第五章 迷い子



「ゲルド砂漠に眠る神獣が、目覚めようとしているザラシ……ヴァ・ナボリスは砂嵐をまとい、雷を降らせるザラシ」
 ゲルド族長の飼うスナザラシ・パトリシアちゃんが、ヒンヤリメロンを平らげてそのお告げをした翌日。神獣ヴァ・ナボリスは百年ぶりに砂漠に姿を現した。
 ラクダという名の、古代に生息したとされる動物を模した神獣は、ゲルドの街の南東部をテリトリーとしたようだった。強烈な雷と砂嵐を撒き散らし、のそりのそりと砂漠を横断する。
 砂漠の入口ゲルドキャニオン馬宿からカラカラバザール、そして街までの街道を寸断されたらたまらない。ゲルドの民は不安げに空を見上げる生活を送る羽目になった。ナボリスが近づくと、砂漠に決して存在しない不吉な雲の色で分かるのだ。
 ゲルドの族長ルージュは街の民を集め、こう言った。
「あれはかつてのゲルドの英傑・ウルボザ様が操ったとされるヴァ・ナボリス。わらわたちの守護神じゃ」
 一人の民が意見を述べる。
「ですがルージュ様、神獣はだんだん街に近づいているように思えます。かの神獣は砂嵐をまとい、近づく者に雷を落とすとか。そんなものが街にやってきたら――」
 ルージュは大きすぎる冠を頭の上でととのえる。彼女は先代族長の母を亡くし、つい昨年ゲルドの族長に就任したばかりだった。
「ナボリスに関しては情報がなさすぎる。明日、わらわが一度姿を確かめてこよう」
「ルージュ様!」
 すぐに側近のビューラが抗議の声を上げた。ルージュにとって、その反応は予測済みだった。
「案ずるな。わらわにはウルボザ様譲りの雷鳴の兜がある。これをかぶり、パトリシアちゃんとともに偵察をしてくる」
「はっ……」
 ビューラはひざまずいて頭を下げた。すがるような民の目が、族長の全身にまとわりつく。ルージュはばれないようにこっそり息を吐いた。
 翌日、準備を整えたルージュは兵たちに見送られ、パトリシアちゃんとともに偵察に向かった。
 頭には黄金色の兜をすっぽりかぶっている。これぞゲルドに伝わる至宝・雷鳴の兜だ。神獣と対峙するにあたり、これが唯一ルージュの安全を保障してくれる。
 ナボリスを見つけるには、砂嵐に突っ込めば良い。ほどなくして黒い影が見えてきた。
「あれがナボリスか……」
 長い四足に長い首。神獣はルージュの接近を悟り、赤く染まった目を向ける。空気がぴりぴりと肌の上で弾け、ナボリスの背中が電気を帯びはじめた。
 雷が落ちる――そう直感したルージュはぶかぶかの兜を引き下げた。
「ウルボザ様、どうか……!」
 衝撃の瞬間、思わず目を閉じた。しかし彼女は無傷であった。雷は球形の障壁に阻まれ、ルージュから離れた位置を流れていった。
 彼女はほっとするが、同時に戦慄する。
「あんなものが街にやってきたら、大変なことになる」
 ナボリスの危険性が分かった以上、すぐにでも街に帰って対策を練らなければならない。ルージュは手綱をくいくい操り、パトリシアちゃんを帰路につかせる。
 だが、パトリシアちゃんは突然ぎくりとしたように跳ねた。すぐそばに、砂に擬態したリザルフォスがいたのだ。
「パトリシアちゃん!」
 パニックを起こしたパトリシアちゃんは、あろうことかまっすぐにナボリスに向かっていった。
(母様――!)
