トラベラー・クロスロード



 多数の衛兵と番犬に囲まれたその屋敷は、来る者すべてを拒絶しているようだった。
 噂どおりのレイヴァース家の威容を見上げ、ひとつうなずく。塀の上に張り巡らされた糸などは「盗賊殺し」たる所以だろう。ここまで警備を厳重にする理由は、果たして今回の訪問で判明するのだろうか。
 観察を終え、懐から紙を出して門前にいる衛兵に話しかける。
「失礼。私はこういう者なのだが、当主様に会わせていただけないかな」
 彼は広げた書状を一瞥し、眉をひそめた。
「アトラスダムの学者サイラス殿……ですか。当主に確認してもよろしいですか?」
「もちろん」
 本物の書状を持ってきてもこの対応とは、噂にまさる警戒態勢である。ますます竜石への期待が高まった。
 門の前に残ったもうひとりの衛兵がこちらに目を向ける。
「確認が済むまで少々時間がかかりそうです。それまでどうかお待ちください」
「分かりました」
 ならば、と断りを入れてその場を離れ、屋敷の前を散策することにした。そこは庭園として整備されており、貴族の住むボルダーフォール上層らしく身なりの整った男女がゆったりと回遊していた。
 植え込みの種類を脳内の図鑑と照らし合わせ、剪定方法をじっくり観察する。この様式は庭師が独自に築き上げたものだろうか、と考えながら時を過ごした。
 植栽の奥に町を一望する展望台があった。手すりに近寄り、眼下に広がる中層部の町並みを眺める。ボルダーフォールの玄関口であり、宿や商店、住宅街があって、住人と旅人が交差するにぎやかな地区だ。貧民街となっている下層は見えなかった。
 乾いた風が吹き抜け、頭の後ろで結った髪を揺らす。砂埃を立たせる熱い空気は、やはりフラットランドのものとは違った。
「あら、あなた……」
 不意に横合いから声をかけられた。刹那、背中に冷たいものが走り、ぎこちなく首を動かす。
 鮮血を思わせる赤い瞳がこちらを見据えていた。暗い色の髪が風になびく。整った造作に完璧な化粧を施した女性だ。おまけに、今すぐ夜会に出席できるようなドレスを着ている。いくら上層といえど、昼間にこの格好で外を歩くのは不自然だ。しかしそれを指摘する気にはなれなかった。
 頬をかすめる風が突然冷気に変わったようだった。胸騒ぎを隠し、慎重に答える。
「私にご用ですか」
「あなた、いい目をしているのね」
 会話がまるで噛み合わない。女性はさらに間を詰めて、こちらの顔を覗き込む。これほど近くにいても何の匂いもしなかった。勝手に後退しそうになる足をなんとかとどめる。
「でも、やっぱり……ちょっと違うわね」
 女性が首をかしげて距離をとった。おかげで肩のこわばりが解ける。
 彼女から目をそらし、ちらりとレイヴァース家を確認した。衛兵はまだ戻っていないようだ。
「ああ、どこに私の運命の人がいるのかしら」
 女性は夢見心地で町を見下ろす。うっとりしたまなざしには何割かの冷静さが含まれていた。おそらくその目的は口調ほどに甘いものではない。彼女は唇を吊り上げ、こちらを振り向いた。
「運命の人は自分で探しに行かないとね。ちょうどいいわ、あなた、このリボンの持ち主を探してくれないかしら」
 白い手が青い紐状のものを差し出す。光沢のある幅広のリボンだ。とっさに反応できず固まっていると、手をとられて無理やり握らされる。触れた指先は氷のように冷たかった。
「これは……?」
「運命の人を引き寄せる幸運のリボンよ。きっとあなたを導いてくれるわ」
 思考が空回りして、うまく言葉を返せない。受け取るべきではないと分かっているのに、ただリボンを見下ろすことしかできなかった。
「サイラス殿」
 と、別方向から呼びかけられた。呪縛が解けた気分でそちらを見れば、レイヴァース家の衛兵が佇んでいた。こちらが一向に戻らないため、探しに来たのだろう。衛兵はすまなそうに頭を下げた。
