流れる者たちの公理



 クリフランドの山の端から金色の朝日が昇った。早起きしたトレサは張り切って碧閃石を仕入れ、人出の増えてきた時間帯を狙って広場に赴き、二日目の商売に挑んだ——が。
「ぐぐぐ……悔しい!」
 こぶしを握りしめ、空に向かって叫ぶ。その隣にはにやにや笑うアリーがいた。
「おや、お隣さんはずいぶん寂しいな」
「今回は負けを認めるわ」
 トレサは肩を落とした。アリーの敷布は空っぽで、対するこちらはほとんどが売れ残っていた。
 完敗である。それもこれも、アリーの口がうますぎるせいだ。
 本日、アリーはトレサの真横に敷布を広げ、これ見よがしに碧閃石を並べた。彼だって昨日の時点で宝石を見つけていたのだから、当然の展開である。むしろ昨日出店しなかったことが不思議なくらいだ。今思うと、どこかでトレサのやり方をこっそり観察していたのだろう。
 そして、彼はよく回る舌によってトレサの顧客を根こそぎ奪っていった。値付けはまったく同じだったので、完全に口で負けたわけだ。相手に合わせて器用に売り文句を変えるあの変幻自在の技は、とても真似できそうにない。
「商人は言葉が武器だ。覚えときな、もやし女」
 アリーは圧倒的な差を見せつけて揚々と引き上げていった。相変わらずの呼び方をされたが、言い返す気力もなかった。
「まだよトレサ、勝負は終わってないわ!」
 二人の対決を見物していたプリムロゼが肩を怒らせながら寄ってきた。瞳が緑に燃えている。意外と負けず嫌いだったらしい。
「さ、切り替えて仕入れからやり直しよ!」
 とはいえ負けは負けである。やる気に満ちた踊子とは反対に、トレサは落ち込んでいた。
「そうしたいのは山々だけど、もっと対策を練らないと……」
「あら珍しい。トレサが弱音を吐くなんて」
「あ、あたしだってたまには落ち込むわよ。ごめん、しばらく一人にさせて」
 思ったよりショックを受けていた。アリーは見たところトレサと同じような年齢だ。なのにあの口上のうまさはなんだろう。「負けられない」という気持ち以上に不安が大きい。果たして練習だけであそこまで舌が回るようになるのだろうか?
 いいものを仕入れれば、必ず誰かが見つけてくれると思っていた。だが、商売の肝はそれだけではないらしい。自分の強みは何だろう。目利きの腕は悪くないはずだが、それも現時点ではアリーが上回っている。まだまだ学ぶことはたくさんありそうだった。
(父さんはこういう時、どうしたんだろう)
 父親も昔行商をしていた。見知らぬ土地を訪れてその都度勝負する旅の中では、挫折する瞬間が何度もあったはずだ。この苦難を乗り越えてこそ、ひとかどの商人になれるんだ——という声が海の向こうから聞こえてくるようだった。
 消沈する彼女を見て、プリムロゼはくすくす笑う。
「下ばっかり見てると崖から落ちるわよ。よく気をつけて歩いてね」
「もう、励ましてるのそれ?」
 トレサは盛大にため息をついて、彼女と別れた。
 他の仲間たちは何をしているだろう——と考え、ぶんぶん頭を振った。今はあまり顔を見たくない。昨日、酒場であそこまで調子に乗ってしまったからなおさらだ。
 トレサはとぼとぼと町を歩く。鉱山に行くか迷った。今朝の分が余っているから仕入れの必要はないのだが、とにかく気分転換をしたかった。
 ふらふらしていると、横合いから声をかけられる。
「おい、あんた」
 無愛想なしゃがれ声だ。誰かと思えば、昨日鉱山の管理小屋で会った老婆だった。相変わらず眼光が鋭く、トレサは反射的に背筋を正した。
「あたしのことですか?」
「そう、あんただよ。ちょっと聞きたいことがあるんだが」老婆は声をひそめる。「あの緑の石はどこで見つけたんだい」
