第一章 月の呪い

Side Moon 2

 西に向かうに従い、タルミナ平原の下生えが減る。それと同時に、足元が砂に支配されていく。
 白っぽい壁をいくつか超えた先に、暗く湿った空が広がっていた。その下には鈍い青色がゆったり揺れている。
 さざ波の音もどこか重苦しい。でも、そこは確かに海なのだった。
『どうして海なのですか?』
 アリスがかたわらの青年に尋ねると、
「四方の中で、一番最初に来てみたかったから!」
 ゼロは無邪気に答える。胸いっぱいに息を吸い込み、全身で潮の香りを感じた。初めて見る海に、興奮が隠しきれない。
 幸いにも、タルミナ平原から浜辺に至るまで魔物に遭遇することはなかった。念のために持ってきていた金色の剣を抜く必要は生じなかった。
 ブーツが柔らかく埋まる感触を楽しむように、砂浜を踏みしめていく。
「それで、ここの大妖精様ってどこにいるの? また洞窟?」
『はい。海の大妖精様は、海岸沿いの洞窟にいらっしゃると聞いたことがあります』
 アリスの先導に従い、砂浜沿いに歩いた。
 しばらく行ってから、ゼロは町の方角を振り返る。
「あの月、やっぱりクロックタウンに向かってる。アリスはあれのこといつから知ってた?」
『私は気がついたらビンの中にいたので、はっきりとは……。マニ屋の店長さんがたまにお客さんと噂していました』
「あれ、本当に落ちるのかな。落ちたらどうなるんだろう」
 その疑問には、ゼロよりはるかに博識なアリスも答えられなかった。
 だんだん砂浜の終わりが近づいてくる。端には切り立った崖があり、その上から流れてくる小さな川と、海との合流地点があった。海の大妖精というからには川にはいないだろう、とゼロは海沿いに戻る。砂浜の続きは岩場になっていた。
 その手前に人影が見えた。さらに、異形の作り出すいくつもの影がある。
 ゼロの意識がかちりと切り替わった。
『誰かが魔物に襲われています!』
「うんっ」
 すぐに走り出す。彼の右手は自然と背中に回り、斜めがけにしたベルトにくくりつけた鞘から剣を抜いていた。
 弱い陽光を反射して金色の刀身が輝いた。ゼロはそれを両手で構える。
 花の咲いた植物のような魔物に取り囲まれていたのは、水色の肌を持つ女性だ。その場に座り込み、悲鳴も上げずに震えている。
『リーバです、動きが素早いので気をつけて!』
 ゼロは剣を下段に構えて走り、無言の気合とともに切り上げた。
 するりと砂の上を滑るように逃げようとしたリーバだったが、その動きを読んだ切っ先が斜めに走り、真っ二つに切り裂かれる。「よしっ」とゼロはうなずき、流れるように他の敵に斬りかかった。
 アリスが焦ったように叫ぶ。
『ゼロさん、後ろです!』
 ほぼ同時に彼も背後の殺気を感じ取った。最後のリーバにとどめを刺して、すぐに体を反転させる。砂浜から土色をした軟泥状の魔物が湧き出てきた。どこに目があるのか分からないが、口の位置だけははっきりと分かる。というよりもほとんど口しかない、筒のような形の魔物だ。
『ライクライクです! 武器を奪われてしまいますから、近づくのは危な――』
 ゼロはかがみこんだ。ライクライクの口が覆いかぶさるようにその体を包み込む。
『ゼロさん!』アリスの悲鳴が海に響いた。
 彼女の危惧をひっくり返すように、黄金色の剣先が土色の体から突き出した。切っ先は時計回りにぐるりと移動し、ライクライクの体を断ち切る。魔物はぐずりと溶けた。ゼロはあえて半ば呑み込まれることで、相手の体の深くに剣を突き刺したのだ。
 ライクライクが消えると、あたりに魔物の気配はなくなった。軽く息を吐き、ゼロは剣を鞘におさめる。
 戦闘中、何も考えなくても体が動いていた。どうも記憶を失う前の自分はずいぶん戦いに慣れていたらしい。ということは、かつては戦いを生業にしていたのだろうか? だが、怪我もないのに町の外に倒れていたというのは一体――? 
