第二章 イチから、ゼロから



 赤や黄色に色づいた木の葉が、風に吹かれて舞い上がる。葉は青々とした草の上に無数に降り積もり、色とりどりの絨毯を形成していた。
「料理ってのは、組み合わせを考えるのが楽しいし、有意義なんだよなあ」
 アッカレ地方の街道を往く途中、リンクはさすらいの料理人マッツと名乗るハイリア人の旅人と出会った。たまたまマッツが魔物に襲われているところを助けて、そのまま同道することになったのだ。最初リンクは「イーガ団が化けているのでは」と警戒していたようだが、料理人マッツの持っていた選び抜かれた食材を見て、目の色を変えた。ウルフも彼から殺意など全く感じなかったので、無害と判断した。
 暖色に化粧をした木々の間を抜けながら、リンクが興味津々でマッツに問いかける。
「組み合わせが大事なんですか?」
「そりゃそうだよ。例えば手足の疲れを回復させたい時は、ガンバリバチのハチミツとリンゴ……とかな」
「へええ」
 ラネール地方から街道沿いに北へ向かい、アッカレ大橋を渡って、たどり着いたミナッカレ馬宿から一路東へ。――実はその道中でアッカレのシーカータワーを見つけたのだが、見るからにやばそうな魔物が宙を飛びながら赤い目を光らせていたので、ひとまず放置してきている。
 ミナッカレ馬宿からは、北と東にそれぞれ街道が伸びていた。北の端にあるという研究所を目指すならそちらへ向かう街道を選ぶべきだった。しかし、馬宿で「東にあるアッカレ湖の方で、おかしな物音がする」と噂を聞いたリンクは「もしかして……」とつぶやき、進路を東にとったのだ。
 落ち葉を踏みしめる街道旅は、ひたすら料理談義で盛り上がった。
「マッツさんはどうして旅をしてるんですか?」
「俺は究極の料理をつくりたいんだ。だからそのための食材を探してる」
「究極の料理っていうのは……」
「まだ誰も見たことのない、でも誰が食べても――ゴロンもゾーラもハイリアもゲルドもリトもシーカー族も、みんなが『おいしい』って言えるような料理さ! アッカレ地方は何もない場所だって言われるけど、つまり人の手が入ってないってことだろ。未開の地ほど、まだ見ぬ素晴らしい食材が眠ってると思うんだよなあ!」
 マッツは楽しげに力説した。リンクはうっとりしながら聞いている。さらっと告げられた種族名にはウルフの知らないものも混じっていたが、ゴロン族が彼の知る種族と同じなら、普通のものは食べないはずだ。究極の料理の完成は、困難な道のりだろう。
 リンクは身を乗り出して、
「僕、応援します!」
「へへ、どうも。あーあ、でももうちょっと交通の便と流通が良くなればなあ。アッカレ地方にもひとつくらい村があって良さそうなんだが」
「この辺は村がないんですか?」
「大昔に砦はあったけど、ハイラルには他にいくらでも豊かな土地があったからな。でも大厄災で中央ハイラル平原がほぼ使えなくなったわけだし、今こそこういう場所に村があったらなって思うんだ」
 リンクは相槌を打ちながら、その言葉をゆっくり噛み締めているようだった。
「そうだ、今日の晩飯は俺がつくるよ。さっき助けてくれたお礼だ」
「本当ですか! やったあ」
「リンクは何が食べたい?」
「肉!」
 リンクはよだれを垂らさんばかりの表情で即答した。
(肉、食べたかったのか。まあゾーラの里じゃあずっと魚だったしな……)
 ちなみに、リンクの下手くそな料理はあれからさらに変遷を辿っていた。一番最初に里でつくった焼き魚はまだ良かったのだが、滞在が長引くうちに変に気を利かせてハスの実やら食用スミレやらを仕入れてくるので、だんだんおかしな方向に転がっていったのだ。もちろん、ウルフは微妙な料理には一切手をつけていない。
 マッツは歩きながら指を折り、荷物の中身を思い出しているらしい。