 いきなり踏み込んだ質問、しかも刺々しい調子だった。トレサは若干気圧されながら答える。
「えっと……鉱山でクズ石として捨てられていたものの中に、混ざっていたんです」
 本来ならば商人だけの秘密にしておくべきなのかもしれない。でも、この老婆相手に誤魔化すことは不可能だと思った。
 老婆は目を見開いた。
「なんだって……」
 そのまま絶句している。トレサの心はますます波立った。
「今、あの石は持ってるかい?」
「これですか」
 リュックから取り出す。老婆は碧閃石をいろんな角度からためつすがめつした。
「さっき、この石を男の商人と一緒に広場で売ってたね。あいつとは知り合いなのかい」
「この町で会ったばかりですけど、一応知り合いかな」
「つまり、この石はあんたらが見つけたってことだね」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に驚きつつ、こくこくうなずく。
「石なんて散々見てきたつもりが、全く気づかなかったよ……」
 老婆は大げさに肩を落とした。碧閃石を返してくれる。
 先ほどから何を言おうとしているのだろう。老婆のテンションの乱高下にはどうもついていけなかった。
「あのー、どうかしました?」
 老婆は答えず、腰に手をあてて鉱山を眺める。トレサも同じ方に視線を送れば、足場の上では今日も忙しそうに労働者が立ち働いていた。
「この町で一番最初に金を見つけたのは、あたしなんだ」
 ぽつりと告げられた言葉に、トレサは息を呑んだ。
「じゃあ、クオリークレストでゴールドラッシュがはじまったのは——」
「あたしのせいだね」
 老婆は「あたしのおかげ」ではなく「あたしのせい」と言った。
 これは重要な話になる、と予感したトレサは、老婆を近くのベンチに誘った。腰を据えて話を聞く態勢をとる。
「金を見つけたあたしには、この町を変えちまった責任がある」
 老婆はほろ苦い前置きをした。
 七十年ほど前、彼女はこのクオリークレストに生まれた。その頃の町は精霊石の採掘により栄えていたが、やがて鉱脈は尽きて往時の面影はすっかりなくなってしまった。
 彼女が金を発見したのは約十年前。朝の散歩の途中、見慣れた崖の一部に金色の輝きを見つけた。それを知り合いに見せて調査してもらったところ、この山には莫大な金の鉱脈が眠っていることが判明したのだ。
 こうしてゴールドラッシュがはじまった。多くの労働者がやってきて、町はにぎわいを取り戻した。しかし老婆には後悔の種があった。労働者が増えて土地や家屋が不足し、家族とともに住んでいた生家から移動せざるを得なくなったのだ。
「そのせいで孫に恨まれちまってね……。しかも一昨日、その孫がいなくなっちまったんだ」
「お孫さんが? ど、どうしてですか」
 老婆は背を丸めた。急に何歳も老け込んだかのようだ。
「さあねえ。ただ、あの子は監督と相談してモーロックの不正を暴こうとしていたから、もしかすると地主のやつに——」
 トレサの顔が引きつる。また剣呑な話になってきた。
「不正って、モーロックさんは大地主なんですよね? 金を買い取ってくれるんじゃ……」
「その買取価格がおかしいかもしれないんだよ」
「不自然に値下がりしてるとか、相場とずいぶん差があるとか?」
「いや、金が取れなくなってきてから微妙に値段は上がっている。でも、労働者たちの生活はどんどん厳しくなって、反対に地主は景気が良さそうなんだ。どういうからくりなのか、あの子が監督と一緒に調べていたんだよ」
 なるほど、昨日のモーロックに対する監督のぎこちない反応は、そういうわけだったのか。
 この町では富める雇い主が貧しい労働者を搾取しているらしい。トレサはうーんとうなる。
(それっておかしくない?)
