第一章 雨に閉ざされた地



 首が痛くなるほど上を向かないと、てっぺんの見えない塔。リンクは単身その頂点を目指していた。
 ウルフが彼の帰りを待ち続けてどれくらい経っただろうか。垂直にそそり立つ壁は手と足を使って地道に登ることを前提としているらしく、はしごのように無数の桟がとりついている。塔の最上部は壁から少し張り出しており、見晴らし台があるらしい。どういう理屈か知らないが、リンクはここで「地図を手に入れる」と言っていた。
 最上部で、ちらりと黒い影が動いた。こちらにぶんぶん手を降っている。明らかにリンクだ。そんなこといいから早く降りてこいよ、とウルフがうなると、リンクは見晴らし台から躊躇なく飛び降りた。
(えええっ!?)
 ぎょっとしたウルフが右往左往するよりも早く、リンクの体は自由落下から急激にスピードを落とす。彼は頭上に奇妙なシルエットをつくり出していた。
 リンクはウルフのすぐ近くにふわふわと着地した。
「おまたせ。マップ情報ゲットしてきたよ」
 ウルフはしげしげと彼の手にあるものを見つめる。
「ああ、これ? パラセールっていうんだ。ある人からもらったんだけど、さっきみたいに空をすーっと飛べるんだよ」
 木枠に布を貼り付けただけの簡単な道具だ。昔、ウルフは城下町で「凧」で遊ぶ子どもを見たことがあった。あれと似たようなつくりらしい。凧は風を受けて空に高く舞い上がっていたが、ハイリア人の体重をかけると、せいぜい滑空するのが精いっぱいだろう。普段は持ち歩きしやすいように、折り畳める仕組みになっているらしい。
「だからこれを開くのさえ忘れなければ、どんなに高いところから落ちても大丈夫!」
(ほんとかよ)
 かなり落下速度がついている時にパラセールを開けば、腕にかかる衝撃も半端なものではないだろう。リンクが無謀な飛び降りを敢行しないことを祈るばかりだった。
「でね、このあたり一帯の地図を手に入れたんだけど……ほら、ここ。この道から北に向かえば、アッカレ地方に行けると思うんだ」
 シーカーストーンに表示されたマップはほとんどが黒く塗りつぶされている。その中で、真ん中と東のエリアだけが鮮やかに色づき、山や川が描き込まれていた。リンクの指の先を見れば現在地まで表示されている。どうやらあの塔に登ると付近のマップが見られるようになるらしい。
 二人はハテノ村からぐるりと山を西へ回り込んでから、街道沿いに北を目指していた。このあたりはラネール地方というのだ、とリンクは説明する。
(便利だなあ……)
 リンクはひょいひょいと指でシーカーストーンを操作して、マップに印まで書き込んでいた。
 それにしても、リンクはまっすぐにアッカレ地方に向かおうとしている。ウルフに関するさらなる情報を得るためだろうが、リンク自身の旅の目的があるはずではないか。厄災ガノンの存在まで分かっているくせに、余所者の事情にかまけようとしているなんて。
(それでいいのか……?)
 だがウルフはリンクの果たすべき使命を知らない。おそらく、喧嘩別れしたカカリコ村のインパなら知っているのだろうが――
「だから、まっすぐ北に行こう! 東じゃなくて、北!」
 ビシィとマップを指さしてリンクが宣言すると同時に、
「おおーい、そこのハイリア人!」
 別の声がかけられた。リンクはびくりと肩を揺らし、おそるおそる振り返る。
 いつの間にか後ろに立っていたのは、黒く濡れた体表を持つ魚人だった。腕からはヒレが伸び、後頭部の先は魚の尾のように細く長く背中へと垂れている。額と胸には、鉄の防具を身につけていた。
(ゾーラ族だ……!)
