砂に刻む帰途



 亡国ホルンブルグが誇った双璧の騎士の試合を、テリオンは離れた位置から見物していた。
 文字通り格が違う戦いだ。二人は遺跡を崩壊させかねない威力の攻撃を容赦なく打ち合う。テリオンは無防備に近くで観戦していた踊子を連れて、安全圏まで後退しなければならなかった。
 騎士たちはホルンブルグの最後の合戦で剣を交えたという。今回の試合はその再現か、やり直しか。二人がすべてをぶつけあう戦いを、見物人にふさわしくない者たちが眺めている。とはいえ、騎士たちの視界には互いの姿しか入っていないようだった。
 エアハルトはあのオルベリクをつばぜり合いで退けると、一旦距離を取った。すうと両目を細め、握った剣を垂直に立てる。力と意識が武器に集中した。大技が来るとテリオンが確信した瞬間、オルベリクが勝負に出た。
「雷剣将ブランドよ!」
 剣士の守護神の名を叫び、その場で剛剣を振り下ろす。対するエアハルトは烈剣を斬り上げた。地面を削る一撃が真正面からぶつかり合った。遺跡が揺れて天井から砂が落ち、二人の姿を覆い隠す。
 踊子がごくりとのどを動かした。
(勝負あったな)
 土埃が晴れると、汚れた青衣をまとったオルベリクが立っていた。一方エアハルトは地面に膝をついている。彼の防具は半壊していた。
「完全に、私の負けだな」
 剛剣の前に屈した元騎士は、しかし清々しい顔をしていた。
「不思議なものだ……いや、勝手なものか。全力を出してなお届かなかった。だというのになんの悔いもない。悪くない気分だ」
 彼は言葉通りに晴れ晴れとした笑みをこぼす。
「そうか」
 オルベリクは先ほどの苛烈さが嘘のように落ち着いていた。ただし、肩で息をしている。彼がこんなに疲弊している姿を初めて見た。
「ねえテリオン。オルベリクにブドウと、エアハルトさんにはオリーブを渡してあげて」
 踊子が肘でつついてきた。テリオンは眉をひそめる。
「果物くらいあんたも持ってるだろ」
「私はオフィーリアを呼んでくるわ。いいから渡しておいてね」
 踊子は足早に巣窟を出ていく。道中の魔物は一人で片付けるつもりなのか。群れの長を倒したから、よほどのことがない限り大丈夫だろうが。
「旦那、無事か」
 仕方なくテリオンは荷物を取り出し、オルベリクに声をかけた。
「ああ。互いに急所は外している」
 彼はブドウをほおばり、エアハルトに向かってオリーブを投げ渡した。
 烈剣の騎士は地面に座ったままキャッチし、「助かる」と言って口に入れた。普通、オリーブでの回復が必要な状態では気を失っていることがほとんどなのに、彼らの耐久力は一体どうなっているのだろう。
 テリオンは試合で破壊された壁を観察する。
「……あんた、こんなに強かったんだな」
 雷剣将の奥義が走った跡は地割れのようになっていた。ヴィクターホロウの闘技場でもオルベリクの強さは垣間見たが、まさかここまでとは思わなかった。
 おそらく普段と違って「相手を倒す」ことに集中したからこその威力だろう。そうしないとエアハルトに勝てないと判断したのだ。
「国を守れなかった力など不要と思っていた。だが、俺の剣にも意味はあったのだろう」
 オルベリクは満ち足りた様子でエアハルトと目を合わせた。烈剣の騎士も「そうだな」と応じる。
 二人の間には、言葉がなくとも通じ合うものがある。部外者のテリオンにもはっきりと伝わった。彼らは過去の因縁を見事に現在へとつなげたのだ。
 なんだか落ち着かない気分になる。オルベリクと違って、自分にはつなげたい過去などないはずなのに。
 居心地が悪くなり、入口に視線を投げる。ちょうど白い衣をまとった女性が走ってきた。
「オルベリクさん!」
 神官だ。次いで踊子と狩人、それに雪豹が駆けてくる。後ろにぞろぞろと続く男たちはウェルスプリングの守備隊か。どうやら町の危機は去ったらしい。
 テリオンは彼女たちを案内するため、遺跡の入口に向かった。



 リザードマンの長を倒したおかげで、ウェルスプリングの魔物被害は一時的に落ち着いたらしい。まだ完全に討伐できたわけではないが、区切りはついた。