「あなたの身元の確認は取れました。ですが、ただいま当主には別の用事がありまして……また夕方ごろに来ていただけませんか」
「あ……はい」
 やっと本来の目的を思い出し、ぎくしゃくと首肯した。
「サイラス殿? どうかされましたか、顔色が悪いようですが」
「いえ。それではまた出直します」
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
 衛兵は急角度に腰を折ってから、屋敷に帰っていく。
 視線を戻すと女性はいなくなっていた。とっさに衛兵を追いかけて「黒いドレスの女性を見なかったか」と尋ねたい衝動がこみ上げる。しかし、あらぬ答えが返ってくる可能性を考慮すると、実行に移すことははばかられた。
(……あの女性はなんだったのだろう)
 幻を見た気分だ。しかし握りしめたリボンは現実だった。
 改めてその群青色を観察する。何らかのまじないの存在を感じたが、今の自分には判別しきれない。
 素直にリボンの持ち主を探すにしても、相手の特徴すら聞いていなかった。そもそも彼女は何故リボンそのものを託したのだろう――考え出すときりがない。
 夕方までしばらく時間がある。リボンのことは一旦頭の隅に置いて、中層に戻るべく早足で庭園を出た。
 その間際、若い商人とすれ違った。これからレイヴァース家に向かうようだ。立ち止まってその背を目で追えば、彼はあえなく門前の衛兵に追い返されていた。漏れ聞こえた話によると、どうやらレイヴァース家では信用状というものの有無で出入りする商人を決めているようだ。
 そのあたりの事情も再訪時に探ってみようと考えながら、両脇に屋敷が立ち並ぶ通りを抜ける。
 すると、ある屋敷の門から出てきた貴族が、こちらを見つけて棒立ちになった。
「そのリボンは……!」
 うっかり手に持ったまま歩いていたため、見咎められたらしい。どきりとして足を止める。続いて衛兵らしき男が同じ屋敷から現れたかと思うと、ずかずかと詰め寄ってきた。
「あんた、それをどこで手に入れたんだ」
 険しい顔でにらまれる。文脈が飲み込めず、内心首をかしげながら答えた。
「先ほど、ある女性から譲り受けたものだが」
 我ながら怪しいことこの上ない返事だが、事実だった。貴族と衛兵は顔を見合わせた。
「女性? なら見間違いかな」
「いや、このリボンはきっと彼のものだ」
 二人は軽く論争をはじめた。そのやりとりには「謎」の香りが漂っていた。女性と会ってから冷えていた胸に、むくむくと好奇心がわく。
「このリボンがどうかしたのかい? 私にも経緯を教えてもらえないかな」
 話に割り込まれた二人は、眉を微妙な角度に歪めてこちらを向いた。
「……名前は?」衛兵が怪訝そうに尋ねるので、胸を張って名乗る。
「私はアトラスダムの学者サイラス・オルブライトだ。今は旅人と呼んでも差し支えないよ」
「旅人さんですか。それなら、クリスという少年を見かけませんでしたか?」
 貴族は態度を改め、簡単に説明した。長めの金髪に青色の瞳を持つ少年らしい。その特徴を元にボルダーフォールですれ違った人々をざっと頭に思い浮かべたが、該当者はいなかった。
 残念ながら、と答えると貴族はうなだれる。
「そうですか。クリスは知人から託された大事な子どもでして、我が家でずっと育ててきたんです。しかし、今朝突然いなくなってしまって……」
「書き置きなどはなかったのかい」
「何も。今の生活に不満があったのかすら、分かりません」
 彼は困り果てた様子だった。自ら少年を探しに行こうと屋敷を飛び出した矢先に、このリボンを見つけたようだ。話がつながった。
「つまり、これはクリス君の持ち物なんだね」
 群青色を持ち上げて空気に泳がせる。貴族はあごを引いた。
「おそらくは。行方不明になった父親が残したもののようで、大切にしていました。あれとよく似ています」