 お金が地主に巻き上げられる一方だなんて、何かが狂っている。落ち着かない気分になりながら、トレサは老婆に向き直った。
「あの、どうしてあたしに話してくれたんですか?」
「あんたらが碧閃石を見つけたんだろう。あれさえあれば、この町は持ち直すかもしれない」
 金の産出量は年々減っている。鉱脈が尽きれば、元の寂れた町に逆戻りだ。そうなる前に安定した量の碧閃石を出荷できれば、多くの労働者を養うことができるかもしれない。
 商品もお金も人々の間を回ることで新たな価値を生む。リプルタイドの港でもそうだった。商品を船で運び、荷降ろしをして、商人が買い取る。どの過程にも別の誰かが関わって経済が成り立っていた。
 そう考えると、すっかり見慣れた鉱山にも不思議な親しみが湧いてくる。
「まあ、だからちょっとはあんたにも感謝してるってことさ」
 老婆は肩をすくめた。今の会話は、彼女なりの分かりにくい好意のあらわれだったらしい。
「あっありがとうございます……!」
 トレサは頭を下げる。老婆はふっと笑った。シワの中に目が埋もれると、第一印象とは打って変わって人好きのする表情になる。
「エベル様の残した宝物を掘り起こすのは、本来はあたしたち土地の者がやるべきなんだけどねえ」
 さりげなく付け加えられた言葉に、トレサはどきりとした。
「エベル様って、盗公子エベルのことですよね!」
「なんだい急に食いついて」
「えーっと、今ちょっと調べものをしていて。この町にゆかりのある神様なんですか?」
 思わぬところでサイラスの宿題のヒントが聞けそうだ。地元の人の話なら間違いないだろう。老婆はよどみなく答える。
「エベル様は、大陸各地を回って手に入れたお宝をクリフランドの山に隠したんだ。だからこのあたりは鉱物資源が豊富なんだよ。ありがたい話だね」
 それがコインの表に短剣が描かれていた理由だろうか? 少し違うような気がするが。
「どこかからお宝を盗んできたんですか?」
「いや、どちらかというと見つけ出してきたんだよ。エベル様のお宝は、他の地方では捨てられていたようなものだったからね」
「へえ……いらないものでもお宝になるんですね」
「謎掛けとか宝探しとか、そういうのが好きな神様でね。エベル様の残した手がかりを頼りに人々が掘り出してみたら、山の中で見違えるようにぴかぴか輝いていたっていう話だよ」
 まさしくトレサたちが碧閃石を発見した過程と同じだ。興味深い話だった。
「盗公子エベルはどうしてここにお宝を隠したんでしょうか」
「もともと流れ者で、あちこち歩いていたって話だよ。クリフランドの地形がものを隠すのにちょうどよかったんじゃないかねえ」
 その時、トレサの脳裏にランプが灯った。
(そっか。外からやってきた人じゃないと気づけない価値があるんだ!)
 地元の人にとっては見慣れたものでも、外部の人間には魅力的に映る——なんてことは往々にしてある。今回トレサたちがクズ石の中から碧閃石を見出したのも、ひとつの例だった。
 その碧閃石には金にも負けない価値がある。クオリークレストから大陸全土へと大きく羽ばたく商品に育つはずだ。
 ならば、碧閃石を別の土地に卸すのはどうだろう。地主のやり方とは違う、もっとたくさんの人にお金が流れるような仕組みを考えられないだろうか。新たな商売の種になるはずだ。
「おばあさん、ありがとう!」
 トレサは喜色満面で老婆の手をとった。彼女は目をぱちぱち瞬いている。
「そうだ。金を見つけたってことは——」続いて手記を取り出す。「おばあさんはこの手記を書いた旅人さんに会ったことはない?」
 名無しの旅人はゴールドラッシュがはじまる直前にこの町を訪れている。顔を合わせた可能性は十分にあるだろう、と期待しながら尋ねた。
 しかし老婆は首をかしげる。
「その本はなんだい?」
 この反応でだいたい答えが分かってしまった。
「ある人の手記なの。町がにぎわう少し前にここに来たと思うんだけど……多分、一人旅の若い男の人かな」手記の筆跡や内容からトレサはそう推測していた。
「残念だけど、覚えがないねえ」
「そうですか……。えっと、いろいろ教えてくれてありがとうございます」
 思わぬところで話が弾み、長居してしまった。トレサは再度老婆に礼を言って、ベンチから立ち上がる。
「——はあ!?」
 不意に、広場の方から素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「アリーの声だわ!」
 少し前まで隣で口上を聞いていたのだから、間違えようがない。何かあったのだろうか。トレサは老婆を置いて現場に急行した。
 広場ではアリーが大地主モーロックとにらみあっていた。モーロックは一人の傭兵を連れており、あたりには物々しい雰囲気が漂っていた。
(アリーったら、モーロックさんに喧嘩でも売ってるの……!?)
