第二章 後ろ姿

Side Star 2

 一歩足を踏み出すたびに、リンクのブーツが半ばまで雪で埋まる。地面がカチカチの氷で覆われていないだけマシというべきだろうか。山を襲う厳しい寒波は終わりを知らず、登りはじめてからも次々と新雪が降り積もっていく。
 真っ白な景色の向こうに、ちらりと人工的な直線が見えた。木造の家屋らしい。チャットは声を明るくする。
『ほら、あそこが鍛冶屋じゃない!? あとちょっとで着くわよっ』
 彼女が無闇に騒ぎ立てるのは、リンクがすっかり無言になってしまったからだ。足取りの重さも手伝ってチャットの不安をあおる。ルミナという少女がくれたマフラーも、こうなると焼け石に水である。
 二人はやっとの思いで鍛冶屋の前にたどり着き、軒先で雪を払った。リンクは躊躇なくドアノブに手をかけたが、
「……明かりがついていないな」
『でも鍵は開いてるんでしょ? なら営業中だって。まだお昼なんだから』
 内部は薄暗かった。むしろ外の方が雪の反射光で明るいくらいだ。
 寒風を中に入れないようにすぐに扉を閉めると、じわりと熱を感じる。だが、予想していたほどの暖かさには欠けていた。
「ウゴォ〜ォ!」
 その時、リンクの侵入に抗議するようなうめき声が上がった。とっさに身構える。
 火の消えた暖炉の前に、天井に背が届きそうな大男が座っていた。
「うるせぇー! 人がせっかくいいユメ見て……あっ」
 部屋にはソファがあり、そこに寝転がっていた背の低い男が跳ね起きた。リンクの姿に目を留める。
「いらっしゃ〜い、仕事は遅いが切れ味バツグン、山の鍛冶屋にようこそ。オレは主人のズボラだ、よろしくな」
 営業トークへの切り替えは見事だが、リンクは「この大男はなんなんだ」と言いたげに視線をずらした。ハンマーを肩に担ぎ、覆面のようなもので顔を隠して、ウゴウゴとしか表現できない言葉を発している。夜道で出会ったら魔物と間違えそうな人相だ。
 ズボラは大男を鋭く叱った。
「オマエは黙っとけ! ……そっちのバカでかいのはオレの助手で、ガボラ。力だけのデクノボウ野郎さ」
「名前はなんでもいい。鍛冶屋というからには、商品を見せてくれ」
 当然の申し出に、しかしズボラは首を振った。
「ザンネンだけど、今ウチは開店休業中なんだよ。ここんとこの異常な寒さのせいでさ……ほら、見てくれ」
 指さした先には鍛冶屋の命とも言うべき炉があった。しかしその表面にはびっしりと霜がついている。
『あちゃあ』とチャットは息を漏らす。道理で室内まで寒いわけだ。
「このまま春が来なきゃ、ウチの商売もあがったりさ……。お客さん分かってくれよ、炉の氷が溶けなきゃ仕事はできないんだ。春になったらまた来てくれよ」
『って言われてもねえ』
 リンクと目線をかわす。この異常気象が、ウッドフォールの時と同じ原因によるものとすると、待っているだけで解決するはずがない。
 ならば一旦諦めて、春を取り戻してからまた来るべきだ、とチャットは考えた。だが、リンクは違った。
「氷が溶けたらいいんだな」
 彼は左手を凍りついた炉にあてた。「お客さん……?」訝るズボラと、皮膚が張り付いてしまわないか心配するチャット、そして相変わらずのガボラ。リンクは全員に下がるよう指示し、目を閉じた。
 突如として、リンクの体から膨大な魔力が湧き上がるのを感じた。その色は赤。魔力は何もない空間に炎を形作ると、一気に左手から吹き出て炉を覆った。
「なっ……」『火がついたわ!』
 みるみる室温が上昇していく。快適さを通り越して熱さを感じる直前、それが止まった。
 魔法の炎は何処かへ消え去る。しかし、炉の中には確かに火がゆらめいていた。
「これで仕事ができるだろ」
 リンクは平然と言い放った。
「い、今のは一体……?」
 チャットはひと目で魔法だと分かった。それもとびきり高度なものである。リンクはその秘密を教えるつもりはないらしく、黙ってズボラを見つめている。
 無言のやりとりに押し負けて、ズボラは腰をソファに落とした。