「今晩、詰め所で宴を行おうと思う。是非みなさんを招待させてほしい」
 ベイルという守備隊長の提案を、オルベリクは二つ返事で了承した。
 彼とエアハルトは神官の治療により復帰し、当たり前のように宴に参加した。ほとほと呆れる体力だ。テリオンがどう鍛えても一生追いつけないだろう。ホルンブルグは恐ろしい国家だったのかもしれない。
 詰め所に併設された食堂は立食形式のパーティ会場になった。主役はもちろん双璧の騎士たちである。彼らのおかげでリザードマン退治に光明が見えたのだから当然だ。二人は会場の中心で衛兵たちに囲まれ、質問攻めにされていた。
「お二人とも、大人気ですね」神官がほほえみながらグラスを傾けた。
「そうね。もうあんなにエールを飲んでるけど、怪我は大丈夫なのかしら」踊子が首をかしげる。
「今日ばかりは飲みたい気分なのだろう。なにせ、八年ぶりに再会したのだから」狩人が何度もうなずいた。
 ガウ、と力なく啼いたのは雪豹だ。昼間の暑さを引きずっているのか、ぐったりと床に伏せている。
 テリオンは三人の女性とともに一つの卓を囲んでいた。正直いって非常に居づらい。女性陣のおもちゃにされる予感がひしひしとした。
 案の定、踊子が据わった目でにらんできた。
「テリオン。どうして水なんか飲んでるの?」
 指摘どおり彼のグラスは透明な液体で満たされていた。さすがに誤魔化しきれなかったか。
「仕事前だから酒は控えているのだろう」ハンイットが助け舟を出す。
「そんなこと言って。アーフェンがいないからでしょ」
「なんで薬屋が出てくるんだ」
「いつもお二人で楽しそうに飲んでいますよね」
 神官がころころ笑う。一体どういう認識をされているのだろう。薬屋の誘いを断るのが面倒で、仕方なく付き合っているだけなのに。
 テリオンは女性陣から顔を背けて水をあおる。
「酒の気分じゃないだけだ」
「ふうん……?」
 踊子は怖い目つきで前に回り込んできた。ほおがリンゴのように赤い。酒に強い彼女しては珍しく、もう酔ったらしい。今日に限ってやけに絡んでくるのはそのせいか。
 ハンイットは踊子のむき出しの肩にぽんと手を置いた。
「プリムロゼ、今日は少しお酒の量が多いぞ。何かあったのか?」
「さんざん砂漠を歩き回って、のどが渇いただけよ」
「だったら水でも飲むんだな」
 テリオンが嫌味を言ってやると、踊子は唇を突き出した。妙に子供っぽい仕草だ。
「ねえ、ここって舞台はないの? せっかく踊りたい気分なのに。気が利かないわねえ」
 ただの衛兵の詰め所に無茶な要求をするな。
「今踊ったら目を回してしまいますよ」
 神官も心配そうに言い聞かせた。
「プロだもの、平気よ」
 踊子は自信満々に答える。何をむきになっているのだろう。気分が荒れるような出来事でもあったのかと考えを巡らせ、ひとつ思いつく。
 もしや、オルベリクたちの「試合」を見たからか。影響を受けるとしたらそれしかない。あの光景は、テリオンの記憶にも鮮やかに焼きついていた。
(こいつも俺と同じことを思ったのか)
 自分は到底オルベリクのようにはなれない——そんな確信を抱いたに違いなかった。
 踊子はノーブルコートで二人目の仇を討った。しかしその直後に判明した最後の仇の正体が、よりにもよって知り合いだったらしい。踊子はつとめて顔に出さないようにしているが、密かに心がささくれだっていてもおかしくない。
 だからこそ、あの試合でオルベリクとの溝の深さを意識せざるを得なかった。見事に過去をつなげた瞬間を目の当たりにして、反対に自分の行く末が真っ暗な砂漠の夜のように思えてしまったのではないか。
 踊子をなだめる二人を置いて、テリオンはふらりと輪を外れた。これ以上酔っぱらいに絡まれるのはごめんだった。彼女が飲み過ぎた原因に思い当たれば、なおさらである。
 壁際に移動して食堂を見渡す。衛兵たちの隙間から、ボリュームの多い金髪がちらりと覗いた。が、その隣に見慣れた青衣はない。
「テリオン」
