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「一日目 十四時十分 ナベかま亭ロビー
ポストマンがアンジュさんに手紙を届ける
夜にアンジュさんとナベかま亭で会う約束をする」
「一日目 零時零分 ナベかま亭厨房
アンジュさんに手紙の投函を頼まれる」
「二日目 十五時十分 洗濯場
カーフェイが手紙を受け取りに現れる
その後部屋に侵入して会話
思い出のペンダントをもらう(要アンジュさんへ受け渡し)」
「三日目 朝 洗濯場
マニ屋の店主からキータンのお面と母への速達をもらう」
「三日目 朝 イカーナ渓谷
カーフェイがサコンのアジト前で待ち伏せている」
必要事項は簡潔かつ明快に記されていた。ボンバーズ団員手帳、と箔押しされた冊子をぱたんと閉じて、リンクは満足げな笑みを浮かべた。
「なあにひとりでにやにやしてるのよ」
チャットが小声で言った。近くにいるカーフェイに聞こえないように。
リンクたちは今、サコンのアジト前に都合よくあった岩陰に身をひそめている。サコンの帰りを今か今かと待つカーフェイには、気づかれていない。かぶると他人に認識されなくなるという「石ころのお面」のおかげだ。何故そんな能力を使っているかというと、カーフェイは神経が張り詰めすぎて今にもぷつんと切れそうになっており、一緒にいるとこちらまで無駄に体力を消耗してしまうからである。
リンクは手帳をひらひらさせた。
「いやあ。ボクの手帳ってば、毎度のごとく正確無比だなあと思って」
「でた、アンタのカンペキ主義」
からかうようにチャットの語尾が弾む。そして、視線をカーフェイの方に向けた。
カーフェイは、いつもかぶっていたキータンのお面をマニ屋の主人に託してきたため、今は素顔を晒していた。リンクと同年代に見えるが、子供らしからぬ鋭い目をしている。落ちかかる前髪を鬱陶しそうにかき分けながら、じっと岩陰からあたりをうかがっていた。
改めてチャットは余裕そうなリンクを見下ろし、
「それより、カーフェイと打ち合わせとかしなくていいの? アジトの中にどんなしかけがあるか分からないでしょ」
「大丈夫大丈夫。シロートの考える罠なんてたかが知れてるよ。ボクが全部解決するから、カーフェイは放っておいても平気だって」
リンクは快活に笑った。いささか楽天的すぎるとチャットは思ったが、指摘する前に人影が現れる。
「あっ、来たわよ!」
二人はすぐに意識を切り替えた。岩壁の向こうから、ひょこひょことおかしな走り方をする男がやってくる。盗人のサコンだ。町ではもっぱら「ケチなスリ」との評判だが、今回ばかりはとんでもないものを盗みだした。
それが、カーフェイの求める「太陽のお面」である。それは婚礼の面とも呼ばれ、先ほどのメモに登場した「アンジュさん」——婚約者と正式に結ばれるために、どうしても必要な物だった。その上不幸なことに、カーフェイは盗まれたお面を追い求めるうちに、スタルキッドに子供の姿にされてしまったらしい。それを知った時のチャットは「いたずらが過ぎるわよ、スタルキッド」と苦々しくつぶやいていた。
知らず知らずのうちに厄介事の原因になったサコンは、お面奪還に決意を燃やすカーフェイがそばに隠れているとも知らず、のんきにアジトの入口を開けた。岩の壁が真横にスライドするという、なかなか大掛かりなしかけだった。表札のつもりだろうか、入口の隣には看板が立っており、「サコンのアジト セキュリティーは万全です」と宣伝していた。
サコンの姿が完全にアジトに消えた途端、カーフェイは立ち上がった。
「よしっ」
軽く一声上げて、開けっ放しの入口に駆け込む。リンクも石ころのお面を外しながら後に続いた。
「あっ!」
アジトに足を踏み入れてすぐ、チャットが声を上げた。カーフェイはすぐそこで立ち尽くしている。
