若葉のワン・ステップ



「釈放された? 野盗が全員、ですか!?」
 トレサは思わず商会の主人に食ってかかった。
 街道で野盗たちを捕らえた一行は、ゴールドショアに戻って衛兵に野盗の身柄を引き渡した。ちょうどその頃オフィーリアと行商人も例の道を使って町にたどり着き、碧閃石は無事に商会へ送り届けられた。たいそう喜んだ商会の主人は「報酬は明日までに準備しておく」と言って、その日の宿泊場所まで手配してくれた。完全に機嫌を直したトレサは、確かな手応えを感じながら、ふかふかのベッドでぐっすり眠った。
 そして、翌日。トレサとオフィーリアは約束どおりに武器防具の割引を得るため、商会を訪ねた。主人は応接間にて丁寧な物腰で二人を迎えた。特にトレサに対する態度は当初とは大違いで、彼女は大いに気を良くした。しかし、主人の顔色の悪さが気になったオフィーリアが「どうしたのですか」と尋ねたところ、とんでもない話を聞かされたのだった。
「あの野盗は今まで何度も悪さしてるんでしょ。なのに、なんで野放しになるの?」
 怒り心頭に発したトレサが早口で言うと、主人はうなだれる。
「それが……証拠が不十分だと言われてしまって」
 確かに物的証拠はない。野盗を衛兵に引き渡した後でアジトと思しき帆船も調べたが、碧閃石はなかった。おそらくすでに闇のルートに流したのだろう。それでも野盗たちが馬車を襲ったことは事実で、証人もたくさんいる。お咎めなしで釈放、では筋が通らなかった。
 主人が弱々しく声を絞り出す。
「……おそらく、野盗は示談金を払ったのでしょう」
「それは」
 トレサは絶句し、オフィーリアがいつになく険しい顔になった。
(お金で解決するなんて……)
 碧閃石の売上を使って取引したということか。この町の衛兵はまともに機能していないのだろうか、とトレサは暗澹たる心地になる。
「ああ、もちろん護衛してくださったみなさんへのお礼はします。全品半額にしますので、ぜひ何か買っていってください」
 そう言って主人は無理矢理に笑う。トレサは隣の神官に目配せした。これ以上主人を問い詰めるのは酷だ。
「えっと……それじゃ、何を買うかは仲間と相談して決めますね。ここで扱ってる商品のリストをもらえませんか」
 トレサは主人から紙を受け取り、そそくさと商会の建物を抜け出した。
 乱暴な足取りで石畳を踏みしめて、商会が見えなくなる場所まで来た。彼女はくるりと振り返り、黙りこくるオフィーリアに同意を求める。
「おかしいわよね、こんなこと!」
 神官はゆるゆるとかぶりを振った。
「そうですね……。野盗と衛兵の間でどのようなやりとりがあったのでしょう」
「サイラス先生かアーフェンなら、衛兵から何か聞き出せるかも。まずはみんなにこのことを知らせないと」
 トレサは両のこぶしをぎゅうっと握った。オフィーリアも力強くうなずく。
「わたしもドノヴァン司教様を頼って情報を集めようと思います。トレサさんはみなさんに話を伝えてもらえませんか」
 ゴールドショアの町には聖火を祀る大聖堂があり、教会が強い影響力を持っている。聖火の運び手たるオフィーリアが頼むことで何らかの手助けが期待できた。
「分かったわ。こっちは任せて!」
 二人は決意を胸に燃やしてそれぞれの道へと別れた。オフィーリアは大聖堂のある貴族街の頂点を目指して階段を上り、トレサは下層の庶民が暮らす区画へと向かう。
 野盗問題が根本的に解決されないまま放置すれば、また碧閃石が狙われるかもしれない。次こそ証拠をそろえて野盗を捕まえるにしても、一度返り討ちにあった彼らは滅多なことではしっぽを出さなくなる。盗る者と盗られる者、追う者と追われる者の間でいたちごっこになりそうだった。
 勇んで宿に戻ったトレサは、待っていた仲間たちとともに、混雑する時間帯を過ぎた空っぽの食堂に繰り出す。円形のテーブル二つに分かれて座った六人へ、彼女は熱く事情を語った。