 こんな格好の種族がゾーラ以外にいるはずがない。こっちのハイラルでも会えるなんて、とウルフはじんわり感動した。体は見たこともない黒色をしていたが、声や体つきからして、どうも女性らしい。
 女ゾーラはずんずんリンクに近づいてきた。
「このあたりでアタシみたいなゾーラ族――青くて、ノールっていう名前のやつを見かけなかったか?」
「ああ……その人なら、この塔の上にいましたよ。昼寝してたらいつの間にかこんな場所にいたって」
 リンクはおずおずと答える。どうやらこの塔はごく最近出現したものらしい。ゾーラは頭を抱えた。
「姿が見えないと思ったらそんな場所に……。分かった、ありがとう」
「いえいえ。それでは」
 リンクは何やら焦った様子ですぐにきびすを返そうとするが、
「待ってくれ。お前はハイリア人だろう」と呼び止められる。
「まあ、ゾーラ族ではないですよね」
 リンクが目をそらしながら言うと、ゾーラはガッツポーズをした。
「よしよし、アタシってばツイてる~! あ、いきなりゴメン。アタシ、ゾーラ族のトルフォー! ずっとお前のようなハイリア人を探してたんだ」
「えっ」とリンクは若干顔を赤らめた。トルフォーの発言は、盛大に誤解を招いたらしい。
(絶対そういう意味じゃないだろ)
 トルフォーはリンクの反応など意にも介さない。
「ノールから聞いてるかもしれないけど、実はアタシたちのゾーラの里がおかしなことになっててね……。だからアタシたち、シド王子と一緒に強そうなハイリア人を探してたんだ」
(このハイラルにも、ゾーラの里があるんだ)
 予想の範疇だったが、懐かしい響きだ。そして「おかしなこと」という単語がウルフの頭に引っかかる。
 ウルフの知るゾーラの里は、初めて訪れた時、悲惨な状況に陥っていた。豊かな湧水に満たされた里は氷漬けにされて、ほとんどのゾーラ族は分厚い氷の下。さらに女王は処刑の憂き目にあい、王子は行方不明。それらの事件はたまたま訪れたウルフが解決したのだが、放置すれば危ない状況であった。
 トルフォーの様子から、このハイラルにあるゾーラの里は、さすがに氷漬けにはなっていないようだ。しかしなんらかの事件が発生し、ゾーラだけでは解決できず、別の種族に助けを求めているのだろう。シド王子、というのが里の為政者だろうか。
 ウルフはうずうずしてきた。勇者を最後までつとめ上げた者の持つ本能だろうか。早く里に行って状況を確認したい。ちらりとリンクを見やると、彼は何故か眉を曇らせていた。
 トルフォーは背後に流れる川を指さし、
「そのシド王子ならあのダルブル橋にいる」
 と言われても、向こうの方は雨が降っているようで、あまりよく見えない。青色のきれいな光だけがうっすら確認できた。
「アタシらを助けると思って、一度シド王子の話を聞いてくれないか?」
「……はい」
「よし、頼んだよ」
 トルフォーはにこっと笑い、仲間が上に取り残されているという塔をどう登るか、思案しはじめた。
 リンクは黙って歩き出す。塔から十分に離れてから、強くこぶしを握った。
「だから嫌だったんだよ……!」
 力いっぱい絞り出した声だった。
「シーカータワーの上でも、ノールって人に『ハイリア人ならシド王子に会ってくれ』って言われたんだ。やな予感しかしなかった。絶対変なこと頼まれるって、分かってたのに……!」
 ウルフはぽかんと口を開けた。そういえば、シーカーストーンの地図上には、ここから東の方に黄色く輝くポイントが記してあった。おそらくゾーラの里の方角だろう。それなのに、リンクは全力で北に向かおうとした――
(もしかしてこいつ……行くべき場所を避けてるのか?)
 ウルフはムッとした。リンクがカカリコ村でインパと喧嘩したのも、その怠惰な性格のせいではないだろうか。
 確かにゾーラの里に行くことは、元のハイラルへの帰還を目指すウルフにとっても無駄足になる。だが、一度「勇者」を経験した彼には、助けを求めるゾーラ族を無視することはできなかった。
「やっぱり北に行こう、ウルフくん。きみもアッカレ研究所に用があるでしょ」
 だがウルフは動かない。二人はじっとにらみ合う。
「もしかして、ゾーラの里のことが気になる?」
 ウルフはうなずいた。リンクは唇を噛んだ。
「……分かった。とりあえずそのシド王子の話を聞くだけ、だからね」
(あれ。案外あっさり意見を変えたな)
 もう少し駄々をこねるかと思ったのだが。ウルフの脳裏に、ハテノ古代研究所でプルアに言われたことがよみがえる。
『リンクはアンタのこと信用してるみたい』
 理由は不明だが、確かに他人と接する時よりも、ウルフといる時のリンクは比較的素直になる気がする。動物相手なら心を許せる、ということだろうか。
 塔のある高台から降りてダルブル橋を目指すと、分厚い雨雲の下に突っ込むことになる。容赦なく降り注ぐ水滴。すぐそばを流れる川も増水しているようだ。己の毛皮がぐっしょり濡れるのは、服がびしょびしょになるのとはまた違った不快感である。
「……」
 口をつぐんでいるが、明らかにリンクも不機嫌になっていた。
 ダルブル橋らしき水色の光を目指して、川沿いの道を行く。
 不意に、ウルフは景色の違和感に気づいた。そして、こちらに向けられる殺気にも。
 はっとして足を止め、あたりを見回す。ケモノになったおかげで数段強力になった聴覚と嗅覚が、ごく近くに魔物が潜伏していることを知らせていた。
 急に立ち止まったウルフに対し、リンクがまばたきする。
「どしたの、ウルフく――」
(そこだ!)
