砂に刻む帰途



「おかえりみんな!」「おつかれさん、もう飯できてるぜ」
 宿で着替えたテリオンたちがウェルスプリングの詰め所に戻ると、食堂で夜食の準備をする二人組と出くわした。商人と薬屋だった。
 守備隊が闇市の後始末に駆り出される中、彼らは隊長の許可を得て食堂を借りた。集まったのは旅の連れの八人に加えて、今回の作戦の協力者たるリアだ。エアハルトは闇市に残って守備隊に力を貸していた。
「いくらなんでも、戻ってくるのが早すぎるわよねえ」
 踊子が柳眉をひそめる。訝しげな視線が学者に向けられた。が、彼は穏やかにほほえむだけだ。彼女は作戦を変更して商人をつつく。
「一体どんな手を使ったのよ、トレサ」
 まだウェルスプリング滞在二日目である。テリオンたちはストーンガードから一直線にこの町に来たのに、リプルタイドとアトラスダムに寄ってきた学者たちがたったの二日で追いつくなど、ありえない。一体どうやって旅程を短縮したのだろう。馬車やラクダを使ったにしろ、学者や商人の体力でそうそう踏破できる距離ではなかった。
 疑問のまなざしを受けたトレサはにーっと笑い、意味ありげに学者を見上げてから、
「それはね……内緒!」
 そう言うだろうと思った。テリオンはがくりと肩の力を抜く。
「アーフェンさんもですか……?」神官が尋ねるが、
「ああ、悪ぃな」
 薬屋はからりと笑う。きっと学者が口止めしているのだろう。薬屋たちは終始にやけていて気味が悪かった。
 パーティ会場となった昨晩とは違い、食堂には頑丈そうな四角い卓と丸椅子が並んでいる。華やかさはないが、居心地のいい雰囲気だ。卓をいくつか合わせて九人で囲んだ。
「話したいことはいっぱいあるけど、まずは再会を祝いましょう!」
 トレサの明るい声に従い、皆が杯を掲げた。
「乾杯!」
 グラスのかち合ういい音が鳴る。テリオンも今日は飲みたい気分だったので——仕事の失敗から逃避する意味もある——エールを注文した。
「こうやってみんなで食べるのも久しぶりよね」
 トレサはにこにこしながらフォークを使った。その能天気な顔を眺めていると、荒んだ気分がいくらかましになるから不思議だ。
 食卓にはサンランド地方の家庭料理が並んでいた。居残った料理人がつくったらしい。黄色いスープや乾いたパン、香辛料のきいた炒めものなどが皿に盛られている。慣れない味だが案外悪くなかった。
 踊子は辛いスープを飲んで一旦スプーンを置いた。
「サイラス、あなたたちがどうやって合流したかはもう聞かないわ。でも、それ以外のことは教えてもらえるのよね?」
 学者はうなずいた。
「もちろんだよ。私たちは、キミたちが闇市に向かった後、この町に到着したんだ」
「宿に行ったら誰もいなくてびっくりしたわよ。でもリアさんがいたから事情を聞けたの」
 トレサが言葉を引き継ぐ。皆の視線を浴びて、リアは大きく首肯した。
「みなさんのお仲間だとうかがったので、闇市の情報をすべてお話ししました」
 薬屋が景気よくジョッキをあおる。
「それから一応守備隊にも話を通そうってことになって、詰め所に行ったんだよな」
「ちょうど、わたしとエアハルトさんがリザードマンの調査から戻ってきた時だ」
 水を飲み、ハンイットが口を挟む。踊子がそちらに首を向けた。
「そうよ、リザードマンの方はどうなったの?」
「結論から言うと、闇市の主催者がリザードマンを町にけしかけていたらしい」
「……どういうことだ?」
 険しい顔をするオルベリクに、ハンイットが説明する。
 監視所でエアハルトと合流した彼女は、まずリザードマンの巣窟を再調査した。彼らは本来水辺に生息する種族であり、縄張りの近くには必ず水場がある。ハンイットは、魔物が町を襲うようになったのは水源に異変があったからではないか、という予想を立てていた。
 二人は巣窟を起点に、手分けして水源を探した。ハンイットが砂漠を歩き回っていると、別で行動していたリンデが呼びに来た。
 雪豹に案内された先には小さな泉があった。しかし——
「泉はあの規模の群れを満たせるほどの大きさではなかった」
 よく調べると、泉の端に水路のような溝が掘られていた。そちらに水が流れた結果、泉が縮小してしまったらしい。溝は途中でなくなっていた。
 エアハルトも呼んできて、二人で協議した。すぐに結論が出た。
