第六章 勇者を救うもの



 ひからびたリンゴを一口かじり、「まずい……」とリンクはうめいた。
 百年放置され、略奪され尽くした食堂に残っていた食料だ。おそらく魔物によって外から持ち込まれたのだろうが、鮮度などあったものではない。それでも空腹を満たすためには食べるしかなかった。
 ハイラル城から見える空は赤く濁っていて、あの輝きと生命の気配に満ちた青空とつながっているとは思えない。厄災の巣食う魔城は、噂通り外界と隔絶された場所だった。
 彼は腰掛けた出窓から少し身を乗り出して、城の外の様子を確認する。プロペラを持ったガーディアンがすぐ下を飛行していた。慌てて首を引っ込める。去りし日にロベリーからもらった古代兵装・矢は、未だに矢筒に眠ったままだ。
 城の外には無数のガーディアンがいて、文字通り目を光らせている。死角から飛んでくるビームを警戒し続けているとみるみる気力を消耗した。彼にはダルケルの護りという強力な防御手段があったが、ユン坊のように連発することはできなかった。だから基本的には温存するようにしている。
 かつて城が栄華を誇っていた頃、崩れかけたこの出窓には兵士が――もしかすると自分も――もたれかかって、城下町の景色を眺めていたのだろうか。
 今の城下町には何もない。破壊しつくされ、かろうじて残った瓦礫の上を六本の足を持つガーディアンが徘徊している。体の真ん中にある青い目は、リンクを見つけるとたちまち真っ赤に染まるのだ。
 どうしようもなく体が寒かった。それは、恐怖で心が凍てついているからだ。
(本当にだめだな、僕。いつまで経っても弱いままだ)
 ガーディアンを見ると、いつでも新鮮に怖いのだから不思議だ。
 シーカーストーンにはかつてのハイラル城の見取り図が残っていたが、壁が崩れてしまっていたり鉄格子が降りていたりと、ずいぶん様相が違った。まずは地図からつくらなければならなかった。
 こつこつ、と廊下を渡る足音が近づいてきた。あの音の軽さはリザルフォスか。リンクは王家の槍を準備する。ゾーラ川ではさんざん苦戦したな、と思い出し、胸の奥に封印した痛みに気づかないふりをした。
 少しでも気を抜くと、今、隣にいない相棒のことを思い出してしまうのだった。



 カカリコ村に帰還したドゥランから一部始終を聞いたインパは、すぐさま迎撃隊を結成して森に派遣した。
 だが、すでにそこはもぬけの殻だった。イーガ団はおろか、パーヤとウルフすらいない。
 唯一、祠の台座の上に手紙が残されていた。その内容は、
「族長の孫と勇者の供は預かった。返してほしくば、英傑リンクが一人でラネール参道中央広場まで来るように」
 という脅迫であった。
「申し訳ございませんインパ様……全ては私の責任です」
 ドゥランは深々と頭を垂れる。ココナとプリコを助けるために、別の二人が犠牲になってしまった。どんな罰を受けても仕方ない。
「そなたの処分を決めるのは後じゃ。やつらの狙いはリンク……。とにかくリンクを見つけ出し、この話をするべきじゃろう」
 インパは各地の種族の代表に宛てた手紙を託して、ほうぼうにシーカー族を派遣した。リンクはハイラル城に向かう前に準備を整えると言っていた。決戦の前ならば、どこかでつかまる可能性が高いと考えたのだ。
 それと同時に、老女はとある人物を屋敷に呼び出す。
 青い羽を持つリト族の吟遊詩人は、馬宿で手紙を受け取ると空を飛んで馳せ参じた。
「カッシーワ殿……こういう時ばかり頼ってしまって申し訳ない」
 インパは苦しい顔で頭を下げる。カッシーワは微笑んだ。
「いえ、パーヤさんもリンクさんも、私の友人です。是非協力させてください」
「かたじけない。カッシーワ殿は、リンクの目撃証言を集めてくれぬか」
「分かりました」
 こうしてハイラル中に厳戒態勢が敷かれたのだが、何日経ってもリンクの消息は知れなかった。