 それは一大事だ。片手で自分のおとがいをなぞり、リボンの来歴に思いを馳せる。
「私にこのリボンを託した女性は『持ち主を探してほしい』と頼んできた。黒髪に赤い瞳を持つ人だ。心当たりは?」
「黒髪の……? さあ、見たこともありません」
 あの女性が少年の知り合いだという推測は外れた。ますます彼女の意図が読めなくなる。案外、少年が落としたものをたまたま拾っただけ、という結末かもしれないが――埒の明かない思考に入りかけたので、一度集中を解いた。
「リボンの真偽を確かめるためにも、クリス君本人を探すべきだね。何か手がかりはないのかい?」
 質問すれば、貴族は思い当たるふしがあったのか、さあっと青ざめる。
「クリスは下層に行ったのかもしれません……」
「そういう目撃証言があったんだ。それを聞いてこの人が飛び出しそうになったから、俺が止めた」
 衛兵が言葉を引き継いだ。
 貴族に対する彼の態度は、主従ではなく友人関係のように思われた。尋ねると、彼はあくまで一時的に雇われただけだという。傭兵はアルファスと名乗った。
「下層は盗賊のたまり場です。もしかすると、クリスはリボンが盗まれたと思ってそちらに向かったのかもしれません……」
 消沈する貴族に対し、安堵を促すようにうなずいてみせる。
「ふむ、話はだいたい分かったよ。私が下層に降りてクリス君の行方を探ろう」
「そんな。あなたには何の関係もないんですよ」
「しかしこのリボンがクリス君とつながっているかもしれない。それに、私は謎があると気になって仕方がないたちでね。喜んで依頼を受けよう」
 ほほえみながら言うと、貴族はぽかんと口を開いた。それほど珍妙な申し出だっただろうか?
 返事をしない彼に代わって、傭兵がこちらをじっと見つめる。
「下層に行くリスクは承知しているんだろうな」
「もちろん」
「なら止めはしない。任せたぞ」
 これは放任に等しい。おそらく、万一こちらが失敗しても切り捨てれば良いと考えたのだろう。合理的な判断だ。
 一方、貴族は礼儀正しくお辞儀をした。
「サイラスさん、よろしくお願いします」
「ああ、良い知らせを持ってくるよ」
 見知らぬ旅人をろくに疑わないあたり、生来のおおらかさがあらわれている。彼に育てられた少年もきっとまっすぐな性根を持っているのだろう。そのため、傭兵は雇い主の弱点を埋め合わせるべく、こちらを警戒しているのだ。
 依頼を受けて屋敷から離れ、中層に向かう階段を降りる。静謐な空気の漂う上層とは打って変わって、そこは喧騒に包まれていた。アトラスダムの城下町とどこか似た雰囲気だ。ただしあの町よりも雑然としている。商人の呼び込みや主婦の会話が渾然一体となってざわめきを生み出し、上層とは別種の居心地のよさを生んでいた。
 下層につながる階段の位置はすでに把握していた。そちらに進路を取りかけて、何やら道の向こうが騒がしいことに気づく。
「きゃあっ」「魔物!?」
 出し抜けに女性の悲鳴が上がり、はっとした。ガウ、という聞き慣れた吠え声とともに白いかたまりが人垣を割って突っ込んでくる。四足の獣はこちらの目の前で急停止した。
「おや、リンデか。ハンイット君はどこへ?」
 尋ねても返事はなく、雪豹は興奮した様子でしっぽを振っていた。このような反応は今まで見たことがない。魔物の状態をよく確認しようと一歩踏み出した時、毛皮をまとった女性が石畳の上を駆けてきた。
「リンデ! それに……サイラス? どうしてここにいるんだ」
 朝焼け色の髪を編み込んだ彼女は、雪豹を相棒とする黒き森の魔物使いだ。神官とは別行動していたらしい。彼女は雪豹とこちらを見比べ、きょとんとした。
「上層に行っていたのではなかったのか?」
「タイミングが悪くて追い返されてしまってね。またのちほど出直すつもりだよ。
 それにしても、リンデは突然どうしたのだろう。……あ、もしかして私になついてくれたのかな」
