若葉のワン・ステップ



 トレサは小さな緑の石がはまったペンダントを熱心に見つめ、ついつい財布に手を伸ばす。
「プリムロゼさん、それあたしが買い取ります!」
 麗しい踊子は見せつけるように胸を張った。
「ごめんね、前も言ったけどこれは大切なものだから」
「くうっ……」断られたトレサはこぶしを握る。
 心地よい波音が流れるゴールドショアにて、自由行動をしていた二人は、たまたま海岸近くのエリアで鉢合わせた。その時トレサはプリムロゼが見覚えのあるアクセサリをつけていることに気づき、声をかけたのだ。
 踊子は優美な指先で石をいじる。
「それにしても熱心よね。そんなにこれがほしいの? 大して価値があるわけでもないわよ」
「値段はだいたい分かるわ。でも……何か光るものを感じるのよね」
 本人の申告通り、ペンダントトップはランクの低い石で、鎖も合金だろう。それでもトレサの目を惹くものがあった。
 プリムロゼは軽く首をかしげ、憂いの色を含んだまなざしを濃紺の海に投げる。
「これは……ある人にもらったのよ」
 声色に拭いきれない過去がにじんでいた。トレサはがっくりと肩を落とす。
「そっか。思い出があるものなら仕方ないわね」
 彼女は商人として目利きをする際、物にこめられた「思い」を大事にする。旅の指針である「名無しの旅人の手記」を手に入れた時も、今回と似た感覚を抱いたものだ。だから、余計にそのペンダントに惹かれたのかもしれない。
 すると、プリムロゼは一転して目をくりくりさせた。
「あら、どうしてもって言うなら売ってあげるわよ」
「え?」
 きょとんとするトレサの唇に、プリムロゼがそっと人差し指を近づける。なんだかいいにおいがした。
「でも、宝石を『単なる商品』なんて思ってる人に売るのはもったいないわね。自分でアクセサリを身につけて、その価値を高められる『大人』になら喜んで渡すわ」
「むむむ……言ってくれるわね」
 トレサは貴金属を身につけて自らを飾る習慣を持たない。アクセサリの目利きでは買値や売値、魔道具としての有用性を重視していた。
 とはいえ、宝石でおしゃれをしないのはハンイットやオフィーリアも同じではないか。トレサだけ子ども扱いされるいわれはない。
 ほおをふくらませる彼女に対し、プリムロゼはにやりとした。
「だから、いつかトレサが子どもじゃなくなったら考えてあげる」
「もう! うやむやにするつもりでしょ」
 踊子は「うふふ」と笑い、きびすを返した。赤い衣が潮風になびく。
「それじゃ、私は露店で新しいアクセサリでも見てくるわ」
 彼女は道行く人々の視線を惹きつけながら、商店街の方へ颯爽と去っていった。トレサは悔しい気分でその背を見送る。
(そんなの買う余裕あるのかなあ……)
 現在トレサたちのパーティは金欠気味だった。八人の旅は何かと維持費がかかる。しばらく出費が続いたこともあって、新しい装備品を買う資金が足りていなかった。
 ゴールドショアの町にいるのはトレサたち二人と、アーフェン、オフィーリア、テリオンだけである。残りの三人は、ハンイットを中心にストーンガードで狩りをしていた。金銭の確保が急務であると知った狩人が、いい稼ぎ口を見つけてきたのだ。そちらの三人とはのちにこの町で合流する予定である。
 もちろん、ゴールドショア組も自由行動と言いつつ儲け話を探している最中だ。踊子もああ見えて、何かあてがあるのかもしれない。
 かつてのプリムロゼは砂漠にあるサンシェイドの町で最も大きな酒場において、トップの踊子として君臨していたという。そんな立場ならいくらでも高価なアクセサリを貢がれただろう。それなのに、あんな安物を大事に身につけるとは……。
(よっぽど大切な人からの贈り物なのかな? でも、一応売る気はあるみたいだし……謎だわ)
 トレサはうなりながら、波音に背を向けて住宅街へ歩を進める。