 すぐ近くで爆発が起こり、リンクは半ば吹っ飛ばされるようにして部屋の中に転がり込んだ。ハイラル城の攻略を開始してから、数日目のことであった。
 ガーディアンの光線を避けてリンクが飛び込んだ先は、貴族か王族の部屋のようであった。ハイラル城の西に位置する、見晴らしの良い塔の中である。薄暗くて壁に手をつこうとしたら、本棚があったらしく盛大に中身を落としてしまった。
「あちゃあ……」
 慌てて拾い上げると、埃が舞い上がってむせた。疲れが響いていつもより数倍どんくさくなっている気がする。
 本を戻そうとして、広げられたページの中に「リンク」という単語を見つけた。思わず目が吸い寄せられる。
 表紙には「日録」とあり、その下には丁寧にも執筆者の名が記されていた。ゼルダ、と。
「これ、ゼルダ姫の日記!?」
 とんでもないものを見つけてしまった。つまり、今リンクがいるのはゼルダ姫の私室なのだ。調度品は確かに立派だったが、華麗だったはずの内装がほとんど往時の姿をとどめていないので気がつかなかった。
 この日録の中には、ゼルダの目線からみた昔のリンクその人のことが書かれているかもしれない。いけないことだとは分かっていたが、リンクはページを繰る手を止められなかった。
 写し絵の記憶で確認していた通り、出会った当初の近衛騎士リンクと王女ゼルダの仲は良好とは言いがたかった。だから、最初の方は「リンクは無口で何を考えているのかよく分からない」などと近衛騎士に関する愚痴が続いていた。ゼルダは彼の才能を羨み、そんな彼が近衛になって心底うんざりしていたらしい。だが、いくら邪険にしても献身的に仕える騎士に対して、ゼルダはいつしか心を開いていった。
 その一方で、いつまで経っても女系のハイラル王家に伝わる封印の力に目覚める気配がないことを、ゼルダはずっと気に病んでいた。大厄災の日の寸前、「嫌な胸騒ぎを覚えている」という予言めいた記述があって、日録は終わっていた。
 考えるだに、昔のリンクは今の彼とは真逆の性格だったらしい。正直リンクにとっては、ゼルダの気持ちの方がよく分かる。
(やなやつだったんだろうなあ、昔の僕)
 しかし誰も彼もが「英傑リンク」に未来を託した。シーカー族たちも、四英傑も、ゼルダもそうだ。近衛騎士には才能があり、慕われていた。
(なんで僕が目覚めたんだろう……昔のリンクじゃなかったんだろう)
 回生の眠りでは、どうして記憶が失われるのだろうか。「祠を不完全なまま起動させたせいだ」とプルアは言っていたが、体の回復と引き換えに記憶が犠牲となる、というのがどうもよく分からなかった。本当に不完全な起動ならば、そもそも体が回復しきらない事態になりそうなものだが――
 リンクはシーカー族の技術者ではない。かぶりを振って考えるのをやめた。ハイラル城の探索を進めよう。
 ゼルダの部屋の外には、別の塔へと続く渡り廊下が出ていた。敵影がないことを確認してから、慎重に歩く。
 廊下から見る光景には、なんだか見覚えがあった。
「最後の写し絵だ!」
 マメにカンギスと交流を深めてヒントをもらい、彼はすでに十二枚中十一枚の写し絵の記憶を取り戻していた。相変わらず当事者感は薄く、自分の背中まで見えるおかしな記憶ばかりであったが、それでもリンクは百年前の出来事をひとつひとつ知っていった。
 急いでシーカーストーンを操る。確かに、この渡り廊下が写されていた。
 赤い霧に包まれた魔城ではなく、日の光が差し込む往時のハイラル城の姿がよみがえってくる――
「……はあ」
 リンクは息を吐いた。記憶の中で古代遺物の研究に勤しむゼルダ姫であったが、「封印の力を目覚めさせるための修行を優先させよ」と父たるハイラル王に命じられ、悔しそうにしていた。
 百年後の現在、ゼルダ姫は厄災を抑え続けている。それは無事に力が覚醒したからに他ならない。
(結局どうやって封印の力を手に入れたんだろう?)