「リザードマンを怒らせて町を襲わせるため、何者かが魔物にばれないように溝を掘って、水を枯らしたんだろう」
 彼女たちはすぐに詰め所に戻った。そこで偶然にも学者たちと遭遇した。
「あれはかなり驚いたな。まさかサイラスたちがいるとは思わなかった」
 学者は澄ました顔で話を引き継ぐ。
「私たちは連れ立ってベイル殿を訪ね、調査の結果を報告したんだ」
 学者はその説明に自らの推理を織り交ぜた。リザードマンの水場を荒らしたのは闇市の主催者であり、守備隊の目を闇市からそらすことが目的だったのではないか、と。
 詰め所で一緒にこの話を聞いていたリアは、あっと声を上げた。
「私は……その主催者に心当たりがあります」
 リアの打ち明けた話にはそれなりの信憑性があった。学者たちは守備隊とともに、町に滞在していた「その人物」のもとに向かった。本人と対面して「闇市の主催者か」と問いかけたが、当然否定された。そこで彼らは予め用意していた証拠を突きつけた。
「思い切り力技になってしまったが……その、闇市への仲介役をしていた酒場のバーテンダーに魔物をけしかけて、主催者の情報を吐かせたんだ」
 ハンイットは難しい顔でこめかみを押した。自らの行為の是非について考えているのだろう。
 兎にも角にも主催者は捕まり、衛兵たちは取り締まりという大義名分を掲げて闇市の会場に突入した。
「さっきから言ってる『主催者』って、結局誰なの?」
 説明が一段落した途端、踊子が質問を挟む。気になることは皆同じらしい。
「闇市の主催者は、サンランド十二部族の長の一人でした」
 リアが重々しく告げた。食卓に緊張が走る。
 闇市を開催していたのは、ウェルスプリングをおさめる部族と対立する部族の長だった。彼はこの町の有用性に前々から目をつけていた。オアシスを手中にすれば、ますます闇市での稼ぎが増える。そのためリザードマンを扇動し、じわじわとウェルスプリングの勢力を削ろうとしていたのだ。
 この二日間の出来事は、すべて部族同士の対立に端を発していた。リザードマンもテリオンたちも見事にそれに巻き込まれたわけだ。
「アーフェンさんたちはその後で闇市に来てくださったのですね」
 神官の言葉に、薬屋が大きくうなずいた。
「そうそう。にしても、まさか盗賊団まで襲ってくるなんてな」薬屋はこぶしを握る。「会場に入ったらけが人だらけでびっくりしたぜ」
 あの乱戦で死者が出なかったのは彼の功績らしい。いつものように無料で薬を振る舞ったのだろう。
「せっかくの闇市だもの、もうちょっとじっくり見てみたかったわ」
 商人は何故か残念そうにしていた。盗賊稼業に興味津々だった踊子といい、裏の世界を舐めているのだろうか。
 こうして学者たちと守備隊が到着し、オルベリクたちはホールを抜けてテリオンの元に駆けつけた。薬屋と商人は手分けしてけが人を治療してから、ひと足先に町に戻って食堂の準備をした。
「改めて、封書を取り戻していただきありがとうございました」
 リアはきっちり頭を下げる。彼女はすでに踊子から荷物を受け取っていた。
「後始末は私と守備隊にお任せください」
 最後に気になる一言が添えられた。
 一体リアは何者なのだろう。その気品ある物腰や多すぎる資金援助から、テリオンは「貴族ではないか」と推測していた。が、それにしては肝が据わりすぎている。暗黙の了解により正体を問うわけにはいかないが、少し気になった。彼女はテリオンが考える以上に身分が高いのかもしれない。
 話に一区切りがついた。堅苦しい雰囲気がほどけて、食事が再開される。食器がぶつかる音と他愛もない雑談が戻ってきた。
「オルベリクの旦那は、ずっと探してたエアハルトさんに会えたんだろ。これからどうするんだ?」
 薬屋が赤ら顔で尋ねると、
「エアハルトにホルンブルグを裏切るよう指示した者がいるらしい。今度はそちらを探るつもりだ」
「良かった、まだ一緒に来てくれるんだ!」商人が声を弾ませ、
「まずは情報集めからというわけだね」
 学者が興味深そうにうなずいた。彼はそのままテリオンに視線を向けた。
「しかし、竜石が盗賊団に奪われたのか……。念のため警戒を強めるよう、レイヴァース家に手紙を出した方がいいね。ヒースコート氏ならうまく対処するはずだ。どうだろう、テリオン」
「……ああ」
 学者に呼びかけられる度、びくりと肩が跳ねそうになる。
(なんでいきなり呼び捨てになったんだ……?)