「悪い、今ちょっとケモノ肉を切らしててな。その辺でキツネでもうまく狩れればいいんだけど、俺は狩りが苦手で……お前自信ある?」
 リンクは隣のウルフに目配せし、にっこりした。
「たぶんなんとかなると思います」
(完全に俺をあてにしてるだろ、おい)
 だが狩りとなると、オオカミとしての本能(?)が騒ぐのを感じる。
「このあたりでいい狩り場ってありますか」
「ちょっと行ったところの丘の上なら、何度か動物を見たことがあるな」
「よし、行こう!」リンクは片手を振り上げてウルフに声をかけたが、
「お……おう?」
 ウルフのことが全く見えていないマッツをただ困惑させただけだった。
 狩り場となる丘は、草食動物が好みそうなやわらかい草に覆われていた。リンクは斜面に身を伏せ、弓を構える。彼の視線の先をたどれば、オレンジの体毛を持つキツネが確認できた。
「……いた。行くよ、ウルフくん」
(仕方ねえな)
 ウルフはしっぽを振り、姿勢を低くする。「いち、にの、さんっ」と合図をしてリンクは矢を放った。あえて狙いを外し、驚いて逃げるキツネの進路を塞ぐように連続して射る。右往左往するキツネにウルフが飛びついた。鋭い牙の下で、キツネはぐったりした。
 狩りの様子を見ていたマッツが歓声を上げる。
「おお、やったな! でも今、変な倒れ方しなかったか」
「き、気のせいですよ。さあ、料理をお願いします」
 マッツが火打ち石を使って焚き火をし、リンクが木を切ってその上に屋根をかけた。急ごしらえの野営地ができ上がる。
 一通り準備が整うと、マッツは愛用のまな板に包丁、鍋、その他調理道具を取り出した。あふれる上級者オーラにリンクは圧倒され、声もない。
「よく見てろよ~」
 マッツは手早くキツネを解体していった。手の動きは迷いなくなめらかで、血の出る量も心なしか少ない。完璧にプロの仕事だ。
 瞬く間に部位ごとに切り分けられていく肉を眺めながら、リンクは嘆息する。
「僕、料理って苦手で……。あいぼ、友達がなかなか食べてくれないんです」
「俺も最初は失敗ばっかりだったよ。リンクは食べるのが好きなのか?」
「はい、どんな時でも、なんでもおいしく食べられます」
 神獣内部であろうがお構いなしに焼きリンゴをかっ食らう――それはまぎれもなくリンクの強力な長所だった。マッツは破顔する。
「そりゃいい。食べるのが好きなら、絶対にこれから上達するさ。食べさせたい友達もいるんだからな」
(ま、俺がこいつの料理を食べるなんて一生ないだろうけどっ)
 ウルフはそっぽを向いた。
 マッツはケモノ肉を扱いながら、
「今日はカカリコ風ディナーにしようかな。リンク、米は炊けるか? 炊けないなら教えるけど」
「あ、教えてください」
「こういう、飯盒っていう道具を使ってだな……」
 熱のこもった会話を聞きながら、やることのないウルフはいつしか焚き火の前でうとうとしていた。
「ウルフくん、起きて」
 小声で揺さぶられる。ウルフは重いまぶたを開けた。夜はすっかり深まっている。
 リンクはウルフの前に皿を並べた。
「これ……マッツさんがつくってくれた料理、きみの分を残しておいた。これなら食べられそう?」
 見れば、料理人は早々に寝入っている。そして目の前に並べられたのは――
(そうだよ、こういうのを料理って言うんだよ!)
 ふっくらと炊き上がった白米の上に、大きな炙りケモノ肉がのっている。それは丼という料理であり、異国の料理を解説した本で見たことがあった。副菜はたっぷりの山菜とキノコを合わせた炒め物、デザートはハチミツがとろりとかかったリンゴだ。でき上がりから時間が経っているにもかかわらず、それらの料理は黄金のような輝きを放っていた。
 ウルフは感涙にむせんだ。オオカミになって、ここまで豪華な食事に巡り会えるとは思いもしなかった。
(いただきます!)
