第四章 空に樹にひとに



 神獣ヴァ・メドーがリト族を撃墜した。それを見ても、リーバルの心には何の感慨もわいてこなかった。すでに百年前、破壊の限りをし尽くした後だったからだ。
 厄災ガノンの出現を知った英傑たちは、各々の神獣へと急いだ。リーバルもそうだった。メドーに乗り込み、そこで突如として現れたカースガノンと戦い――敗れた。メドーは厄災に乗っ取られ、主たるリーバルの手を離れてしまった。一時はハイラル中の空を真っ赤に染めるほど光線を吐き出していたものだ。
 だが、それからあまり時が経たずして、厄災に呑み込まれた城から金色の光があふれた。その瞬間にメドーは沈黙し、リト族でも到達できない天空へと舞い上がっていった。おそらくあの光はゼルダ姫の力だ。リーバルが最後に会った時まで、ついに彼女の封印の力は目覚めないままであったが、いつの間に覚醒したのだろうか。だがタイミングは分からずとも、その理由だけはリーバルに伝わった。きっとあの近衛騎士が、姫の力を引き出したのだ。
 だが力が抑えられたといえど、厄災は健在である。一方ゼルダの封印は徐々に弱くなっていった。ガノン復活からどれだけの年月が経ったのかは分からないが、ごく最近、ふっと封印の力がゆるんだ。メドーは下降をはじめ、リトの村からも目視できる位置に陣取ると、バリアを張ってリト族たちを攻撃しはじめたのだった。
 死してなお、リーバルの魂はこの世にとどまった。英傑としての魂の強度のおかげか、もしくは厄災の仕業なのかもしれない。だとすると、メドーが故郷を滅ぼす光景をじっくりと観察していろ、という悪質な嫌がらせだろう。
 リーバルは生前の己が皮肉屋であったことは熟知している。だがこれほど皮肉な目にあうと、死んでいるのに気分が萎える。不思議なものだ。あるいは死んでいるからこその心境の変化か。
 ……また、リト族がメドーの制空権内に入ってきた。白い翼は、少し前にも挑んできた二人のうちの片方と同じ人物だ。仲間をやられて憤っているのは、いかにもリトの戦士らしい。そしてその背中には――
(ん?)
 格好こそ以前と違い、妙に分厚い服を着込んでいるが、どうにも見覚えのあるハイリア人が乗っていた。
(あれは、まさか)
 金の髪を強風に逆立たせ、必死にリト族にしがみついている。凍えるような上空にいようと温度を失わない空色の瞳が見えた気がした。
 メドーがリーバルの意志に反してバリアを展開し、四つの砲台を起動させた。頭部、脚部、左右の羽の先にそれぞれひとつずつ。それらは一斉にリト族に狙いをつけた。
「――!」
 リト族は体を傾けて何かを叫ぶ。
 すると、ハイリア人がリト族の背中から飛び出した。上昇気流にあおられてふわりと浮き上がる。彼はリト族に伝わるハヤブサの弓を持っていた。
 まるで時間が止まったようだった。彼が素早く二度弓を引くと、バクダン矢が砲台に吸い込まれていった。リト族の戦士の中には、「リトの目」と呼ばれる特殊な身体能力を有する者がいる。極限まで集中すると、自分以外の時間が止まって見えるというものだ。ハイリア人はそれに類似した能力を使い、バクダン矢を砲台に当てた。
 メドーも黙ってやられているわけではない。空中に投げ出されて無防備になった彼に、ビーム照準が合わせられた。今度はリト族が白い翼を羽ばたかせて割り込み、ハイリア人をすくい上げた。二人は間一髪で光線を避ける。
 異種族ながら、二人はなかなかのコンビネーションを披露していた。砲台が次々と破壊されていく。気づけばもう残りひとつだ。
 メドーは最後の抵抗をした。いつもならビームを発射しているタイミングをずらし、フェイントをかけたのだ。パラセール――かつてリト族からハイラル王家に贈られた至宝だ――を頭上に展開し、上昇気流を受けるハイリア人を真正面から狙う。とっさにリト族がその前に出た。たちまち爆発が巻き起こる。
「……っ!」
 ハイリア人がリト族の名を叫んだ。いいからメドーを、というような答えが返ってきて、ハイリア人は苦しい顔でバクダン矢を至近距離から砲台に当てた。
 ついにメドーを覆うバリアが消えた。ハイリア人は滑空しながら、肩から煙を上げるリト族を心配しているようだ。リト族は徐々に高度を落としていく。ハイリア人はそれに何か声をかけると、メドーの方に近づいてきた。