 人々は彼らを遠巻きにして見守っていた。トレサはハラハラしながらその輪に混ざる。
「君、ずいぶんと景気が良いようだな」
 傭兵がアリーに話しかける。尊大な態度だった。「商売の許可を出した覚えはないが?」
 追いついてきた老婆が隣に並んだ。トレサは小声で耳打ちする。
「あの人は誰なんですか?」
 老婆は眉をひそめる。
「傭兵のオマールだよ。モーロックが雇った傭兵たちの中でも一番腕が立つって噂だ」
 となるとあまり挑発するのはまずい。トレサはアリーとモーロックたちの間で何度も視線を往復させる。
「おいおい待てよ、商売の許可なんているのかよ?」
 アリーは苛立ちを隠さず地主たちをねめつけ、碧閃石を高く掲げた。
「こいつはクズ石だったんだぜ。おたくが持ってるのは金の利権だろ」
 オマールが首を横に振った。
「態度に気をつけたまえ、少年。町での売買はすべてモーロック様が管理している。今からその石の売買も我々の管理下に置くことになった」
 モーロックがうおっほん、と咳払いをした。トレサは仰天してしまう。
(碧閃石が地主に取られちゃうってこと!?)
 隣の老婆は厳しい表情をしていた。
「……ずいぶん横暴な言い分じゃないか」
 アリーは怖いもの知らずの様子でつかつかと傭兵に歩み寄り、その場の全員に聞こえるよう喉に力を込めた。
「知ってんだぜ、大地主さんよ。あんたら『金を適正な値段で買う』と言ってるが、ありゃ相場の十分の一以下の値段だ」
 トレサははっとした。見物人たちはざわめき、「本当に?」と疑問を口にする。
「あんたらは価値を知らない者を働かせ、不当に利益を得ているんだ」
 アリーはびしりと地主に指を突きつけた。モーロックは余裕を持って笑う。
「人聞きの悪いことを……それに証拠はあるのかね」
「俺は南の方の出身だからな、あっちの金の値段を知ってるんだよ。労働者からは買い叩いておいて、外の商人には高額で売りさばいているんだろ」
「言いがかりだ。黙らせろ、オマール」
 傭兵が無言で歩み出る。
 トレサは思わず身構えた。ここで暴力に訴えるなんて、形勢が悪いことを認めているようなものではないか。しかし誰もアリーに助太刀しようとしない。
 モーロックは金に飽かして実力のある傭兵を雇っている。そのせいで、どれだけ不満を抱いてもクオリークレストの住民は実質的に手が出せないのだ。
 アリーは外から来たので地主に歯向かっても失うものが少ない。その代わり、一人きりで地主と対峙することになる。
「やってみろよでくのぼう。俺はこう見えて強いぜ? 武芸も商人のたしなみよ。棒術のアリーといったら、南じゃ恐れて誰も相手したがらねえ」
 アリーはいつのまにか武器と思しき棒を取り出し、交戦の姿勢を見せる。
(ま、まずいわよアリー!)
