明日に贈る組曲



「おや、アナタ。ずいぶんたくさんの人を幸せにしてあげましたね」
 邪気の抜けたムジュラの仮面を受け取り、幸せのお面屋は言った。
「アナタの持っているお面には、幸せがいっぱい詰まっている」
 リンクは目を瞬いて、胸のあたりをさわった。月の戦いでほとんどのお面を手放してしまったが、お面屋は実物を見ずとも、リンクの旅路がどのようなものだったか察したのだろう。
「これは、実にいい幸せだ」
 お面屋は満足気にうなずき、町の方へと足を運ぶ。途中で、いきなりその姿がかき消えた。つい先程までそこにいたのが嘘のようだった。
「新しい日」の早朝に、リンクたちはタルミナ平原にいた。空はからっと晴れていて、もうあの不気味な月はどこにもいない。
 チャットは短くも長い間「相棒」として組んできたリンクを、じいっと見下ろした。彼女の隣には、やっとのことで取り戻した弟のトレイルと、さらにムジュラの仮面から解放されたスタルキッドがいる。
「お互い目標は達成したんだし、アンタとはここでお別れね! まあまあ、楽しかったわよ」
 リンクは黙って妖精を見上げる。
「さあ、そろそろカーニバルがはじまる時間だわ。さっさと行ったら?」
 あっさりした声色で、チャットは厄介払いのような台詞を吐いた。
「それも、そうだね」
 リンクは首を縦に振ると、オカリナで呼び寄せたエポナにまたがった。巨人たちと仲直りできたスタルキッドに軽く手を振った後、クロックタウンへと馬首を向ける。
 その姿が、常歩で遠ざかりかけた時。
「リンク!」
 チャットの声だ。初めて、名前を呼ばれた。リンクはエポナを止めて振り返る。
 彼女はかすかに震えながら、「ありがとう」と言った。
 決して大きな声ではない。しかし、確かにその言葉は届いたようだ。リンクの唇が動いて五文字の返事を形作る。音は聞こえなくても、動きで分かる。
「こちらこそ」
 白い光の玉に、紫の光が寄り添った。スタルキッドが彼女たちを祝福するように笑った。
 新しい朝を迎えたタルミナ平原では、朝露が陽光できらきらと輝いている。



 リンクは妖精たちと別れ、クロックタウンに向かった。門兵が出払っていたので、馬を連れて堂々と進入する。
 町の中は、あちこちの避難先から戻ってきた人々であふれていた。バクダン屋は在庫を処分するかのように花火を上げまくり、空を明るく染めている。
「私、あの月が消える瞬間をばっちり見たのよ!」
「本当? 怖くて目を閉じてたわ。それにしても、不思議よねえ〜」
 あたりには興奮したおしゃべりの声が満ちていて、リンクのことを気にする人もいない。浮かれて騒ぐ人たちの間を分け入り、時計塔を目指す。彼は、あの中を通ってタルミナにやってきたのだった。帰るならあそこからに違いない。
 人ごみの中には、よく知った人も、全く話したことのない人もいた。刻のカーニバルは本来あるべき活気を取り戻したようだ。石ころのお面はもうないが、知り合いのいないリンクはその中を空気のように通り抜けていく。
 普段の十倍以上の時間をかけて、やっと時計塔の扉の前にたどり着いた。
 リンクは念のため、ポケットの中身を確認する。
「忘れ物もないな。……じゃ、帰ろっか」
 エポナの首の後ろを軽く叩いて、ゆっくり扉に手をかけた。
 静かに押す。
 ……動かない。
「あれ」
 もう一度思いっきり押してみたが、びくともしなかった。扉にはドアノブも何もないので、手前に引くタイプではない。というより、もう何度も何度もこの中に入ってきたのに、記憶と全く同じ動作をしても開かないのだ。
(嘘だよね!?)
