第三章 Climb every mountain



 ユン坊の窮地を救ったのはウルフだった。オオカミがモリブリンの足に噛みつくと、魔物はうめいて注意をそちらに向ける。もう一匹の削岩棒を持った敵は、遅れてやってきたリンクが相手取った。
 ハイリア人の得物は銀色の美しい槍だった。穂先はゴロンの手指では決してつくり出せない流線型を描いており、ユン坊は思わず見惚れる。
 二つの長物は真正面からかち合った。華奢な体のリンクは体重をうまく移動させ、削岩棒を弾き飛ばす。彼はチャンスとばかりに大きく踏み込んでモリブリンの首を狙った。だが魔物は迫りくる切っ先を避け、空いていた左手で槍の柄をつかんだ。
「やば……!」
 ミシミシと槍が悲鳴を上げた。あのままでは武器が折れてしまう! 
 リンクは明らかに焦り、必死に槍を引っ張ってモリブリンを振り払おうとする。一度手を離せばどうとでもなるのに、彼はどうしても槍を取られたくないようだった。
 一方のウルフはうまく立ち回り、何倍もの体格差があるモリブリンを追い詰めている。リンクを助けなければ――ここで、ユン坊は自分が有用な武器を持っていることを思い出した。
「リンク、これを使うコロ!」
 彼は石打ちをモリブリン目掛けて勢いよく投げた。見事に肩口にぶち当たり、魔物はよろめく。リンクは槍を引っ込めて、代わりに地面に落ちた武器に飛びついた。両手でよっこらしょと持ち上げる。
「ありがとうございますっ」
(あ……ハイリア人には重すぎたコロ!?)
 ゴロンなら楽々片手で扱える武器である。リンクが武器を振りかぶるのを、ユン坊はハラハラしながら見守った。だが、ゴロンと比べて腕力に劣るはずのリンクは、石打ちの重さを逆に利用してその場でぐるぐると回転した。勢いを乗せた武器を、モリブリンの胴に思いっきりぶつける。
「成功!」
 吹っ飛んだモリブリンは、ウルフが相手していたもう一体と重なるようにして倒れた。だが、まだ魔物の体力は尽きていない。二体はよろよろと立ち上がろうとする。
 ウルフが隣に戻ってきたのを確認し、リンクはうなずいてみせた。
「よし、これでトドメだ」
 彼は腰のベルトにくくりつけていた短い棒を引き抜く。先端の青い宝石が光を放ち、冷気を放出した。実物を見るのはユン坊も初めてだが、あれはアイスロッドだろう。
 リンクは杖を横薙ぎにした。デスマウンテンの熱い空気に負けない永久氷結の魔力が発動し、モリブリンは二体まとめて凍りついた。すかさずウルフが駆け出して、氷像に体当たりを仕掛ける。魔物は砕け、きらきらした欠片となって消滅した。
 ユン坊は二人の完璧な連携に、いつしかぼうっと見入っていた。
「さっきはありがとうございます。あの槍、大切なものだったからどうしても壊したくなくて。あ、怪我はありませんか」
 こちらに歩いてきたリンクは、にこやかにユン坊へと手を差し伸べた。旅人の息は上がっているが、怪我はない。モリブリン相手に一歩も引かず、攻撃をもらうこともなかった。リンクは想像以上の実力者だった。
 ユン坊はリンクの手を取り――それがまた、笑ってしまうほどに小さかった――頭を下げた。
「ありがとコロ。キミが来てくれなかったら危なかったコロよ……」
 リンクは「いえいえ」と首を振り、石打ちをユン坊に返しながら、
「組長さん、今日のルーダニア退治は中止って言ってましたよ。まだ腰の痛みが取れないとかで」
「えぇ!? せっかく取りに行ったのに、あの痛み止め効かなかったコロか」
 予想は嫌な方向に的中したわけだ。リンクも難しい顔をする。