 トレサは金銭で動くものの多さを知っている。ここでオマールに勝てたとしても、金をばらまかれたらまわりの群衆が敵に回る可能性だってある。アリーもそのくらい分かっているだろうに、頭に血が上ってしまっているのか。
 傭兵オマールは武器など不要とばかりに素手のまま構える。一触即発の状況だ。とにかくアリーを止めようと慌てて飛び出そうとして——
「ちょいと待ちなモーロックさん。あんたに聞きたいことがある」
 隣の老婆が冷水を浴びせた。
 彼女はトレサに目配せする。ここは自分に任せろ、ということらしい。
「な、なんだねあんたは」割り込まれるとは思わなかったのだろう、モーロックやまわりの群衆は呆気にとられていた。
 老婆がゆっくりと進み出る。自然と人垣が割れた。
「あんた、うちの孫がどこに行ったか知らないかい」
「孫? 何の話かね」
「しらばっくれるんじゃないよ。それに、労働者が何人も失踪してるって件はどう説明するつもりだい。もう調べはついてるんだからね」
「そ、それは何かの間違いだろう」「ご婦人、くわしい話はまた後で——」
 傭兵オマールがモーロックを守る位置に動いた。今や誰もアリーに注目していない。
 トレサはチャンスとばかりに身をかがめ、アリーのもとに駆けつけた。老婆の乱入には彼まで毒気を抜かれたようで、棒立ちになっている。
「アリー、今のうちに逃げるわよ」
 彼はびくっと肩を跳ね上げた。
「うわっトレサかよ。驚かせるなって」
「いいから逃げるの!」
「お、おいっ」
 こちらに注意が払われていないことを確認し、二人は群衆の間をすり抜けた。
 露店街にやってくる。広場の騒ぎは届いておらず、買い物客の間にはのんびりとした空気が流れていた。
「ここまで来たら大丈夫かな」
 トレサは胸をなでおろした。アリーはまだ怒りがおさまらないらしく、顔を歪めて、
「おたくもさっきの話聞いてたんだろ。悔しくなかったのかよ、碧閃石は俺たちが見つけたんだぞ!」
 彼の言う通りだった。一旦逃げて話をうやむやにしただけで、このままでは碧閃石の利権は奪われてしまうだろう。
 トレサは唇を噛んだ。
「もちろん悔しいわよ! だからって、アリーはあの傭兵に勝てたの?」
「……いや。商人が勝負できるのは口先まで。口で勝てなかった俺の負けだ」
 やはり棒術云々はハッタリだったらしい。二人はそろってうつむいた。
「でもさ、碧閃石まで取り上げられたら、ここの人たちはどうやって暮らすんだよ。ゴールドラッシュだっていつかは終わるんだ」
 それでも仕事がある限り、人々は働き続けるだろう。そして地主に搾取され続けるのだ。
 トレサが思い描いた他の町との取引きなどできそうにない。このままでは、ものの流れも金銭の流れも止まってしまう。
「俺はやっぱり納得がいかない。何かやれることがあるはずだ」
 アリーは思いつめた顔で町の奥へ走って行ってしまった。
「待ってアリー!」
 とっさに追いかけようとした彼女の帽子に、何かがぽたりと落ちる。
 いつの間にか灰色の雲が空を覆っていた。水滴が次々と降ってくる。
(にわか雨だわ)
 みるみるうちにあたりが暗くなる。思ったよりも雨足が強く、トレサは急いで近くの店のひさしの下に入った。
 クリフランド地方では時々こうした通り雨がある、と以前サイラスが話していた。実際に遭遇したのは初めてだ。
(アリーもさすがに、もう一回モーロックさんのところには行かないわよね……)
 この雨で頭を冷やしてくれたらいいのだが。
 所在なく立ち尽くす。碧閃石の詰まったリュックが重く肩に食い込んだ。
 老婆から聞いたゴールドラッシュのはじまりの話、アリーの義憤、そして彼女自身が抱いた地主への反感。さまざまな思いが胸の中に渦巻いている。
(あたし、どうすればいいんだろう……この町をどうしたいんだろう?)
 ふと財布を開き、一枚のコインを取り出す。トレサは答えを求めるように、鈍く光る表面をじいっと見つめた。

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