 再び襲いかかる雷。衝撃を受けきれず、ルージュは自分の体が砂に投げ出されたところまでは覚えていた。
 ――気がつくと、心配そうに側近ビューラが彼女の顔を覗き込んでいた。
 上半身を跳ね起こす。ルージュは自室のベッドに横たわっていた。
「雷鳴の兜は……」
 真っ先に出てきたのがその言葉だった。族長としての自覚はあるのだと、自分でも少し安堵する。
 ビューラは表情をゆるませた。
「ご安心ください、回収しております。パトリシアちゃん様もご無事です。ルージュ様こそ、痛みなどありませんか」
「ああ、ぴんぴんしている。しかし……そうだ、ナボリスは!」
 途端にビューラは渋い顔になって説明した。どうやら今のところ街に近づく気配はないようだが、時折街道を横切っているそうだ。兵士たちは、カラカラバザールを訪れる旅人にも注意を呼びかけているという。
「……ありがとう。そうだ、東に兵の詰め所があったな。あそこをナボリスの監視所とする。交代で二十四時間兵を置け。ナボリスに変化があれば、すぐに知らせるのじゃ」
「はっ」
 かしこまったビューラが命令を伝えるために部屋を出ていくと、ルージュは肩の力を抜いて枕にもたれかかった。そばに置かれていたパトリシアちゃんのぬいぐるみを、ぽんぽんなでる。
「母様……これで良いのでしょうか」
 ルージュは族長としてもゲルドとしても幼すぎる身である。そんな彼女に、早すぎる試練がやってきた。



 そして、試練は重なるものだった。
 ルージュは寝る暇もなく広い砂漠を駆け回った。カラカラバザールの商人たちの不安を解消するため、街の皆を安心させるため、とにかくあちこちに顔を出して話をする。族長という称号に付随する威力は絶大で、それを持つ身が少女であろうとある程度は信頼してくれるのだ。
 それとは別に、二日に一度は監視所に兵士を集め、ナボリスの対策会議を行った。そこで意見を求めたが、なかなか良い案は出なかった。ルージュが雷鳴の兜をかぶって障壁をつくり出し、同じく兵士が数人ほどスナザラシを駆って、障壁の中から攻撃を仕掛ける――ルージュはその方向で行こうとしたが、ビューラに強い反対を受けてしまった。
「もし族長に何かがあれば、雷鳴の兜を使える者は他におりません。もう少し安全な方法を探しましょう」
 じりじりと時間だけが過ぎていった。もし、自分が一人前のヴァーイで、ビューラを説き伏せられるほどであったら。ルージュはそう思わずにはいられなかった。
 二度目の事件はその対策会議の最中に起こった。なんと白昼堂々、兵士たちの大半が出払った族長の屋敷に忍び込んだ者がいたのだ。
 屋敷に残った兵への被害はほとんどなく、武器の一撃で昏倒させられているだけであった。だが、ゲルドの至宝であり作戦の要でもある雷鳴の兜が盗まれてしまったのだ。屋敷の警護を担当するビューラはもとより、ルージュは真っ青になった。
 意識を回復した兵は、賊の正体を語った。
「あれは間違いありません、イーガ団です」
「イーガ団!? このあたりにアジトがあるという武装集団か。だが、これまでゲルドと明確に敵対したことはなかったはず。旅人を襲いはするが、宝を盗むなど聞いたことがない」
「何か別の狙いがあるのかもしれません……例えば、神獣攻略を阻止するとか」
 兵の報告にうなずいたビューラは、玉座に座ることもできずに震えているルージュの足元に、ひざまずいた。
「ルージュ様、申し訳ございません。これは私の失態です。罰ならいくらでも受けましょう。しかしその前に、イーガ団のアジトを突き止めさせてください」
「いや……ビューラはよくやってくれている。罰など与えるものか。わらわが、兵を集めて会議など開かなければ――」
 ビューラは黙って首を振った。それでもルージュの心はおさまらなかった。イーガ団とやらは彼女の幼さ、無力さをあざ笑っているように思えた。
 ほどなくして、ビューラの指揮する捜索隊の手によりイーガ団のアジトが見つかった。この砂漠の近くで隠れ家になりそうな場所は、北のカルサー谷くらいしかなかったのだ。しかし、相手はかなり強固な防衛陣を敷いてきたらしい。偵察に向かった部隊が、ひどい怪我をして帰ってきた。
「これは、相当の戦力を割かなければいけませんね」