「……なるほど。つまり、野盗が釈放された裏で衛兵との間に何か取引があったかもしれない、ということか。そちらは私が調べてみるよ」
 綺麗なラインのおとがいをなぞり、サイラスは二つ返事で引き受けた。トレサがほっとしたのもつかの間、テリオンが珍しく声を張る。
「待て。商会は報酬を出すと言っているんだろ。これ以上俺たちが関わる必要はあるのか」
 仲間たちは虚をつかれたように静かになった。トレサは冷静に答える。
「碧閃石はあたしが扱った商品だもの、最後まで面倒を見るわ。あ、でもみんなが無理して協力する必要はないから――」
「そうじゃない」
 首を横に振るテリオンの台詞を、プリムロゼが引き継いだ。
「私も同じ意見よ。トレサはこの話が完全に解決するまで付き合う気なの? そんなのいつになるか分からないでしょ。私たちだって旅の途中なのよ、ずっとここにいることはできないわ」
「確かに、思ったより根が深そうな問題ではあるな。人間のトラブルは狩りのようにはいかないか……」
 ハンイットは難しい顔になる。アーフェンが慌てたように身を乗り出した。
「でもよ、中途半端に放り出すのは商人の信用上よくねえだろ? 俺もエリンたちの住んでる町に野盗がうろついてるなんて嫌だし」
「そこまでいくと治安の問題になるな。野盗の釈放を知ってしまった以上、見過ごしたくはないが……」
 オルベリクは迷いながらも薬師の肩を持つ。こういう時真っ先に口を開きそうなサイラスは、黙って推移を見守っていた。
 完全に割れた意見を前に、トレサは頭を抱えたくなる。今回こそ彼女はオフィーリアがいない状態で仲間を説得しなければならなかった。
 悩んだ末に、彼女はばん、とテーブルを叩く。
「じゃあ、一日だけでいいからあたしに時間をちょうだい! 今日中に解決できなかったらもう諦めるわ」
「……仕方ないわね」
 プリムロゼは息を吐き、テリオンが黙って瞑目する。一応納得したようだ。
 結論が出るまで待っていたらしいサイラスが、すっと椅子から立ち上がった。
「それでは、私は衛兵の方を調べてみるよ」
「俺も町で関係ありそうな噂を聞いてくる。旦那も付き合ってくれねえか?」
「分かった」
 さっそく男性三人が食堂から出ていった。表情を消してその場に居残るテリオンへ、トレサは商会からもらったリストを渡す。
「テリオンさん、時間があったらこれ読んで、買い替える装備を選んでおいてくれる?」
 返事がないまま紙はすばやく外套の下にしまわれた。テリオンはそのままどこかへ消える。
 機嫌を損ねてしまったか、と不安な気持ちで空いた席を見つめるトレサのもとへ、今度はハンイットがやってきた。
「トレサ。わたしは釈放された野盗がどこに行ったのか調べようと思う。昨日リンデが野盗と戦ったから、ある程度はにおいや気配をたどれるはずだ」
「本当? 頼むわよリンデ!」
 誇らしげに背を反らす雪豹に、トレサはぺこりと頭を下げた。そこにプリムロゼがやってきて、テーブルに片手をつきながら狩人をねめつける。
「ちょっとハンイット、甘やかしてるんじゃないの」
 ハンイットはふっと笑って視線を流し、そのまま食堂の入口に足を向ける。トレサとプリムロゼはつられたように後を追った。
「そう言いながら、あなたもついてくるんだな」
 入口で振り返ったハンイットが軽口を叩く。「……もう」とプリムロゼは不満げに唇を歪め、トレサはばれないように小さく笑った。
 女性三人と雪豹はそろって太陽の下に出た。野盗が一時収監されていたのは、衛兵たちが駐屯する詰め所の近くにある牢屋だ。海から聞こえる涼やかな波音とは裏腹に、どこかじめじめした道を通って牢屋の前に行く。
「よし。任せたぞリンデ」
 ハンイットが調査開始を宣言すれば、優秀な雪豹はガウと返事をして鼻先を石畳に近づけた。魔物は程なく顔を上げ、相棒に目配せしてからしゃなりしゃなりと歩き出す。
「さっそく探り当てたらしい」