 リンクが余韻に浸ってぼんやりしていたら、完全に死角であった天頂方面から、突如として飛行型ガーディアンが姿を現した。
「なっ」
 たちまち目が合う。しかも、そのガーディアンは他とは違う機能を持っていた。いつものように照準を合わせてくるかと思いきや、デスマウンテンの偵察機のように警報を鳴らしはじめたのだ。
 リンクはぎょっとして振り返る。塔への入口に、黒いモリブリンが二体も押し寄せていた。
(まずい)
 武器がほとんど残っていない。彼は近衛の剣という黒い片手剣を手にしていたが、抜群の切れ味に反して非常にもろかった。あとは背中のマスターソードだが、抜くことはためらわれた。できればガノンと対峙する時まで温存したい。
 警報を鳴らし終えたガーディアンは、照準を突きつけリンクを狙う。彼は考える間もなくシーカーストーンを操作した。
 光線が放たれ、肩口に焼けるような痛みを覚えた瞬間、リンクはとっさに示した地点へと転移していった。



「ど、こだ、ここ」
 暗く、天井の低い空間だ。後ろには祠がある。正面には階段と少しだけ空が見えた。もう夜になっていたのか。そしてリンクの足元は水に浸り、かたわらにはゴーゴーハスと呼ばれる黄色の花が咲いていた。
 ゾーラの里、王宮の下部にあるネヅ・ヨマの祠だった。間一髪、安全な場所に退避できたのだ。
「助かったあ……!」
 リンクは膝を折って池の中に座り込んだ。水がズボンに染み込むのもお構いなしに。
 左肩がじわりと痛む。ガーディアンの光線で傷口が高温で炙られたので血は出ていないが、早急に手当てしないとまずいことになる。
 そのまま疲れに任せて眠り込んでしまいそうになったが、リンクはなんとか立ち上がった。ふらふらしながら池から里に出る。
「リンク!?」
 驚いた顔をしてすぐそこに立っていたのは、シド王子だった。正直見つかりたくない相手だった。またワープで逃げたくなったが、シーカーストーンはエネルギーの補給中だ。
 シドは大声を上げて騒ぎはじめる。
「どうしたんだ、その怪我は! すぐに手当てを――」
「だ、大丈夫。ご飯食べたら治るから」
「確かにそれも重要だが、きちんと治療しないといけないゾ!」
 リンクは圧倒的に元気な王子に引きずられるようにして、宿に放り込まれた。王子に頼まれたのか、コダーがやってきて介抱してくれる。
「リンリンってば勇敢なのね。でも無茶しちゃだめよ」
「料理を持ってきたゾ」
 シド王子は新鮮な魚を使ったムニエルを出してくれた。ゾーラは生食が基本だったはずだが、ハイリア人のリンクを慮って用意してくれたらしい。バターの香りを嗅ぐと、単純なことにリンクはみるみる食欲がわいてきた。粗食で我慢していた胃袋が喜んでいる。
 しっかり全部平らげてから、心配そうにしているシド王子にリンクは頭を下げた。
「ごめんなさい、迷惑かけて。何かお礼を……」
「礼など構わないゾ。だがリンク、事情を聞かせてくれないか。そんな怪我をして里に来るなんて、ただごとではないゾ」
 シド王子は真剣なまなざしを注いだ。リンクは目をそらす。まともに話せば、心配させるに決まっているからだ。
「それに、どうしてウルフがいないんだ。キミの大切な相棒ではなかったのか?」
 コダーは黙って二人を見守っている。リンクはうつむいた。
「相棒、だよ。それはずっと変わってない……僕にとっては、ずっと……」
「それなら何故――」
「僕が弱いからです。彼と一緒にいても傷つけてしまう。守ることができるほど、強くないんだ」
 シドは身をかがめてリンクの顔を覗き込むようにした。
「リンク、それは違うゾ。キミはウルフと一緒にいるからこそ、強くなれるのではないのか? ヴァ・ルッタと戦った時、オレは二人にそういうつながりを感じたゾ」