 理由にまったく心当たりがなかった。この露骨な変化には全員気づいているはずなのに、誰も指摘しない。周囲から不気味に生暖かい目を向けられている気がして、この場で問いただすことははばかられた。
 神官が取り皿に炒めものを盛って商人に渡す。
「トレサさんは久々に実家に帰られたのですよね。ご両親はお元気でしたか?」
「うん。あたしがいなくてちょっと寂しそうにしてたけど、クオリークレストとの取引もうまくいってるみたいだし、順風満帆よ」
 いつしか食卓の話題は、二手にわかれていた時それぞれ何をしていたか、という方向に流れた。
 リプルタイドへの道中で貝を拾って一儲けしただの、薬屋がアトラスダムの図書館で大声を上げて司書に怒られただの、話は勝手に盛り上がる。こちらはテリオンが披露した「学者」の芝居について、狩人が嬉々として打ち明けそうになったので、急いで制止した。絶対にあの話を知られたくない相手が一緒に卓を囲んでいたからだ。
 現時点でテリオンのエールはジョッキの半分しか減っていなかった。思ったよりも杯が進まなかった。彼は何気なく周囲を見回す。
(踊子がいない……?)
 いつの間にか椅子が空になっていた。思えば雑談がはじまってから、一度も彼女の声を聞いていない。
 テリオンはだんだん食事にも話にも集中できなくなってきた。頃合いを見計らってそっと席を立つ。すでに踊子がいないのだから文句は出ないだろう。
 思ったとおり誰にも引き止められなかった。そのまま詰め所の外に出る。冷えた風を浴びた時、自分は一人になりたかったのだと悟った。
(考えることが多すぎるな)
 今日一日でどれだけ心を揺さぶる出来事が起こったのだろう。中でも一番大きいのは、もちろんダリウスとの再会だ。あの時ただでさえ動揺したのに、その後で学者たちの早すぎる帰還に直面した。もはや心が現実に追いつかない。
 黒っぽいヤシの幹の向こうにオアシスが覗く。それを横目に見ながらぶらぶら歩いた。
 泉のほとりに華奢な人影が立っていた。無視しても良かったが、テリオンはそちらに足を向けた。
「踊子」
 小さく声をかければ、彼女は豊かな髪をなびかせて振り返った。
「あら。考えることは同じね」
「まあな」と言って横に並んだ。彼女も一人で考えごとをしたい気分だったのだろう。
 踊子は薄い色のハンカチを持った手で、そっと目元に触れた。
「ここで私の友達が死んだの」
 泉を映した瞳は波立っているように見えた。
 いきなり何を言い出すんだ、という無粋な問いは飲み込んだ。黙って続きを促す。
「正確には、この砂漠でね。サンシェイドの地下道を出てすぐのところよ」
 踊子はテリオンと初めて会った日の話をしていた。もうずいぶん昔に思える。テリオンは薬屋とともに彼女を護衛し、地下道から送り出した。彼女は道の先で酒場の支配人を討ったはずだ。
 その時に友人が犠牲になったのか。おそらくあのハンカチは遺品だろう。
「あの子ったら、私の目的も知らないのに支配人から私をかばって、痛めつけられて。それが元で……」
 踊子の声はあくまで静かだった。ただし視線は泉に固定されており、仔細な表情はうかがえない。
「何故俺に話した」
 薬屋か神官、商人あたりが聞けば大泣きしそうな話だった。今までは友人の存在ごと自分の心にしまっていたのだろう。こうして打ち明けたことには理由があるはずだ。