 柔らかそうな喉をなでようとしたが、うなり声とともに逃げられてしまう。狩人は胡乱な目つきでこちらを見下ろした。
「いや、違う。あなたに一日中観察されたことはまだ忘れていない、と言っている」
「そうか……」
 距離を詰めるには早すぎたらしい。肩をすくめて立ち上がった。雪豹は落ち着かない様子でこちらのまわりをうろうろしはじめる。
「しかしこの反応は……リンデは私に何か用があるのではないかな」
 雪豹に視線を合わせると、一緒にその場でぐるぐる回ってしまう。狩人はその輪の外に立ち、すべてを見透かす瞳でじっと雪豹を観察した。
「ううん……どうやらあなたの持ち物が気になるらしい」
「もしかしてこれだろうか」
 ピンときて、荷物にしまっていたリボンを取り出す。すると雪豹はリボンめがけて前足を振り上げた。鋭い爪が迫り、「うわっ」と身を引く。
「リンデ、やめろ」
 狩人が慌てて間に入った。地面に足をおろした雪豹はなおもリボンを注視している。狩人は困りきった顔で、
「サイラス、そのリボンをどこで手に入れた?」
「見知らぬ女性に譲られたんだ」
 途端に彼女は盛大に訝しむ顔になる。
「通りすがりの女性に贈り物をされたのか……?」
「贈り物というか、依頼を受けてしまってね。このリボンの持ち主を探してほしい、と」
「よく分からない話だが……たまたま手に入れたものに、リンデがこれほど反応しているのか」
 うーん、と二人でそろって考え込む。が、狩人は早々に諦めたようにかぶりを振った。
「それで、持ち主の居場所は分かっているのか?」
「下層で目撃証言があったらしいから、これから向かうつもりだよ」
「ならわたしもついていこう」
 即答され、「え?」と唇から声が漏れる。
「あそこは貧民街だ。それなりに危険のある場所だが……」
「何を言うんだ、リスクを負うのはあなたも同じだろう。それに、リンデはしばらくそのリボンから離れる気がないようだぞ」
 雪豹は爛々と目を輝かせていた。ふっと肩の力が抜ける。
「助かるよ、ハンイット君。リンデとも早く打ち解けたいものだな」
 こうして二人と一匹は下層に足を向けた。
 ぴたりと隣についてくる雪豹を横目で見ながら、掴んだリボンの片端を風に流してみる。
「やはりこのリボンには何かあるようだね」
 おそらくそれがまじないの効果だろう。狩人は休みなく足を動かしながら、
「魔物を引きつけ、興奮させる作用があるのかもしれないな。リンデはそれにあてられたのか」
「なるほど。そういえば、似た効果を持つアイテムの話を聞いた覚えがあったな……」
 王立学院か、それともクオリークレストにいる先輩経由で耳に挟んだのか、とっさに思い出せない。考えごとで歩が緩むと容赦なく置いていかれそうになるので、慌ててペースを上げた。
 狩人は渋い顔をする。
「実はあなたと合流するまで、オフィーリアと別れて街道の調査をしていたんだ。どうも付近の魔物の様子がおかしいと思ってな。街道を通る時、あなたは何か感じなかったか? 魔物たちが怯えているというか、何かを待っているような気配があった」
 思い返せばウッドランドの森を抜けてから町に到着するまで、あまり魔物と遭遇しなかった。彼女はそれが気になっていたらしい。
「ほう。何かを待っている――つまり、魔物たちは特別な獲物の気配でも察知したのだろうか」
「わたしたち以外の、な」
 彼女はあっさりとこういう発言をする。魔物がときに人間を捕食し命をつなぐ存在であると、ごく自然に認識しているのだ。彼女からすれば両者は平等な生命なのだろう。なるほど、森とともに生きるとこういう感覚になるのか、と納得した。そのあたりの認識がどうやって培われたのか、是非彼女の師匠に伺いたいところだ。
「結局異変の原因はよく分からなかった。だが、もしかするとあなたの持っているリボンが街道まで影響したのかもしれないな」