「一応僕の持ってた回復薬を渡しておきましたけど……早く治るといいですね」
「それはどうもコロ。そっか、組長が来られないなら、いったん帰るしかないコロ」
 ユン坊は名残惜しい気持ちでデスマウンテンを見上げ、ルーダニアを視界の真ん中にとらえる。「このまま戦わずに帰ってもいいのか」と、己の中にいる英傑ダルケルが問いかけていた。
(でも、ボク一人じゃどうしようもないし……)
 ちらとリンクに視線を戻すと、彼は何故か空色の瞳を静かに燃やしていた。
「帰るのはちょっと待って下さい」
「なんで?」
「僕、実はデスマウンテンに用があります。あの神獣の中に乗り込みたいんです」
 彼が何気なく指さしたのは、山肌を這い回るヴァ・ルーダニアだ。ユン坊は仰天した。
「な、何ダルケル様みたいなこと言ってるコロ! そんなの危ないコロよ」
「それはよーく分かってます。でも弱らせたら、なんとか入れませんかね」
「確かにチャンスはその時くらいしかないけど……どうして?」
 何か事情があるに違いなかった。リンクは眉根を寄せて、慎重に言葉を選ぶ。
「えっと……僕とウルフくんは、ハイラル各地の神獣を解放して回ってるんです。この前はゾーラの里でヴァ・ルッタを解放してきたので、次はこっちかなって」
 神獣を解放する――果たしてそんなことができるのだろうか。そもそも、一体何から解放するのだろう。尋ねてみたかったが、リンクはどうもそれ以上の説明を拒否している様子であった。誰にでも、あまり話したくないことはある。
「ふ~ん……よく分かんないけど、キミにも事情があるコロね」
「そうです、事情です事情!」
 助かったとばかりに喜ぶリンクに、ウルフが胡乱な目を向けている。
 確かにリンクの言動は怪しい。だが、彼は二度も自分を助けてくれた。間近であの戦いっぷりを目撃したユン坊は、すっかりリンクを信用する気になっていた。
 ユン坊は目の前に横たわる溶岩の川を指さす。
「でも、このままじゃ神獣の近くには行けないコロ。神獣がこっちへ来ないように、組長がオルディン橋を上げてるコロよ」
「どうやったら橋を架けられるんですか?」
「いつもは組長がこの大砲で橋を倒してくれるんだけど……」組長がいないから無理だと伝えようとしたら、
「なるほど、大砲を使えばいいんですね」
 リンクは腕まくりをした。ユン坊は、彼が大砲で保管庫を塞ぐ岩を壊したことを思い出した。
「そういえばキミ、組長の大砲使えるコロね? だったら行けるかも……でも……」
「任せてください」
 リンクは自信満々だった。ゴロン族よりもはるかに小さな体なのに、こんなにも頼もしいなんて。ユン坊は彼に賭けてみる気になった。
「だったらいつも組長とやってるように、ボクが弾になるから、キミが撃ってほしいコロ」
 リンクは目を丸くし、ウルフと顔を見合わせる。
「た、弾になるって……大丈夫なんですか、それ」
 ユン坊は唯一の自慢である護りの力を発動した。薄い障壁が体を覆う。
「ボクにはこの、ご先祖様譲りの『ダルケルの護り』があるからね! これだと何にぶつかっても全く痛くないコロよ」
「何これ、すごい! ダルケルって、あの英傑の?」
 リンクは興味津々の様子で障壁に手を伸ばす。バチッという音がして、指は弾かれた。
「そう。ボクのご先祖のダルケル様は、それはそれはすごい人だった! ……って組長が言ってたコロ。だからキミはトロッコに乗ったつもりで、オルディン橋を狙って撃つだけでいいコロ! レバーはさっきの石打ちで操作したらいいコロ」
「分かりました!」