 オルベリクがやってきた。いつの間にか衛兵の輪を抜けていたらしい。彼は水を持つテリオンに目を丸くしたが、何も言わなかった。
「今日はすまなかったな、俺の用事に付き合わせて」
 ウェルスプリングに到着してからそのままリザードマン退治に駆り出されたため、竜石の話は宙に浮いたままだった。わざわざ謝りに来たらしい。相変わらず律儀な男だ。
「別にいい。情報は明日にでもあの隊長から聞き出す」
 守備隊なら町の噂に精通しているはずだ。むしろ今日の出来事があったおかげで話を通しやすくなったと言える。
「もう相方とは話さなくていいのか?」
 テリオンは衛兵に囲まれた烈剣の騎士をあごで示す。オルベリクはうなずいた。
「ああ。もう少し聞きたいことはあるが、それはまたの機会だな」
 ウェルスプリングにはこの先しばらく滞在する予定だ。テリオンの目的のためだけではない。現在別行動をとっている学者たちとは、ここで落ち合うことになっていた。学者、薬屋、商人の三人は、教え子をアトラスダムに送り届けてからこちらに向かって進路を取る。その到着を待つためそれなりの期間を町で過ごすことになるだろう。オルベリクが旧友と会話する時間もとれるはずだ。
「あいつと話せて、満足できたか」
 水を飲み干し、テリオンはふと尋ねた。オルベリクは酒気で赤みのさした顔を窓へ——暗闇の先にあるはずの東の山々へと向ける。
「満足か……いや、違うな。これで納得できたのだ。エアハルトが王を斬ったことも、俺が今の生き方を選んだこともだ」
 果たしてそれは「納得」で片付けられるのだろうか。テリオンが同じ立場なら、絶対にあのような行動はとれない。相手と剣で打ち合ったとしても、わだかまりが残るに違いない。
 オルベリクは静かに続ける。
「晴れ晴れしい気持ちはない。だが、俺の中の迷いは一つ消えた。剣を振るうためには必要なことだ」
 今までの彼が迷いを抱えていたとはとても思えなかった。何ごとか悩む姿は時折見かけたが、その剣さばきはいつだって冴え渡っていた。
 彼は真面目だから、いちいち剣を振るう意味を探してしまうのだろう。一方でテリオンの行動理由は単純だ。ただ生きるため、自分のために盗んできた。とはいえ、それはオルベリクの言葉を否定することにはつながらない。
「……俺はあんたみたいな生き方はできないが、理解はできる」
 立場も考え方も違うけれど、それだけは伝えたかった。オルベリクはふっと表情を緩める。
「それはこちらも同じだな。俺もお前のようには生きられん。だが、お前の生き方というものを理解はしている」
 この男に言われるとむず痒い気分になる。テリオンはグラスを近くのテーブルに置き、外套の下で腕を組んだ。
「あんたのような男と交わることはないと思っていたんだがな」
「それが旅というものかもしれんな。まあ、悪くない」
 盗賊と元騎士という到底釣り合わない二人が、それぞれの道を認め合っている。オルベリクの言うとおり、それは悪くない心地だった。
「明日からは、俺もお前の目的に協力しよう」オルベリクはそう請け負った。
「助かる。仕事は早く終わらせたい」
 テリオンは罪人の腕輪をさする。竜石は残り二つだ。この町で緑竜石を手に入れれば、もう旅の終わりは近い。
「テリオンは、すべての竜石を取り戻した後どうする気だ?」
 オルベリクも「その後」に思いを馳せたらしい。テリオンは目をそらした。
「別に。旅を続けるだけだ」
 もちろん一人旅である。一刻も早く罪人の腕輪を外して自由な身に戻る。それが、この仕事を引き受けた時からずっと変わらない望みだった。
 少々エールを飲みすぎたのか、オルベリクは珍しく饒舌になる。
「そうか。俺はこの旅が一段落したら、一度コブルストンに戻るつもりだ。だが、まだしばらくは一緒に行動させてもらう。いいか?」
「分かった」
 テリオンの許可など取る必要はないのだが、好きにさせておけばいいだろう。それに、旅の目的を達成するにあたって、彼の戦闘能力は大いに助けになる。
 だらだら続いた八人の旅も、終焉が見えてきた。皆、目的を果たせば随時抜けていくのだろう。こういう話題も出る頃合いだ。