「ちょっと見て、お面が飾ってあるわよ」
目の前にはガラスケースの中に鎮座するお面があった。黄金色に塗られた、雄々しい顔立ちの面だ。婚礼にふさわしい威厳を持っている。
「太陽のお面だ!」カーフェイが叫ぶ。
彼は、ふらふらと吸い寄せられるように前に進んだ。リンクは彼より冷静だったので、行く先の床に意味深長なスイッチがあることに気づいていた。
「カーフェイ、待つんだ!」
しかし忠告は届かなかった。次の瞬間、同時に二つのことが起こる。スイッチが踏まれると、この部屋の奥にあった二つの扉のうち、ひとつが開いた。さらには太陽のお面が台座ごと動き出し、壁の向こうへと吸い込まれていったのだ。
「しまった!」
あーあ、と肩をすくめるリンク。これだから素人は困る。開いた右の部屋に駆け込もうとするカーフェイだが、スイッチから離れた途端に扉は閉まった。この展開も、リンクには読めていた。
カーフェイは振り返って叫んだ。
「頼む、そのスイッチを踏んでくれ!」
「なによ命令するつもり!?」チャットが噛みついたが、カーフェイは聞き入れない。
「踏んでる間だけドアが開く仕組みなんだ」
言われなくても、とリンクはスイッチへ直行した。相手に主導権を握られているのは癪にさわるが。
リンクがここでスイッチの重しになれば、素人のカーフェイが先に進むことになる。あまりおかしな部屋にあたらなければいいけど、とリンクは案じた。
「チャット、カーフェイの補助をしてあげて」
「その方が良さそうね……」
妖精はすうっと宙を横切り、余裕のないカーフェイの背を追った。彼女が次の部屋に進むのを確認してから、スイッチから降りる。アジト入口は開いたままだが、外に出てもしょうがない。
こうしている間にも、月は近づいてきている。地面の振動が、リンクにかすかな焦燥を募らせた。
「ちょ……な……っ」
「……てる!」
何やら言い合う声が聞こえてきた。二人は大丈夫なのだろうか、と不安になった時——何の前触れもなく、もう片方の扉が開いた。向こうでスイッチを押したらしい。
リンクはすぐさまその部屋に飛び込んだ。
お面を運ぶ動く床が、大部屋を二分していた。太陽のお面はすでに、次の部屋に吸い込まれそうになっている。動く床の向こうにはカーフェイがいて、リンクを見つけると睨みつけてきた。
「そっちの部屋にもスイッチがあるはずだ!」
チャットが動く床の上を飛んで、戻ってくる。
「あいつ、気に入らないけど……しょうがない、協力しましょ」
「チャット、結構カーフェイのこと気にしてるね」
リンクが口の端を上げると、
「一度決めたら向こう見ずに突っ走るところ、トレイルそっくりなのよ」
さすがは姉だ。リンクは内心苦笑した。
「ところでチャット、このアジトのしかけ、把握できた?」
「まあね。どうも、両側の部屋を交互に攻略しなきゃいけないみたい。サコンは一番奥で、お面を回収して逃げるつもりよ」
「なるほど」
リンクは油断なく背中の金剛の剣を抜く。
「さっさと片付けてよね」
「任せて、急ぐのは得意だから。何回同じ三日間やってると思うの」
軽口を叩きながら、改めて部屋をざっと見回す。特にスイッチの類はない。となると——奥のドアの真正面に、不自然に植物が生えていた。
「デクババ一体とか、ナメてるのかなあ」
リンクは花の魔物を一刀のもとに切り捨てた。すると、こちら側の部屋でなく、カーフェイ側の扉が開く。動く床越しにはらはらしながらリンクを見守っていたカーフェイが、早速次の部屋に向かった。
「チャット、向こうお願い」
「はいはい」
猪突猛進のカーフェイにはついていくのも大変だ。リンクは再びこちらの扉が開くまでの間、軽く息を整えた。