 狩人が満足そうにうなずいた。リンデはしっぽを立て、人々の好奇の視線を浴びながら、迷いなく石畳の道を歩いていく。
 ゴールドショアは海辺の町であると同時に、階段の町でもある。リンデは無数に設けられた階段のうちのひとつを目指した。階段をぐるりと回り込むと、壁との間にスペースが空いており、細い路地への入口があった。三人は雪豹を追って路地に入る。だんだんリンデのスピードが上がってきた。
「リンデ。一体何を見つけ――」
 ハンイットは途中で声を飲み込んだ。雪豹が姿勢を低くしてにらむ先、路地の突き当たりに人影が見えたのだ。即座に指示が飛び、リンデは道の脇に置かれた木箱の陰に伏せる。一方の人間たちは壁にはりつくようにぴったり並んだ。ちょうど張り出した柱の凹凸に隠れる形になる。
 トレサはおそるおそる首を前に傾けて、路地の奥を観察する。そこで二名の人物が向かい合っていた。どこか粗野な雰囲気の男と、傲慢そうな男が何か話している。前者はどこかで見た覚えがあった。後者は平服だが、隠しきれない気品が漏れている。
 よく耳を澄ますと、小さな声が聞こえた。
「すみません旦那、失敗しちまって」
 トレサははっと身を固くする。この声は野盗の頭のものだった。リンデの道案内は正しかったのだ。
「まったくだ。おかげで余計な金を使った」
 こちらは見た目通りに態度が大きかった。野盗相手にこの台詞を吐くということは……。相手の素性をぼんやりと想像しながら、トレサはより一層聞き耳を立てる。
「旦那の名前は出してませんから、ご安心を」
「当たり前だ。次は失敗するなよ。お前らなど、いつでも切り捨てられるのだからな」
 野盗がにやりと笑う気配がする。
「分かっていますよ、ドレビンの旦那」
「……次に外でその名を呼んだら契約を打ち切るぞ」
 唖然とするトレサは、突然ハンイットに手首を掴まれた。そのまま引っ張られて路地を脱出する。プリムロゼとリンデも間を置かずについてきて、一行はすばやく階段の裏に身をひそめた。
 先に路地を出たのはドレビンと呼ばれた男だ。こちらに気づいた様子はない。しばらくして、何食わぬ顔で野盗が町に繰り出していった。トレサは歯ぎしりしたい気分で見送る。秘密の会合を終えた二人は、それぞれ人混みに紛れて姿を消した。
「い、今のって……?」
 胸のどきどきをなんとかおさえて声を絞り出した。プリムロゼが緑の瞳を鋭くすがめて、吐き捨てるように答える。
「貴族のドレビンでしょ。商会に護衛を斡旋したってやつよ」
 その冷え切った声にトレサは背筋を震わせ、同時にあることを直感する。
(そっか、ドレビンは護衛を出す側だから、野盗に正確な情報を流せたんだ……)
 昨日テリオンが危惧していたとおり、野盗はあらかじめ護衛の情報を知っていたのだ。
 野盗に行商人を襲わせ、商会からは護衛の代金を取り、最悪の場合は金で黙らせる。そうしてドレビンは商会から二重に搾取していた。貴族だからこそできる悪どい方法に、トレサは思わずうなってしまう。
「なるほど……野盗が解放されたからくりはそれか」
 ハンイットが苦々しい顔でつぶやいた。
 確かゴールドショアでは、かつてこの地に大聖堂を建立する際に尽力したメンバーが貴族として取り立てられ、以後も権力を握り続けているらしい。そんな相手と野盗の間に何故接点が生まれたのかは分からないが、ドレビンが地位と財力を悪用していることは間違いなかった。
 もやもやした気分で階段の陰を出た三人は、まぶしい光に目を細める。
 ――と、リンデが軽く啼いた。まるでその声に呼ばれたように、高らかな靴音が近づいてくる。
「おやリンデ。みんなもこんな場所にいたのか」
 黒いローブを海風に揺らしたサイラスだった。彼は三人の顔を見て何かを察したように眉をひそめたが、珍しく探りを入れずに手帳を取り出す。そこに衛兵の詰め所で得た情報が書かれているのだろう。
「一通り話を聞いてきたよ。衛兵のもとに釈放金を持ってきたのは、野盗ではない第三者だ。正体までは探れなかったが――」