「まあ、理屈はいいや。へへへ、ありがとさん。ほらガボラ、お客さんにはやくお茶をお出しして」
 暖炉の上に置かれたやかんが一瞬で沸いていた。ガボラは言われたとおりに茶を淹れた。その巨体からは想像できないほど繊細な手付きで、湯呑を客の前に置く。
 お茶を一息に飲み干し、リンクもやっと人心地つけたようだ。
「そんならお客さんの剣、ちょっくら見せてもらうよ」
 彼はズボラへ剣を差し出した。ずっと持ち歩いているその武器は、子どもでも扱いやすいサイズの両刃の剣だ。よく使い込んでいる証拠に、刀身にところどころ傷が入っている。
「フン、フン……よし、お代は炉のお礼ってことで今回はナシだ。剣をきたえるなら、できあがりは明日の朝。それまで剣はあずからせてもらうよ」
「分かった」
「それじゃあ、これから仕事にかからせてもらうからよっ! 明日の朝にまた来てくれ」
 やっと仕事ができるのが嬉しいのだろう、ガボラもウゴウゴと弾んだ声を出す。
「頼む」と湯呑を置いて、リンクはすぐ立ち去ろうとする。
 ずっと黙っていたチャットが、すかさず前に出た。
『あ、待って。アタシたちをここに泊まらせてくれない?』
 不意打ちされたようにリンクは口を開ける。
「何を言い出すんだ」
『だって、外は吹雪いてる上に、他に人里があるかも分からないのよ。剣もなしでどうやって移動するの? デクナッツになんてなったら余計に動けないでしょ』
 これで理屈は通っているはずだ。事実、リンクは不機嫌そうに口をつぐむ。チャットの理を認めた証拠である。
 ズボラは預かった剣を持ったまま考え込む。
「確かにこの近くじゃ他に休めるところもないし……明日の朝までなら、いいか。ただし飯はないよ。ずっと作業もしてるしうるさいよ?」
『全然オッケーよ。助かるわ!』
 交渉が成立しても、リンクは「余計なことを」と言わんばかりに顔をしかめている。
 チャットはこっそり囁いた。
『さっきのアレ、魔法でしょ。あんなの出し惜しみしないで、もっと前から使えばよかったのに。魔物だって一撃じゃない』
「……あれは一回きりだ」
『え?』
「俺自身に魔力はない。今の魔法はある人から授かったもので、最後の一回分だった」
 チャットは絶句する。
『それを、こんな炉のために使ったっていうの……? なんで?』
 リンクは唇を曲げた。どうも彼自身が一番困惑しているようだった。
「剣をただで鍛えてもらえるんだから、いいだろ」
 怒ったような口調だった。それを言われると文句も出ない。
 それからリンクは濡れたマフラーを炉のそばに干し、ぼうっと窓の外を見つめていた。



 次の日、幸いにも雪はちらつく程度の降り方になった。
 リンクは鍛冶屋に教わった通りの道を歩き、近くにある「ゴロンの里」を目指していた。その背中にはフェザーソードという銘を持つ剣がある。鍛え直した結果、元の剣よりも切れ味が増したのだと鍛冶屋は豪語していた。
 凍った池を横目に橋を渡ると、山の斜面の間に位置する開けた土地にたどり着く。
「ここがゴロンの里か」
 丸っぽい屋根の家がいくつも立ち並んでいた。住んでいる気配はあるが、どこもかしこも雪に覆われていて外に人影はない。
 チャットはゴロン族を見たことがなかった。岩のように硬い皮膚を持つらしいが、里のどこにも見当たらない。大寒波にやられて、皆引きこもっているのだろうか。
 ひとまずは情報収集だ、とリンクは力強く雪を踏み固める。寒さにも慣れてきたようだ。
 里の中心に、ひときわ大きな家を見つけた。集合住宅か公共施設のようなスケールだ。だが、雪のせいか入口が分からない。
『なんか変な音がしない?』
 リンクは首を振るが、チャットは確かにかん高い声を聞きとっていた。泣き声だろうか? この家の中から響いてくる。
 ぐるりと大きな家のまわりを一周して(それだけでも時間がかかってしまった)、やっとのことで閉ざされた扉とその前に立つゴロンに出くわした。
 明るい茶色の肌に、大きなつぶらな瞳。力は強そうだが愛嬌のある外見だった。何よりも、この寒さの中でも衣服をまとっていないあたり、種族としての強さが垣間見える。