 オルベリクはジョッキに口をつけ、部屋の中央へと視線を向けた。そこにはいつの間にか踊子がいて、衛兵の目を惹きつけながら踊りを披露している。
「プリムロゼは……どうするのだろうな」
 彼はエアハルトと踊子を順繰りに見る。実に分かりやすい心配だった。
 あの試合の前、烈剣の騎士は復讐を終えた後の心情を吐露していた。それを聞いた彼女がどう思ったのか、オルベリクは気にかけているのだろう。
 踊子の行く末について、テリオンは一つ予想を立てていた。
(あいつは多分、先のことなんて何も考えてない)
 復讐こそが長年彼女を支え続けた柱だった。何が何でもやるしかない、という気持ちに支配された状態では、たとえエアハルト本人に諌められても考えを改めないだろう。
「さあな。俺の知ったことじゃない」
 だが、オルベリクにそれを告げる気はなかった。過去から未来へ思いをつなぐことができた彼には、きっと理解できないから。
「そうは言ってもな……」
 彼は食い下がった。
「そんなに踊子が気になるのか?」
「い、いや、そういうわけではないのだが」
 何やら口の中でもごもご言っている。普段は冷静な彼が分かりやすく狼狽するものだから、踊子も面白がってからかうのだろう。
 オルベリクはごほん、と咳をして表情を改め、まっすぐテリオンを見つめた。
「プリムロゼのことはともかく……お前が一人で旅を続けるなら、いつでもコブルストンを訪ねてくれ。もし俺がいなくとも、村の者たちは歓迎するぞ」
 テリオンは数度目を瞬いた。思わず揺れそうになった表情を、マフラーの中に隠す。
「……考えておく」
 あの村にテリオンが立ち寄ることは二度とないだろう。そう思いつつも適当に答えておいた。
 オルベリクは、出会った時からこういうことをあっさり言い放つ男だった。テリオンの胸に、過ぎた日にハイランド地方で浴びた風が吹き込んだ。



 不名誉な枷をはめられ、ボルダーフォールから中つ海を西回りにノーブルコートへと向かう旅の途中。川沿いの村で薬屋を、砂漠で踊子を旅の連れに加えてから、テリオンはコブルストンという山間の村に立ち寄った。人口はせいぜい数十人、ろくな産業もないひなびた村だ。
 近頃このあたりには山賊が出没している、と宿で聞いた。そうと知っていればこんな村には来なかった。山道で踊子が足をくじき、薬屋が「どこかで休もうぜ」などと言い出さなければ、道しるべの看板も無視していただろう。
 一晩休んで踊子の捻挫は回復した。さっさと出発するため宿のフロントに部屋の鍵を返していると、外から剣戟の音が聞こえてきた。
「なんだあ?」
 薬屋が寝ぼけた顔で振り返る。
「ああ、きっと例の山賊だよ。自警団がいるから大丈夫だと思うけど……お客さんたちも気をつけなよ」宿の主がおっかなびっくり窓を覗く。
「おいおい大変じゃねえか。こうしちゃいられねえな」
 薬屋は腕まくりして外に出ていった。踊子も興味深そうに足を向ける。そうなるとテリオンだけ宿に残るわけにもいかず、しぶしぶ後に続いた。
 村の中まで攻め込むとはずいぶん大胆な山賊である。やはりああいう輩とは相容れないな、と思った。もっと静かに仕事ができないのだろうか。
 宿から少し離れた場所で、自警団らしき剣士が山賊と戦っていた。自警団の男は鍛え抜いた体を持ち、田舎剣士とは思えない堂々たる構えで武器を振るう。山賊はほとんど攻撃を受けきれていなかった。
(この男……俺よりずっと強い)
 一撃の重さ、速さ、技の精度——何もかもテリオンより上だ。それでも彼我の実力差が分かるだけ、一向に逃げようとしない山賊よりもましだろうか。
 剣士は他の村人とは違う空気をまとっていた。流れの傭兵といったところか。古傷の走る精悍な顔立ちは、年齢以上の経験を積んでいるように見える。万一テリオンが盗賊だとばれたら即座に切り捨てられそうだ。この村では「仕事」をしていないので、その心配はないのだが。
 間もなく剣士は山賊を下し、こちらを振り返る。