「貴族のドレビンよ」
 プリムロゼの即答に、サイラスが一瞬黙った。次いで、周囲に配慮するように声をひそめる。
「ほう。それは私の仮説を補強する材料になる。……護衛と野盗はおそらく同一人物だよ」
「えっ」
 大声を出しそうになったトレサは、慌てて口をふさいだ。サイラスは涼しい顔で続ける。
「雇い主が同じであれば不思議はないだろう。それが二者が同時に現れない理由だよ。昨日見た野盗と、アーフェン君が商会から聞いた護衛の特徴が一致していたから、そうではないかと思っていたんだ」
 彼はすでに商会で聞き込みを済ませたアーフェンと情報交換していたらしい。ハンイットが腕組みする。
「ドレビンは何故こんな回りくどいことをするんだ? 商会を乗っ取りたいのか」
「さあ……そこまでは不明だが。そうだ、アーフェン君からドレビンの話を聞いたよ。何かの役に立つかと思ってついでに商会で探っておいたらしい。
 主人曰く、ドレビンは積極的に商売に手を出すたぐいの貴族で、まだ価値の定まっていない珍しいものに目をつけては商会から大量に仕入れて、しばらく手元に置いておくそうだ。そして値段がつり上がった頃に売りさばき、利益を得る。
 そうか、碧閃石はこの条件に合致していたから、ドレビンが独占を考えたのかもしれないな……」
 調査の成果を披露したサイラスは、流れるように思考モードに突入してしまった。
 話を聞けば聞くほど、トレサはむかむかしてきた。ドレビンは「野盗が出没するせいで、行商人がゴールドショアを忌避するようになるかもしれない」という当然の可能性を無視して、こんな悪業をしている。商売について何も分かっていない輩に、これ以上手出しされたくはなかった。行き場のない怒りが今にも口をついて出そうになる。
「……貴族にしてはみみっちいやり口ね」
 それまでずっと黙っていた踊子が、不意につぶやいた。嵐の前のような声色だった。彼女は結った髪を揺らし、不吉なほほえみを浮かべる。
「トレサ、今日中に話を解決するいい案が見つかったわ」
「え、どういうこと……?」
「直接ドレビンに脅しをかけるのよ」
 踊るためにつくられた繊細なプリムロゼの手が、腰に提げられた短剣の鞘に触れる。ちゃり、という小さな金属音を聞いたトレサは頭から帽子を落としそうになった。
「プリムロゼさん、まさか……待って、相手は貴族よ!」
 どうか勘違いであってほしいと願った。しかし踊子は大きくうなずいた。
「分かっているわ。でも、貴族だからこそまっとうな手段が通じないのよ。たとえ野盗と通じていた証拠をそろえて訴えても、今回みたいにお金で解決するかもしれない。だったら実力行使しかないでしょ」
 一見落ち着いた物腰ながらも、彼女は完全に目が据わっていた。
 プリムロゼは父親の仇を討つために旅をしている。すなわち身に降りかかる理不尽を飛び越える手段として、自ら短剣で裁きを行うことを選んだのだ。トレサは復讐そのものについてとやかく言うつもりはないが、今回ばかりは違った。上流階級のことなら元貴族の踊子が誰よりもくわしいと分かっていても、素直に従うことはできない。
「プリムロゼ君」
「落ち着け、プリムロゼ」
 サイラスとハンイットが鋭く咎める。プリムロゼは切れ味のいいまなざしを返した。
「私は冷静よ。何も命を奪おうってわけじゃないわ。二度とこんなことをしないように誓わせるだけ。雇い主がいなければ野盗も懲りるでしょ。
 そのためには闇討ちが一番効果的よ。いざとなればハンイットの魔物もいるし、証拠なんて一切残さないわ」
 プリムロゼの緑の双眸が静かに燃え盛っていた。いきなり話題に上がった狩人は困惑してリンデと顔を見交わす。
「そ、それはそうだけど……でも……」
 トレサは冷や汗を流しながらもごもごと口ごもった。
(これはあたしが引き受けた話よ。考えなくちゃ。他にいい方法があるはず……!)