 コーストランド出身の彼女だが、この町にはあまり馴染みがない。故郷リプルタイドとゴールドショアの間には、高山地帯のハイランド地方が立ちはだかっていた。すなわち陸ではなく海でつながるのがコーストランド地方の特徴であり、あらゆる富は海路からもたらされるのだ。
「おうトレサ、難しい顔してんな」
 唐突に視界が遮られた。ひょいと覗き込んできたのは薬師アーフェンである。自由時間といえど、仲間と町中で顔を合わせることは珍しくない。トレサは驚かずに応じた。
「聞いてよ、さっきプリムロゼさんにからかわれちゃったの。アクセサリをろくに身につけない子どもが宝石を売り買いするのってどうなの、って」
 たとえ自分が使わないものでも、必要とする人がいれば仕入れて売りさばくのが商人だ。そう思っていても、先ほどはうまく反論できなかった。それは、踊子の指摘がある程度図星だったからだ。
 アーフェンが訳知り顔であごのあたりをなでる。
「ふーん。宝石のことは分かんねえけど、トレサは子どもだって言われても仕方ねえよな」
「えー!?」
「だって、スティルスノウでさ……」
 薬師は途中でこらえきれないように笑いを噛み殺す。トレサは彼の言わんとすることを察した。
 あの雪深い村で、彼女は他ならぬプリムロゼに「娼館って何?」と尋ねたのだ。その時の踊子の返事を思い出すと、ぼうっとほおが熱くなる。
「もーそれは忘れてよ! あのさ、大人っていうのは宝石を身につけたり、色ごとにくわしいだけじゃないでしょ? 仕事で稼いでたら立派に自立してるって言えるはずだわ。それなのに、プリムロゼさんはあたしのことを子ども扱いしてくるのよ」
 するとアーフェンは頭を掻いて、らしくもなく歯切れの悪い返事をした。
「あー……あいつがトレサを子ども扱いするのって、そんなに悪い意味じゃねえと思うけど」
「どういうこと?」
「プリムロゼは、トレサのそういうところが気に入ってるってことさ」
 アーフェンは合点したようにうんうんとうなずいている。トレサは眉根を寄せた。
「一人で納得しないでよ。っていうかアーフェンこそ、こんなところで何してたの? また具合の悪い人でもいたの」
 形勢の悪さを感じたトレサは強引に話題を変えた。
 アーフェンは、以前この町で「ある騒動」を解決した。悪どい女薬師が高価な治療薬を売るためにわざとばらまいた熱病を、彼が薬で治療したのだ。あれは極端な例だったが、基本的にこのお人好しの薬師は新たな町や村に着くと、病人を尋ねて回るのが習慣である。
 アーフェンは首を振った。
「いや、今んところみんな元気そのものだな。でも一応見回りはしねえと……。ちょうど、前来た時に世話になったエリンとフリンたちに会おうと思ってたんだ」
「お家に行くの?」
「さっき玄関まで行ったけどいなかった。多分、あっちじゃねえか」
 彼の示す先には黄金の砂浜が広がっていた。アーフェンは大地色の目をいっぱいに開き、石畳の道から浜へと続く階段を降りていく。トレサも海風を吸い込みながら追いかけた。
 ブーツの先が小さな砂粒に沈む。海は陽光を反射していっそう青々と波打っていた。リプルタイドが接する内海とは違い、こちらははるか別大陸につながる外洋だ。潮のにおいもどこか故郷と違う。水平線のあたりに見える帆船が、絶妙にトレサの冒険心をくすぐった。
 砂浜には地元民や旅人が大勢たむろしていた。ここはゴールドショアの中でも有名なスポットだ。海水は底まで見通せるほど澄んで、きめ細かい浜は砂金が紛れていそうなきらめきを放つ。
「おーい、エリン、フリン!」
 先をゆくアーフェンが不意に手を挙げた。波打ち際にしゃがみこんでいた幼子二人が立ち上がる。
「あ、アーフェンだ」「久しぶり、アーフェン!」
 赤茶の髪をした双子の女の子だ。以前、悪徳薬師のせいで熱病にかかって苦しんでいたフリンをアーフェンが救った。それ以来、彼は一家全員に慕われている。
 アーフェンは双子と順番にこぶしを突き合わせてから、にっこりして尋ねる。
「最近調子はどうだ?」
「ばっちりだよ。アーフェンこそおさいふ重くなった?」
「いやーそれが全然でよ……」