 ――そして、百年前リーバルと同じく英傑だったリンクその人が、神獣ヴァ・メドーの背に降り立った。
 リンクはメドーの背中の上で風に耐えながら前進し、勇導石に腰のシーカーストーンをかざした。
『おや、見たことある顔だ……』
 自然に声が出た。リーバルは驚く。幽霊になっても会話ができるなんて。リンクはあたりを見回し、びっくりしているようだった。
 懐かしさがこみ上げるが、リーバルはこの勇者にだけは弱みを見せたくなかった。それは百年経っても変わらない事実だ。
『ま、君は必ずここに来ると思ってたけど。でも百年ってのは、待たせすぎだよね』
「えっと……リトの英傑、リーバルさんですよね?」
 リンクは虚空に向かって話しかける。妙に丁寧なのは、リーバルに対する嫌味なのだろうか。
『どうしたんだい、そんな物言い。君らしくもない』
 リンクは困ったように眉根を寄せていた。
「百年間寝てたせいで記憶がないんです。あなたのこともほとんど覚えていません」
 リーバルは思わず黙りこんだ。
 ――そうか、覚えていないのか。
「昔の僕とは仲が悪かったんですか?」
『……本人にそんなことを聞かれるとはね。ご想像におまかせするよ』
「でも昔の僕に、お前を騎士だなんて認められないだとか、いろいろ言ってましたよね」
 なんとも中途半端なことだけ覚えているものだ。リーバルはため息をついた。
『まあいい。そのことは後だ。とにかく、きみはガノンに乗っ取られたこのメドーを取り戻しに来たんだろ?』
「あ、はい。もうルッタとルーダニアは解放したんです。残りはここと、ナボリスだけ」
 その発言で、「やはり他の神獣も乗っ取られ、英傑は皆やられたのだ」ということと、「百年経って目覚めたリンクが神獣を解放した」という事実が突き刺さる。リーバルはにぶい痛みを魂の奥に隠した。
『そうかい。じゃあ分かるだろう、まず内部の構造を示したマップを手に入れてごらんよ』
「はーい」
 リンクはゆるい返事をして、メドーの内部へと入っていく。
 風のカースガノンが取り憑いているのはメイン制御端末だ。メドー内部の勇導石を全て起動すると、やっとメイン端末が起動できるようになる。神獣に備わった砲台やバリア、それにややこしい内部構造は、本来は敵の侵入を阻むものであったが、まさか英傑を苦しめることになるとは古代シーカー族は考えもしなかっただろう。
 百年前とずいぶん様子の違う現在のリンクは、メドーの体内をきょろきょろ見回している。
 リーバルは久々に過去のことを思い出していた。
 ――百年前のリンクは、はっきり言って堅物だった。自分の騎士という立場にやたらとこだわっており、守るべき主のために剣を振るうのだ、と融通が利かないこと甚だしかった。
 だがあれはリト族と同じだ。その魂は、自由に空を――ハイリア人なら大地を――駆けたがっていた。騎士などという立場に縛られ、王家の命令に従って行動すべき者ではない。彼は戦士であり、勇者なのだ。一人で考え一人で行動し、結果を出す。リンクの本質はそちらなのだと、リーバルはほとんど最初から気がついていた。だから平気な顔で近衛騎士をつとめ、自分をごまかしているリンクが憎たらしかった。
 百年の眠りにつく直前、リンクはその矛盾に気がついたのだろうか。
「リーバルさーん」
 唐突に間延びした声で呼びかけられ、リーバルの思考は遮られる。
「ちょっと仕掛けがよく分からない所があるので、教えてほしいんですけど」
 昔のリンクでは考えられなかった間の抜けた質問を、今のリンクは平然としてくる。それも、百年前には見たこともなかったやわらかい表情で。
『……もう他の神獣を攻略したんだろう? だったらなんとなく分かるだろ』
「えー。ミファーもダルケルももっと親切でしたよ!」
 つまり、他の神獣でも英傑に聞きまくっていたのだ。
 リンクはすでに内部のマップを手にしていた。それでシーカーストーンの機能を使いメドーの体を傾けたり戻したりして、足場の途切れた向こう側まで渡ろうとしているようだ。
『ああ、キミには翼がないんだったね。失敬失敬』
 リンクはむすっとして、「昔の僕にもそんな態度だったんですか?」と尋ねる。
『そりゃあね……はっきり言って、気に食わなかったから』
 今の彼が記憶を忘れているとは言え、当の本人にここまでストレートに心情を吐露することになるとは、当時は思いもしなかったことだ。