「それが真実だとしたら……ずいぶん強い力が込められているようだね」
 軽く息を呑む。リボンの出所である女性と対峙した時の感覚を思い出すと、それなりに説得力のある話だった。
(このリボンの持ち主がクリス君だとして……本当にこれを渡して良いのだろうか)
 頭によぎった疑問をすぐに打ち消す。彼の行方を探ることと、リボンを返すことは別の問題として処理すべきだ。
 やがて二人は日陰に隠れた階段にたどり着く。
「この先が下層か」
 狩人は一切ためらうことなく踏み込んだ。その背に頼もしさを感じながらこちらも続く。
 崖下の貧民街は薄暗かった。足元はむき出しの地面で、ところどころぬかるみがある。日当たりが悪いためなかなか乾かないのだろう。とても上層と同じ町とは思えなかった。
 生気の抜けた顔で道端にたむろする人々は、こちらへ無遠慮な視線を浴びせる。雪豹が目の前を横切っても驚く様子がない。無言で狩人と視線を交わして「彼らに対する聞き込みは無駄だ」と結論を出し、間を通り抜けた。
「おや。いいところに酒場があるね」
 見慣れた看板に目が吸い寄せられる。探りを入れるには最適の場所だろう。唯一の懸念事項は、信頼に足る情報を引き出せるかどうかだが、そこは学者としての腕の見せ所である。
「よし、入るぞ」
 先に立った狩人が酒場のドアノブに手をかける。
(……うん?)
 不意に何かが引っかかった。ボルダーフォールの町にバラバラに撒かれた手がかりが、頭の中でひとつの像を結びかけている。
「どうした、サイラス」
 今にも扉を開けようとしていた狩人はそのままの姿勢で振り返った。彼女に向けて、握ったままのリボンを掲げる。
「思い出したことがある。これは魔を呼ぶまじないが刻まれた『引き寄せのリボン』だろう。だから、魔物であるリンデが興奮して惹きつけられたんだ」
 記憶から拾い上げた噂を言の葉にのせる。彼女は柳眉を寄せた。
「魔法のアイテムか。だが、何故そのようなものがここに?」
 その一言が呼び水となって、意識が思考の海に潜り込む。視界に紗がかかり、すべての感覚が遠ざかった。静寂の中で、見えない秒針が時を刻む音だけが耳の奥にこだまする。
(あの女性はクリス君を探している。その目的はリボンを返すことではなく、彼を見つけることだろう。
 リボンを私に託したのは、それこそ魔を――いや、尋ね人自身を引き寄せるためか?)
「――ラス!」
 あと少しで真実にたどり着けるという時、突然がくりと体が揺れた。
「サイラス、避けろ!」
 切羽詰まった叫びが集中状態を打ち破った。はっとして意識を引き戻せば、何か巨大なものに視界を遮られる。リボンを持った手に物理的な衝撃が走り、強い風がローブをはためかせた。
 何が起こったのか分からぬまま、空気の流れた先を目で追う。下層の虚空に、見上げるほど大きな怪鳥が羽ばたいていた。くちばしには、この手から奪われたリボンがくわえられている。
「こんな場所に魔物が? それにリボンが――」
「いいから止血をしろ!」
 狩人に怒られて視線を落とすと、手元に鮮烈な赤がにじんでいた。遅れて痛みがこみ上げる。魔物の接近を悟った狩人がとっさにこちらの腕を引いたが回避しきれなかった、ということらしい。「しまった」と思い包帯を取り出そうとすると、鳥の魔物が容赦なく羽ばたき、あたりに大風が巻き起こる。
「うわっ」「くっ」
 二人と一匹は踏ん張って耐えた。足が浮きそうになるほどの風圧だった。
 風がおさまらないうちに羽音が遠ざかっていく。魔物はこちらを足止めしてリボンを持ち去ったのだ。あの怪鳥もリボンに引き寄せられたのだろう。ならば、向かう先はひとつしかない。
 険しい表情でこちらをうかがう狩人へ、とっさに檄を飛ばした。
「私のことはいい。早く魔物を追いかけないとリボンの持ち主が――クリス君が危険だ!」

inserted by FC2 system