動く床の向こうをちらりと確認する。どうやらカーフェイ側はブロックパズルをしているらしい。身の丈くらいの大きさのブロックを動かして、スイッチを押すのだ。かなり体力を消耗するが、生命の危険はない。部屋の担当が逆にならなくて良かった。リンクは得意分野で連戦連勝を飾ればいいだけだ。
何ひとつ問題はない。いつも通りにやればいい。リンクは全てが終わった後に団員手帳に記す内容を考えながら、にやりと笑みをこぼした。
次の部屋への扉が開く。デクババは二体に増えていたが、それでも楽勝だ。どうやらこのアジトには、拍子抜けするほど弱いモンスターしか配置されていないらしい。本気で彼を打ち倒したいなら、鎧武者のアイアンナックを三体ほど狭い部屋にぶち込むべきだ。それなら、さすがの彼も相当苦戦することだろう。
リンクは閉じたままの扉を見つめ、しばし待つ。……遅い。まだ開かないのか。
少し焦りを感じて、彼は動く床から身を乗り出し、隣の部屋の様子を観察した。
「あーもう、そっちじゃないってば!」
「分かってるよ!」
チャットとカーフェイのとげとげしいやりとりが耳に入る。ブロックの動かし方に苦戦しているらしい。あれは押すのにもコツがいる。そのコツを知らないと、疲労はより加速するのだ。カーフェイは腕を痛めたらしく、しきりにさすっていた。
思わずリンクは声を張り上げた。
「何やってるんだよ! 太陽のお面はもうあんなに遠くにあるんだよっ」
「……!」
苛立ちまじりに床を蹴って、カーフェイが走った。その途上の床に、赤いスイッチがあった。
「そのスイッチは——!」
赤色は、動く床のスピードを速めるものだ。リンクはもはや直感で理解していた。だがカーフェイもチャットも気づかないままスイッチを踏み、正解のブロックを押す。リンク側の扉が開いた。
「くそっ」
最後の敵はウルフォスだった。リンクは真正面から切りかかり、ほとんど一瞬で片付けると、扉の先へと全力で走った。カーフェイも同様だ。
動く床の終点には、穴があった。太陽のお面が今にもそこへ落ちようとする——リンクは愕然とした。間に合わない!
目の前に別の影が差した。彼よりも数瞬早く、カーフェイがお面のもとにたどり着いていた。
「あ!」
しかし、お面はカーフェイが伸ばした手をすり抜けて、穴へと吸い込まれる。からんと軽すぎる音を立て、実にあっけなく……。
彼はその姿勢のまま固まった。
「さすが、我がセキュリティーシステム。安心です」
サコンの馬鹿げたアナウンスが、どこからともなく響いた。
刻一刻と月が近づいているにもかかわらず、時間が止まったかのようだった。
えっ、とリンクは声を漏らす。ちょっと待て、と。
カーフェイはまばたきして、あたりを見回した。急に頭が冷えてきたようだった。見た目にそぐわぬ怜悧な表情が戻ってきている。
「……閉じ込められたな」
そんなことは分かっている。リンクが言いたいのはもっと別のことだ。
カーフェイは急に神妙な態度になって、リンクと妖精に頭を下げた。
「巻き込んじゃって、悪かった。逃げられたら逃げてくれ。アンジュもクリミアの牧場に逃げている頃だ」
違う。カーフェイの婚約者アンジュは、クロックタウンに残ってもらうようにリンクが説得していた。何故なら、必ずカーフェイが彼女のもとに帰ってくるから——リンクがそうさせるから。
「アンタはよくやったよ。彼女も……分かってくれるよ」
チャットの声が妙に優しい。カーフェイはうつむいたままだ。
「ねえ、もう行こう。オカリナ吹いて外に出よう。アイツをひとりにしてやろうよ」
妖精はやりきれないように光の粉を散らす。
そうだ、自分たちは失敗した。何故か? カーフェイが焦ったからだ。リンクとは、まるで関係のないことが原因なのだ!
機械的な動きで時のオカリナを取り出す。時の歌を吹き、逆流する時間に巻き込まれながら、リンクは叫んでいた。
「こんな結末、ボクにどうしろって言うんだよ!」