 歯切れの良い返事を聞き、ユン坊はいつものように砲身の中に入る。リンクは大砲を操作してオルディン橋に狙いを定めた。砲身内部からだとよく見えないが、所定の位置にきちんと爆薬をセットしたようだ。それはユン坊が見たことのない、青くて丸いものだった。
「起爆しますよ。せーのっ」
 爆発とともに、ユン坊はものすごい勢いで空に飛び出す。
「えええぇーいっ!」
 狙いあやまたず、ユン坊の体は橋を落とす仕掛けである銅鑼に当たる。胸のすくようないい音がした。振動とともにオルディン橋が降りてくる。
 地面を転がったユン坊は、しばらく足をふらふらさせていた。毎度のことながら、目の前に星が散っている。
「やったぁコロォ~。ボクらってぇ~、やればぁできるコロォ~」
 リンクが心配そうな面持ちで走ってくる。
「ほ、本当に大丈夫なんですか、これ」
「らいじょぉぶ~。ダルケルの護りぃすごいでしょ~。よぉ~し、この先もボクが弾になるコロよぉ~。さぁ~橋を渡るコロぉ~」
「お、おー!」
 リンクは軽く腕を振り上げた。
 平衡感覚を取り戻したユン坊と、どこまでも元気なリンク、それにウルフは並んでオルディン橋を渡った。ユン坊は、火山地帯を平気で歩くオオカミを不思議に思う。
「リンクは耐火装備をしてるみたいだけど、ウルフはそのままで平気コロ?」
「ああ、燃えず薬をがぶ飲みしてるので大丈夫です!」
 得意げにリンクは言い放ったが、ウルフは明らかに嫌そうな顔をしていた。ヒケシアゲハという虫を使うあの薬は、高温対策としてはこれ以上ない効果を発揮するが、ハイリア人にとっては独特な味らしい。オオカミの味覚はゴロンよりもハイリア人に近いのだろうか。
 橋を渡りきると、山肌を這うルーダニアの姿が徐々に近づいてきた。と、いきなり神獣が吠えた。トカゲの背中がぱっくり開き、そこから回転する羽のついたカラクリがいくつも飛び出してくる。
「うわ……」
 ユン坊は思わず後ずさりしそうになる。
「あれは?」リンクは油断なく背中の武器――モリブリンから奪った削岩棒に手をやりながら問うた。
「あ、あれは偵察機コロ。あれに見つかると、ルーダニアが暴れてデスマウンテンを噴火させるコロ」
「山が噴火!?」
 ぎょっとしたリンクは山頂をこわごわ見つめた。
「ボク、いつもすぐ見つかっちゃって、何度も火山弾降らしちゃうコロ……」
 ユン坊は頭を抱えた。「な、何度も噴火って」リンクのほおがひきつっている。
「組長なら火山弾を振り払って強引に行くけど、キミが喰らったらイチコロ間違い無しコロ」
「で、ですよね。何か対策を考えないと……」
 リンクは隣のウルフと相談するように目線を交わし、顔を上げた。
「それなら、僕らが少し前を歩いて偵察機の様子を見てくるので、後ろからついてきてくれませんか?」
「おお、それいいコロ! それなら、ボクに進んでほしい時は、何か合図を出してくれると嬉しいコロ」
「合図かあー」
 アイコンタクトかテレパシーかな……とリンクがつぶやくと、ウルフが軽く体当たりしてきたので、彼は笑って謝りながら「やっぱり口笛でお願いします」と言った。
「僕の口笛が聞こえたら、止まったり進んだりを切り替えてください」
「な、なるほど。ちょっとお馬さんみたいでアレだけど……。じゃ、ボクが偵察機に見つからないよう、合図よろしくコロ! それと――」
「それと?」
 ユン坊は勇気を出して片手を差し出す。今度は自分から。
「一緒に戦うんだから、敬語はなしコロ」
 リンクはぱっと笑顔になって、その手を握った。