 踊子はテリオンに流し目をよこした。
「私だけあなたの過去を知っているのは不平等でしょ?」
 とっさに返事ができなかった。彼女はダリウスの件に言及していた。目の前であんな会話をすれば、テリオンの過去はほとんど伝わったも同然だ。あの時うっかり踊子の存在を忘れてしまったことが、今更ながらに悔やまれる。
「そんな顔しなくても、誰にも言わないから安心して。でも、盗賊団の頭領が知り合いだったことくらいは話しておいた方がいいわよ。じゃないとストーンガードのサイラスみたいになるから」
 テリオンはしぶしぶうなずいた。あの町で起こった事件は記憶に新しい。ろくに情報共有しないまま行動するとどうなるか、彼は身にしみて知っていた。
 一度会話が途切れる。テリオンはこの機会に尋ねたいことがあって、再び唇を開いた。
「あんたはどうして俺に協力したんだ?」
 気に入った服をボロボロにしてまで竜石を取り戻そうとした訳を知りたかった。彼女は自分のためにならないことには決して手を出さない、とテリオンは思い込んでいた。だから不思議だった。
 踊子はハンカチをひらひらと風に泳がせた。
「そうね……何故かしら。そうそう、私も昔、あなたと同じことを思ったわ。なんで友達があそこまでして私をかばったのか、ずっと分からなかった。
 けど最近になって気づいたの。自分のための復讐とは別に、誰かのために体を張りたくなる気持ちも、私の中にあるかもしれないって。それは多分——」
 彼女は不意に口をつぐんで、テリオンの背後に視線を投げた。
「二人ともここにいたのか」
 聞き慣れた低声が心地よく鼓膜を叩く。「急にいなくなるから皆心配していたぞ」
 ランタンを持ったオルベリクが立っていた。ほのかな明かりが暗闇に沈んだ二人を照らしあげる。
 その言葉はきっと方便だろう。彼はあえてテリオンたちを送り出し、時間を置いて迎えに来た。彼はこういう気遣いができる男だった。
 二人は黙ってオルベリクを見返す。彼はどこか気まずそうな顔になり、
「……もしかして邪魔をしたか」
「違う」「違うわ」
 テリオンたちは同時に首を振った。妙な勘違いをされてはたまらない。
「む、そうか。では何故——」
「竜石を取り返すための作戦を練ってたのよ。ねえテリオン?」
「……ああ」
 踊子は適当に誤魔化すつもりらしい。テリオンも口裏を合わせた。
「そうか、テリオンがプリムロゼと話し合って……そうか」
 オルベリクは何故か感慨深げにうなずいた。次いでこちらを見やり、
「テリオン、ひとりですべてを背負う必要はない。できる範囲でだが、俺たちも力になれる」
 急に話が変わった。テリオンの脳裏に疑問符が浮かぶ。どうやらオルベリクは「テリオンが目的のために踊子を頼った」と勘違いしたらしい。だから満足気な顔をしたのだ。
「……馴れ合うつもりはないんだがな」
 肩をすくめる。するとオルベリクは一歩踏み出した。
「いや、これは馴れ合いではない。助け合いというものだ。何かあれば遠慮なく俺たちを頼れ。プリムロゼもそう思ったから、竜石の相談に乗ったのだろう?」
「さあ、どうかしらね」
 踊子はそっぽを向く。しかし、赤く染まった耳は隠せていなかった。
 彼女はテリオンに頼ってほしかった。オルベリクの発言をそのまま受け取ると、こういう結論になる。もしや、それが竜石集めに手を貸した理由なのか?