 ガタガタ震えるゴロンも、リンクの姿に気づいた。
「さ、さむいゴロ……この寒さの中で門番するのはつらいゴロ。あ、ゴロンのほこらに入りたいゴロ?」
「ああ」
「じゃあ、ゴロンプレスで入り口を開けるけど……中が寒くならないようにすぐに閉めるから、急いで入るゴロ」
 ゴロンは雪の上で体を丸め、そのまま垂直に飛び上がる。体重をのせて思いっきり地面を叩くと、扉が開いた。
「中の方がちょっとはあったかいゴロ。は〜、オラも中に入りたいゴロ」
 羨ましそうな声を背中に受けつつ、二人はさっさと扉を抜ける。
「……なんだ?」
 途端にリンクは顔を歪め、両手で耳をふさいだ。
『うわ、何この声っ』
 ゴロンのほこらの中では、びえええぇん、と子どもの泣き声が延々こだましていた。これが外にまで漏れ聞こえていたのだ。
 玄関は広いホールになっていて、炎の消えたシャンデリアが揺れている。子どもがいるのはずっと奥らしいが、距離などおかまいなしに声が響いてくる。
 リンクは耳を覆った手を渋々外して、付近にいたゴロンに話しかけた。
「一体何があったんだ?」
「おお、珍しいゴロ、人間のお客さんゴロ。
 実は……長老がスノーヘッドに出かけたきり戻って来ないんで、ムスコがさみしがって泣きやまないゴロ。外は寒くなるいっぽうだし、部屋の中にいるオラたちも凍っちまいそうだゴロ」
 物珍しさのためか、それとも愚痴を聞いてほしいのか。リンクのまわりには次々とゴロンが集まってきた。
「こんな時ダルマーニがいれば、すぐ泣き止ませてくれるのに」
「ダルマーニも行方不明になってずいぶん経つゴロ。やっぱりスノーヘッドの魔力にやられちまったゴロ?」
 長老、その息子、そしてダルマーニという人物がゴロンたちの中心らしい。彼らは「ダルマーニ」「ダルマーニ」と連呼した。ずいぶん信用されているようだ。
「せっかく来てもらって悪いけど、お客さんあんまりこの里にいない方がいいと思うゴロ……」
 ゴロンたちののんきな顔にも悲壮感が漂っている。リンクは一度外に出ることにした。泣き声と泣き言のコーラスを聞くよりは吹雪のほうがまだいい、と判断したようだ。
 寒い外に戻ってきたというのに、チャットも脱力する思いだ。
『まったく、自分たちでどうにかする気はないのかしらね』
「やろうとしても無理だったんだろう。仕方ない」
 リンクは珍しく寛容だった。
「長老か、もしくはダルマーニとやらなら山のくわしい事情を知っていそうだな」
 沼地に引き続き、またもや「異変でてんやわんやだから、余所者に事情を話している暇はない」というパターンだ。情報を聞き出すのも一苦労である。
 リンクはふとあたりを見回す。
「……あれは」
 ちらつく白いベールの向こうに、大きな鳥の影が見えた。
 それを追った先は、崖っぷちになっていた。落ちたら麓まで真っ逆さまである。
 その崖の上を飛んでいるのは、
「ホーホッホッホ」
 沼地でも遭遇した、喋るフクロウだった。
「また会ったな、妖精のコよ! ワシの石像は役に立っておるか? どうやらお前はワシの見込みどおり、この地の運命を変える力を持っておるようじゃな」
 ちょっと待って、とチャットは心の中でつぶやく。「また」ってことは、こいつも時間の繰り返しに気づいているってこと? 
 フクロウは警戒する二人にも構わず、
「じゃが、この先はもっと厳しい試練がお前を待っておる。まわりのゴロンたちを見るがいい、この山はもうじき雪と氷におおわれ、生きる者の住めぬ場所になる運命じゃ。よほどの勇気と決意がなければ、この先に進んでも途中で倒れてしまうのがオチじゃて。
 まあ、その勇気と決意がお前にあるというのなら、別じゃがのお。どうじゃ、それでも進むか?」
「当たり前だ」
 勇気と決意ならば、リンクは余るほど持っている。付き合いの浅いチャットにも分かる。
「ホーホー、なかなか見どころのあるコじゃ! よし、お前ならこの山の運命を変えるだけの力を持っておるかもしれん! 