 リンクはがっつくウルフを羨むような目で見つめていた。
「僕もいつかちゃんと料理できるようになって、きみに食べてもらえるようになるからね……!」
(はいはい。期待しないで待っとくよ)
 すっかり満腹になって、二人は寄り添って眠りについた。リンクはウルフをほとんど枕にする形である。
 野宿の際にはこれがすっかり定位置になりつつある。最初は、ハテノ村からゾーラの里に向かう道中で、リンクがウルフを抱き込むようにして寝落ちしたことからはじまった。ウルフはもう諦めて抵抗しないことにしている。
 すぐそこに誰かのぬくもりがある――慣れればそう、悪くない態勢だった。



 シーカータワーを無視したせいでリンクのマップは真っ黒だが、マッツの使い込まれた紙の地図にはしっかりと地形が記してある。アッカレ湖の中心には小島が浮かんでいるらしい。のどかな湖のほとりを通りながら、地図と実際の景色を見比べて、マッツは首をかしげた。
「あれ、家がある……?」
 ウルフが精いっぱい首を伸ばすと、小島の上には確かに家と思しき人工的なシルエットがあった。リンクは目を見張った。
「あそこに知り合いの人がいるかもしれません」
「知り合い? ああ、もしかしてミナッカレ馬宿の『アッカレ湖から音がする』って噂は、その人の仕業なのか」
「たぶんそうだと思います……!」
 リンクは心なしか早足になってマッツとウルフを導いた。小島へと渡るため、湖を東からぐるっと回り込む。
 三人は、人工物である石の門に出迎えられた。
 島の上は赤茶の岩だらけだったが、ひとつだけぽつんと家が建っている。立方体をいくつか組み合わせて、壁を赤や黄色に塗り分けた可愛らしいサイズの家だ。ウルフの常識からすると「奇抜」に分類されるデザインで、微妙に景色から浮いている。
 そして小島の真ん中には、羽を生やした女性像が安置されていた。そういえばハテノ村やカカリコ村、ゾーラの里でも似たような像を目にしたことがあった。
「女神像があるってことは、ここは村なのか……?」
 しきりにあたりを見回すマッツを尻目に、リンクは人影を見つけて走り出した。
「エノキダさん!」
 大岩に向かってツルハシを振るっていた人物がその声に振り向いた。
 キノコのかさを思わせる独特の髪型に、小さな目。鼻の下には髭を生やしている。体はよく鍛えられており、肩の筋肉が盛り上がっていた。まだ一言も喋っていないのに寡黙な雰囲気を醸している。
 エノキダと呼びかけられた男はリンクの姿を認め、
「やぁ。また会ったな」短く返事をする。
「こんにちは。エノキダさん、アッカレ地方に来ていたんですね」
「あのー、この人は?」マッツが隣にやってきて尋ねる。
「ハテノ村にあるサクラダ工務店の大工、エノキダさん。こんなところで、何をしてるんですか」
 言葉の後半は大工への問いだ。
「辞令により、ここで一から村をつくることにした」
 エノキダはこともなげにそう言った。リンクはあっけにとられた。
「村を、つくる!?」
「辞令って、工務店の社長命令か? どう見ても僻地に左遷されてるだろ……」
 マッツの発言は失礼だが、ウルフとしては完全に同感だった。たった一人で村をつくれだなんて、発想自体がどうかしている。
「村の名前は……イチカラ村だ」
 エノキダは全く動じていない。
(一からつくるからイチカラ村か。なんて単純なんだ)
 ウルフが呆れる一方で、リンクは「いい名前ですね」と感心している。
 エノキダは困ったように眉根を寄せた。
「しかし……会社の在庫で家一軒建てられたものの、村をつくるには何もかも足りない」
「そりゃそうだろ。こんなところに村をつくるなんて、金も資材も人材もいるし」
「僕、手伝います!」
 リンクは勢いよく手を挙げた。
(なんでまた、そんな安請け合いを……)
 ゾーラの里の時とは正反対に、リンクの目は輝いている。これは言い出したら聞かないパターンではないか、とウルフは嫌な予感ばかりした。
「やめておけ。得することは何もない」とエノキダが真っ当に諭しても、
「いいから、手伝いたいんです」
 リンクは強情だった。エノキダが息を吐く。
「そうか。助かる……」
 すでに話が決まりかけている。焦ったウルフの代わりに、マッツが割り込んだ。
