前とほとんど変わらぬ風貌だった。しかも、オルベリクと同じように亡国の騎士装束をまとっている。
 オルベリクは隣に並んでリザードマンをにらんだ。
「話は後だ、エアハルト。まずはこいつを片付ける」
 魔物に目を合わせたまま宣言する。エアハルトは何か言いたげに唇を開いたが、
「……分かった、手下はお前に任せる。私は群れの長をやる!」
 二人はそれぞれの方向に飛び出した。オルベリクが二匹の手下を迎え撃ち、エアハルトは奥へと向かった。
 すぐにプリムロゼとテリオンが追いついてきた。オルベリクの両脇に出る。
「あっちはエアハルトさんに任せていいのね?」
 彼女はかかとを鳴らして踊りの体勢をとった。
「大丈夫だ。必要なら、こちらを片付けた後に加勢する」
 間髪入れず、一匹のリザードマンが棍棒を振り上げた。オルベリクが攻撃を受け止めた隙にすばやくテリオンが前に出て、魔物の脇腹を短剣で斬る。緑の肌から鮮血が吹いた。群れの長に比べて防具も少なく、攻撃は通りやすい。
 オルベリクは戦いながら、頭の片隅で思考を走らせていた。エアハルトと再会しても自分は予想以上に落ち着いている。むしろ剣を振るう度に迷いが晴れていく感覚がある。
 その理由は分かっていた。エアハルトの顔を見た瞬間、監視所でプリムロゼに指摘された共通点がすとんと腑に落ちた。すなわち、かつて双璧と呼ばれた騎士たちは似通った悩みを抱えてこの町に来た。そして同じように町を守るべく剣をとったのだ。
(だからこそ、俺はあいつと話さなければならない)
 まずは邪魔な敵を片付ける必要がある。プリムロゼの舞いの効果で軽くなった体を活かし、オルベリクは大きく踏み込んだ。
「横一文字斬り!」
 剣が水平に閃き、二体のリザードマンを同時に切り裂いた。魔物は倒れて動かなくなる。
 ほっと息をついてから、エアハルトの戦況を確認した。彼は短い気合とともに大きく飛び上がり、群れの長の心臓に烈剣を突き刺した。長の腕から力が抜けて、斧が地面に落ちる。
「本当に一人で倒しちゃった……」
 プリムロゼは目を丸くしていた。テリオンが静かに短剣をしまう。
 一方、エアハルトは抜き身の剣を握ったまま、凪いだ表情でオルベリクに向き直った。
「これでリザードマンたちは統制を失う。群れを蹴散らすのも楽になるはずだ」
 そこまで言って、声が途切れる。彼は途方に暮れたような顔をしていた。
 最後に会ったのはずいぶん前で、後味の悪い別れ方をした。それに、エアハルトは心の準備もなくいきなりオルベリクと顔を合わせることになった。気持ちの整理がつかないのだろう。
 エアハルトは少し視線を外した。
「オルベリク……ここへは、なぜ?」
「グスタフに聞いた」
 簡潔に答えると、エアハルトは目を見開いた。
「あいつに会ったのか」
「ああ、お前の事情もな。戦火で消えたグラナドの生き残りだと」
「……そうか」
 プリムロゼとテリオンが口を閉ざして見守る中、オルベリクは一歩前に出る。
「お前の口から詳しい話を聞かせてくれないか。俺はそれを知るためにここに来た」
 エアハルトは震える唇で「分かった」と言い、自らの半生をぽつぽつと語りはじめた。
 彼はホルンブルグの領内にあったグラナドという小さな町に生まれた。ある時グラナドは戦に巻き込まれ、王国の救援が間に合わず滅んでしまう。生き延びた者はエアハルトを含めてごく少数だった。
 故郷と行き場を失った彼はとある傭兵団に拾われた。そこで彼は信じられない噂を耳にした。王は戦略的価値の薄いグラナドをわざと切り捨てたのだ、という話だ。彼は胸にどす黒いもやが広がっていくように感じた。
 そんな過去に目をつけたのか、傭兵団の団長はエアハルトに「ホルンブルグを滅ぼす手引きをしないか」と依頼してきた。彼は一も二もなく引き受けた。