 ウルフは川べりに散らばる石に一目散に突っ込み、体当たりを食らわせた。ギャッという悲鳴をあげて魔物がジャンプする。
 石に擬態していたのはトカゲ型の魔物だった。魔物はどこからともなく金属製の槍を取り出し、ウルフの攻撃圏外から長い舌を伸ばして威嚇してくる。
「あの魔物は……?」
 リンクはのんきにシーカーストーンを覗き込んで「ウツシエ」で敵の情報を確認していた。
(んなことしてる場合か!)
 魔物は囃し立てるように反復横跳びをしてくる。ウルフは相手に一撃を加えるタイミングをうかがうが、なかなか踏み出せないでいた。かなり動きが早い。
「そいつはリザルフォス! 思ったより遠くから攻撃してくるみたいだから気をつけて」
 リンクが叫びながらやっと剣を抜いて参戦した。なるほど、リザルフォスならウルフの知るハイラルにもいた。名前は同じだが見た目が違う、ボコブリンと同じようなタイプらしい。
 片手剣と盾を構えるリンクの姿を認めたリザルフォスは、何をどう判断したのか、ウルフではなく彼に槍を向けた。
「うわっ」
 リンクは情けない声を上げる。しかし体は反射的に動き、リザルフォスの突きを間一髪で盾で防ぐ。お返しとばかりに剣で薙ぐが、バックステップで避けられた。
 ウルフはリザルフォスの着地点に飛びかかり、体をがぶりと噛んでやった。大ダメージを与えたつもりだったが、リザルフォスの爬虫類めいた口がぱっくり開き、至近距離からウルフの顔に生あたたかい液体が吹き付けられた。
(げぇ、水鉄砲!)
 すでに雨に濡れていたので嫌悪感はそれほどでもないが、水の勢いが強くて押し返される。ウルフは安全をとって飛び離れた。
 今度はリンクが斬りかかった。逃げ遅れたリザルフォスの舌が切り取られて宙に舞う。彼はそのまま体を反転させ、流れるように連撃を決める。悪くない動きだ。
 だが足場が悪かった。無我夢中で攻める彼が飛び乗ったのは、水に濡れた岩の上だったのだ。
「あっ」
 リンクはたちまちブーツをすべらせてバランスを崩す。そこにリザルフォスが飛びかかった。まずい、とウルフは思ったが、ここで体当たりを仕掛けると魔物もろとも川に落ちる可能性があった。
 頼みの綱の盾は、転んだ拍子にリンクの体の下敷きになっている。彼に攻撃を防ぐすべは、ない。
(リンク!)
「――うりゃあっ!」
 とっさにリンクは剣を投げた。刀身が魔物の脳天に突き刺さる。リザルフォスの槍は、倒れたリンクの頭の横をかすめただけだった。
 くぐもった声をあげて消滅するリザルフォスを見ることなく、リンクはぐったりと岩に頭をあずける。
(あたりどころが悪かったのか?)
 転倒した際、リンクは盛大に頭を打っていた。ウルフは急いで駆け寄り、呼吸を確かめた。どうやら大丈夫そうだ。しかし降りしきる雨が容赦なく叩きつけ、気絶したリンクが溺れないか不安になる。
(ばか、早く起きろ。怪我した時は何か食べるんだろ!)