「そうだな……」
 ナボリスの監視、街やバザールの護衛、そしてカルサー谷の攻略。限られたゲルドの兵士をどう振り分けたらいいのだろう。圧倒的に人手が足りていないということだけは、戦いに疎いルージュにも分かった。
 雷鳴の兜が盗まれたことは、民には伏せている。だが彼女たちの不安はますます膨らんでいるだろう。神獣の出現からしばらく経ったのに、一向にナボリスは討伐されない。族長は何をしているのだ。やはり幼いから、力不足なのではないか――
 その幼さはルージュの責任ではない。母が若くして天に昇ってしまったのも、また。しかしルージュはそれでも族長であった。砂漠の民の全ての命に、責任があった。
 もうずいぶんとパトリシアちゃんと触れ合っていない。ルージュが最後に息抜きをしたのはいつになるだろう。焦りが焦りを呼んでいた。
 そして煮詰まった彼女は、あることを思いつく。
「なあビューラ。腕の立つ旅人に助けを頼むのはどうだろうか」
 二人きりの時に提案してみると、案の定ビューラはいきり立った。
「なっ……ルージュ様! ヴォーイに頼るなど、ありえません。やつらに貸しをつくればいずれ街への侵入を許します!」
「そうではない。砂漠の真ん中のこの街にたどり着いたヴァーイならば、腕の立つ者もいるのではないかと思ってな」
 ビューラは明らかに気が乗らないようだったが、ルージュの発案には一考の余地があったのだろう、「善処します」と答えた。
 翌日、兵士の訓練所が妙に騒がしかった。ナボリスの出現以来重々しい空気に包まれていた場所が、にわかに活気づいている。どうやら屋敷の外の住民たちも訪れているらしい。
 族長の執務室にいても、その声は聞こえてきた。
「何があったのだ?」ルージュは側近に尋ねる。
「昨日、さっそく旅人におふれを出したところ、ハイリア人のヴァーイから助太刀の申し出があったそうです。そこで実力をはかるため、兵士たちに相手をさせたのですが――」
 ビューラが言い終わる前に、ルージュは玉座から立ち上がると、一段とばしで階段を駆け下りた。
「ルージュ様!」
 本当に旅人がやってきたのだ! しかもそれはハイリア人。どうしても気になってしまう。
 訓練所では黄色い声援が飛んでいた。
「チーク隊長! そんな子どもやっちゃってください」
「リンクさーん、負けないで!」
 真ん中にある舞台の上では、二人の人物が対峙していた。一人はゲルド守備隊の隊長チーク。今回のイーガ団アジト攻略作戦の指揮を執る人物である。そして対するは、ハイリア人のヴァーイだ。
 珍しいことに、彼女はゲルドの民族衣装をまとっていた。明るい水色のヴェールは金の髪にもよく合っている。背の高いチークと比べると、笑ってしまうほどに華奢であった。だが壁にもたれて息を切らせている守備隊の面々は、どうやら彼女に撃破されたらしい。
 ルージュはこっそり観衆の後ろの方に陣取った。ヴァーイは練習用の刃のない短剣を構えている。無駄のない筋肉もついているようだ。
 そしてハイリア人のものらしき荷物のそばには、黒灰色の大きな生きものが控えていた。
「あれが例の旅人か。あのケモノはなんだ」
 やっと追いついたビューラに小声で話しかけると、彼女は首をかしげる。
「ケモノ、ですか? 一体どこに」
「そこの日陰に……」
 指さすが、ビューラにはさっぱり分からないようだった。ルージュは目が回るほどの忙しさのせいで幻覚を見ているのかもしれない、と無理に結論づける。ケモノはおとなしく日陰で寝そべっているので、無害そうであった。
「はじめ!」
 審判を務める兵士がさっと腕を振り下ろす。ルージュの目の前で、チーク対旅人の戦いがはじまった。
 チークは槍の長いリーチを活かして攻めるスタイルだ。彼女は槍を頭の上でぶんぶん振り回した。威圧感とスピードが乗った攻撃である。旅人は大きくのけぞって穂をかわした。
 そのままぐん、と前に踏み込み、槍の下へ入る。ただそれだけで、チークにはとっさに対処のしようがなくなった。
 ルージュには、ごく軽く腕を振ったようにしか見えなかった。しかしハイリア人の一撃で、チークは壁まで吹き飛ばされる。
「おお」「隊長っ!」「素敵~!」