 ひとえに復讐のためだった。彼はどうしても王を許すことができず、くすぶる炎を抱えたままホルンブルグに潜入し、その類まれな剣の才を持って騎士となった。彼はいつしか「烈剣」の異名を取り、ホルンブルグを守る立場として腕を磨き続けた。
 長い間合戦場を渡り歩くうちに、またとないチャンスが巡ってきた。オルベリクが前線に出ており、王を守るのはエアハルトだけという状況だった。彼は迷わず王に剣を向けた。
「復讐に駆られた私を、王はまっすぐに受け止めた……」
 エアハルトは剣を握っていない方のこぶしを震わせる。
「陛下は心の強い方だった」
 オルベリクは思わずそうこぼしていた。
 国が滅んでからの八年間、何度も悪夢を見た。王の死体を目の当たりにしたあの日をそっくりそのまま再現した夢だ。オルベリクはそれを一生癒えない傷として受け入れてきた。
 だが、今の話を聞いて浮かんだのは、そんな後悔にまみれた記憶とは別のもの——騎士団とともに戦場を駆けた在りし日の王の姿だった。アルフレート王はいつでも最前線に立って指揮を執る、騎士にとっては得難い君主だった。
「あの御方は最後まで民を守ろうとした。そんなアルフレート王を、私は——」エアハルトは髪を振り乱す。「復讐を理由にして……殺してしまったのだ!」
 それは血を吐くような告白だった。
「復讐を果たせば解放されると思った。憎しみから、悲しみから、絶望から……。だが、結果は虚しいだけだった。達成感など微塵もない。それどころか思い出すのだ。騎士として生きたあの日々を……!」
 痛切な台詞が洞窟内にこだまする。プリムロゼもテリオンも、一言も発しない。オルベリクも言葉を返すことができない。
 きっと今、騎士たちは同じ光景を思い浮かべているのだろう。峻烈な山に囲まれた王都、凱旋の時に馬上から見た人々の笑顔——懐かしい記憶は次々と蘇る。
「……後悔したのか」
 オルベリクの問いに、エアハルトは力なく首肯を返す。乾いたほおがまるで泣き濡れているように見えた。その顔には、オルベリクがよく知る「迷い」が刻まれている。
 ホルンブルグが滅びた後、傭兵団は解散し、エアハルトは流浪の旅に出た。ウェルスプリングにたどり着いたのはそんな旅の途中だった。
(エアハルトは町を守ろうとした。コブルストンに腰を落ち着けた俺と同じように……)
 オルベリクにも守りたいものがある。もはや騎士ではなくなった今も、根底に抱えた思いは何ひとつ変わらなかった。それが迷いの果てに彼が見つけた答えだった。
 落ち着いて呼吸を整え、剣を鞘走らせる。
「抜け、エアハルト」
 呼びかけられた烈剣の騎士ははっとして体をこわばらせる。
「お前のすべてをこの剣で受け止め、斬り払ってやる」
 それは試合の挑戦だった。ホルンブルグから連綿と続く思いのたどりつく先、砂の流れ込む遺跡で剣士は吠えた。
「俺にはお前の後悔など理解できない。そしてお前を許すつもりもない。俺は……勝たなければならなかったんだ。勝って、守らなくてはならなかった。陛下も——お前も!
 だからこそ、今度こそ負けない。勝ってお前を受け止めてやる!」
 オルベリクはかつて双璧として肩を並べた男に剣を向けた。その意図を正しく理解したエアハルトは、肩を震わせ切れ切れに笑ってみせた。
「あの時の結果を忘れたか、とは言わない。剣に嘘はつけん。抜けば本気で振るう……いいな?」
「当然だ。俺もお前も剣でしか語れぬ人間だ」
 剣を交えることこそが騎士たちの会話だ。試合でしか伝わらぬものがあるとオルベリクは信じている。
 エアハルトは烈剣を正眼に、オルベリクは剛剣を水平に構える。
 一瞬ののち、二振りの剣が澄んだ音を立ててぶつかりあった。

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