トラベラー・クロスロード



 バーディアンが振り下ろした曲刀を、必死に剣で弾き返す。
 クリスは崖際に追い詰められていた。一歩でも後ずされば谷底へ真っ逆さまの状況だ。連戦に次ぐ連戦で魔物を屠り続け、これが最後の一匹だが、そろそろ体力も限界に近い。
 今朝ボルダーフォールを出発して街道を歩きはじめたばかりだった。彼にとっては生まれて初めての旅である。多少なりとも準備はしてきたはずだが、それでも全然足りなかった、とクリスは苦い気分で唇を噛む。
(このままじゃ負ける……!)
 負けたら死ぬしかない。町からそう遠くない場所で? 自分には大切な目的があるのに!
 肩で息をして魔物をにらむ。鳥人は不気味な笑みを浮かべて――クリスにはそう見えた――甲高い声とともに飛びかかってきた。
「うわっ!」
 腰をかがめて回避したが、無理な体勢で片足に負荷がかかった。足首がねじれてかっと熱くなる。
 いよいよ後がなくなった。空中で旋回したバーディアンは太陽を背に翼を広げる。なすすべなく剣を握りしめるクリスの顔に影が差した。一瞬後、再び風を切る音がして魔物が急降下した。ぎゅっとまぶたをつむる。
 痛みはなかった。
「……え?」
 おそるおそる目を開ければ、視界いっぱいに紫の外套が広がった。
 突如として現れたその青年は軽快に地を蹴り、あっという間に魔物の懐にもぐりこんだ。速い。手にした短剣を閃かせ、バーディアンが空中に逃げる前にその片翼を切り落とす。
 バランスを崩して落下する魔物の胸元に、彼はすかさず得物を突き刺した。断末魔が途切れ、地面に魔物の死体がどさりと落ちる。
 銀の髪を風に流す青年は、こちらに背を向けたまま武器をしまった。
「あ……ありがとうございます!」
 クリスは慌てて頭を下げた。その拍子に足の痛みが蘇り、顔がゆがむ。
 命の恩人はこちらを一顧だにせず、再び自分の道に戻ろうとした。クリスは声を張り上げる。
「ま、待ってください! 足をやられて動けないんです。申し訳ありませんが、ブドウを一つ分けてくれませんか?」
 恥を忍んで助けを求めると、青年の足がぴたりと止まった。
 そう、クリスは回復薬を持っていなかった。もちろん旅立ちの前に多少は準備していたが、すぐに使い果たしてしまったのだ。薬師だった父を持つというのに、何という体たらくだろう。
 祈るような気持ちで紫色の背中を見つめる。相手は動かない。
(やっぱり都合が良すぎたかな……)
 旅人同士は助け合うべきだ、などという幻想を抱いていたわけではない。それでも今のクリスはわらにもすがりたい気分だった。
「……俺を追い剥ぎとは思わないのか?」
 青年はこちらを向いて、ため息混じりにブドウを投げた。クリスは慌ててキャッチする。
「あ、確かにその可能性もありましたね」
 それでも結果的にブドウをもらえたのだから良しとしよう。一粒食べると甘酸っぱい味が口に広がった。
 やっと人心地ついて、荷物から包帯を取り出す。ブーツを脱ぎ、包帯を巻いて足元を固定すれば、痛みはだいぶ和らいだ。
「ふう……これでなんとか歩けそうです。危ないところを助かりました」
 クリスは改めて青年を観察する。無造作になびく銀の前髪からは片方の目だけが覗いていた。乾いた緑玉に浮かぶのは呆れだろうか。口元はマフラーで隠し、体のほとんどを外套で覆っている。その下には鍛えた肉体があるのだろう。戦闘時に抱いた印象よりもずっと小柄で、静かな人だ。
「別に。あんたが道の真ん中にいて邪魔だっただけだ」
 暗に「クリスを助けたのはついでだ」と主張しているのだろうが、言葉どおりに受け取ることはできなかった。そもそもクリスは街道から外れた場所で戦っていたのだ。
 青年がきびすを返しかけたので、慌てて腕を掴んだ。即座に振り払われたが、引き止めることには成功する。
「あの、お名前は? 僕はクリスと申します」