 焦ったリンクが必死になって全身で扉を押していたところ、
「お困りのようですね」
 突然後ろから声をかけられた。両肩がびくっと跳ねる。おそるおそる振り返った。
「お、お面屋さん」
 笑い顔なのに目が笑っていない、大荷物を背負った男がそこに立っていた。ついさっき別れたばかりなのに、なかなかきまりの悪い再会だ。
 お面屋は扉を指さして、
「開かないのでしょう」
 やはり見抜かれていた。リンクは恥ずかしさで耳を赤く染めたが、すぐに首肯した。
「うっうん、そうなんだ。お面屋さんなら開けられる?」
 これは渡りに船と考えるべきだろう。お面屋の機嫌が良さそうなので、頼んでみる。だがお面屋は肩をすくめた。
「たとえ開けられたとしても、アナタには通れないでしょうね」
「……どういうこと?」リンクが眉間にしわを寄せる。
 お面屋は、例の胡散臭い笑みを浮かべた。
「アナタはたくさんの人を幸せにして、お面を手に入れました。ですがまだ、未練を残したお面が残っているようです」
 はっとして、リンクは懐に手を入れた。何かが触れる。そうだ、まだお面は残っていた。脳裏にある予想がひらめく。
「もしかして、お面の未練が、ボクが帰るのを邪魔してるってこと……?」
 お面——正確には誰かの魂を宿した「仮面」のことだ。旅の途中で集めたお面はほぼ月の戦いで手放したが、リンクはまだ仮面をいくつか持っている。
 もっと詳しく尋ねようとした時、不意にお面屋の姿が薄くなった。
「信じなさい、信じなさい……」
 いつもの台詞を言いながら消えていく。
「あ、ちょっと!」素早く手を伸ばしたが、つかむ前に消えてしまった。
 リンクはエポナの手綱を握り、途方に暮れた。念のため、ともう一度扉を押してみたが、やはりダメだった。
(未練ってなんだよ……全部、ボクがきっちり晴らしたつもりだったのに)
 何故ならリンクは、仮面に封じられた魂たちが命を落とすきっかけになった、各地の神殿を攻略したのだ。ここまで助けておいて、何が不満だというのか。
 彼の手元に残された仮面はデクナッツ、ゴロン、ゾーラ。この三つだ。
「う〜ん。それぞれの故郷に返しにいけばいいのかな……?」
 改めて考えると、このまま仮面をリンクがハイラルへ持って帰るのは不自然だ。魂とつながりのある人々に返すのが、本来の形だろう。
 過ぎ去りし三日間では、石ころのお面をかぶって人々との関わりを絶った。なのに今度は、まるで縁もゆかりもない(ことになっている)故人たちのふるさとを訪ねていくことになってしまった。なんとも皮肉な話だった。
 もうハイラルへの帰還は目の前だったのに、まさかこんな事態になるなんて。正直言って、かなり面倒くさい。ダルマーニやミカウの係累たちに、「故人の魂は仮面になりました」なんて、説明できるわけがないだろう。
 リンクははーっとため息をついて、心配そうな視線をよこす愛馬に笑いかけた。
「エポナ、ごめんね。ハイラルに帰るのは、もうちょっと先になりそうだ」
 もう石ころのお面はないので、リンクは「知り合いになりそこねた」人々の間を突っ切る羽目になる。
 祭りの日に似つかわしくない、憂鬱な気分に支配されながら。



 リンクは手はじめに、ゾーラの仮面から取りかかることにした。
 その理由は、三つの仮面の中で一番手っ取り早く解決しそうだったからだ。あの後もう一度「未練」について熟考したところ、魂となったミカウの望みはほとんど判明していることに気がついた。
 リンクはクロックタウン東エリアのミルクバーにやってきた。エポナは一旦東門の外につないでおく。ミルクバーの扉は開きっぱなしで、すでに中には大勢の人がいるようだった。
 ゆっくり深呼吸する。彼はらしくもなく緊張していた。これからの行動は、いくら時の歌を吹いても二度とやり直せないのだ。
「ミカウ、よろしくね」