 リンクの肩がぴくりと震える。彼は思いを振り切るように、立ち上がった。
「……ごめんなさい、もう行きます」
「おい、リンク!」「リンリンってば~!」
 駆け出したリンクは、宿の出口で一度振り返った。
「シド王子、ゾーラの神父さんを知りませんか。もしいるのなら、その人を少し――もしくはずっと、お借りすることになるかもしれません」
 シド王子はあっけにとられたようである。
「何を言っているのかよく分からないが……カポーダがいるゾ。彼に何かを頼むのか? 里を離れるのは、本人の意志次第だゾ」
「ありがとうございます」
 それ以上の反論を封殺して、リンクはその場から逃げ出した。
 カポーダを捕まえたらすぐにイチカラ村に移動しよう。そこにはリンクがウルフと別れた後、リトの村から勧誘したペーダという商人がいて、よろず屋を開いていた。あそこで物資の補充がしたい。
 その後はカカリコ村に戻って、記憶を全て集めたことを報告すべきか、それとも諦めずにハイラル城に挑戦し直すべきか。リンクの胸には漠然とした不安があった。



 あの閑散とした岩だらけの土地が嘘のように、イチカラ村は大勢の人々で盛況を誇っていた。
「お、リンクじゃないか!」
「マッツさん!?」
 入口のアーチをくぐったリンクを真っ先に見つけてくれたのは、さすらいの料理人だ。久しぶりの再会となる。
 マッツは元気そうにしていた。相変わらず大量の食材を背負っている。彼はリンクの格好を見て首をかしげた。
「なんだその包帯。怪我したのか」
「まあ、ちょっと。マッツさんはここへは何をしに?」
「もちろん、究極の食材を探しに来たんだよ」
 マッツは胸を張る。まっすぐに目標に向かって進む姿は、今のリンクにはとてもまぶしかった。
 それにしても……とマッツはまぶたを閉じて、思い出に浸る。
「まさか、ここまでイチカラ村が発展するとはなあ……。お前が一役買ったおかげだって聞いたぜ。あちこちの地方から人を集めたんだって?」
「ええと、まあ……」
「アッカレ地方はもともと、何故かいろんな種族が集まる地方なんだよな。だからこの村はアッカレ地方の象徴みたいだ。まあ、食材屋がないのは気に食わないけど、その分俺の商売も捗るし」
 マッツはにやりと笑う。どこまでも明るい彼と接して、久々にリンクは気分が上向いてくるのを感じた。
「そうだ、あれから料理の腕はどうなったんだよ。例の友達には食べてもらったのか?」
 ずきりと胸の奥が痛む。肩の怪我よりもよほど深刻に。リンクはそんな自分にうろたえてしまった。
「いえ、まだ……。彼、どうしても僕の料理は食べたくないみたいで」
「ふうん、それって向こうが変な意地を張ってるんじゃないか? よし、あとで腕前見てやるよ」
「ありがとうございます。ちょっと僕、エノキダさんに用があるので」
「おう。またな!」
 リンクは村を回ってエノキダを探した。今の彼は結婚式の準備で大忙しだから、うまくつかまるかどうか怪しいものだ。
 そう、エノキダはなんと、ゲルド族のパウダと婚約したのだった。あの無愛想な男がどうやってパウダを口説き落としたのか、本人たちが教えてくれないので永遠の謎である。とにかく、彼は結婚式を挙げるにあたって、ゾーラの神父を連れてきてほしいとリンクに頼んだ。
「エノキダさん!」
 彼はパウダと一緒に女神像の前にいた。祈りを捧げていたようだ。リンクに気づき、顔を上げる。
「リンクか」「サヴァーク、リンク」
「ゾーラの神父さん、見つけてきました。きっと近いうちに村に来ると思います」
「そうか、ありがとう」