 エリンに痛いところを突かれた彼は苦笑いしていた。「笑ってる場合じゃないでしょ」と思いながら、トレサは頃合いを見て口を挟む。
「こんにちは。二人で何してたの?」
 フリンは砂浜から真っ白いものを拾い上げた。
「貝がらあつめだよ」
「ネックレスにして、お母さんにプレゼントするんだ」
 トレサは目を丸くする。子どもたちは以前もアーフェンに貝がらを贈っていた。しかし今回はただ貝を拾うだけでなく、アクセサリに加工する段階まで進んだらしい。よく見れば、双子の首にはそれぞれ拙くも可愛らしい貝がらのペンダントがぶらさがっていた。
 アーフェンがからりと笑う。
「きっと母ちゃんも喜ぶと思うぜ。自分で首飾りつくるとか、トレサよりも進んでるな」
 当て付けられたトレサはむっとした。
「どういう意味? あたしだってネックレスくらい持ってるわよ!」
「それって体力が上がったり動きが早くなったり、特別な効果があるやつだよな」
 アーフェンの冷静な返しに二の句が継げなかった。
 幼い頃、トレサも貝がらを使って首飾りをつくったことがある。だが、それは自分で身につけるためではなかった。
 ある種の上質な貝はすりつぶして粉状にすると、肥料や洗剤になる。それを知ったトレサは当初、山ほど貝がらを集めて店に売りさばき、小遣い稼ぎをした。
 それから、元手のかからない自然物をきれいに加工して、付加価値を高めることを覚えた。そうすれば、貝の数は少なくとも、より多くのリーフに換金できた。ささやかな商売のはじまりである。トレサは夢中になって貝を集めた。
(もしかして、あたしの子ども時代ってものすごく偏ってたの……?)
 ぶんぶんと頭を振る彼女に、アーフェンの怪訝そうな視線が刺さった。
 そのうちに見覚えのある女性が近づいてきた。双子の母親マーリンだ。以前会った時は真っ青になって病気の娘を看病していたが、今日はずいぶん明るい顔をしている。
「ああ、アーフェンさん。あの時は本当にお世話になったね。また旅の途中で立ち寄ったのかい?」
 母親は仕草と声色に目いっぱいの親しみを込めていた。お人好しの薬師は肩にかけた鞄をぽんと叩いた。
「そんなとこだな。エリンたちも元気そうで安心したぜ」
「あれから風邪一つ引かないよ。アーフェンさんのおかげだね」
 母親は朗らかに笑う。トレサは再び貝がらを集めはじめた双子を眺めながら、こっそり母親に告げ口した。
「双子ちゃんたち、お母さんにネックレス作ってあげるんだって言ってたわよ」
「ああ……きっと大人の流行りに影響されたんだろうね」
 得心がいったように母親がうなずいた。トレサは目を瞬く。
「流行りって?」
「近頃、山の手の貴族街で、緑の石を使ったネックレスがもてはやされてるって聞いたよ」
「ははあ、エリンたちは大人の真似してたのか。ませてるなあ」
 アーフェンがほほえましそうに目を細める。一方でトレサは忙しく頭を働かせていた。ゴールドショアで流行の石――これは商売のにおいがする。
「ねえマーリンさん、緑の石ってどういうやつ? 珍しい鉱石とか?」
 貴族が好む宝石というと、エメラルドやペリドット、翡翠などが考えられる。あわよくば自分も一枚噛めないか、という下心を持って尋ねれば、マーリンは人差し指を唇にあてる。
「ええと……確か碧閃石って名前だったね」
 完全に不意打ちだった。トレサは声を失い、アーフェンが目を丸くする。
「それって確か、トレサがクオリークレストで掘り当てた石だよな?」
 正確には彼女が見つけたわけではない。けれどもその流通の拡大には大きく貢献した。トレサにとって特別な思い入れがある石だ。
「そっか、あの石がここまで出荷されるようになったんだ……」
 じんわりと胸がしびれるような感覚がある。碧閃石にまつわる事件は、行商人として独り立ちしてからはじめて関わった大仕事だった。
 はるか西の地、クオリークレストの鉱山で捨てられていたクズ石の中に、磨けば光る碧閃石が混じっていた。トレサはそれをアリーという商人とほぼ同時期に発見した。