 口の中でそうつぶやいて、リンクはゾーラの仮面をかぶった。
 慣れきった感覚が体を支配する。一瞬の後、リンクはゾーラ族の青年になっていた。肌は薄水色に変わり、いきなり視線が高くなる。この視点の切り替わりは、ハイラルで似たような体験をしていなければ、大いに戸惑ったことだろう。
 いよいよミルクバーに足を踏み入れようとしたら、
「ミカウ!」
 出し抜けに、背中の方から名前を呼ばれた。弾んだ女性の声。振り向く前に、正体を悟る。
「ルル……」
 ダル・ブルーの歌姫が小走りにやってきて、「ミカウ」にぎゅっと抱きついた。ゾーラバンドの二人は恋人同士だったのだ。リンクにとっては、かなりいたたまれない心地だ。
「ルル。こんなところで、それは——」
 思いの外強い語調になってしまったようで、ルルは見るからにしゅんとした。
「ごめんなさい。でもびっくりして、嬉しくて。私もみんなも心配してたのよ……」
 彼女は今にも泣き出しそうに、顔を歪ませた。幾度も時の繰り返しを挟んだ後で、ミカウの失踪が彼女やダル・ブルーの中でどのように処理されたのか——あまり考えたくもない。
 さっさと未練を晴らすとしよう。リンクは背中からギターをおろして、ルルに見せる。
「それより今は、ライブだろ?」
 ルルは顔を輝かせた。
「そうだったわ。今は前座の人たちがやっているはず。準備しましょう」
 ただミカウがここにいる、というだけで、細かいことはどうでもよくなったのかもしれない。幸いにも彼女は深く追及してこなかった。
 リンクは、ルルに誘われるままにミルクバーの裏口に回った。一度、シャトー・ロマーニというミルクをクリミアと一緒にこの入口へ届けたことがある。
 中に入ると雑然とした倉庫があり、そこが片付けられて即席の楽屋になっていた。散らばった椅子に思い思いに腰を下ろしていたのは、三人のゾーラ——ダル・ブルーのメンバーであるエバン、ジャパス、ディジョだ。
 ミカウが来た途端、メンバーは総立ちになった。内心焦ったリンクが、あらゆる疑問を封じるように大きくうなずくと、皆うなずき返した。
「やるぞ」
 リーダーのエバンが宣言する。ミカウを含めたメンバーが、それぞれに相槌を打った。
 もはや、打ち合わせの必要はない。リンクは前に一度ミカウの姿でリハーサルに参加したことがあるため、曲は知っていた。ギターの調整を済ませ、そのままステージに立つ。
「いつも通りにやりましょうね、ミカウ」
 楽屋を出る間際の、ルルの笑顔が眩しかった。海賊の砦に出かけたまま帰らなかった恋人が、やっと姿を現したのだ。ある意味「前回」のアンジュが味わった安堵と同じものを感じているのかもしれない。
 ミルクバーはカウンター席がほとんどを占め、テーブルはひとつしかないというこぢんまりとした店だ。夜しか営業しておらず、しかも会員制なのでたいてい店内は閑散としている。以前、リンクが音響チェックの手伝いのために同じステージに乗った時は、マネージャーのトトひとりが観客だった。しかし今日は、タルミナひとり気のゾーラバンドが公演するということで、過去に例を見ないほどの超満員だった。いろいろな種族が床を埋め尽くし、ステージ照明の向こう側で瞳をきらめかせている。
 人々は、リンクと違って時を繰り返さなかった。しかし彼らは、リンクがタルミナにやってくるよりもはるかに前から、ずっと月の恐怖に耐え続け、同時にカーニバルを心待ちにしていたのだ。積もり積もった熱気で、バー「ラッテ」の自慢のミルクも沸騰しそうだった。
 エバンが、愛用のキーボードに静かに指を置く。それを確認し、ドラムのディジョがメンバーに合図した。
「ワン・トゥー・スリー!」
 リンクの指は自然とギターの上を滑り出していた。きっとミカウが一緒に演奏してくれているのだろう。
 ライブ中、ふとルルに目をやると、彼女もこちらを見ていた。ルルは美しい歌声を響かせながら、ほほえむ。