「頼る相手なら他にもいる。テリオン、お前はもっとサイラスに頼っていい。あいつならきっとお前の助けになるはずだ」
 疑問で頭がいっぱいになっていたところに、オルベリクから痛烈な一撃が加えられた。ろくに酒を飲んでいないにもかかわらず、テリオンは危うくよろめきそうになった。
 学者は今、一番向き合えない相手だ。正直それどころではなかった。ダリウスの存在や奪われた竜石など、他に考えるべきことは山ほどある。あの男に思考を割いている暇はない。
 目を白黒させるテリオンを、踊子は愉快そうに眺めた。
「あの人に頼るのはいいけど、代わりにこっちの懐をどんどん探ってくるのが困りものよね」
「俺の番もそろそろか……」
 オルベリクは難しい顔で腕組みをする。テリオンはますます学者を遠ざけたくなった。
 ランタンの明かりが揺れる。踊子はおもむろに剣士に近寄ると、そのたくましい腕をとって体を寄せた。彼はぎょっとしたようにのけぞる。
「ねえオルベリク、宴会はまだ続いているのよね?」
「あ、ああ」
「守備隊が帰ってくるまで飲み直そうかしら」
「そうか……」
 もはやオルベリクは照れるというより困惑していた。
 ひとしきり相手の反応を楽しんだ踊子はぱっと身を離し、剣士を置き去りにして立ち去った。その耳はまだ赤かった。今の唐突なからかいは、照れ隠しの一種だったのかもしれない。
 解放されたオルベリクはほうっと息をつく。
「テリオンも気が向いたら戻ってこい。アーフェンが寂しがっていたぞ。お前がいないとはじまらないらしい。……俺も、同じ気分だ」
 テリオンはじっと彼を見上げた。剣士や踊子と話すうちに、頭の混乱はおさまりつつあった。
「少ししたら戻る」
「そうか、詰め所で待っているぞ。……それとな、テリオン」
 まだ何かあるのかと視線を返せば、オルベリクは改まったようにぴんと背筋を伸ばした。
「お前が俺をここまで導いたおかげで、エアハルトと会うことができた。礼を言う」
 彼はすぐに身を翻した。ランタンの明かりが離れていく。
 テリオンはぽかんとして彼を見送った。
(導いた? 俺が?)
 まるで身に覚えのない話だ。酔っ払って誰かと勘違いしたわけでもないだろう。ならばあれはオルベリクの本心だ。
(俺のおかげなんかじゃない。あんたは自分で選んで旅に出て、この町まで来たんだ)
 テリオンは、山間の村でオルベリクを旅の連れに加えた日のことを思い出した。
 ——山賊の根城に攻め込み、さらわれた男児を無事に助け出したオルベリクは、偶然にも山賊の頭領から「エアハルトがどこかで生きている」という話を聞いた。彼は居ても立ってもいられなくなり、旅に出ることを決意したという。
「俺もお前たちの道行きに加えてもらえないか」
 山賊退治に成功したテリオンたちは、村人の歓迎を受けて結局コブルストンに連泊することになった。その夜、オルベリクはわざわざ宿の部屋を訪れて、そう申し出た。
「悪いが俺たちにも目的がある。今向かっているのはノーブルコートだ。あんたの行きたい場所とは反対方向だぞ」
 テリオンは腕組みしながら答えた。
「それでも構わん。決して足手まといにはならないつもりだ」
 この剣士を足手まといと言い切れる存在がいたら教えてほしい。テリオンは大きくため息をついて、
「……俺はもう何も言わない。他の二人にはあんたから話を通してくれ」
「そうか。ありがとう、テリオン」
 オルベリクは片手を差し出した。思わず握り返す。その時、彼は初めてテリオンの前で緩んだ顔を見せた。
 そうだ。ほとんど無理やり旅についてきた他の二人とは違って、オルベリクを受け入れたのは他でもないテリオンだった。
 ——闇に沈んだウェルスプリングの町を、亡国の青衣がゆっくり遠ざかっていく。
 テリオンも踊子も、どうやってもオルベリクのように過去をつなぐことはできない。昨晩抱いた確信がじわりと復活し、胸に広がっていく。たとえテリオンがダリウスと剣を交えても和解など不可能ということは、誰よりも彼自身が一番分かっていた。
(それでも、俺はオルベリクの背を追ってみたい)
 彼のようにはなれなくても、彼が目指す正道を自分の足でたどってみたい。
 テリオンはマフラーの中に息を吐く。いつしか己の中に芽生えていた気持ちを、今やっと自覚した。
 ボルダーフォールを旅立った時、テリオンは一人だった。竜石奪還という目的は自分だけで抱えるはずだったのに、今や当たり前のように旅の連れと目的を共有している。近頃はそれを「悪くない」どころか、心地よいとさえ感じられるようになった。それこそが、オルベリクがテリオンに示し続けた道だった。
 先ほど踊子が言いかけた台詞が分かった。彼女が亡友の行動を理解できるようになったのも、きっとオルベリクのような男と出会ったからだ。その背に守られ、彼の生き様を見たから、「人のために」という境地にたどり着けた。
 テリオンは暗い砂に埋もれた道、もう戻れない道を踏みしめていく。その先に、一つの明かりが見えた気がした。

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