「名乗る必要があるのか」
「ないかもしれませんが、聞いておきたくて」
 必死に食い下がると、彼は肩をすくめた。
「断る。どうせ二度と会わないだろ」
 冷たい返事を残し、青年はボルダーフォールの方へ歩いて行った。今度はクリスも止めなかった。
 青年はほとんど足音を立てていなかった。なるほど、あのくらい気配を殺せば魔物とも遭遇しないのだろう。旅慣れた雰囲気の彼に尋ねたいことは山ほどあったが、行き先が逆方向なので諦めた。
 クリスははあ、と息を吐き、荷物から取り出した水筒に口をつける。
(全然効かなかったな、魔除け……)
 旅慣れておらず剣技もろくに身についていないクリスは、ひとつだけとっておきのアイテムを所持していた。彼がまだ幼い頃に失踪した父親が、唯一残したリボンだ。魔物との遭遇を回避する効果があると言われており、今回旅立つきっかけにもなった逸品である。そのためしっかりと荷物にくくりつけておいたのだが――
「あれ、ない」
 腰まわりを見下ろし、血の気が引いた。見慣れた群青色のリボンがどこにもない。今朝家を出た時は確かに結んでいたのに、鞄をひっくり返しても周囲を探しても見つからなかった。
 あのリボンは父親を探すための重要な手がかりだ。それをなくしたなんて、回復薬を忘れるどころの失態ではない。
 こみ上げる羞恥にじわじわと耳が熱くなる。クリスは逡巡した。
(どうしよう。町に戻れば見つかるかな……でも)
 とある事情により、彼はしばらくボルダーフォールから遠ざかるつもりだった。だが、この状況ではそうも言っていられない。自然にリボンが緩んだとは考えられないから、町で誰かに盗まれたのではないか。長く暮らした場所なので、あそこの治安の悪さはよく知っている。
(リボンがないと旅を続けられない。どうにかして見つけなくちゃ!)
 決意を固めたクリスは、先ほどの青年と同じ方角へ駆け出した。



 高い日差しに照らされた崖際の町は、今日も多くの人々でにぎわっている。数刻ぶりに戻ってきたボルダーフォール中層を、クリスは慎重な足取りで横切った。
(盗まれたとすると、やっぱりあの時かな)
 ――家を出発して町の入口に向かう間、クリスは今後の旅程を再確認すべく、地図を広げながら歩いていた。その時、前から来た二人組にぶつかってしまった。
「わっ」
 強い衝撃を受け、落としかけた地図を慌てて空中でつかまえる。
 ぶつかった相手はバンダナをした二人組だ。この町では見ない顔で、どうにも雰囲気が荒い。クリスが冷や汗をかいて口をつぐむと、二人組はじろりとにらみつけてきた。
「おいあんた、気をつけな」
「す、すみません」
 頭を下げ、面倒に巻き込まれる前にその場を離れようとする。が、相手の一人に肩を掴まれた。探るような視線が鞄に留まる。
「そんなところにリボンなんて巻いてるのかよ」
 クリスのごく一般的な旅装の中で、そのリボンはひときわ目立っていた。確かに男性の装身具としては珍しいものだろう。焦った彼はつい余計なことを口走る。
「ええ、魔除けのおまじないです。実は父親の形見……のようなものなんです」
「魔除けねえ。珍しいもんじゃねえか」「大事にしろよ」
 男たちは先ほどとは打って変わって、へらへらと笑いながら去っていった。クリスは胸をなでおろす。
 ――もしもあの時リボンに目をつけられて、こちらが気づかないうちに盗まれたのだとしたら。
 盗みと決めつける理由は他にもある。ボルダーフォールには例のお屋敷があるため、盗賊の流入が非常に多かった。屋敷は屋敷で守るべき宝物があるのだろうが、まったく地域住民にはいい迷惑である。
(とにかく、情報を集めるならあそこしかないな)
 クリスは目星をつけていた。十数年間この町で暮らした彼も、噂でしか聞いたことがない場所だ。身元を預かってくれていた父親の知人には「あのあたりには近づくな」と厳命されていたが、今回ばかりは仕方ない。