 先に行く一人と一匹を見送り、ユン坊は手近な岩陰に隠れた。少し先から口笛が聞こえてきたので、精いっぱいの速さで前進する。そこにリンクが待っていた。
「しばらく偵察機はいないみたいだよ」
「良かったコロ。もうちょっと登らないと、組長の大砲はないコロよ」
「了解」
 ざっ、ざっ、と岩の上を往く三者三様の足音だけが、ユン坊の聴覚で拾える全てだった。いつの間にか、日の暮れが近づいていた。
「リンクは、なんでウルフと旅してるコロ?」
 いい機会だと思って、ユン坊はどうしても気になっていたことを尋ねてみる。
「僕は彼がいないと、なんにもできないから」
 リンクは笑ったままでさらりと答えた。ウルフはそっぽを向いていた。ユン坊にとって、それは意外すぎる返事だった。
「そうコロ? リンクは自分の足でここまで来て、しかも神獣に乗り込むなんて言ってるコロ。すごいコロよ」
「ありがとう。でも神獣に乗り込むのは、正直旅のおまけなんだよね。この山を登りきった場所からは、きっと最高の景色が見えるでしょ。それを、ウルフくんと一緒に眺めたいなあって思ったんだ」
「へえ……」
 楽しそうに語るリンクの表情や言葉に嘘はない。各地を旅し、その度に心躍る体験をしているであろう彼に、ユン坊は憧れを抱いた。
 ゆるやかにカーブする岩だらけの道を登っていく最中、不意にウルフが立ち止まり、さっと身を低くする。リンクは山肌に身を寄せて道の先をうかがった。
「おっと、偵察機だ。ユン坊、それにウルフくんも、ちょっとここにいて」
「分かったコロ」
 リンクはひょいと何の予備動作もなくジャンプすると、そびえ立つ岩肌に飛びついた。そのまま足がかりをうまく見つけて、するすると崖を上っていく。偵察機が網を張っているのは平地だけであり、崖側は死角だったのだ。ユン坊はその様子を感心して眺めていた。
「リンク、すんごいコロ~」
 ウルフはただじっとリンクの背中を見守っている。ユン坊はこっそりオオカミに声をかけてみた。
「いいご主人さまコロね」
 途端にオオカミは目つきを厳しくし、ウウと威嚇してきた。
「あ、もしかしてご主人さまじゃないコロ? 友達コロ?」
 慌てて訂正するが、ウルフはまだ不満そうに喉を鳴らしていた。その理由は分からないけれど、動物とうまく意思疎通できているようで、面白い体験だった。
 その時、胸に溜まっていた固まりかけのマグマが熱を持ち、ぽろりとユン坊の心からあふれた。
「ボク、なんだか羨ましいコロ。キミのことも、リンクのことも――」
 ピイーとリンクの口笛が聞こえた。二人は急いで道を進む。偵察機が墜落していた。リンクは自慢げに腰に手をあてたポーズで待ち構えていた。
「いいところに鉄の箱があったから、それをぶつけてちょちょいとやっつけたよ」
「そんなことができるコロ!?」
 このあたりにある鉄製の箱といえば、かつて掘り出した鉱石を山ほど入れていたものだ。ゴロンが持ってもかなりの重量である。リンクは案外とんでもない力持ちだったのだろうか。驚くユン坊を尻目に、不思議な旅人は「褒めて褒めて」とウルフに頼み込んで、しっぽの一撃を食らっていた。
「よぉし、この調子でレッツゴー!」
 幾つもの偵察機プルペラ(この名前は、リンクが不思議な石版を使うことによって判明したものだ)と出くわす度に、岩陰でやり過ごし、しかる後にきっちり撃墜して切り抜けた。組長と一緒に戦う時は、マグマが降ろうが槍が降ろうがお構いなしに突っ込むだけなので、ユン坊はいつもとまるで違う感覚を味わっていた。ハイリア人だからこのような案を思いつくのだろうか。それともリンクだから――? 