『ゼロさん、ご無事ですか』
 考えの淵に沈みそうになった彼は、アリスの一言で我に返る。慌てて顔を上げ、こくこくうなずいた。
 そして、人を助けるために剣を抜いたことを思い出す。
「あの、大丈夫ですか?」
 ゼロはその人に手を差し出し、助け起こす。触れた水色の肌には湿り気があり、明らかに人間ではない。身にまとう濃紺のドレスは本物の海よりもよほど海らしい色だ。クロックタウンにいた人々とはずいぶん異なる外見だが、それでも顔立ちが整っていることは分かる。
「怪我はありませんか」
 彼女は黙って首を横に振る。紫の石がついた優美な耳飾りが揺れた。
『あの……もしかして、お声が出ないのですか?』
 アリスの問いかけに、女性はどきりとしたようにうなずいた。
「え、声が?」ゼロは驚いてしまう。五体満足な記憶喪失より、ある意味では大変な事態だ。
 何やら彼女には事情がありそうだった。ゼロたちは顔を見合わせる。
「あの、オレたちが家……まで送りましょうか?」
『ですが、この方は何か用があって、ここにおられたのでは』
「あ。もしかして大妖精様に用事があるとか」
 大妖精という単語に女性は大きく反応した。何度も首肯している。言葉がなくともこのくらいの意思疎通なら十分できる。ゼロはほっとした。
「それなら良かった、オレたちも大妖精様に会いに来たんです。一緒に行きましょう」
 女性が先に立って案内してくれるようだった。迷いない足取りで岩場の方へ向かう。女性は靴も履かずに歩いているが、痛くないのだろうか。
 左手に天然の岩壁、右手には海という地形が続き、やがて洞窟の口を見つけた。女性に従って奥に入ると、やはり町の泉と似た意匠が見えてくる。
 だが、泉にはやはり誰もいなかった。アリスは焦燥のにじむ声で呼びかける。
『大妖精様、いらっしゃいませんか?』
 その声に反応したのか、泉が弱々しい光を放った。
『あなたは……?』
 どこからともなく威厳に満ちた女性の声が降ってくる。なんとなく、アリスよりも年上そうだとゼロは思った。
『私はアリスと申します、海の大妖精様。町の方からやってきました』
『アリス?』海の大妖精は少し不思議そうに声色を変える。
『はい。ここで、何があったのですか』
 すると海の大妖精は憂鬱そうに声を沈めた。
『ある日突然、邪悪な仮面をかぶった小鬼がやってきて、私を襲い――このようなことになってしまいました』
 仮面? 小鬼? とゼロは首をかしげる。
 アリスは考えを整理するように根気よく話し続ける。
『私たちがここに来たのは、いなくなってしまった町の大妖精様の手がかりを探すためなんです』
『なるほど。おそらく私と同じように、あの小鬼にやられたのでしょうね』
 各地の大妖精を次々と手にかけるような危険人物がこのタルミナにいるというのか。月のことだけでも手一杯だというのに! 
 そこで、水色の肌の女性が意を決したように一歩踏み出す。切実な瞳が泉を見つめていた。
 海の大妖精もそれに気づいたらしい。
『そちらのゾーラの方は――ああ、声が出ないのですね。申し訳ありませんが、今の私にはあなたの願いを叶えるだけの力はありません』
 ゾーラと呼ばれた女性はうつむく。
 最後に、大妖精の意識がゼロに向いた。姿も見えないのに「見つめられた」とはっきり分かったのだ。何故か、全身に緊張が走る。
『あなたは?』
「オ、オレはゼロっていいます。アリスの手伝いでここに来ました。実は、オレもアリスも記憶がなくて……大妖精様なら助けてくれるんじゃないか、って思ったんですけど」
『残念ながら、今は何のお役にも立てません』
 全員黙り込んでしまう。アリスがおそるおそる切り出した。
『大妖精様、私にできることは何かありませんか?』
 おそらく大妖精はその言葉を待っていたのだろう。堰を切ったように話しはじめる。
『実は、あの小鬼にバラバラにされた私の力の一部が、妖精珠となって海のあちこちに散ってしまいました。自力で集めようとはしたのですが、一匹だけ未だ見つからないのです』
 事情はなんとなくゼロにも飲み込めた。彼はぽんと胸を叩いた。
「分かりました、オレたちで探してみます!」