 きっとまた人を呼ぶ用事があるだろう――と思い、リンクはエノキダの言葉を待っている。
 旅装束に身を包み、肩に包帯をしたリンクを見つめ、大工はほんの少し首を傾けた。
「……リンク、あのオオカミはどうしたんだ」
「え」
 リンクは頭が真っ白になった。
 今まで話題に出なかったものだから、てっきり見えていないものだと思っていた。エノキダはずっと前からリンクの相棒の存在を知っていたのだ。
「それに、お前には何か、やることがあるんじゃないのか」
「そうよ。リンク、いつもこの村のために働いてるじゃない。自分のことはいいの」
 パウダは唇をとがらせる。リンクの心臓はどきどきしていた。
「や、やることはやってますよ、ちゃんと。ゾーラの里に行く前だって……」
「へーえ。死にそうな顔して廃墟で寝泊まりしてたのも、やることのうちなのね」
 いきなり横から口が挟まれた。ショートの銀髪を揺らし、意地悪そうな顔をしている旅人は、
「トンミさん……!?」
 リンクが迷いの森近くのラウル集落跡で出会ったトレジャーハンターだった。
「おれもいるっすよ」とニルヴァーが顔を出す。
 二人とも、一度ウルフを失ってリンクが荒れていた頃に出会った旅人だった。彼女たちにウオトリー村の存在を教えてもらったのだ。
「ど、どうしてここに……この村にはお宝なんてありませんよ?」
 尋ねると、トンミは眉間に思いっきりしわを寄せる。
「嘘だね。ちょっと岩を掘ったら宝石ザクザクなんて土地を知ってて、なんであたいらに言わなかったんだよ!」
 リンクはあっと口をおさえた。今も、イチカラ村ではグレーダの掘り出した宝石をププンダが売りさばいている。
「完全に失念してました……ごめんなさい」
「まあいいわ。ていうかあんたのその剣、近衛の剣よね」
 トンミは背中の剣を指さす。マスターソードの方でなくて助かった、とリンクは内心胸をなでおろす。
「確かに近衛の剣デース!」
 また新たな人物が乱入してきた。
「防具屋のグラネットだ」とエノキダが紹介する。リンクより渋い色の金髪で片目を隠し、シーカー族の装束を着ていた。
「ミーは駆け出しダッシュの古代文明研究者ヨ」
 グラネットという名前とおかしな言葉づかいには聞き覚えがあった。
「もしかしてロベリー博士の息子さん……?」
 グラネットはにこりと笑った。
「リンクさん、お話はかねがねダディからうかがってますヨ。ミーは防具の勉強中ですが、近衛装備のことは知ってマス。古代シーカー族が退魔の剣を模してつくった武器ですネ。耐久性には問題があるようですが……」
「そうなんですよね。だからちょっと使いにくくて」
 リンクはへらへらして誤魔化そうとしたが、トンミは鋭い視線を向ける。
「あたいはその剣を見たことがある。昔ハイラル城に忍び込んだやつが、すごい武器を手に入れたって自慢してたんだ」
 リンクの顔色が変わった。一斉に彼へと視線が集中する。トンミの表情は険しい。
「あんた、今のハイラル城に行ったんだろ」
「……そうです」
 エノキダは淡々として、
「もしかしてそれが、やることなのか」と質問した。
「はい……」
「よくもまあ、あんな危ないところに一人で忍び込めたね」トンミは呆れ果てて腕を組み、「結構実力あるんすね~」ニルヴァーが感心している。
 輪の中心で、リンクの身には「何故そんなことをしたのか」という非難が集中していた。グラネットはリンクが英傑であることを知っているだろうが、黙っていた。
「あんた地図は? もしかして、地図なしで城に入ったの?」
「これがありますから」
 リンクはシーカーストーンの画面を見せる。
「前も見たけど、こういうのに頼ってちゃだめだよ。やっぱり紙の地図よ紙の地図。濡れるとふやけるけどね。ニルヴァー、あれ出して」