 決着はついた。ルージュは思わず人ごみをかき分けて前に出た。試合に集中していて族長がいることに気づいていなかった観客たちが、驚いている。
「お前……名を何と申す」
 誰何すると、旅人は困ったように肩をすくめ、小さな声で言った。
「……リンク」
 いつの間にか、彼女の足元には先ほどのケモノがまとわりついている。
「こっちはぼ――私のお友達の、ウルフくんです」
 旅人にも見えているということは、幻ではないらしい。ケモノはどうやらオスのようだったが、動物ならゲルドの町の掟は適用されないだろう。そこまで規制していたら、スナザラシのオスだって街に入れなくなる。
 ルージュが何か言おうと口を開くと、ビューラがすっ飛んできた。
「ゲルド族の長ルージュ様の御前であるぞ! まずは剣をしまわれよ」
 リンクはびくりと震え、短剣を近くの兵士に押し付ける。
「よい、ビューラ。……リンクとやら。わらわのために働いてくれるか」
「喜んで」
 リンクは微笑んだ。口元を覆う薄布の裏で、唇がきれいな弧を描いている。ふと、ルージュは彼女が腰につけた石版に見覚えがあるような気がした。
 さっそくリンクも交え、ルージュは屋敷の謁見の間で作戦会議を執り行った。
 族長の前でみじめな姿を晒したチークであるが、仕事となるとさすがに切り替える。このために設置したテーブルの上に地図を広げて、新入りにも分かるように説明した。
「イーガ団のアジトは、このカルサー谷の奥にある」
 地図を見つめるリンクの顔は険しい。イーガ団に個人的な恨みでもあるのだろうか。
「やつらはかなり徹底した防衛線を敷いている。それほど雷鳴の兜を取り返されたくないのか……」
「それなら、向こうの戦力を分散させてはどうでしょうか」
 リンクは積極的に発言した。ビューラがふむ、とあごをなでる。
「囮を使うのか」
「ええ。そちらに注意をひきつけている間に、アジトに潜入して雷鳴の兜を奪還する……という作戦です」
 続けてリンクは、
「囮なら、ぼ……私がなりましょうか?」
 その発言を聞いて、床に行儀よく座っていたウルフが顔を上げた。どうしたのだろう。
「いや、わらわが囮になろう。リンクの実力を生かさないのは惜しい。リンクは突入班だな」
 この言葉に、全員がぎょっとした。涼しげなルージュの顔に視線が集中する。
「族長! 危険すぎます。どうか屋敷で待っていてください」
 ビューラはもはや懇願するかのように叫んだ。だがルージュにも限界があった。
「何かあっても、皆がわらわを守ってくれるのだろう? 何もせずに待っているなど、もうわらわにはできぬ……」
 リンクが表情をやわらかくした。
「族長さんの安全を確保しながら囮になってもらう方法を思いつきました。それならどうですか?」
 彼女が浮かべたのは、可憐な容姿に似合わぬあくどい笑みだったのだが――何故だかルージュは少しほおを紅潮させ、うつむいた。
 そしてリンクの提案は驚くべきものであった。



「本当にこれで囮になるのでしょうか……」
 ビューラは照りつける日差しを仰ぎながら、疑問を呈する。
「大丈夫だ。リンクの立てた作戦なのだから、きっと成功する」
 ルージュが請け負うと、
「妙にあのヴァーイに入れ込むのですね」
 ビューラのじっとりとした視線も気にならない。商人に扮しているのが楽しいのだ。いつもの重たい冠もない。ルージュは今、ほとんど年相応にはしゃいでいた。
 ルージュたちはスナザラシ二体に荷台を引かせ、カラカラバザールからゲルドの街への道をのんびり歩いている。荷台の上には何故かツルギバナナが満載になっていた。傷むといけないので、氷室から切り出した氷と白チュチュゼリーまで積み込んでいる。これらの物資はリンクが用意したものだった。
 何故バナナなのかというと――作戦会議でリンクは言った。
「ゲルドの街では、バナナが売ってないんですよね」
「ああ、仕入れてもすぐに売り切れると聞いたことがあるな」
「イーガ団はバナナが好きなんです。これは間違いのない情報です。だからあいつらがバナナを買い占めていくんですよ」
「何故それが確かな情報だと分かる?」
「身をもって知ってますから」
 リンクは唇を引き結ぶ。論理的な答えでないにも関わらず、何故か説得力があった。