「無事か、旅の方々」
「ありがとよ旦那!」「あなた、とっても強いのね」
 連れの二人も感心しきりだった。薬屋が会話を続けようとした時、家々の向こうから悲鳴が上がる。すぐに剣士が駆けていった。薬屋たちが従い、仕方なしにテリオンも後を追った。
 道端に女性がへたり込んでいた。剣士が聞き出した話によると、彼女の息子が山賊にさらわれたらしい。
「なんだって……そいつらの居場所は?」
 薬屋は完全にやる気になっている。テリオンはここまでの道のりで彼の性格をほぼ完璧に把握していたので、次に何を言い出すか予想がついた。
「ここからほど近い洞窟だ」
 自警団の男が答えた。近頃の被害に対して調査を進めた結果、彼らは山賊の根城を発見した。今回の襲撃は、そこに攻め込もうとした矢先の出来事だという。
「バーグさん、行ってくださるのですか……?」
 母親が涙目になってつぶやく。剣士は村人にずいぶん慕われている様子だった。
「もちろんだ。フィリップは必ず助ける」
「なら俺たちも加勢するぜ、バーグさんよ!」
 薬屋が勢いよく胸を叩けば、踊子が艶然とほほえむ。
「山賊退治なんて面白そうじゃない。私も行くわ」
 まったく血の気の多いやつらだ。テリオンは内心ため息をついた。
(こいつらだけ行かせたとなると……さすがに外聞が悪いな)
 ひ弱そうな女を山賊退治に送り出し、自分は待っているだけなんて、村人にどう思われることか。実のところ踊子は三人の中で一番気が強いのだが、初対面の者には分からないだろう。
 テリオンの考えを見越したように、踊子が目配せする。
「もちろんテリオンも来るわよね」
「わかったわかった」
 テリオンは両の手のひらを下に向けて振った。
 話はまとまった。剣士は申し出を辞退しようとしたが、薬屋が押しきり、結局四人で山賊の根城に赴いた。
 洞窟を目指して山道を歩いていると、剣士が話しかけてきた。
「お前があの二人のまとめ役か」彼は前をゆく二人の背中を見比べながら問う。
「いや、違う」
 どうしてそう思ったのだろう。他と比べてテリオンが旅慣れた雰囲気だからか。
 すると剣士は不思議そうに眉を上げた。
「む……まあいい。とにかく後ろは頼んだ。俺が山賊に切り込む」
「ああ、任せた」
 剣士の実直な態度は、あのうるさい二人と比べて好感触だった。
 それでつい気が緩んだ。テリオンは探りを入れてみる。
「この村は妙に警備が厳しいようだが、何か特別守るものでもあるのか」
 村の規模に比べて自警団がしっかり組織されていることが気になった。村に思わぬ宝物でもあれば、少しは気分が上向くというものである。
 剣士は質問の意味をとりかねたように首をかしげた。
「人が住んでいるのだから、守るのは当たり前だろう?」
 一瞬間があいた。テリオンは息を呑む。
(本気でそう思っているのか……?)
 テリオンが今まで生きてきたのは、力を持つ者が他人を踏みつけにする世界だ。だから彼は搾取されないように戦いや盗みの腕を磨いてきた。
「人を守るのが当たり前」なんて台詞、普段なら鼻で笑うだけだ。それなのに、田舎剣士の何気ない返事はテリオンの胸を打った。剣士が確かな実力を持っていたから、余計に揺さぶられたのかもしれない。
 きっと自分の住む村だからそう言えるのだろう、己の居場所を守るのは当たり前だ——と思っていたら、剣士が再び口を開いた。
「山賊と戦う時、何かあれば俺を頼っていい。少なくともあの踊子は俺が守ろう」
 テリオンは完全に言葉を失った。
 こいつは出会ったばかりの他人でも守るのか? 後ろから刺される可能性は考慮しないのか。薬屋とはまた別方面で、理解できない男だった。
(まさかこいつ、俺のことも守るとか言い出すんじゃないだろうな……)
 その予想はある意味では外れた。剣士は言葉ではなく行動で示したのだ。
 それから剣士オルベリクにとっての「当たり前」を、テリオンは身をもって知っていくことになる。

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