第五章 迷い子



 監視所は岩でつくられた天然の要塞だった。かつては兵士たちの詰所だったのだが、神獣が現れてからは雷をも防ぐ性能に目をつけられ、監視所として機能している。
 ルージュは見張り台の上にのぼった。監視所の兵士に聞いたところ、リンクはそこにいると教えられたのだ。
 砂嵐を眺めていたリンクが気配を感じ、振り向いた。
「ルージュさん。ビューラさんの説得、成功したんですね」
「ああ。お前の名前を出したら一発だったぞ」
 これは本当だ。ビューラは意地を張っているが、すでにリンクの実力は認めているのだ。
 ルージュは違和感を覚え、あたりを見回す。
「ウルフはどうした? いないのか」
「……街で待っててもらってます」
 何故か、リンクの表情には迷いのようなものが見られた。
 理由を問うべきか否か――彼女が一瞬考え込むと、ズシンとナボリスの足音が遠くから響いてくる。ルージュは表情を改めた。砂嵐はすぐそこまで近づいていた。
「神獣ヴァ・ナボリスは目前だ。覚悟は良いか?」
「はい!」
「よし、まずはスナザラシに乗ってあれに近づく。先導はわらわが行おう。お前は隙を見て、あれの四足をこのバクダン矢で撃ち抜くのだ」
 武器庫から持ち出した矢を、まとめてリンクに渡す。
「ナボリスは地の力を得て駆動している。足を狙えば、必ず動きを止めるはずだ。だがあれから放たれる落雷は凶悪だ。一撃でも喰らったら、致命傷は免れられない……」
 リンクはごくりと唾を飲む。
 ルージュも一度は危険な目にあった。今さら、あの時の恐怖がよみがえってくる。
 だが今はリンクがいる。百年前の英傑その人が。彼がいればきっと大丈夫だと思えた。だからこそビューラも彼にゲルドの命運を託したのだ。
 ルージュは持っていた雷鳴の兜をかぶった。
「この兜があれば、落雷を退けお前を守ることができよう。しかし兜の力は遠くには及ばない。わらわから離れすぎると、お前を守ることはできん。それだけは忘れないでくれ」
「分かりました」
「あとは――傷を負い戦闘が困難になったら、この監視所まで撤退すると約束してくれ」
 リンクは意外そうに眉をひそめて、
「そんなことにはなりませんよ」
 だがルージュは念を押した。
「それでも、だ。決して無理はするでないぞ。ビューラに怒られるのは、わらわなのだからな」
 リンクは苦笑してうなずいた。
「では最後の確認だ……覚悟はできているな?」
「もちろんです!」
 二人は見張り台から降りて、それぞれのスナザラシに乗り込む。ルージュが駆るのはもちろんパトリシアちゃんだ。お告げの能力だけでなく、よく飼い慣らしてあるから操作性は抜群なのだ。前回のような不測の事態がない限り、ナボリスに近づくにはパトリシアちゃんが最も適している。あの時足りなかったのは、むしろルージュの心構えだった。
「さて。リンク、少し離れてくれるか」
 ルージュは砂の上に片膝をつき、腕を天に差し伸べる。
 砂嵐の外はいつものように快晴だ。この空の下、いつまでもゲルド族を繁栄させたい。それが族長としての彼女の願いだった。
「我が名はルージュ! 正当なるゲルド王家の末裔なり。神獣ヴァ・ナボリスを鎮めんがため、今こそ神器の力にすがる時が来た。ゲルドの始祖たちよ、雷をもって我が声に応えたまえ……!」
 兜をかぶったルージュの体から、聖なる緑の光が発せられた。それは彼女を中心に球形に広がり、雷を受け流す障壁を発生させる。
「すごい……!」
 リンクが目を丸くしていた。ルージュは嬉しそうに振り返った。
「どうだ、これが神器の力だ」
 彼女は兜をかぶり直し、
「では行くぞ!」「はいっ」
 二人は並んでスナザラシで走り出した。
 直進して砂嵐に突入する。それでも雷鳴の兜をかぶったルージュには、ナボリスのいる方向が分かった。