 鉱山労働者から買い上げた碧閃石を売って稼ごうとした彼女たちは、鉱山の持ち主である意地の悪い地主の妨害を受けた。地主のやり口は強引で、両者の対立は修復不能なほどに深まり、最終的には地主を町から追い出す事態に発展した。トレサは「少しやりすぎたかも」と思ったが、地主は労働者から不当に富を搾取しており、住民からの反感も買っていたので、そういう結果になったのだ。
 マーリンが首をひねる。
「でも、碧閃石は近頃品薄で、値段が高騰してるって聞いたよ。とても庶民には手を出せないねえ」
「え、どうして? 供給量が減ったんですか」
「さあ、あたしにはさっぱり……。あの石は商会が扱ってるはずだよ。そっちに問い合わせたら分かるんじゃないかな」
 アーフェンがちらりと目配せする。トレサは大きくうなずいた。
(流通の過程で何か問題があって、商会が困ってるのかな。放っておけないわ)
 一度波に乗せた船が座礁しかかっているとしたら、助けてやらねばならない。それに、もしトレサがうまく問題を解決できれば、商会からの報酬が期待できた。金欠の解消に一歩近づける。
 都合のいい想像をした彼女は、トレードマークである羽飾りのついた帽子の向きを修正し、リュックを背負い直す。
「アーフェン、あたしはそっちを探ってみるわ」
「分かった。気をつけていけよ」
 彼はトレサのみなぎる気迫に若干圧倒されていた。
「うんっ!」
 仲間や母子と別れたトレサは胸を高鳴らせながら砂浜を駆け抜け、貴族街へと続く階段を一段とばしで駆け上がった。
 

 
 その建物は、庶民の住む区画と貴族街との境目にあった。商売をするのに都合のいい位置だ。真四角の建物は頑丈そうなつくりで重厚感があり、「ゴールドショア商会」という看板が出ていた。
 トレサは勇んで商会を訪問した。中には受付があって、そこで訪問者をさばいているらしい。カウンターの向こうに座っていた女性に声をかける。
「こんにちは、ここのご主人はいますか」
「……何のご用でしょう?」
「ええと、碧閃石の取引についてお話があります」
 受付は不審そうに見つめ返す。
「主人はただいま留守です。お引取りください」
 警戒されてしまったか。ここは商人らしく言葉の使いどころだろう。トレサはぴんと背筋を伸ばした。
「それじゃ、最近巷で碧閃石の値段が高騰している理由が分かる人はいませんか?」
「そのような込み入ったお話はご遠慮いただいています」
 さらに食い下がろうとするトレサに対し、受付は厳しい視線を投げた。
「失礼ですが、あなたはどこかの商会に所属していますか? 身分証のご提示がなければ、お通しできません」
(この人もしかして……あたしが子どもに見えるから、ちゃんと取り合ってくれないのかな)
 勝手な思い込みで胸がむかむかしてきた。トレサは思い切ってカウンターに手をつく。
 その時、背後でぱたんと扉が開く音がした。
「まあトレサさん。どうされたのですか?」
 驚きと穏やかさが入り混じった声がかけられる。振り返れば、玄関口にトレサの旅仲間である神官が立っていた。
「オフィーリアさん!?」
 どうして彼女がここにいるのだろう。だが渡りに船だ、受付の説得を手伝ってもらおう――そう考えた時、トレサはオフィーリアの後ろに見知らぬ男性がいることに気づいた。赤茶色の丈の長いコートを着ていて、年齢は四十くらいだろうか。
 受付が男性に向かって頭を下げる。
「おかえりなさい」
 男性は鷹揚にうなずいた。
「ご苦労さま。ところで私はこの神官さんとお話があるんだ。応接間を使わせてもらうよ」
 もちろんです、と受付はすんなり了承する。トレサは瞠目した。
「ど、どういうこと……?」
 オフィーリアは小さくほほえむ。
「こちらの方は、ゴールドショア商会のご主人です。町ですれ違った時、何かお困りのように見えたので、わたしから声をかけました。
 最初は大聖堂でお話をうかがおうとしたのですが、あまり他の方には聞かれたくないそうなので、こちらに来たのです。トレサさんは?」