 今回の事件を解決するには、ドレビンをどうにかするしかないだろう。それには武力行使が一番手っ取り早いことは理解できる。だが、今のトレサはその方法を選びたくなかった。
 悩む商人を眺め、プリムロゼがそっと息を吐く。
「……夜までは決行を待つわ」
 トレサの肩から力が抜けた。サイラスが青い瞳をすうっと細める。
「そうしてもらえると助かるよ」
「何か思いついたら、また呼んで。私は自分で作戦を練るわ」
 さっさと身を翻す踊子を、トレサは呆然と見送った。赤い衣が街角に消えてから、サイラスが肩をすくめる。
「さて……困ったことになったね」
「プリムロゼはやる気のようだな。宿で話し合った時は、わたしたちがこれ以上野盗に関わることに反対していたのに」
「黒幕が貴族だったことは理由の一つだろう。彼女にとっての貴族は、父親のような立派な領主を示すはずだからね」
 学者と狩人がぼそぼそと会話している。自失状態から戻ったトレサは、すがるような気持ちで二人を見上げた。
「ねえ、二人は今のプリムロゼさんの案をどう思った?」
 サイラスがふむ、と思案のポーズを取る。
「今日中に決着をつけるという条件下で、現状選びうる有力な選択肢だと思う。どこにいるか分からない野盗ではなく、居場所が把握しやすいドレビンを叩くのも道理だ。私たちなら屋敷の警備をかいくぐることも可能だろう」
 ハンイットが相槌を打つ。
「わたしも、魔物を使うのはありだと思っている。ドレビンのやり口は相当悪質だから、そのくらいしないと対抗できないのではないか。
 だが、トレサはそうしたくないんだな?」
「うん……」
 トレサは力なくうつむいた。ハンイットは眉をひそめて再度確認する。
「以前のあなたは海賊や地主に武器を持って挑んだだろう。今回は違う道を選ぶのか」
「上手く言えないんだけど、戦いばっかりで解決するのは商人らしくないって思ったの……」
 ちょうど昨日オルベリクに言われたことを思い出す。武器を使った戦いにかけてはすでに専門家がいるから、トレサには別の戦い方があるだろう、と彼は語った。
 サイラスが秀麗な眉を下げた。
「残念ながら、私もまだ他の解決法は思いつかないんだ。しかし、できる限りでトレサ君の助けにはなるよ」
「わたしも協力したい。魔物を使えというのなら、そうする」
 仲間たちの誠実さがじいんとトレサの胸に響いた。プリムロゼの提案を聞いた時の動揺がやっと去り、彼女は一旦話を整理する。
「ドレビンは……要するにお金儲けがしたいのよね」
「だろうな。そのためなら、商会はどうなってもいいと思っているのだろう」
「残念ながら貴族にはそういう考えの者も多いよ」
 狩人たちの視線を集めるように、トレサはぴんと人差し指を立てた。
「なら、ドレビンにこの件から手を引かせるには、『野盗を使って商会から石を奪ってもお金儲けはできない』って思わせればいいんじゃない?」
 考え考え紡いだ言葉に対し、サイラスが続きを促すように目を瞬いた。
 一介の商人が貴族とまともに戦うには、こちらの得意なフィールドに引きずり込むしかない。所詮、ドレビンは商売に関しては門外漢である。
「あたし、ひとつ思いついたことがあるの」
 トレサはまっすぐにおもてを上げた。
「それを実行するには、二人だけじゃなくて、仲間のみんなと……プリムロゼさんの協力も必要になるわ」
 踊子の去った風上の方を振り返ると、紺碧の海が視界に入る。コーストランドの富はいつだってあそこからやってくる。トレサは最後にそれに頼ることにした。
「もちろん協力は惜しまないが……どんな作戦なんだ?」
 興味津々の様子でハンイットが質問した。トレサはとっておきの話をするように口の横に手をあてて、小声になる。
「ドレビンを詐欺にかけるわ」

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