 今からワシがあのホコラまで飛んでいくから、その後をついてくるのじゃ。見た目にとらわれず、感じるままに進めば、道は開けて来るものじゃ」
 フクロウが翼で示した方向を見て、チャットは仰天した。
『ホコラって……崖の向こうじゃない!』
 奈落の谷を越えた先に、石造りのホコラの入口が見える。それこそ空でも飛べなければたどり着くことなんて不可能だ。妖精はともかくリンクは無理だ。ここにはデク花もない。
 チャットの抗議も聞き入れず、フクロウはさっさと飛び立ってしまう。
『何よアイツ、ふざけてるんじゃないの』
 だがリンクはじいっとフクロウの動きを観察していた。うん、とひとつうなずく。
「見ろ。あいつの羽根だ」
『え?』
 フクロウはゆっくりと羽ばたいてホコラに向かっていた。その翼から羽根がはらはら落ちて、空中で突然止まる。まるで、そこに見えない床があるとでもいうように。
「行くぞ」『えーっ!?』
 リンクは目測をつけて崖からジャンプした。チャットが息を呑んだ瞬間、その両足が何か硬いものを踏みしめる。リンクはそっとつま先を動かし、見えない床の強度を確かめると、そのまま飛び石を渡るように次々と虚空に向けて跳躍していく。
『まったく、肝が据わりすぎでしょ……』
 チャットはヒヤヒヤしながら追いかけた。
 ジグザグに配置された見えない床を渡りきり、やっとホコラの前にたどり着いた時には、リンクよりもチャットの方が安堵してしまう始末だった。
 ホコラで待っていたフクロウは胸を膨らませた。
「ホーホー、確かにお前の勇気と決意は見届けた。これから先も見た目に騙されることなく、自分の感じたことを大切にすることじゃ。さあ、ホコラに入るがいい。中にはお前の冒険の手助けとなるモノが眠っておる。帰りはソレを使ってみることじゃ。
 では、またいつかお前と会える日を楽しみにしておるぞ……!」
 言いたいことだけ言って、フクロウはすぐに飛び去っていった。あれは南の方角かしら、と考える。
 その足に何かが引っかかっている。小さな輪のようなものだ。なんだろう。
『なんか偉そうなフクロウよね』
 という軽口には答えず、リンクはホコラの中に入った。中は狭くて、中央に置いてある箱だけでもう満杯だ。箱に鍵はかかっておらず、簡単に開く。
 入っていたのは、持ち手のついた大きなレンズだ。分厚いガラスには何故か目玉模様がうっすら刻まれている。
『なにそれ?』
「まことのメガネだ……」
 リンクは魅入られたようにレンズを持ち上げると、片目の前にかざしてみる。周囲をレンズ越しに眺め、彼ははっとした。
『どうしたのよ』
「ほら、妖精なら見えるだろ」
 リンクが指さす方に意識を集中してみる。
『あっ……』
 何かがチャットの視界に映り、ぼんやりと像を結んだ。腹に大きな傷を持ったゴロン族だ。その体は透けている。
 幽体のゴロンも、二人がじっと見つめていることに気づいたらしい。
『もしかしておめえ、オラの姿が見えるゴロ? ホントに見えるのなら、オラの後についてくるゴロ!』
 幽霊は足を動かさずにホコラから出て、谷を越えていった。
『あ、ちょっと!』
「追うぞ」
 リンクはまことのメガネで確認しながら崖を越え、雪を踏みしめて駆け出す。
(こんなに簡単につられちゃっていいのかしら)
 妙な気配はしないので悪霊でないことは確かだが、普通の人間は幽霊なんて追いかけないだろう。まさか、幽霊から里の事情を聞き出そうとしているのだろうか。
 幽霊はゴロンの里を通り抜け、凍りついた池を越えて、山里へと逆戻りした。そして切り立った崖の下で立ち止まる――かと思えば、そのまま垂直に浮かんでいく。
『ここを登れって? 無理に決まってるわよっ』
「待て」
 リンクは落ち着いてメガネを使った。じっくり崖の表面を見分する。
「ここからなら登れそうだ」
 手を崖にかけ、ひょいひょい登った。見えないはしごでもあったらしい。