「あ、あたしもここでやってる取引について、くわしい話を聞こうとしてたのよ」
 トレサの返事は尻すぼみになる。こちらが受付相手に苦戦している間に、オフィーリアはあっさり商会の主人を射止めていたらしい。ゴールドショア商会にとっては商売敵になるかもしれない行商人と、悩みを打ち明ける相手としての神官ではそもそも前提条件が異なるが、それにしても大きな差だった。子どもっぽいトレサと違って、オフィーリアの落ち着いた雰囲気がこの成果を引き寄せたのではないか……と考えてしまう。
 オフィーリアはトレサの内心に気づかずにっこりした。
「では、トレサさんも一緒にお話をうかがいましょう」
 神官が商会の主人に視線を流す。主人はトレサの帽子をじろじろと見つめた。
「こちらはどなたですか?」
「わたしの旅仲間です。行商人をしているので、皆さんの困りごとを解決するお手伝いができます。同席してもよろしいですよね」彼女が念を押すと、
「そうですか……。分かりました、どうぞこちらへ」
 主人は微妙に眉をひそめる。トレサは縮こまりながら二人についていった。
 応接間にてソファに座り、テーブルを挟んで主人と向かい合った。彼はオフィーリアを正面にとらえて深刻そうに切り出す。
「……実は、うちの商会と取引している行商人が野盗に襲われて、碧閃石を奪われたのです」
「野盗!?」
 トレサは思わず声を上げた。
 隣のオフィーリアは少し考え込むように口をつぐんでから、「襲われたのは一回だけですか?」と冷静に尋ねる。主人はかぶりを振った。
「いいえ、一度ならず何度も。もちろん護衛を雇いましたが、被害は続いています。護衛にかかる費用がかさんで、うちにたどり着く商品の数も減ることで、どんどん碧閃石の値段が上がってしまって……」
「そんなの許せないわ」
 トレサはこぶしを握り、ソファから勢いよく立つ。主人があっけにとられたように見上げた。
 碧閃石は彼女が関わった大切な商品だ。それが流通の末端で搾取されているなんて、不本意にもほどがある。金欠の解消や人助けのためという大義名分は関係なく、ただただ商人として許せなかった。
「その問題、あたしが……いや、あたしたちが解決します!」
 威勢よく宣言してから、トレサはあっと気づいて口元をおさえる。これは、もともと主人をここに導いてきたオフィーリアが決定すべき話ではないか。
「大丈夫です、わたしも同じ気持ちでしたから」
 表情を緩めたオフィーリアが小声で言う。とはいえ、他の仲間に一言も告げないまま決めてしまったのは事実だ。これはトレサがなんとかして仲間を説得しなければならない。
「解決してくださるのは助かりますが……どうやって?」
 主人の質問は至極当たり前のものだ。彼女は「ここはハッタリを使うべきだ」と判断し、堂々と胸をそらす。
「いくつか案はありますが、くわしいことは話をうかがってから検討します。その前に一つ確認させてください。もしあたしたちが問題を解決したら、報酬をもらえませんか」
「ほう。例えばどんな?」
 主人の目が鋭く光る。オフィーリアなら無償で請け負った可能性があるが、商人のトレサは違う。だから相手も警戒気味なのだ。彼女はにやりとして腕を組んだ。
「碧閃石の売上の何割……とは言いません。ここで扱っている商品の割引はどうですか? あたしたちは旅をしていて、この町で装備品を買いそろえたいんです。割引するのは今回だけでいいので」
 このくらいが相手の許容の限界だろう。装備品が安く購入できるとなれば、仲間とも交渉しやすくなる。
 主人はしばらく考え込み、やがてうなずいた。
「なるほど。野盗を退治できるのなら、喜んで」
「それじゃあ決まりね!」「よろしくお願いします」
 主人はトレサではなくオフィーリアの手を握った。やっぱりあたしは子ども扱いだわ、とトレサはこっそりへそを曲げた。

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