『ありがとう。頼みましたよ、アリス、ゼロ……』
 そのまま気配が消えていきそうになる。はっとしたゼロは追いすがるように声を投げた。
「あ、待ってください。妖精珠を見つけるって、どうすれば――」
『この泉の水を持って行きなさい。近くに妖精珠があれば、気づいて近寄ってくるはずです。私の妖精珠はまだこの海岸にいます。どうか、お願いします』
 ぷつりと声が途切れる。泉の発光もおさまった。
 ゼロは大きく息を吐いた。大妖精はその名にふさわしい威厳と迫力を兼ね備えていた。アリスと同じ種族とは思えないほどだ。
 彼はマニ屋で買ったビンで泉の水をすくいながら、
「小鬼とか仮面とか、どこもかしこも大変なことになってるみたいだね」
『ええ……』
 アリスはどこか上の空である。同じ話を聞いても、ゼロと彼女では受け取れる情報量が違う。今はきっと高速で考えを巡らせているのだろう。一方の彼は、泉の水がかすかに紫がかった光を放つことに気づいて「きれいだなあ」などと思っている。
 ビンにふたをして立ち上がったゼロは、
「あの……とりあえず、外に出ませんか」と落ち込んでいる様子の女性を促した。
 洞窟を抜けると、もう日はずいぶん傾いていた。目の前には見渡す限り海が広がっていて、刻一刻と沈んでくる太陽を迎え入れようとしている。こんな広い場所で妖精珠とやらを探すのか、と途方に暮れそうになる。
 凪いだ海面の一部に、白い波が立っていた。
「ん?」
 波しぶきはどんどん近寄ってくる。ゼロが凝視する前で、その人はざばりとジャンプして岩の上に着地した。
「ルル!」
 と水色の肌をした男性が叫ぶ。耳から頭頂部を覆うように貝殻飾りをつけているのが特徴的だ。彼は、同じ色の肌を持つゾーラの女性をかばうように立った。
「お前、ルルと何をしていた……?」
 敵意を含んだ視線がゼロを貫いた。ルルという名の女性は不安そうに男性を見上げる。
「え!? いや、その」疑ってくれと言わんばかりに挙動不審になった彼へ、アリスが助け舟を出す。
『ゼロさんは、魔物に襲われていたルルさんを助けたんです』
 男性はここで初めてアリスの存在に気づいたようだ。
「妖精? ああ、ここは大妖精の洞窟か。ルル、まさか……」
 ルルは視線をそらす。ゼロは説明の必要を感じ、必死に言葉を紡いだ。
「えっと、ルルさんは一人で砂浜にいました。この泉に来ようとしていたみたいです」
 ゾーラの男はあごを引く。ルルの落ち着いた様子と、何よりも邪気に敏感な妖精と共にいることから、ゼロは信頼するに足る人物だと判断したらしい。
「疑って悪かった。ルルを保護してくれたこと、礼を言うよ」
「いえいえ。オレの名前はゼロです。こっちは妖精のアリス」
「オレはダル・ブルーのエバンだ。彼女は同じく仲間の歌姫ルルさ」
「歌姫?」
 ゼロがおうむ返しに聞くと、エバンは暗い顔になる。
「ああ……いろいろ事情があってな。キミたちももう分かっているだろうが、今ルルは声が出せないんだ」
 そうか、歌手なのに声が出ないということは――ゼロは思わずルルを見てしまったが、一番つらいのは本人だと悟り、すぐエバンに向き直る。
「あの、オレたち妖精珠っていうのを探してるんです。それが見つかれば、大妖精様がルルさんの願いを叶えられるって。何か心当たりはありませんか」
 ゼロの真摯な姿勢を受け、エバンは腕を組む。
「心当たりか……なら、ゾーラホールに来るか? 海の様子にくわしい奴らが多いから、手がかりがあるかもしれない」
「ありがとうございます!」
 頭を下げながら、ゼロはずっとルルのことが気になっていた。仲間と再会しても、彼女はどこか落ち込んだ様子のままだ。声を取り戻せば気分も上向くのだろうか。
 ゾーラホールへと移動するエバンに付き従いながら、ふと空を見上げる。例の月は忍び寄る夜の闇にいち早く包まれていたが、海に来たばかりの時よりもずっと町に近づいていた。
 刻のカーニバルまで、あと一日と少し。つまり、月が落ちると予想された時刻までそれだけの時間しかない。
 大妖精を探すと決めたことは後悔していない。だが、それによって解決できるのは自分の都合だけではないか。本当は、あの月自体をどうにかしたいと思っているのではないか。