 一曲演奏しただけで、汗だくになった。ダル・ブルー全員、顔が赤い。
(茹でゾーラの完成だ)とリンクは胸の中で笑った。
 会場は割れんばかりの拍手に包まれた。観客席の一番前を陣取っているのは雑貨屋のバイトだ。熱心にポスターをチェックし、ライブのチケットを買い求めていたことを、リンクは知っている。
 何曲も何曲も奏でるうちに、リンクはどんどんミカウになりきっていった。知らないメロディでも勝手に体が動く。今、ここにミカウがいるんだ、と直感した。
 アンコールまできっちりこなし、大盛況のもとにダル・ブルーのライブは終わった。
「お疲れさま〜」「やったな、みんな!」
 ステージから下りて楽屋に戻ったメンバーは、ハイタッチを交わしあった。演奏中のピリッとした雰囲気が崩れ、和やかな空気に満たされる。特別な時間が終わりを告げたのだ。
 ということは——リンクはこれから、ルルに別れを切り出さなければならない。
 リンクは「ちょっとお手洗いに行く」と言って席を外し、廊下でゾーラの仮面をとった。首筋を汗の玉が転がり落ちる。ふうっと息を吐いた。
(さて、どうしようかな……)
 なんとかルルにうまく説明し、この仮面を返さないと。だが名案はちっとも思い浮かばず、ミカウの仮面は何も答えてくれない。
 そんな時、非常に悪いタイミングで、部屋からルルが出てきた。
「あら、ミカウは……?」
 リンクはどきりとして、思わずお面を後ろに隠す。なんとか怪しまれずこの場を切り抜けなくては。
「ミカウさんは、いません」硬い声で答える。
「そう。どこへ行ったのかしら」
 ルルは不安を隠し切れない様子だった。それはそうだろう、恋人がやっと帰ってきたと思えばライブだけ終わらせ、すぐに姿を消してしまう——不安にならないわけがない。
 それは、「いつか帰ってくる」と信じて待ち続けるよりも、もっと辛いことではないのだろうか。そんな思いがリンクの胸に去来した。
 それでも彼は、仮面の魂が抱える未練を消化しなければならない。戸惑っている暇はなかった。決然と顔を上げ、あえてルルに冷たく告げる。
「ミカウさんは、もう帰ってこないと思います」
「え?」
 目を丸くしたルルに、黙ってゾーラのお面を押しつける。リンクはそのまま出口に向かって走りだした。
「あっ。待って!」
 ルルの声を背中で弾き返しながら、ミルクバーから脱出し、すぐ人ごみに紛れる。万が一でも追いつかれないように、全力で東門を抜けた。
(——って、今のはさすがにないだろ!)
 リンクは心の中で叫ぶ。「未練を晴らす」などと偉そうなことを宣言しておいて、ライブだけして逃げてくるなんて……ルルもさぞ困惑したことだろう。
(ごめんなさい、ルルさんにミカウ)
 でも、もう一度顔を合わせるのは勘弁だ。なんとかこれで、仮面に封じられた魂が満足すればいいのだが……。
 リンクは明るい陽光に包まれたタルミナ平原で深呼吸し、気を取り直してエポナの手綱を取る。その時、東門から誰かが出てきた。
 白い光をまとった妖精、チャットだ。リンクは思わず身を引いた。ついさっき、今生の別れをしたつもりだったのに——彼女はバツの悪そうな顔をするリンクへ、容赦なく近づいてくる。
「さっきのライブ、聞いてたわよ」
 おまけにこの台詞だ。心臓をきゅっとつかまれたようだった。ライブの時は照明が強すぎて、奥の方の客は確認できていなかった。もしかして、スタルキッドも一緒にいたのだろうか。今は彼女ひとりのようだけれど。
「そ、そうなんだ」
「良かったわよ〜ミカウの演奏」
 やはり、チャットにはミカウの正体はバレバレだったようだ。いよいよリンクはいたたまれなくなる。彼女はにやりとしたようだった。
「やっぱりアンタ、ミカウがライブに出られないことが心残りだったのね」
「……ボクが?」