 砂漠に来てさほど時が経たないリンクだが、スナザラシの扱いはなかなか筋が良いように見えた。神獣騒ぎがおさまったら再開されるであろう、スナザラシラリーに参加させてみたくなる。
 ついに砂の向こうにナボリスの姿が現れた。途端に紫の電気がナボリスの背に集まっていく。
「来るぞ! わらわの近くにっ」
 リンクがスナザラシを操り、ルージュのすぐ後ろについた。その直後、兜の力が雷を弾き、球形の障壁の外側を電気が流れていった。
 一度雷を放てば、次の攻撃まで時間がある。
「今がチャンスだ。近づくぞ!」
 パトリシアちゃんを走らせリンクを先導すると、すかさず後ろからバクダン矢が飛んでいった。矢は放物線を描いて飛び、ナボリスの後ろ足を撃ち抜いた。
「よくやった!」「これであと三つですね」
 一度リンクが前に出る。真剣な顔でナボリスの動きを見極めているらしい。ルージュは彼とつかず離れずの距離を保つ。
「なかなか難しいですね。向こうも動いてるから、タイミングがいまいちつかめない……」
 その時ルージュは砂の中に、あるものを見た。
「リンク、リザルフォスだ!」
 砂に擬態した魔物。前回ルージュが苦汁を飲まされた相手である。
 彼はとっさに弓を構えた。だが相手が近すぎた。バクダン矢ではこちらまでダメージを受けてしまう。
 パトリシアちゃんを迂回させることもできず、ルージュは凍りつく。
(これではまた、前と同じ――!)
 彼女が思わず目をつむろうとすると、ぐいと手が引かれた。パトリシアちゃんは手綱の指示を受けて急角度にターンする。リンクが無理やりルージュの手をつかんで操ったのだ。彼は器用にもスナザラシでルージュと並走している。
「落ち着いて。あなたの力は本物ですから」
 ルージュはかろうじてうなずいた。リザルフォスは幸いこちらに気づくことなく、砂の上に伏せたままであった。
 また障壁にナボリスの雷がぶつかる。それでも神器の力は小揺るぎもしない。弾かれ霧散する電気を見て、彼女はあることを思いついた。パトリシアちゃんを操り、ギリギリまでリンクの隣に近づく。そしてゲルドの民族衣装であらわになった彼の腰に、手を回した。
 さすがにリンクはぎょっとしたらしい。
「えと、ルージュさん?」
「この方が狙いやすいだろう。スナザラシの操作はわらわに任せろ!」
 兜の効果を発揮させるためだ。だから妙な意味合いはない――と自分に言い聞かせた。
「行くぞ、リンク。矢の準備をしてくれ」
 二人はぴったり横に並んでナボリスの足の間をすり抜ける。リンクは息を止めて左右にバクダン矢を次々と放っていった。
 ナボリスは苦悶の声を上げる。あたりに満ちていた肌がぴりぴりするような気配が、消えた。
 ルージュはリンクから離れ、神獣を見守る。ナボリスは膝を折って、砂の上に座り込むような格好になった。すでに雷も砂嵐も止んでいる。
 ルージュは兜を脱いだ。後ろから追いかけてきたリンクに、
「わらわではナボリスを鎮めることができぬ……ここからは、英傑であるお前に託すしかない」
「はい。行ってきます!」
 リンクは族長に笑いかけ、神獣へと走っていった。ナボリスの脇腹にあった足場に飛び乗って、そのまま内部に侵入する。
 ナボリスはゆっくり立ち上がると、また歩きはじめた。ルージュは少しドキッとしたが、砂嵐をまとわず、雷を落とす様子のない神獣はひとまず無害に見えた。
 それに、リンクがすぐに神獣を鎮めてくれるだろう。
「……頼んだぞ」
 ルージュがスナザラシ二匹を連れ、街に戻ろうと身を翻しかけた時、砂漠に似合わぬ黒い毛皮を持つ動物がこちらにやってくるのが見えた。
「お前はウルフ! まさか、リンクを追いかけてきたのか」
 ウルフは息を切らせた様子もなく、切羽詰まったような目でルージュを見ていた。
「だがリンクはすでに神獣に突入している。わらわたちには、リンクの帰りを信じて待つことしかできぬ……」
 そう言うと、ウルフはぺたりとお尻を付けた。