 彼は意を決して町の下層に向かった。緊張でこわばる体を無理やり動かし、崖の縁に設置された階段を降りる。高度が下がるほど空気が張り詰めていくのが分かった。
 到着した先は、張り出した崖の下にある日当たりの悪い地区――貧民街だった。身分の高い家に居候していたクリスにとっては非常に入りづらい場所である。
 まず目につくのは道端に座った子どもだ。ぼろぼろの服を着て生気のない顔でこちらを眺めている。クリスは精一杯目をそらし、マントを口元まで引き上げながら、早足で大陸共通の酒場の看板を探す。
 やっと見つけたその店に、逃げるように駆け込んだ。
「いらっしゃい」
 内部は狭苦しく、客席は丸テーブルが一つにカウンターだけである。まだ昼日中のせいか誰もいない。助かった、と思いながらクリスはカウンターの奥にいる店主に近寄った。
「すみません、このあたりで二人組の男を見ませんでしたか? 赤と緑のバンダナをしているんですけど」
 店主はじろりとこちらをねめつける。すくみあがったクリスは、ようやく「自分は客ですらないのだ」と気づいた。
「あ、ええと、注文を……」
「お客さん」
 店主に口を挟まれ、ぴしりと背筋を伸ばす。鋭い眼光が肌を刺した。
「あまりこのあたりには近寄らない方がいいよ。あなたのような人にはふさわしくない場所だ」
「はあ……」どうやら自分は忠告を受けているらしい。クリスは目を瞬いた。
「それと、そんな二人組は見てない。分かったらもう上に帰りな」
「は、はい」
 強い視線に促され、回れ右をした。酒場の外に出て一息つく。冷たい風がマントの中を吹き抜けて、ぶるりと全身が震えた。
 顔を上げれば、暗がりにいる貧民たちと目が合う。全方位から視線を感じた。慌てて中層に続く階段に引き返し、一気に駆け上がる。
(うう、結局手がかりはなしか……)
 ほうほうの体で中層に帰還すると、今度は眩しいくらいの日差しに網膜を焼かれる。「戻ってきた」という感慨がわいた。
「……なんでこんなところにいるんだ」
 静かに息を整えていると、いきなり背後から声をかけられた。その小さすぎる声はクリスの胸に安堵を呼び覚ます。
「あなたはさっきの……!」
 街道で魔物を撃退してくれた青年だ。やはりボルダーフォールに来ていたらしい。青年は片足に体重を預けながら腕組みする。催促するような視線に、クリスは「何故」と尋ねられたことを思い出した。
「えっと、町に忘れ物をしてしまったので、戻ってきたんです」
「ブドウくらい買っておけ」
「す、すみません。あ、さっきいただいた分を買い直しましょうか?」
「いらん」
 にべもない返事だった。確かに一つだけじゃお礼にはならないか、と思い直す。しかし感謝を押し付けても逆に怒られそうな雰囲気なので、世間話に切り替えた。
「実は、忘れ物はブドウだけじゃないんです。大事なリボンを盗まれまして」
 ぴくりと青年の眉が上がる。
「そんなもの、誰が盗むんだ?」
「あれは特別製で、魔除けの効果があるんです……多分。で、盗んだのは二人組の盗賊だと思います。
 それで手がかりを集めるために下層の酒場に行ってきたのですが、残念ながらはずれでした……」
 大きく嘆息すれば、青年は片目をすがめた。
「それを俺に言ってどうする気だ?」
「あ、いえ、あなたも気をつけてくださいね。この町は盗賊が多いので……」
「俺はお前みたいに抜けてない。余計な心配をするな」
 青年は薄く口の端を持ち上げ、マフラーを翻して去っていく。
「二度と会わない」と言った直後に再会したわけだ。きっと相手もそれを分かっていて、指摘される前に逃げたのだろう。それでもこちらの愚痴に耳を傾けるあたり、律儀な青年だった。
(今度会った時は絶対に名前を聞こう)