 そうやって監視網をかいくぐった先には大砲が設置されており、ユン坊が自ら弾となってルーダニアを迎え撃つ。攻撃を食らったルーダニアはより上へ――火口に近い方へと逃げていく。
 それを何度か繰り返した。
「くらえぇ~!」
 まともに受ければ体がばらばらになりかねない衝撃を、ダルケルの護りが吸収する。リンクが歓喜の声を上げた。
「ユン坊、ナイス!」
 ルーダニアはもうほとんど山頂の縁に足をかけていた。組長と一緒の時よりもペースが早い気がした。
「あと一回ぶつかれば、ルーダニアを追い詰められるコロ!」
「よーしやるぞぉ」
 気づけばあたりは暗くなっていた。夜になってもデスマウンテンの灼熱状態は変わらない。リンクは大量の汗を流しながらも、気力体力を損なうことなく戦い続けていた。時たま大砲の近くに陣取るモリブリンを相手に、ウルフと連携を決めてうまく立ち回る。毎回全力で相手するのではなく、足場の条件が良い時は敵をマグマに突き落としたりと、機転も利かせていた。
 ますます急になる岩場を上っていく。そろそろ最後の大砲にたどり着くだろう。ユン坊が気をゆるめかけた時、ルーダニアは最後の抵抗とばかりに偵察機の数を増やしてきた。
「げ、まだいたんだ」
 リンクはあごの下を流れ落ちる汗を腕でぬぐった。新たに追加されたプルペラは、今までのように一定の周期で巡回するのではなく、山道をひたすらまっすぐに降りてくる。
「こっちに来るコロ!」
「やばっ」
 リンクは走って逃げようとして、突然立ち止まった。後ろにいたウルフがたたらを踏み、催促するように鋭い視線をやる。
「分かってる、でもユン坊が――」
「ボ、ボクのことはいいから逃げるコロ!」
 リンクは足の遅いユン坊を慮ったのだ。ユン坊がドタドタ走って追いつき、やっとリンクが動き出そうとした時、プルペラの監視光が彼の体を照らし上げた。
「しまった……!」
 リンクは顔の前に腕をかざす。偵察機がサイレンを鳴らして騒ぎ立てた。それに呼応するようにルーダニアが咆哮を上げる。昼間、保管庫の入口を壊した時と同じ――だがそれよりもずっと強い地響きがして、デスマウンテンが真っ黒な噴煙を上げた。
「うわわわわ」
 振動で立っていられなくなったリンクたちに、火山弾が降り注ぐ。ユン坊はとっさに、リンクとウルフをかばうように自身の体で覆った。目を固くつむる。
 真っ暗な視界。軽く気絶していたのかもしれない。ユン坊は振動が終わっていたことに、しばらく気づかなかった。
「――ユン坊、無事!?」
 必死の呼びかけが耳に入り、ユン坊はゆっくりとまぶたを開く。リンクが心配そうなまなざしを注いでいた。
 ユン坊は落ち着いて腕を離し、護りの力を解除した。
「平気コロ。ダルケル様、さまさまコロ!」
 ユン坊は空色の布をマントのように広げ、笑った。あたりには、護りの力で砕かれた火山弾の成れの果てが散乱している。
 リンクはゴロンシティから見上げる朝焼けの空のように、思いがけなく明るい表情を作った。
「ありがとう、きみがいてくれて良かった。子孫が力を有効活用してくれて、ご先祖様もきっと喜んでるよ」
 それを聞き、ユン坊の目元に熱いものがこみあげそうになった。ほこりが目に入ったふりをして懸命に顔をぬぐう。
 リンクはウルフに怪我がないことを確認すると、夜空を見上げてはしゃいだ。
「あれ、火山弾で偵察機がやられてる……ラッキー! ユン坊、行こうっ」
 その言葉や行動によって、人々に勇気や希望を与える。そういう力を持つ人のことを、ユン坊は聞いたことがある。もしかしてリンクは、ただの旅人などではなくて――
「ほらほら、先に行っちゃうよ?」