 かつてのリンクは、口先では騎士団の数の優位性を説いていたくせに、自分が戦う段になると進んで単独で剣を振るっていた。大いなる矛盾だ。結局、あのリンクとはどんな会話をして別れたのだったか……リーバルはいまいち思い出せない。
「ここに来たのが、僕じゃなかったら良かったですね」
 結局ヒントを聞き出せなかったリンクはパラセールを広げ、すっと空に飛び立つ。角度の調整が良かったのか、無事に対岸に着地できた。リーバルは彼の発言の意図を訊きそこねた。
 リンクは時折リーバルと他愛ない会話をしながら、制御端末を起動させていった。しまいには、「慣れたらメドーの攻略が一番簡単かも」などという、リーバルが聞き逃せない軽口まで叩いていた。
 メドーの背にあるメイン制御端末の前にたどり着く。他の神獣を解放してきた彼には、この後何が起こるのかきっと分かっているのだろう。見るからに肩のあたりが緊張していた。
「……よし」
 リンクはしっかり心の準備をして、シーカーストーンをかざした。
 途端に、制御端末から厄災の怨念がどっと吹き出す。リンクは後ずさった。
 中空に邪悪なエネルギーが集まった。風のカースガノンが出現する。片腕をそのまま大きな砲台にした、見るからに物騒な化物だ。
『ああ、気をつけた方がいいよ? 百年前、僕油断しちゃってさ。ガノンが造ったそいつにやられたんだよね』
 リンクの横顔が険しくなる。
『まあ本当は、言いたかないんだけど……僕の敵討ち、頼んだよ!』
 何故だか百年前のリンクとは違って、素直に勇者の背中を押すことができた。
 リーバルの声が合図となったように、カースガノンの持つ砲身がリンクに向けられる。ため時間は短く、すぐに弾が発射された。
『やつの射撃は正確だよ! 気をつけるんだね』
「撃たれてから言わないでよっ」
 リンクは頭をかばいながら、ぴょんとジャンプで柱の陰に逃げ込む。カースガノンは次々にワープと射撃を繰り返し、彼を翻弄した。
 だが勇者もやられているばかりではない。彼が隙を見て目指したのは、メドーの飛行時に自然発生する上昇気流だった。パラセールで空高く舞い上がり、「リトの目」によってカースガノンをバクダン矢で叩き落とす。
(やるじゃないか)
 今の彼には、百年前のリンクにあったような鬼神の如き迫力はない。だが自分の持てる武器を最大限に活用して戦っていた。
 カースガノンが一声吠えると、周囲に四つの移動砲台が浮かぶ。バラバラに動いて弾を発射する、厄介な攻撃方法だ。リーバルはあれに苦い思い出があった。
『死角からも攻撃が来るよ!』
 先ほどと同じように遮蔽物を使っても、移動砲台に回り込まれる。リンクはわあわあ言いながら、メドーの背の上を走り回った。攻撃に転じる暇がない。
 カースガノンは四つの砲台を集め、突風そのものの砲撃を放った。
「ぎゃっ」
 リンクはまともに食らって吹き飛ばされ、メドーの端まで追いやられる。あわや転落しそうになり、ぎりぎりで縁につかまった。
『何やってるんだよ!』
 リーバルの叱咤も聞こえないかのように、リンクはかたく目を閉じていた。
「……やらなきゃ。情けないままだったら、彼が帰ってきてくれない」
 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、勢いよくメドーの背中に駆けあがる。
 砲撃の雨をかいくぐり、再び上昇気流に向かう。また弓を使うのかと思えば、違った。リンクはシーカーストーンによって生成したバクダンを気流に投げ入れた。
 バクダンは上空で爆発し、見事移動砲台を一掃する。その爆風の中、第二弾とばかりに今度はリンク自身が飛び上がった。
 彼はまるでリトの戦士のように誇り高く輝く目をして、弓を引く。
 ――リンクは近衛騎士であった時の記憶を失い、彼の雇い主たるハイラル王国は崩壊した。もう騎士であることはできなくなったし、リンクはそうなろうと思いもしていないのだ。そして、新しく出会い親しくなった誰か――リーバルや他の英傑たち、もしかするとゼルダ姫でもない人物――が存在し、彼を突き動かしている。
 それはそれで、いいのかもしれなかった。死んでからずいぶん丸くなったな、とリーバルは苦笑する。