 そう心に決めたクリスは、違和感の残る足を酷使してしばらく中層を探し回った。しかし、例の二人組は見つからなかった。
 軽い疲労を感じたので、町人が集う広場に向かい、空いていたベンチに座る。ブーツを脱いで足の調子を確かめた。軽く触ってみたが問題はなさそうだ。
 一息ついているうちに、ベンチの前に誰かが立つ。
「あの、もしかしてお怪我をされたのですか?」
 質問したのは、真っ白な法衣をまとった聖火教の神官である。プラチナブロンドの髪が陽光を反射して燦然と輝く。彼女は長い杖と、覆いをかぶせたランタンのようなものをそれぞれの手に持っていた。荷物が多いから、巡礼の旅をしているのかもしれない。
 正統派の美人の登場に、クリスはどきりとして膝の上に手を揃えた。
「このくらい平気です!」
「そうでしょうか。お困りのように見えましたが……」
 彼女は首をかしげる。偽りのない親切を浴び、朝から様々な苦労に見舞われたクリスの心が溶けていく。彼はあっさりと前言撤回した。
「すみません神官様、確かに困っていることがあります。良ければ聞いていただけませんか」
「ええ、もちろんです」
 彼女はふわりとほほえみ、隣に座る。クリスはリボンの件――行方不明になった父親が残したものを紛失してしまった――を打ち明けた。神官はうんうん相槌を打ちながら話を聞き、最後に気の毒そうなまなざしになる。
「大切なものをなくしてしまったのですね……。そういうことでしたら、わたしもリボン探しをお手伝いします」
「え、いいんですか?」
 クリスは目を丸くした。神官がうなずく。
「わたしは今、旅の仲間が用事を済ませるのを待っているのです。それまで時間がありますから、問題ありません」
「ありがとうございますっ!」
 クリスは座ったまま深々と頭を下げた。出会ったばかりの旅人に助けられるのは本日二度目である。
「僕はクリスといいます。この町の出身なんですが、北の街道でリボンがないことに気づいて、すぐに戻ってきました」
「そうなのですか。わたしは神官のオフィーリアです。フレイムグレースから来ました」
 彼女は自己紹介の後、ふと唇に人差し指をあてた。
「失せ物探しなら、わたしよりも適任の方がいらっしゃるのですが」
「もしかしてそれが仲間の人ですか?」
「ええ、アトラスダムの学者さんと、シ・ワルキの狩人さんです。お二人とも、別の方面で洞察力が鋭いんですよ」
 彼女は三人で旅をしているらしい。しかも出身地はバラバラだった。一体どうやって知り合い、何を目的に旅をしているのだろう。
「その人たちは今どこに……?」
「狩人のハンイットさんはこのあたりを見てくるとおっしゃっていました。学者のサイラスさんは、レイヴァース家という場所にお邪魔しています。確か町の上層にあるとか」
 さらりと放たれた言葉に、クリスは仰天した。
「レイヴァース家に!? ど、どうやって入ったんですか……?」
 反射的に叫んでから、慌ててボリュームを落とす。いくら中層でも大声で話すべきではなかった。この広場にも盗賊が混じっているかもしれないのだ。
 オフィーリアは首をかしげた。
「わたしもよく知らないのです。レイヴァース家とはどのような場所なのですか」
「ものすごく警備が厳重で、盗賊殺しなんて呼ばれているお屋敷です。とても貴重なお宝を持っているという噂ですよ。そのせいで、信用できる商人としか取引しないとか」
「なるほど……有名なお屋敷なのですね」
 彼女はブラウンの目を瞬いた。
「でもサイラスさんは『アトラスダムの書状がある』とおっしゃっていましたから、きっと大丈夫でしょう」
 サイラスという人はあの屋敷に真正面から入れる身分を持っているらしい。クリスにとっては雲の上の話だ。
 そこでオフィーリアがかぶりを振った。
「すみません、クリスさんの探し物についてのお話でしたね。そのリボンには何か特徴があるのでしょうか」