「ここで待つつもりか? ナボリスが歩き回っているのだぞ。せめて、監視所あたりまで退避するのがいいだろう」
 ルージュが促すと、渋々ウルフはついてきた。よほどリンクのことが心配らしい。
 パトリシアちゃんとリンクのスナザラシ(街でレンタルしたもののようだった)、それにルージュとウルフは監視所まで歩いていくことにした。
 道すがら、ルージュは独り言のようにウルフに話しかけた。このかしこく物言わぬケモノに、溜め込んでいた気持ちを吐露したくなったのだ。
「リンクはお前のことを友達だと言っておったが……どちらかといえば、そう、相棒とでも呼ぶべき関係なのだな。ケモノとヒト、本来ならば主従関係にでもなろうが、わらわには二人は対等に見える。羨ましいな」
 パトリシアちゃんをなでる。ルージュにとって大切なスナザラシだが、相棒という関係とはまた違っていた。
 ウルフはむすっとした表情をしていた。鋭い目はもともとだが、おっかない見た目に輪をかけてどこか不機嫌そうだった。
「どうした。不満なのか。ああ、リンクに置いて行かれたことか」
 ウルフはぐるる、と喉を鳴らす。どうやら図星のようだった。
「その気持ちは少し分かる……。わらわは子どもだから、イーガ団との戦いの時、皆に置いて行かれてしまった。だがリンクは、わらわにも活躍の余地はあると教えてくれた。あの囮作戦はなかなか楽しかったぞ。
 それに、今回のナボリスとの戦いには、スナザラシが必要であった。さすがに砂漠では、いかなオオカミといえどスナザラシにはスピードでかなうまい。適材適所、ということだな」
 ウルフはそれでも納得がいかないらしい。
「神獣解放は、たまたまリンクにしかできないことだった。でもリンクはわらわのように、ゲルドの族長をつとめることはできない。リンクにできないことはいくらでもある。そして、リンクにできないことは、お前が補ってやればいい……そうだろう?」
 ウルフは急におとなしくなった。気がゆるんだように前を向いて歩いている。ルージュは微笑んだ。
「やはりお前はかしこいケモノだな」
 族長一行は監視所まで戻ってきた。詰めていた兵士に軽く事情を説明してスナザラシたちを預けた。ルージュはナボリスの様子を観察するため、物見台に上る。ウルフははしごを上れないので、下で日陰に隠れながら、ひたすらナボリスを見つめていた。
 どれくらい時が経っただろうか。ナボリスは突然その内部から青い光をあふれさせた。
「なんだ……!?」
 邪悪な雰囲気ではない。リンクが何かしたのだろうか。そして神獣は、今までとは違い確固たる意志を持ってゲルドの東の岩山へ向かっていった。長い足を使って山を登りきると、めがね岩のあたりに座り込む。
 ナボリスはラクダで言うところの口の部分から、北の方へと赤い光線を放った。
「あの方角は、もしやハイラル城か」
 ルージュは直感した。神獣は厄災ガノンを狙っているのだ。
「ウルボザ様……」
 もはや、ナボリスは砂漠を荒らしていた迷惑な存在ではない。ウルボザが操っていた頃の姿を、英傑リンクが取り戻してくれたのだ。
 見張り台から下を見ると、何故かウルフが街に向かって走り出していた。
 もしかして、そちらにリンクが戻っているのかもしれない。ルージュははしごを数段飛ばしで降りて、パトリシアちゃんを駆った。彼女は生き生きと目を輝かせていた。わくわくする心が抑えきれなかった。
 ゲルドの街の正門前に、きらりと光が現れた。金の髪を後ろでひとつに結び、旅人の装備に身を包んだ――ハイリア人のヴォーイが姿を現した。思わずルージュは少し遠くでスナザラシを止めた。
 彼は駆けてくる相棒を見つけ、顔をほころばせる。
「ウルフくん! いつもお迎えありがとう」
 ルージュは胸に手を置いて、ゆっくりと彼に近寄った。
「……リンク」
「わ、ルージュさん!? どうしてここに、っていうか、しまった……」