(ダメだ、時間が全然足りないな……)
 後ろ向きに流れかけた思考を振り切り、ゼロは強く岩を蹴ってゾーラホールに向かった。



「ところでダル・ブルーってなんですか?」
 その質問は相当間抜けだったのだろう。ゾーラホールの入り口で、エバンは盛大に肩を落とした。
「……知らないのか?」
 すみません、と頭をかきながらゼロは照れ笑いする。
『ダル・ブルーはクロックタウンで人気のゾーラバンドです。町にカーニバルのポスターがありましたよね』
 アリスがすかさず説明してくれた。同じ記憶喪失といえど知識量も目の付けどころも違いすぎる、とゼロは感心してしまう。
 エバンはなめらかに虚空で腕を動かし、楽器をひく素振りをした。あの指の動きはキーボードだろうか。
「そうそう。こんな時じゃなかったらリハーサルでも見せられたんだけどな。なにせルルが――それに、ミカウもな」
 知らない名前が出た。ルルがそっと目を伏せる。何やら事情がありそうだ。
「カーニバルの公演も中止だって、マネージャーが町に連絡しに行ってる。ほんと、トラブル続きだよなあ」
 エバンは参ったように肩をすくめる。ゼロはおずおずと切り出した。
「あの、このあたりを歩き回っても大丈夫ですか?」
 先ほどからちらりと見えているゾーラホールの内部が気になって仕方ないのだ。
「ああ。ダル・ブルーのメンバーの部屋は出入り禁止だぞ」
「はあい」
 ゼロはゾーラの二人と別れ、見るからに弾んだ足取りで、湿った床を踏む。
「すごいねアリス、クロックタウンとも全然違うつくりだよ」
 紅茶色の瞳に、流れる水がいっぱいに映しだされた。
 岩をくり抜いた巨大なホールは二階建てになっていた。一階部分には外から引き込まれた海水が滝を作って流れ込み、ため池状に満たされた水の上には大きな貝殻が浮かんでいた。照明設備がついているので、あれがダル・ブルーのためのステージだろう。天井は巨大な吹き抜けになっているので、ゾーラホールは実質ほとんどがステージみたいなものだ。
 二階のバルコニーから身を乗り出し、ゼロは感嘆する。
「ゾーラバンドってどういうものなんだろ。一回聴いてみたいなあ」
『ゼロさん、あの』
 アリスが囁いた。顔を上げれば、まわりのゾーラに不思議そうな目を向けられている。
「あ、すみません」
 彼は足早にその場から立ち去った。ここはゾーラたちの居住区なのだ。観光気分で覗かれてはたまったものではないだろう。
 ゼロは荷物袋からビンを取り出した。泉から離れても、水はうっすら光っている。
「これではぐれた妖精珠の場所が分かるの?」
『場所が分かるというより、近くに行くと妖精珠がこちらに気づくのだと思います』
「そっか、やっぱり探し回るしかないんだね」
 これ幸いと、ゼロは本格的なゾーラホール探検に繰り出した。
 スロープを降りて一階に行く。滝の裏手へと続く壁にはいくつもドアがあって、警備係と思しきゾーラが立っている。どうやらダル・ブルーメンバーの私室らしい。ルルもどこかのドアの向こうで休んでいるのだろう。
 ゼロはそわそわしながら、
「部屋は出入り禁止でも、部屋の外でメンバーと会うのは問題ないよね!」
『え、ええ。大丈夫だと思いますよ』
 アリスはぎこちなく肯定した。
 滝の裏手を目一杯ゆっくり歩いていくと、運良くそれらしきメンバーに遭遇した。扉の一つから出てきたのは、幅広の体を持ったゾーラ族だ。
「こんにちは! ダル・ブルーの方ですよね」
『彼はドラムのディジョさんです』とアリスが耳打ちする。
「おっと、クロックタウンのファンがこんなところまで……? ずいぶん熱心だなあ」
「はい。カーニバルで演奏が楽しみで、追いかけてきちゃいました」
 ゼロは調子を合わせる。が、ディジョは顔を曇らせた。
「……うん、カーニバル、ねえ」
 そうだ、エバンが「ライブは中止になった」と言っていたではないか。
 気まずくなったゼロは、「ミカウさんってどこにいるんですか」とやや強引に話題を転換する。
「ミカウ? ボクと同室なんだけど、そういえば昨日から見てないような……」