 それは違う。あくまでリンクは、ゾーラの仮面が望んだからルルのもとに行ったのだ。断じてリンク自身の未練ではない。彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「なんでボクがそんなこと気にするんだよ。これは別に……話の流れでそうなったんだ」
「へえ?」
 面白がるような視線がリンクの頬をなでた。時計塔の扉に拒絶されてからというもの、調子を崩されることばかりが起こる。なんだかもやもやした。
 リンクは「あまり長居もしていられない」と考え、チャットの興味にあふれた視線を振り切る。
「とにかく、じゃあねチャットっ」
 リンクはエポナに飛び乗った。「どこ行くのよ」という彼女の質問には答えない。
 次はゴロンの仮面だ。春を迎えた山里へ向かおう。



 ゴロンの仮面に宿る魂——ダルマーニ三世には、立派な墓がある。
 もちろんミカウにも墓はあったが、あれはリンクが即席で作ったものであり、ゾーラ族たちには認知されていない。一方、ダルマーニは山の上の洞窟をまるまる墓所として与えられており、ゴロンの墓守までいたはずだ。
 ならばまずは墓参りだろうと、リンクは山里の崖上を目指した。その足が踏みしめるのは柔らかい新芽だ。あたたかい太陽の光が降りそそいで、これからぐんぐん育っていくことだろう。クロックタウンの北に位置する山里は、長く続いた冬を乗り越えて、やっと訪れた春を謳歌していた。
 ダルマーニの墓へ行くため斜面を登っていく。あまりにも角度が急なので、途中からほとんど崖上りをする羽目になる。無心になって両手両足を動かし、ようやく上の洞窟が見えてきた。
(なんか、中がうるさいぞ?)
 首をかしげながら洞窟内を覗いてみると、なんと中には無数のゴロンたちがひしめき合い、墓を囲んで宴会をしていた。
「えええ〜……」
 死んだ人の前でなんてことをしているのだ。リンクは激しく困惑した。その場に立ちすくんで、入るべきか否か逡巡していたら、
「あれ、お客さんゴロ!」
 見つかってしまった。大柄のゴロンが三人もやってきて、リンクの腕を無理やり引っ張る。どうやら彼らは酒の類でも入っていい気分になっているらしく、顔が赤い。
「お客さんも混ざるゴロ〜」
「え、え、え」
 口を挟む間もなく、輪の中心に連れて行かれてしまった。
 どこからか持ってきたらしい岩のテーブルに並ぶのは、これまた種々様々の岩だ。宴会は圧倒的ゴロン族仕様である。かろうじて、大ぶりのジョッキに入った山里の雪解け水があったので、リンクは遠慮がちに口をつける。洞窟内にあふれる熱気で頭が痛くなりそうだ。
「あのー。ここ、お墓ですよね。なんで宴会なんかしてるんですか」
 彼は萎縮しながら質問した。ゴロンのひとりが快活に答える。
「お墓だから、ゴロ」
 いまいち要領を得ない。リンクが首をひねっていると、また別のゴロンが大きな体を寄せてきた。圧迫感がすごい。彼はこんなことを言った。
「誰も来なくて、こんなところでひとりでいたら、お墓で眠ってる人だって寂しいゴロ」
「なるほど……」
 納得した。この宴会は、彼らなりの死者への手向けなのだ。リンクは墓石をちらりと見る。
「お墓に入ってるダルマーニさんって、どういう人だったんですか」
 すると、一気に場が湧いた。誰も彼もが参加したくてしょうがない話題だったらしい。
「よくぞ訊いてくれたゴロ!」「オラが先に説明するゴロ」「いや、ここはオラが言うゴロ!」
 主導権を奪い合いながら、彼らは代わる代わる、ダルマーニ三世の英雄譚を語ってくれた。
 ——初めて参加したゴロンレースで、史上最年少でありながらぶっちぎりの優勝をしたこと。そのパンチは大岩をも砕く威力だったこと。三体のドドンゴを同時に相手にしても、怪我ひとつしなかったこと。長く続く冬で誰もが凍えていた時、ひとりでスノーヘッドの神殿に向かったこと。