 ヴォーイは「あちゃー」と頭を抱えた。確かにあのリンクと同じ声だった。どうやら神獣の中で服を着替えたらしい。ゲルドの民族衣装のままで神獣を攻略するのは無理な話だろう。
 ルージュはくすりと息を漏らし、相好を崩す。
「無事で良かった……本当に」
「あ、はい。なんとか」
 だが、そう答えるリンクの左手はだらりと肩から下がっている。
「その腕はどうした?」
 足元のウルフからも鋭い視線が飛んできて、リンクは気まずそうにほおを掻く。
「神獣の中に、カースガノンっていうめちゃくちゃ強い魔物がいて。電気を操ってきたんですよ。その攻撃で何度もしびれちゃって。左手では盾も使うものだから、ちょっと今腕がうまく動かなくて……」
「大ごとではないか! はやく治療を――」
「い、いいですって。というかこの格好で街に入るのは無理ですから」
 すでに、ゲルドの街の門番からは好奇の視線を向けられている。族長がハイリア人のヴォーイと親しげに会話をしていた――などと噂になるのはあまりよろしくない。ルージュはリンクを入口から見えない場所に誘導した。
「こういう怪我は、おいしいご飯を食べたらすぐに治りますので。それよりも、雷と砂嵐はもう大丈夫ですか?」
「ナボリスが山に鎮座し、巨大な砂嵐もおさまった……大厄災の動向は気がかりだが、少なくとも民がナボリスに悩まされることはもうないだろう」
「良かったあ」
 リンクは心底ほっとしていた。
 ルージュは薄く微笑むと、お守り代わりに身につけていた短剣と盾をリンクへ差し出した。
「リンク、どうかこれを使ってくれ。かつてウルボザ様が使われていた、我が一族の珠玉の武具だ。七宝のナイフに七宝の盾。ウルボザ様の友であったお前に、持っていてもらいたいと思ってな」
 それは黄金に縁取られた武器と防具であった。ルージュには扱えないが、武器としての威力も抜群らしい。華麗さと実用性を兼ね備えた逸品である。
 リンクはうろたえる。
「え、でも僕……ウルボザさんの記憶は、正直あまりなくて……」
「それでも、だ」
 無理に押し付けると、リンクは渋々受け取った。
「なんとか有効に使います……」
「ウルボザ様も喜ばれよう。リンクはこれから、他の神獣を解放しに行くのか」
「いえ。実はここが最後だったんです」
 ルージュは大きく目を見開く。
「では……ついに、厄災に挑むのか!」
 ハイラル全土にとっての朗報だろう。だがリンクの表情は硬い。
「そう、なりますね。きちんと準備を整えてから、ですけれど」
「わらわに手伝えることがあれば、なんでも申すがよい。ゲルドの民は喜んでお前の助けになろう」
「あ、ありがとうございます」
「まずは、わらわとともにナボリスを倒した英雄、ハイリアのヴァーイ・リンクの名前を皆に広めねばな」
「あははは……」
 リンクはこのままカラカラバザールに帰り、怪我を治すことにしたらしい。ウルフは負傷したリンクの手をかばうように左側に立った。
 ルージュは身をかがめて、リンクに聞こえぬよう小声で話しかける。
「ウルフ。わらわはリンクと共には行けぬ。どうかわらわの分も、リンクのこと……頼んだぞ」
 オオカミは神妙な顔でうなずいてくれた。
 リンクはあえて二人の会話を詮索せずに、
「それじゃあ僕、行きます。ゲルドの街にはお世話になりました。また、いつか会いましょう」
「ああ、いつでも待っているぞ」
 ルージュはいっぱいに手を降って、二人を見送った。ゲルドの街を救ったヴォーイたちの姿が見えなくなる。
「リンク……か」
 砂漠の空気に似たさわやかな風が、ルージュの心を吹き抜けた。



 リンクとウルフは、久々にハテノ村の家に帰ってきた。
 エポナにハテノ牧場で買った飼い葉を与えると、リンクは早速昼ご飯の支度をはじめる。