 つまり、ずっと前から街にはイーガ団が紛れ込んでいたのだ。ルージュは苦い思いをしたが、今はそれが役に立つ。
「なので、バナナで釣りましょう」
 リンクはあっけらかんと言い放つ。堅物のビューラも結局はこの作戦に同意した。そしてリンクはどこからともなく大量のバナナを仕入れてきたのだった。
 商人に扮したビューラはいつものような武装をしておらず、短剣を一本腰から提げただけだ。それでも油断なく砂漠に目を光らせていた。
 前方から、数人のハイリア人がやってきた。中にはヴォーイも混じっている。
「わあ、バナナじゃないですか! フィローネ地方で仕入れてきたんですか?」「我々に売っていただけないだろうか」
 ものすごい食いつきようだ。ルージュたちは顔を見合わせる。ビューラがしれっと言い放った。
「これは族長ルージュ様への献上品なのだ。これから先、カラカラバザールのものも含めてバナナは全て、ルージュ様に捧げられることとなった」
 旅人たちの間に、声にならない衝撃が走る。皆、一様に殺気立った。
「そうですか……ならば」「力ずくで奪うまで!」
 赤い魔力が彼らの体を包んだ。一瞬後、旅人たちはイーガ団の装束に身を包んでいた。それぞれに得物を取り出す。
「ルージュ様!」
 立ち尽くすルージュをかばうように、ビューラが前に出る。ルージュはごくりと唾を飲み、右手を振り上げて合図をした。
「皆、出番だ!」
 荷台からバナナの束をかき分け、ゲルドの兵士が現れた。それは十分にイーガ団を圧倒できる数だった。
 兵士たちはさっと陣を展開すると、弓を構え、槍の切っ先をイーガ団に向ける。
 悔しそうにうめいたイーガ団たちは魔力を帯びた札を取り出したが、すかさず槍の穂が切り裂いた。
「おっと、離脱の術があることは知っている。だがそれを発動よりも早く、我々はお前たちを仕留められるぞ」
「くっ……」
 四名のイーガ団は縛り上げられた。
 驚くほどうまく行った。これと同じようなことが、砂漠の各所で起こっているはずだった。一体どれくらいの数を引きつけられたのだろうか。アジトに突入する本隊が楽になればいいと願うばかりだ。
 ビューラは族長に怪我がないことを確かめて、汗を拭った。
「本隊はうまく進めているでしょうか……」
「チークにリンクもいる。大丈夫だ」
 いつしかルージュの心にはリンクへの信頼が芽生えていた。



 イーガ団アジト攻略作戦の本隊は、チークに率いられてカルサー谷を目指していた。スナザラシを使うと目立つので、徒歩である。
 夜の行軍は厳しい寒さだった。リンクは露出だらけの寒々しい格好をしているので、同じような服装のゲルドたちに囲まれて一人で震えている。
 谷が近づいてきたところで、チーク隊長は二人を偵察に出した。しかし――戻ってきたのは一人だけだった。
「……おい、バレッタはどうした」
 チークは顔をしかめる。戻ってきた兵士は申し訳なさそうに、
「それが、賊のアジトを覗いてくる! って張り切って出かけていって……そのまま戻ってこなくて」
「なんだと!?」
 バレッタという兵士は相当なお調子者らしい。チークは頭を抱える。
「捕まっちゃったかもしれませんね……」
 リンクすら呆れた様子であった。
「ということは、我々の動きがばれたのか!?」
 不意に、一行の視界の端に硬質な金属の輝きが目に入った。偶然にも今日は赤き月の夜であった。不気味な色に染まった空の下、崖の上に何人もの細い影が立っている。
「イーガ団……!」
 兵士たちは息を呑む。作戦が成功すればかなりの数を別働隊が引きつけたはずが、これほど残っていたとは。
 リンクは作戦に際して支給された月光のナイフを構え、相棒にだけ聞こえる低い声を出す。
「……ウルフくん。ルージュさんにこのことを知らせるんだ」
 ウルフははっとしてリンクを見返した。リンクはイーガ団を注視している。
「お願い、行って。早く!」
 ウルフは身を翻し、全速力で砂漠を駆けていった。
 チークが槍を構えて叫ぶ。
「総員、戦闘準備!」
 その声を皮切りに、ゲルド兵士とイーガ団の交戦がはじまった。

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