「おいおい、本当に手伝うのかよ」
「だってこんな場所に一人だけなんて、放っておけないです」
「そりゃそうだけど。リンク、お前にも旅の目的があるんだろ?」
「それは……旅のついでに、村づくりを手伝うってことで!」
 本当に「ついで」で済むのだろうか。ゾーラの里でさんざん駄々をこねた姿を知っているウルフには、神獣解放そっちのけで村づくりに奔走するリンクの未来が見える。
(そうなったらまた、容赦なく連れてくからな……)
 ウルフのひそかな決意を知らず、リンクはのんきに質問する。
「それで、エノキダさん、僕は何をすればいいんですか」
「そうだな。俺は新しい家を建てようと思う。リンクは、人を呼んできてほしい」
「村人ですね。例えばどんな人ですか?」
「ここらの岩をどかして、土地をつくりたい。なので岩を壊せるような、腕っ節の強いやつを探してくれないか」
「岩を壊せるような腕っ節って……」
 ウルフの頭にはひとつだけ答えが浮かんでいた。マッツが代わりに助け舟を出す。
「ゴロン族なら、できそうだけどな」
 彼は直接村づくりを手伝うつもりはないようだが、厄介事に自ら首を突っ込むリンクのことは気にかけているようだ。
「ゴロン族?」
「西のデスマウンテンに住んでる、岩を食べる岩そのものみたいな種族だ。ちなみにあそこの特産はゴロンの香辛料っていう、辛いけどめっぽううまいスパイスだぞ。俺も商品として扱ってるんだが――」
 リンクは果てしなく続きかけたマッツの行商人トークを遮り、
「この村に、ゴロンを連れてくればいいんですね」
「ああ、頼む。おっと、それからサクラダ工務店の社是に則り、名前の最後が『ダ』で終わらないとだめだ」
(なんだその妙なきまりは……)
「え、入社させるんですか? 普通の村人じゃなくて?」
「村づくりを手伝ってもらうからには、社是が適用される」
 エノキダもなかなか頑固だった。
「世界のどこかにそんなやつがいたら、このイチカラ村に来るよう言ってくれ」
「分かりました!」
 リンクは胸を叩いて請け合った。ゴロン族かつ、名前の最後が「ダ」。いくらなんでも条件が厳しすぎる。エノキダも人に頼んだ割には、あまり期待していないように見えた。
 黙々とツルハシを振るって岩を壊す作業に戻ったエノキダをその場に残し、リンクとウルフ、それにマッツはイチカラ村予定地をぐるぐると歩き回った。本当に岩だらけの土地だった。
「あーあ、いいのか本当に、こんなことに手を出して……」
「でもマッツさんも、ここに流通の拠点があったらいいって言いましたよね」
「言ったよ。まあ確かにアッカレ地方は景観もいいから、このあたりに村があれば、旅行者も増えるだろうな」
「旅の途中でいいので、たまに様子を見にきてくれませんか。きっと来る度に村に近づいてますよ~」
 リンクはにやりとして予言めいたことを言う。その自信は一体どこから来るのだろう。
 マッツはやれやれと肩をすくめる。だが、一瞬後には笑顔になっていた。
「分かったよ、約束する」
 彼はこのあたりで食材を探すことに決めたらしい。北に向かうリンクとは、ここで別れることになる。
「そうだリンク、お前、荷物が多くて苦労してるだろ」
「あ、はい。そういえば……」
 リンクが肩にかけた袋はずいぶん膨らんでいる。食料やらゾーラの鎧やら矢のストックやら、持ち歩く必要のあるものはいくらでもあった。
「馬はつかまえないのか? 背中に荷物がたくさん載っていいぞ~。ハイラルを旅してるなら、野生の馬にいくらでも会えるだろ」
 リンクはしばし思案するように眉根を寄せた。そして何故か、ウルフに視線を落とす。
「僕は、ロバの方が良いなあ。荷物いっぱい乗りそうだし、可愛いし」
「ロバか。残念だけど難しいな。野生にはいないから」
「でも行商人がよくロバ持ってますよね」
「あれは全部、少し前に滅びた村で育てられていたロバだよ」
 リンクははっとして表情に暗い影を落とし、ウルフもどきりとした。
 のどかな草原を歩いていると忘れそうになる。このハイラルには、厄災という名の滅びが待っていることを。
「その村は、ロバの名産地でな。長旅ができるように調教する専門のロバ使いもいっぱいいた。でも、ある時魔物の群れに襲われて、それっきりだ。だから今ロバを持っているのはその村の生き残りか、村が滅ぶ前にロバを買ったやつだけさ。旅人の中には、故郷を追われて仕方なく旅をしてるやつもいるんだ」