 最期もきっと勇敢に戦って死んだのだ、と皆が噂していた。実際は、猛吹雪(しかもダイゴロンが発生させていたもの)で崖から落ちてしまったことが死因なのだが……それはリンクだけが知っていればいいことだ。
 一通り故人を懐かしむ話題が出尽くした頃、洞窟の入口に誰かが立った。
「おっ。長老のムスコだゴロ!」
 入ってきたのは、まだおむつをはいた子どもゴロンだった。リンクは胸が苦しくなる。長老のムスコは、誰よりもダルマーニを慕っていたのだ。スノーヘッドの神殿を攻略する際、リンクはあの子どもとそれなりに深く関わった。ムスコがダルマーニへどれだけ強い思いを向けていたのかは、よく知っている。
 リンクの抱いた気まずさとは反対に、ゴロンの子どもは確かな足取りで歩いてきた。リンクはさりげなく目をそらす。だが、隣のゴロンが大きな手のひらで彼の肩をホールドした。
「せっかくだから、お客さんの隣に長老のムスコが座るゴロ」
 逃げ道を塞がれた。こういう時ほど嫌な予感は当たるものだ。リンクはつとめて表情を消し、くっと水を飲んだ。
 ムスコはしっかり墓石に礼をしてから、リンクの隣に来た。興味津々といった様子で、この場にただひとりの人間をじろじろ見る。
「ねーねー、今何の話をしてたコロ?」
「え、ええっと……」
「ダルマーニがどんなにすごかったか、って話ゴロ! お客さんが知りたがってるゴロ」また隣のゴロンが余計な告げ口をする。
 途端にムスコは瞳を輝かせた。その目に宿った光の、あまりの強さにリンクはたじろぐ。
「ダルマの兄ちゃんは、とっても強かったコロ。ゴロンいちの走り屋で、強くて、優しかったコロ!」
 言葉は月並みかもしれない。しかしそこにはあふれる信頼と、無数の思い出がこもっていた。
「そうゴロ。きっと、ダルマーニがオラたちに春を持ってきてくれたんだゴロ」
 彼らは真実を知らない。ゴロンの勇者は谷底に落ちて死に、その魂が宿った仮面をリンクが使って、山里に春をもたらした——などということは。
 しかし、楽しそうに宴会する彼らを見ていると、真実なんてどうでもいいように思えてくる。ダルマーニがこの里を救ったことに違いはないのだから。
 リンクは杯を置くと、長老のムスコに向き直った。
「ね、キミ、これあげる」
 ゴロンの仮面を手渡す。ムスコはきょとんとした。
「このお面……ダルマの兄ちゃんそっくりゴロ」
 リンクはにっこり笑った。
「それとね。ここのお墓、後ろに動かしてみて」
 彼は立ち上がり、宴を中座してすうっと出口へ歩いて行った。ゴロンたちは客人の唐突な行動に、ぽかんとして顔を見合わせ、引き止めるのも忘れてしまったようだ。
「さて、と」
 外に出て、リンクは軽く伸びをした。なんだか清々しい気分だった。相変わらず何も説明していないので、関係者はさぞ戸惑ったことだろうが、こちらとしては仮面の未練が晴れることが一番重要だ。ダルマーニは自分が救った人々の感謝の声を聞くことができた。きっと仮面の魂も本望を遂げられただろう、と確信できた。
 エポナを呼び寄せようとオカリナを取り出す。すると背後から、リンクの言葉通りに墓を動かしたらしく、底から温泉が湧いてきて大喜びするゴロンたちの声が聞こえてきた。
 さあ、この面倒な仕事も残りはひとつ。デクナッツのお面だけだ。
 もうすぐハイラルに帰ることができる。それを素直に喜ぶ一方で、リンクの心には「タルミナから離れがたい」という気持ちが確かに芽生えていた。まだ、何かやり残したことがある。どこかに忘れ物がある。それが何かは分からないけれど、おそらくタルミナの誰かと関わることだ——
 彼は首を振り、その考えを振り払った。あの三日間で、リンクは自ら人々とのつながりを断ったのだ。何もかも、今さらすぎた。

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