 死せる英傑と違い、リンクは生きている。そして今も厄災の中心にいるゼルダを助けることができる。まさしく勇者は皆の希望だった。ミファーやダルケルも、リーバルと同じような思いを彼に託したに違いない。
 リンクの渾身の一撃でカースガノンは消滅し、制御端末は正常に戻った。
 あらためて端末に近づき、リンクはシーカーストーンを使う。花のつぼみのような形をしたメイン制御端末は、赤黒く不気味な怨念の色ではなく、青色の古代エネルギーの光をまとった。
 それを見届けてから、リーバルはリンクの後ろに降り立った。
『おや、本当に倒しちゃったのかい? シャクだねえ……』
 リンクがゆっくりと振り返る。魂となったリーバルの姿を確認し、細く長く息を吐いた。魂のリーバルはおそらく死んだ当時と同じ、群青色の翼に英傑の衣をまとっていることだろう。
『でもまあ、おかげで僕の魂は開放されて、このメドーも取り戻すことができた。君にしちゃ、がんばったんじゃないか?』
「そう……ですね。本当に、僕一人にしてはよくやったと思います」
 浮かべたのはどこか影のある笑顔だった。その理由はリーバルには知る由もない。できるのは、力を託すことだけだ。
『ご褒美に僕の能力を授けてあげる。何もない場所に、上昇気流を発生させる力――名付けてリーバルの猛りをね!』
 リンクが驚くのと同時に、彼の胸のあたりに光が現れ英傑の力が宿った。突然、風が吹いて体が空高く浮き上がる。
「うわああっ!?」
 パラセールを開くこともままならず、落ちてきたリンクは尻もちをついていた。リーバルは勇者の無様な姿を見てからりと笑った。
「い、いきなり何するんですか! それにトルネードってなんですか、カッコつけですか」
 リンクの発言は無視して、
『これから僕はこのメドーを移動させてガノンを撃つ準備に入る。君がハイラル城でやつと戦う時、助けてあげるためにね。感謝してくれよ?』
「あ……ありがとうございます」
 リンクは矛を収め、丁寧にお辞儀をした。
「それにしても、上昇気流をつくれるなんてとんでもない能力ですね。いろいろ悪さできそう」
『あんまり英傑の力を無駄づかいするなよ』
 だがリンクは話を聞かず、さっと手を天に上げた。たちまち彼のまわりに上昇気流が発生する。今度はしっかりとパラセールを広げ、飛び上がった。
「おぉーすごーい!」
 ……大丈夫なのかこの勇者、とリーバルは呆れてしまう。
「あれ……?」
 リンクが息を呑んで注視する方向をリーバルも見た。あれはハイラル大森林だろうか。森の中心で、金色の光がちかりと瞬いたようだった。
「う、嘘。まさか、あれって」
 地面に降り立ったリンクは目を見開きながら、胸を押さえていた。
『どうかしたのかい』
「いえ。リーバルさん――リーバル、ありがとう!」
 リンクは魂のリーバルへと両手を広げて突っ込んできた。当然すり抜ける。
『うわっ、キミ今何しようとした?』
 リンクは前のめりになった体を起こし、照れくさそうに振り返る。
「ごめんなさい、嬉しくなると、つい癖で……。たった今、ちょっとした希望が見つけられたんです」
 あの勇者は実はこんなに子どもっぽいやつだったということか。百年も経ってから、リンクの新たな一面を発見するとは思わなかった。
『まあ、はしゃぐのもいいけどさ。そろそろ行きなよ』
 いつしかリンクの体には、光の粒子がまとわりついていた。
 リーバルは天を仰ぐ。ここは雲の上だ。果てしなく広がる空の色は、濃紺から橙へと変わりかけていた。
『……まだやることが残ってるだろ?』
 ワープの準備に入ってだんだん薄くなっていくリンクに、リーバルは背を向ける。
『あの姫は、君をずっと待ってるんだぜ』
 背中からリンクの声が聞こえた気がした。
 ――リーバル、助けに来たのが何も覚えてない「僕」でごめん。でも昔の僕は、きみのこと、そんなに嫌いじゃなかったと思うよ。
 リンクの体は光となって天に上っていった。これでリトの村に送り届けられたはずである。
 さて、ここからはリーバルにしかできない仕事だ。制御を取り戻したメドーを百年ぶりに操ることになる。リーバルはまず、メドーの高度を下げた。目指すはリトの村――リトの止まり木の上だ。
 メドーは足を広げ、止まり木につかまる。サイズはぴったりだった。あの大岩は神獣のためにあったのだ、とすら思えた。