「そう、なんですか……」
 明らかに消沈した様子のリンクを見て、マッツは焦る。
「あ、俺は好きで旅してるんだからな! リンクもきっとそうだろ? あんまり気にするなよ。
 まあ、とにかく馬はいいぞ。俺は動物は全部食材に見えるから馬には乗れないけどな!」
(俺も姿が見えてたら調理されてたかもしれないのか……)
 思わぬところで特殊体質が役に立つものだ。
「それじゃあまたいつか」とお互いに声を掛け合い、マッツと別れた。一時の同行者としては得難い出会いだった。
 リンクとウルフは、ヒガッカレ馬宿を目指して街道を北に進む。
「うーん、馬かあ……」
 リンクはウルフを見て、意味深につぶやいた。
(こいつに乗りこなせるのかな)
 野生馬を捕まえて飼い慣らすのは難しい。ウルフは自分の愛馬、エポナを思い出した。荷物運びも戦闘もこなす自慢の馬だった。オオカミの姿となってから発揮する機会などないが、ウルフは乗馬の才能には恵まれていたのだ。
 立ち止まるとたちまち昼寝ができそうなぽかぽか陽気だった。少し気分が上向いたのか、リンクは歩きながらおかしな歌を歌いはじめた。
「その名もサクラダ、DADADAサクラダ工務店~」
(なんだこいつ……頭おかしくなったのか。いや、それはいつもか)
 最後に「シャキーン」とポーズまで決めてから、我に返ったリンクは照れくさそうに弁解する。
「サクラダ工務店の歌だって。前にハテノ古代研究所に行ったでしょ。あの時実は、ウルフくんがいない間にサクラダ工務店から家を買っちゃったんだよね」
(今、なんて言った。家を……買った!?)
 基本的にリンクは金欠で苦労している様子はない。それにしても家を一軒ぽんと購入するなんて、一体どれほどの財産を持っていたのだろう。
「取り壊される寸前の空き家だったから、たぶん相場の半分以下だったと思う。持ってた宝石とか全部売り払って、ギリギリでお金をつくったんだ。あの家を見たら、どうしても手に入れたくなっちゃってさ。今度ウルフくんも案内するね! そうそう、その時に工務店にいたエノキダさんと出会ったんだ」
 これで先ほど親しげにエノキダと話していた理由は分かった。しかし――
「イチカラ村、うまくつくれるといいなあ……いや、絶対に成功させるぞ!」
 家といい村といい、リンクがサクラダ工務店に対して燃やす情熱は少し異常ではないか、と感じるウルフであった。
 そんな会話をしているうちに、道はゆるやかな下り坂になった。少し降りると、右手側の景色が一気に開ける。
 ウルフはごくりと唾を飲み込んだ。快晴の空の下、地面があるべき場所にはもうひとつの青がどこまでも広がっている。
(あれは、もしかして)
 気づいた途端にウルフは走り出した。
「海だーっ!」
 リンクも歓声を上げ、その後を追った。
 坂が終わりを告げた先、道のすぐそばに海の端っこがあり、少しだけ黄色い砂が溜まっていた。砂浜というやつだ。打ち付ける波音、足を洗う水。舐めてみると、確かに塩辛かった。
(ハイラルに海があるなんて!)
 ウルフは初めて海を見た。ハテノ古代研究所あたりも海に近かったようだが、あの時は天気が悪くていまいちよく分からなかったのだ。だが今は、水平線までしっかりと視界に映っている。
(すっごいなあ……)
「すっごいねえ……」
 この瞬間、二人の気持ちは確かにシンクロしていた。
「海の向こうにも何かあるのかな。太陽が上ってくるってことは、何かあるんだよね、きっと」
(そうだよ。でっかい船でずっと向こうに進めば、別の大陸が見えるんだ。昔絵本で読んだぞ)
 砂に足が埋まる感触を楽しみ、海水の意外な冷たさに驚く。ウルフはリンクと一緒になって、柄にもなくはしゃぎ回ったが、今回ばかりは照れることも恥じることもしなかった。海があるというだけで気分が高揚し、己のささやかなプライドなどはどうでも良くなったのだ。
 たとえ別の世界でつくった思い出だろうと、この日のことは一生忘れないだろう、と思った。

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