 ユン坊はうなずき、リンクが導く先へと向かった。
 不幸中の幸いで、火山弾のおかげで残りの偵察機どころか魔物すら軒並みやられたらしい。最後の大砲には何の障害もなくたどり着けた。
 大砲を使ってルーダニアに弾をあてると、弱りきった神獣はデスマウンテン火口へと逃げ込んだ。リンクたちは急いで追いかける。
 熱さをこらえておそるおそる火口を覗き込む。ルーダニアはマグマの上で四肢をつっぱり、身体を休めているようだった。
「今がチャンスコロ、急ぐコロ!」
 リンクは汗をポタポタ垂らし、げんなりした顔になった。
「ひえぇ、めちゃくちゃ熱そう……。でも仕方ない、行ってくる。ウルフくんは先にゴロンシティに帰っててっ」
 と言い残すと、リンクは躊躇なく火口へと飛び降りた。ユン坊はぎょっとするが、すぐに凧のようなものを頭上に開いて、ゆっくりとルーダニアの背中へ降りていく。
「がんばるコロー!」
 リンクが「任せて」と応える声が切れ切れに聞こえた。
 彼の姿が見えなくなってから、緊張のとけたユン坊はその場にへたり込む。
「はあ……疲れたコロ」
 同じように取り残されたウルフは、熱さでへばってはいたが気丈さを失わず、リンクの消えたルーダニアをひたすら注視していた。
「ウルフ、ボクがシティまで送っていくコロ」
 オオカミは少し考えたようだが、頭を横に振った。
「もしかして、ここでリンクを待つコロ? ならボクも、そうするコロ」
 ユン坊が宣言すると、ウルフは意外そうにまばたきしていた。
 火口の縁に腰掛けて神獣をじっと眺める。すると、突然ルーダニアが息を吹き返したように動きはじめた。先ほどまでの敵意に満ちた動きとはまるで違う。何故か火口の壁をよじ登って体を傾けたり、水平に戻したりしている。今までのルーダニアらしくない、妙に秩序の取れた行動だった。
「リンクが何かしてるコロ……?」
 ウルフにそれとなく尋ねるが、肯定とも否定とも取れない表情が返ってきた。
 マグマの熱気に耐えかね、息をつくために空を見ればかすかに星が瞬いていた。希少な鉱床を掘り当てた時に見た、ダイヤモンドの輝きと似ている。この景色と出会えただけで、疲労はどこかへ吹っ飛んだ。リンクもきっと、このために旅をしてきたのだろう。
 ウルフの視線を横顔に感じ、ユン坊は夜空を見たままつぶやいた。この動物になら、自分語りをしても許される気がした。
「ボクはダルケル様の子孫……だから、先祖が操った神獣を鎮めるのは当たり前だ、って言われてきたコロ。実際、ボクもそう思ってたし、護りの力を組長が頼ってくれるのも嬉しかった。でもボク一人じゃなんにもできなくて……。今日、リンクが来てくれて本当に良かったコロ」
 それは心からわいてきた言葉だった。
「やっぱりダルケル様の力はすごいコロ。ボクもリンクみたいに、いろんな人をこの力で護りたいコロ」
 ふと視線を落とすと、ウルフは頭をゆっくり縦に振ってうなずいた。まるで「思うようにやれ」と言われているようだった。
「ありがとうコロ。ウルフも、リンクとずっと仲良くね」
 ウルフは一声わおんと吠えた。それは何故だか照れ隠しのようにも思えた。
 ハイラルで一番高い山の頂上では、夜明けも他の土地より早く来るのかもしれない。新しい日の最初の光がユン坊の目を射抜く。山の間にあって、未だ朝日を浴びていないゴロンシティ――それこそがダルケルが、そして自分が守りたいと願ったものなのだと気づく。
 その時、ルーダニアに変化が現れた。ぱっくり開いた背中に、小さな豆粒のようなもの――リンクが現れたかと思うと、邪悪な気配が膨れ上がる。思わずユン坊は目いっぱい身を乗り出した。ルーダニアの背に、赤く輝く禍々しい化物が降臨した。