 食材を料理に仕立て上げることにもすっかり慣れたものだった。ポカポカ草の実で辛味をつけた焼肉、カカリコ村のココナ直伝・野菜たっぷりのミルクスープなどを、手早くつくっていく。もはや、「微妙な料理」などとは絶対に呼べない。リンクの腕前は「普通の料理」から「少し上等な料理」くらいには成長していた。悔しいけれどウルフも認めるしかない。
 リンクは平皿に料理をよそい、ウルフへと差し出した。
「……どう?」
 ウルフはそっぽを向いた。
「やっぱりだめかあ……結構うまくなったつもりなんだけどな」
 リンクは残念そうな顔をして、自分の皿によそいなおす。たとえ二人分つくっても、彼はいつだって一人でぺろりと平らげてしまうのだった。
 正直言うと、ウルフも一度はあの料理を食べてみたい。
(でも今さら、なんかこっ恥ずかしいんだよな……一度『絶対食べない』って決めた手前さあ)
 ウルフには妙なプライドがあった。折れた方が楽だと分かっていても、意地を張ってしまう。
 リンクは相棒のつれない反応にも慣れたもので、別で用意していた肉をウルフの前に置いた。自分はテーブルについて、食器をとる。
「これを食べたら、僕はシーカーストーンでちょちょいとワープして、インパさんとお話してくるよ」
 神獣を全て解放したことを報告するのだろう。そういえば、写し絵の記憶は全て集まったのだろうか。最優先はもちろんガノン討伐にすべきだが、全てを思い出さないままゼルダ姫に会いに行ってもいいものか、とウルフは思ってしまう。
 深皿の底に残った野菜くずまで綺麗に食べた後、食器を洗って、リンクは装備を整えた。
「それじゃ、カカリコ村に行ってくる。……ウルフくんは、ここで待っててね」
 ウルフはほんの少しだけ違和感を覚えた。ただ行って戻ってくるだけにしては、リンクの荷物が多すぎる気がする。
(いや……リンクはいつも、ちゃんと帰ってきたんだ)
 そうやって彼は無理やり自分を納得させた。
 背負った剣も盾も、しっくりとリンクの背中に合っていた。旅のはじめの頃と比べ、ずいぶんと成長したものだ。事実、四体の神獣を全て鎮めた彼は立派な勇者なのであった。
 そのことが、ウルフは誇らしくもあり、少しだけ寂しくもある。
 リンクはいつものように軽く微笑むと、家を出ていった。
 ――だが、夜になっても彼は帰ってこなかった。ウルフは待ちきれず、家を飛び出した。馬屋で休んでいた愛馬へと声をかける。
(エポナ、ちょっとリンクを探してくる!)
(分かった。気をつけて)
 だがカカリコ村まで走るには、今は危険すぎる時間帯だ。ウルフは思い立って、ハテノ古代研究所に向かった。
「やっはーん、ウルフ。やっと来たネ。思ったより遅かったじゃない」
 こんな時間でもプルアはしっかり起きていた。突然入口の扉に体当たりをしてきたウルフを迎え入れ、彼女はこわばった笑みを見せた。
(……どういうことだ?)
 プルアは戸惑う彼へとよく言い聞かせるように、ゆっくりはっきり喋る。
「リンクは昼間、ここを出てったよ。これからハイラル城に行くんだって」
(え)
 カカリコ村ではなく――ハイラル城!? 
 かの城は今まで遠くから見るだけだったが、どんな場所なのかは噂で聞いている。ガーディアンがうようよいて、入った者は決して帰ってこられない魔城である、と。
 そんな場所に、あのびびりのリンクが一人で行ったというのか。
 プルアは目をすがめ、自分で自分の言葉を噛みしめているようだった。
「あの子はシーカーストーンを持っている。そしてあちこちの祠やシーカータワーが起動され、そこに自由に移動できる今、もう誰もリンクには追いつけない。リンクが今どこにいるかなんて、誰にも見当もつかない」
(そんな、まさか)
 本当に、リンクはゼルダ姫を助けに向かったというのか――相棒と呼んだ彼にすら、何も告げず。
「ウルフ、アンタはね……リンクに置いて行かれたんだよ」
 俺がいないとなんにもできないって、言ったくせに……
 ウルフの胸にむなしい思いがこだました。

inserted by FC2 system