 ウルフは仰向けに倒れたリンクの上に乗っかり、体重をかけて揺さぶる。だが彼はうーんうーんとうなるだけで、なかなか目を開けない。
(こいつどこでも昼寝できるタイプだな……)
 業を煮やしたウルフが「いっそのこと噛んでしまおうか」なんて考えていると。
「今、こちらで物音がしなかったか」
「誰かが戦ってるみたいでしたね」
(あっ)と気づいた時にはもう遅い。
 ダルブル橋の方角からやってきたのは、先ほどの黒いゾーラ族トルフォーと、背の高い緋色の男ゾーラだった。頭の羽飾りや胸につけたスカーフ、豪華な肩当てといい、どうも彼がシド王子らしい。リンクでは天地がひっくり返っても追いつけないほどの勇ましい風貌だ。
 思わず立ちすくむウルフと、その下で伸びているリンクを見て、シド王子は凍りつく。
「トルフォー、まさか彼が例のハイリア人か……?」
「そうです。あれ、倒れてますね。魔物に襲われたのかな……どうかされました、シド王子?」
「早く助けなくては!」
 正義感に満ちた大声が川辺に響き渡る。そう、シド王子は、ウルフをリンクの生命を脅かす魔物と判断したのだ。
(……またこのパターンか)
 王子は颯爽と銀色の槍を構えた。先端についた三日月のような刃はリザルフォスの槍よりも数段鋭く、そして美しい。
「そこのオオカミ! 彼から離れるんだゾ!」
「ちょ、シド王子? オオカミなんてどこに……」
「何、トルフォーには見えないのか?」
 都合よく二人がお約束の議論をはじめたので、ウルフはとりあえずリンクの上から降りた。
 さて、どうすべきか。このまま話がこじれると、ある意味リンクの思惑通り、ゾーラの里を無視して進むことにもなりかねない。それはゾーラのためにもリンクのためにもならないだろう。
 ウルフは覚悟を決め、じりじりとシドに近づく。その鼻先に、風を切る音とともに槍の穂が突きつけられる。
「そのまま去れば、悪いようにはしないゾ」
 ウルフは青い目を細めて槍をにらみつけた。
 と、その時。キンと澄んだ音がして、シド王子の槍が高く跳ね上げられた。
 別の槍が差し込まれたのだ。リザルフォスの槍――持っているのは、いつの間にか起き上がっていたリンクだった。
「……彼は、僕の仲間です」
 低い声でリンクが言った。髪が濡れて顔にはりつき、表情が見えづらくなっているせいか、いつもより少しだけ怖い雰囲気をまとっている。
 シド王子は目を見開く。
「なっ……そのオオカミは仲間なのか、ハイリア人」
「そうです! ウルフくんはついさっきも、リザルフォスから僕を助けてくれました」
 リンクはムキになって反論する。ウルフの姿が見えないトルフォーは、話に置いていかれておろおろしていた。
 シド王子は慌てて構えを解き、一礼した。
「すまなかった。ウルフ……とやらが、キミのことを襲っているのかと勘違いしたゾ」
 リンクはふん、と肩を張ってそっぽを向く。
「いえ。もういいです」
「あのー王子、一体何が……? オオカミって何のことです?」
「いや、全てオレの勘違いだったゾ。トルフォー、キミはノールを迎えに行き、先に里に戻っていてくれ」
「は、はあ。分かりました」
 そういえば、いかにも塔に登りそうだったトルフォーがここにいるのは、塔のてっぺんに取り残された仲間のことを一応王子に相談しに来たかららしい。
 それにしてもシド王子はリンクの怒りもトルフォーの疑問も、自分が謝ることで丸く収めてしまった。なかなかできるゾーラのようだ。
 トルフォーが去り、残ったリンクたちにシドは向き直る。
「おっと失礼、名乗るのが遅れたな。オレはシド! ゾーラ族の王子だ」
(声でかいなあこの王子)
 シドは名乗ると同時に左腕を胸の前にぐっと掲げ、口角を吊り上げた。白くてギザギザした歯が現れる。心なしか、雨空の下でもきらりと歯が光ったように見えた。どうやら王子の決めポーズらしい。
「それで、君の名は?」
「僕はリンクです。こっちはウルフくん」
「リンクにウルフか、良い名だゾ! リンクというのは、どこかで聞いたことがある気もするが……」
 リンクという名前はありふれているのだろうか。ウルフが自分以外で知っているのは、このリンクだけだ。