「あいあいさー」
 気を利かせてエノキダが持ってきた机の上に、トンミは地図を広げた。皆が覗き込む。
 一体何をはじめる気なのだろう……とリンクは前に押し出されながら不安を抱く。
「今のハイラル城って、魔物とガーディアンだらけじゃなかった?」トンミは地図上の城を示した。
「そうなんです。戦ってたら武器が足りなくなっちゃって、にっちもさっちもいかなくなって。それで命からがら帰ってきたんですけど……」
「西や東の坑道って知ってる? 敵が少ないスポットで有名なんだけど」
「え、初めて知りました」
 ため息をつき、トンミはニルヴァーとともに書き込みで地図を埋めていく。イチカラ村の女神像前に集まった人々は、それを見ながら口々にリンクへと話しかけた。
「ガーディアンの攻撃には、ダディの研究所にあるギガレア防具が役に立ちますヨ。素材とお金さえいただければ、ここまで配達しましょうか」
「もし服がほつれたら言ってね、エノキダの作業着よりも先に繕ってあげるから」
「おいパウダ……」
「なんだか知らんが長丁場になるんだろ、うまい保存食のつくり方教えてやるよ」
 いつの間にか、マッツまで楽しそうに加わっていた。
 リンクは目を白黒させている。
「あ、あの、みんな、どうして僕のために……?」
 旅人たちとイチカラ村民は、それぞれに顔を見合わせた。
「リンクは、この村を大きくしてくれた」
「私とエノキダを出会わせてくれたじゃない」
「お前のおかげで、俺は究極の食材に近づけたんだ」
「リンクさんはダディの悲願を叶えてくれるんでショウ?」
「ハイラル城への侵入路が確保されたら、お宝がっぽがっぽじゃないの!」
「おれの取り分も増えるって寸法っす」
 恐ろしい魔城に侵入する算段をしているというのに、皆の顔は明るかった。
 彼らのほとんどは、リンクが勇者であることを知らない。だが、たくさんの出会いが夢をつないで村をつくった。そして今、皆がリンクの背中を押してくれている。
 彼らのために、厄災を打ち倒したいと思った。それはリンクの心に初めて浮かんだ、強烈な動機だった。
 何を言っていいのか分からずに、感極まったリンクが唇を噛んでいると。
「お取り込み中のところ、失礼します」
 穏やかな声とともに、広場の真ん中に青い影が降り立った。
「カッシーワさん」
 リンクの往く先々に現れ、勇者を導くリト族の吟遊詩人だ。
「リンクさん、あなたにインパ様からの伝言があります」
 手紙を渡される。リンクは内容を読み進め、息を呑んだ。
「イーガ団がそんなことを……。それに、一人で来い、か」
「ですが、今のあなたなら、別の道を選べるのではないですか」
 カッシーワに促され、リンクはまわりを見渡す。事情なんて知らなくても、手伝うと言ってくれた仲間たち――
 その輪の中から、エノキダが一歩踏み出した。
「やることが、増えたんだな」
「はい。ハイラル城に挑む前、またここに来ようと思います。その時は……みなさん、協力してくれませんか」
 リンクは深々とお辞儀をした。
「こちらでは、結婚式の準備を進めている。そうだ、ついでといったらあれだが、ハテノ村からうちの会社の社長と後輩を呼んできてくれないか。結婚式に招待したい」
「分かりました」
 リンクはカッシーワに向かってうなずく。その背にたくさんの声がかけられた。
「待ってるぞ」「いってらっしゃい!」
 リンクは少し考え、シーカーストーンの行き先を決めた。
(ウルフくん、パーヤさん。待ってて、すぐに行くから)

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