「えっと、深い青色をしています。絶対に外れないように荷物にくくりつけていたので、多分盗まれたと思うのですが……」
 クリスはリボンが魔除けの効果を持つことと、それをうっかり二人組に教えてしまったことを彼女に告げた。
「その方々が怪しいのですね。ハンイットさんの相棒なら、においで追いかけられるかも……ああ、でもリボンに魔除けの効果があるなら、リンデもハーゲンも苦手なのでしょうか」
 オフィーリアは真剣な面持ちで考え込んだ。クリスは「魔除けが苦手な相棒とはどういうことだろう」と疑問を抱く。
「人数は多い方がいいですから、まずはハンイットさんを探しましょう。きっと力を貸してくれるはずです」
 立ち上がった彼女はとん、と杖の柄で石畳を突く。清浄な音が響き、クリスはおのずと姿勢を改めた。これが神官の導きなのか、と感じ入る。
 彼女と一緒に広場を抜けた。クリスの視線は自然とうつむく。
「すみません、僕の事情に付き合わせてしまって」
「いえ、わたしは自分のしたいことをしているだけですよ。それに、わたしも父様と離れて旅をしているので、クリスさんのお気持ちは少し分かります」
「そうなんですか」
「クリスさんは、それほどまでにお父様と会いたいのですね」
 気遣いに満ちた言葉が胸に染み込む。両足が止まった。オフィーリアが不思議そうに振り返る。
「どうされました?」
「僕は……」
 何のために父親を追うのか、その理由をクリスは未だに言語化できていなかった。先日、偶然あのリボンを見つけたことがきっかけとなって、家から飛び出したことは確かだ。それこそ、父が失踪してからの十年という空白を埋めるほど、たくさんの思いが言葉にならないまま胸に渦巻いていた。
 紡ぐべき言葉を探して目線をさまよわせると、道の向こうをゆく人影が視界に入った。
 赤と緑のバンダナ――間違いない。ついにクリスにも運が向いてきたのだ。
「あの二人です、僕がリボンの話をしたのは!」
「クリスさん!?」
 オフィーリアの制止も半ば耳に入らず、クリスは走り出した。角を曲がり、宿屋の前で男たちに追いつく。
「あ、あの!」
 遠ざかる背に声をかけると、二人組はそろって振り返った。
「お、今朝のあんちゃんじゃねえか」
 相手はにやにやしながら寄ってきた。クリスは呼吸を整えて、
「僕のリボンを知りませんか?」
 すると二人は不機嫌そうに眉をひそめた。
「ああん? 知るわけねえだろ。もしかして、俺たちが盗んだって言いたいのかよ」
「そ、そんなことは……ええと……」
 にらみつけられ、目が泳いでしまう。それでも気力を奮い立たせて再び唇を開こうとした時、追いかけてきたオフィーリアが隣に並んだ。
「わたしたちはリボンの行方を聞きたいだけです。教えていただけませんか」
 彼女は決して嘘を許さないまなざしを向けた。その毅然としたふるまいにクリスは圧倒される。これは旅の中で身につけた性質なのだろうか――自分もいつか、こうなれるのだろうか。
 相手もさすがにこの往来で聖火教の神官を退ける度胸はないらしく、観念したように両手を挙げた。
「わ、分かった、言うよ。俺たちは……落ちてたリボンを拾ったんだ。確かにあんたのものと似てたかもしれない。なあ、兄弟?」
 赤い方のバンダナの男がもう片方に視線を投げた。これは嘘だ。クリスの荷物からかすめ取ったに違いない。オフィーリアはそれを承知してか、さらに畳み掛ける。
「なら、持ち主に返すべきではありませんか?」
「……もう持ってねえよ」
 気まずそうな返事を耳に入れ、クリスは前のめりになった。
「ど、どういうことですか」
「だから、知らないうちにリボンを盗まれたんだよ!」
 やけっぱちな叫びが崖の町にこだました。

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