「そうなんですか」
「なに、ミカウのファンだったの」
 ディジョは唇を突き出した。特定メンバーのファンどころかそもそも演奏すら聴いたことがない、と知られたらさすがにまずい。ゼロはひとまず「ありがとうございます」と会話を打ち切って、そそくさと退散した。
 ゼロはホールをぐるぐる歩き回りながら考える。
「どうしてルルさんは声を失ってしまったんだろう。ミカウさんにも何かあったみたいだし……全部、大妖精様が復活したらなんとかなるのかな」
『そうですね……妖精珠を見つけたら、お力添えを願いましょう』
 アリスの穏やかな声を聴くと、表面化する前の不安すら和らぐようだ。出会ってからまだ一日程度しか経っていないのに、ゼロはもはや大いにアリスに依存していた。
 空っぽのステージを横目に眺めながら一階をぐるりと回る。外への出口があった。吹き込む空気は生ぬるく、どこまでも真っ暗な海がのたうっている。
 昼間とはまるで違う光景に惹かれ、外に出た。「こんなに暗かったら妖精珠なんて一発で見つかるのに」と思って見回すと、視界の端に見覚えのある青いドレスがあった。
「……ルルさん?」
 こちらに向けた目は涙に濡れていた。ゼロはぎょっとする。
「す、すみませんでしたっ」
 その場でターンして戻ろうとしたら、ルルに袖を掴まれた。ゼロはアリスと顔を見合わせ、大人しくそこにとどまることにする。
「ルルさん、あの……きっと大妖精様がお願いを叶えてくれますよ」
 もし叶えられる願いが一つだけだとしても構わない。自分の記憶など大して差し迫った問題ではないのだから。それよりも今、こうして困っている人がいる。ゼロはそれを己の力でなんとかしてあげたい、と思った。
「ミカウさんのことも、大妖精様にヒントをもらいましょう。絶対見つかりますよ!」
『ゼロさん……』
 アリスのあたたかい視線を感じる。なんだか照れくさくなって、ゼロはルルから視線を外す――と。
「うわっ」
 目の前がいきなりちかりと光り、ゼロの視界を奪った。『ゼロさん!?』何がなんだか分からぬまま、よろけた拍子に濡れた岩場で足を滑らせる。
 そのまま彼は、海の上に体を投げ出す格好になった。
(あれ、オレって泳げるの!?)
 記憶がないせいでそれすら分からない。戦闘の時のように類まれなる水泳能力を発揮するか、それとも素直にカナヅチなのか。混乱するゼロは、しぶきとともに生ぬるい塩水に全身を包まれた。
 ろくに光がない海中で、上下の感覚がなくなる。しびれたように体を動かせなくなり、そのまま海の底までゆっくり落ちていきそうになった時、たおやかな腕が力強く彼をすくいあげた。ゼロは海面に引き戻された。
「ぷはっ」
 濡れて張り付いた前髪の隙間から、ルルが心配そうな顔でこちらを見ていた。彼女がゼロを助け、今も立ち泳ぎしているのだ。さすがはゾーラ族である。
「あ、ありがとうございます」
 二人はすぐに岩場に上がった。
『ゼロさん、大丈夫ですか?』アリスがすかさず駆けつける。
 彼はしゃがんだまま、頭を軽く振る。幸いにも水は飲んでいなかった。
「うん、なんとか……。それより、これが妖精珠だよね」
 彼は手のひらを広げる。水に落ちる時とっさに掴んだものは、彼を驚かせて水に落とした光源そのものだ。薄紫色をしていて、まるで羽根のない妖精である。
『ええ、そうです! いきなり裏手からやってきたので気づくのが遅れてしまいました……。ゼロさんに何事もなくて良かったです』
「物音がしたけど大丈夫か? うわっ」
 岩場にひょっこり顔を出したエバンは、びしょ濡れのゼロを見て腰を引く。
「お前まさか海に落ちたのか? ていうか……ルル?」
 エバンが驚くのも道理だ。ルルが目を細めている。あの物憂げな雰囲気が取り払われ、本来の表情を取り戻したように見えた。
 ゼロの持つ泉の水入りのビンには妖精珠がまとわりついていた。
「ルルさんのおかげで大事なものが見つかりました。明日、大妖精様に会いに行きましょう!」
 晴れやかな顔をしたルルは大きくうなずいた。

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