 そしてリーバルの指示でメドーは大きく胸を張り、ハイラル城にいるガノンに向かって、口からまっすぐに光線を発射した。これ自体に殺傷能力はない。光線は、然るべきタイミングを図るためのものだ。
 メドーが急に降りてきたため、リト族たちが驚いてあたりを飛び回っていた。その驚愕はいずれ歓喜に変わるだろう。彼らの空が、戻ってきたのだから。
『ようしメドー、狙いを定めたね。ここからガノンを捕らえ続けて、あいつが戦う時、やつに強烈な一撃を食らわせるんだ。その日までがんばってくれよ』
 神獣からしてみれば、一万年の眠りから覚め、少し動いたかと思ったら百年の封印と厄災の汚染だ。メドーはまるで意思を持つかのように生き生きと翼を広げていた。それはリーバル自慢のもうひとつの翼だった。
『ま、僕とお前は百年もこの時を待ってたんだ。あと少しくらい、どうってことないだろ?』
 リンクはきっと最後の神獣も解放し、厄災ガノンに挑む。それはそう遠くない未来の出来事だ。
『そろそろ認めるしかないみたいだな』
 メドーの肩に乗ったリーバルは、はあ、とため息をつく。
『あいつは飛べもしないくせに、この神獣にやってきて、僕にはできなかったことをやり遂げた。悔しいけど、完敗だ……』
 ほおに浮かぶのは満足感にあふれた微笑み。
『リンク。君こそ、僕らの要だ』
 リーバルは誰にも届かない声を、リトの空に向けた。



 神獣ヴァ・メドーから英傑の名を冠する広場まで送られたリンクは、真っ先にテバの様子を確認しに行った。
 彼は家のハンモックに寝転がり、妻サキや息子チューリの手厚い看護を受けていた。
「よお、リンクか……。やったみたいだな」
 リンクが訪ねていくと、テバは無理に体を起こそうとした。
「怪我は平気なんですか!?」
「大丈夫だ。妻の手当てのおかげだ。まあ、治るのに時間はかかるがな。それまでハーツと仲良くベッドの住人だ」
「サキさんごめんなさい、旦那さんに怪我をさせてしまって……」
 リンクは必死に謝るが、サキは取り合わない。彼女は本来の明るさを取り戻したようだった。
「いえ。戦士だからといって無茶ばかりするうちの主人には、いい薬です。それに、リンクさんがいなければ、テバは無事に帰ってきてくれなかったでしょう」
 リンクは照れ笑いを返した。
 テバが手招きしている。ハンモックに近づくと、彼はくちばしをリンクの耳に寄せた。
「お前はやっぱり英傑の末裔みたいだな。メドーがあんなにおとなしくなりやがった」
「ええ、まあ……」
 リンクは曖昧に首肯した。口からでまかせが広まってしまうと、今後面倒になりそうな気もする。
「そうだ、神獣ヴァ・メドーの顛末はあらかた族長に話したが、くわしいことはお前から報告してくれ。頼んだぞ」
「はい」
 テバの言う通りで、正式な依頼を受けたカーンにきちんと報告するまでがリンクのつとめであった。
 だが彼の脳内は正直それどころではなかった。テバの安全が分かると、すぐに「そのこと」に脳が支配される。もう浮足立って仕方ない。
(メドーから見えたあの光、コログの森で光ってた。間違いなく、シーカーストーンで召喚した時と同じ光だった……。
 いるんだ、あそこに、ウルフくんが。僕のことを待ってくれてるんだ! エポナにも早く教えなくちゃ)
 ほとんど直感だった。でも彼には分かっていたのだ。相棒が同じ大地にいるだけで、心をあたたかく満たすものが感じられるのだから。
 浮かれた気分のままにスキップしかけて、ふと足を止める。百年の眠りから覚めた自分が、退魔の剣を抜けなかったことを思い出したのだ。
 この先の戦いでは、必ずあの剣が必要になるだろう。リンクの力だけでは足りないことは、嫌というほど分かっている。だが、退魔の剣を抜けるだけの力量がメドー攻略によってついたとは考えにくい。
(……少し、試してみるかな)
 リンクはあることを思いついた。
 ウルフとの再会を目前にして、気持ちは高揚していた。しかし、それと同時に押し寄せる不安を彼はひた隠しにしていた。
 ――もしも、ハイラル平原であった事件と同じようなことがあり、再びウルフを失うような羽目になったら。
 その時こそ自分は耐えられないに違いない。

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