 シド王子は前のめりになって二人を見下ろした。リンクの背丈の二倍はあるので、迫力がある。
「先ほど槍を使った時の身のこなし、全身から漂う只者でないオーラ――リンク! 君はハイリアの強い戦士なんだろう?」
「いや、そんなことないです」
(いや、そんなことないです)
 リンクとウルフの思考がぴたりと重なった。どちらも謙遜ではなく、冷静な評価というべきだろう。
「いやいや、これでもオレはゾーラ族の王子。人を見る目には自信があるのだゾ!」
(そんな自信、持たない方がいいんじゃ……)
「はあ、そうですか」
「良いゾ、最高だゾッ! オレはずっと探していたのだ。リンクのような強きオーラを放つ男を!」
 シド王子は他人を褒める才能にあふれていたようだった。こんな主君がいるゾーラ族は幸せなのか、それとも不安になるのか。肝心のリンクは王子の言葉をまともに受けとっておらず、胡散臭そうにしていたが。
 シドは姿勢を戻し、少し真面目な口調になる。
「今ゾーラの里は、水の神獣ヴァ・ルッタによる大雨で、存続の危機に見舞われてるんだ。もちろんオレたちでなんとかするのが道理だが、実力のあるハイリア人なしでは解決できない問題が浮上してな」
「水の神獣……」
 不意にリンクの唇が歪んだ。ウルフの頭に閃きの電気が走る。
(なるほど、こいつはその神獣とやらを避けてたんだな)
 しかし「神の獣」というならば、勇者の味方ではないか。何故敵になっているのだろう。
「どうかオレたちを助けてくれ。君の力が必要なんだ! くわしいことはゾーラの里で説明する、まずはそこまで来てくれまいか?」
「えっと……」
 リンクは返事の前にちら、とウルフを見た。ゾーラを助けるかどうか、迷っているようだ。ならば、ここは強引にでもリンクを前に進めるしかない。ウルフは二人が見守る中、ダルブル橋へ足を載せた。
「おお……ウルフはやる気のようだな! リンク、決まりでいいな?」
「わ、分かりました分かりました。やりますっ!」
 言葉とは裏腹に彼は眉を微妙に下げ、不満そうにしていた。
「ありがとうリンク。君はやはりオレの思った通りの男だゾ! これでゾーラの里は救われたも同然だゾ。
 早速、里に向かってくれないか。ここをまっすぐ道にそって進めば着くゾ。川をさかのぼることができないハイリア人の君には、厳しい道のりになるだろう。この先にいる電気を使うマモノにも苦戦するかもしれないが――」
 電気の魔物と聞いた瞬間にリンクの表情は凍りついたが、
「がんばってくれ!」
 シド王子はまるでこちらの事情を顧みずにポーズを決めた。
(あ、丸投げするんだ……)
 おそらくリンクの腕試しも兼ねているのだろう。この道を抜けられない者には、神獣と対峙する資格はないということだ。それを悟ったのか、もはやリンクは嫌な顔を隠そうともしない。そういえば、この場にいる三人の中で雨に一番弱いのは、おそらくハイリア人のリンクであろう。
 旅人たちの不満顔に気づいたのか、シド王子は腰のポーチに手をやった。
「ああそうだ、渡す物があるんだったゾ! これはオレからのささやかな応援の気持ちだ」
 渡されたのは、なんだか懐かしい形の小ビンだった。中には真っ黄色の液体が入っている。粘っこくて、見るからにまずそうだ。
「なんですかこれ?」
 一方リンクは少し興味を示している。あの微妙な料理をガツガツ食べるくらいだから、舌は鈍感なのかもしれない。
「電気への抵抗力を上げるエレキ薬だゾ! ハイリア人用の薬だからかオレたちには効き目が薄かったが、キミには効果があると思うゾ」
「へー。ありがとうございます」
「オレはキミの行く先に異変がないか、先に行って確認する。では頼んだゾ!」
 シドは全身のバネを使って空中に飛び上がると、くるりと反転して川に飛び込んだ。ゾーラ族にしかできない芸当だった。
 エレキ薬を抱え、槍を持ち、リンクはダルブル橋のたもとで大きなため息をついた。
「全く、なんでもかんでも僕に押し付けて……」
 ぶつくさ言いながらも、リンクは引き返すことなく足を上流へと向けた。
 ひとまずウルフの作戦は成功したようだった。

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