「あ、あれは……!?」
 ウルフも火口の縁ぎりぎりまで足を運び、食い入る様にその光景を見守っていた。
 遠すぎてよく分からないが、化物は青色に光る大剣のようなものを持っていた。それを、化物よりもっともっと小さなリンクに向かって振り下ろす。思わずユン坊は目を閉じた。
 だがリンクは無事だった。攻撃をステップで回避し、持っていた氷の矢で果敢に応戦する。冷たい魔力が化物の上で弾ける度、ユン坊はこぶしを握った。
 リンクは遠距離攻撃を中心に安全を確保しながら戦っていく。もう相当弱らせたのではないか、とユン坊が勝手に思っていると、化物は体を炎の玉で覆い尽くした。風を巻き起こし、まわりのあらゆるものを吸収して、小さな火球を生み出す。火球は冗談のようにゆっくりとリンク目掛けて空を走り、床にあたると予想以上の規模で爆発した。
 リンクは辛くも生き伸びたようだった。ルーダニア内部の壁や柱を遮蔽物にして、次々生み出される火球をかわしている。だが徐々に体力が削られているのだろう、動きがにぶくなっていた。
「リンク……!」
 手に汗握るユン坊の隣で、アオーンとウルフが吠えた。オルディン地方全土に響き渡るような、素晴らしくよく通る声だった。きっとその声は、一番届けたかった人物にも聞こえたのだろう。急にリンクの動きの切れが増したようだった。
「僕は彼がいないとなんにもできない」――その言葉には、もうひとつの意味が隠されていた。つまり、ウルフさえいればなんでもできるということだ。
 リンクの手に青い光の球が生まれる。大砲を起動させる時に使っていた、丸いバクダンだった。リンクは隠れていた柱の陰から飛び出すと、風を吸い上げる火球に向かってバクダンを投げ込んだ。猛スピードで吸い込まれたバクダンは、ちょうど化物の背中のあたりで爆発する。濁った声を上げて地に落ちた化物に、リンクが真っ向から切り込んだ。
 彼の武器は銀の槍でも削岩棒でもない、切っ先が青く光る長槍であった。それを思いきり体に突き立てたのがトドメとなり、化物は苦悶しながら姿を消した。
「や、やったコロ……!」
 化物との戦いは見ているだけでも緊張したが、今では心地よい達成感がユン坊の心を満たしていた。ウルフも目を細め、リンクの勝利を祝福しているようだった。
 リンクがルーダニアの背にあった何かの装置へと近寄ると、神獣の全身が清浄な青い光に満たされていく。その中心にいたリンクの姿が、光に呑まれて消えた。
「どうしたコロ!?」
 慌てふためくユン坊と、落ち着いてあたりを見回すウルフ。つまり、リンクは無事なのだろう。
 リンクが消えると同時にルーダニアは足を動かしはじめた。火口をのしのし上ってくる。ユン坊たちは急いで山道に退避する。
 ルーダニアはデスマウンテンの頂上に陣取って、顔の部分をぱくりと六つに開いた。そこに目に見えるほどのエネルギーが貯まり、赤い光線となって発射される。
 光線が向けられた先はハイラル城だった。百年前からずっと闇に包まれたままの城を、狙い定めているのだ。
 ユン坊はぼんやりと神獣の肩のあたりを見上げた。誰かが立っているような気がしたからだった。
 体はほとんど透き通っているけれど、そこにはゴロンシティの岩壁に掘られた像とそっくり同じ、ゴロンの英傑がいた。
「あ……」
 ダルケルはユン坊の方へと目線を投げると、右手を大きく振り上げた。ユン坊は顔をほころばせ、手を振り返す。
 知らず知らずのうちにユン坊は叫んでいた。
「ボクも、ご先祖様に負けないゴロンになる――ゴロ!」

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