 チャットはほとんど超人を見ている気分だった。この先リンクに何回驚かされるのだろうか、ある意味で楽しみだ。
 彼は平然と崖の上にたどりついた。そこには洞窟の入口があり、脇には寒そうに肩を抱いたまま固まっているゴロンがいた。体はほとんど動かず、リンクが顔の前で手を振っても反応がない。ひとまずそちらは放置して、洞窟の中に向かった幽霊を追った。
 中はぽかぽかとあたたかかった。風が遮られているから、だけではないだろう。どこかに熱源があるに違いない。内部の床は円形にくぼんでいて、その中心に石碑がある。
 石碑の前で立ち止まった幽霊は、追いついてきたリンクたちを振り返った。
『オラの姿が見えるヤツがそのうち来る、って大翼のダンナが言っていたが……本当にその通りになったゴロ』
 大翼のダンナとは、あの喋るフクロウのことだろう。そうならば教わった歌の名前とも合致する。
 幽霊ゴロンは胸を張った。
『オラの名はダルマーニ三世。ほこり高きゴロンの勇者の血をひく者だゴロ。まあ、自分で言うのもなんだが、生きている時は百戦レンマのツワモノだったゴロ! そう、生きている時は……』
 ダルマーニ。ゴロンの里で何度も聞いた名前だった。泣いている子どもをあやすのが上手で、皆に頼られるようなゴロンの中のゴロンが、このような姿になっているなんて。
『そうだゴロ……オラ、もう死んでるゴロ。ゴロンの里に悪さをしている魔物を退治しようと、スノーヘッドに一人で乗り込んだまではよかったんだが、スノーヘッドからふきだす吹雪で谷に落とされ、このザマだゴロ……』
 幽霊らしくダルマーニは恨み言をぽつりぽつりとつぶやく。だんだん熱が入ってきたようだ。
『くやしいゴロ! このままゴロンの里が氷づけになっていくのを、ただ見てるなんて……死んでも死にきれないゴロ』
 そこでダルマーニは顔を上げ、リンクを見据えた。
『そういや大翼のダンナが言ってたけど、おめえ魔法使えるんだってなあ。たのむ、オラを魔法で生き返らせてくれ!』
「いや、それは……」
 リンクが使える魔法というと、炉を溶かした一回きりの炎だろうか。フクロウはあの時からこちらを観察していたのか? そもそも癒やしの魔法は基本的に妖精たちに属するものであり、めったに人間が宿すものではない。
 懇願の視線を受けて、リンクはやや気まずそうに首を振る。
『いや、できないのなら生き返らなくてもイイ。オラの思いが癒やされるのなら、どんな方法だっていいゴロ!』
 チャットはりんと羽根を鳴らした。
『ほら、あれしかないでしょ』
「だが……」
 リンクは珍しくためらっているようだった。しかし、ダルマーニから再度のお願いを受け、意を決してオカリナを構える。
 いやしの歌。スタルキッドにかけられた呪いを解き、デクナッツの仮面を作り出したそのメロディを、お面屋は「浮かばれない魂を癒す歌」と言っていた。
 静かに響く笛の音色に聞き入るように、ダルマーニは目を閉じた。
『イイ曲だゴロ。オラのキモチが曲の中にとけていくゴロ。オラのキモチをおめえにあずけるゴロ。
 ゴロンの里のコト、たのんだゴロ……』
 穏やかな遺言を言い終えると同時に、地面に仮面が落ちた。そのつくりは、まるでダルマーニ三世の顔をかたどったようだ。
『ゴロンの仮面……ってことよね』
「デクナッツと同じなら、これをかぶれば変身できるんだろうな」
 リンクはさっそく拾い上げ、顔にかぶってみた。
「くっ……」
 腹の底からこみ上げるものを、歯を食いしばって堪える。そういえばデクナッツの仮面をスタルキッドにかぶせられた時も苦しそうにしていた。思わずチャットが声をかけようとした時、彼の体は光に包まれ、一回りも二回りも大きくなる。
 そこには厚い胸板を晒したゴロン族がいた。ダルマーニ三世がつけていたのと同じ首飾りを巻いているが、本人より幾分かやわらかい印象だ。頭に残った緑の帽子はリンクらしい部分だろう。
 ゴロンリンクは篭手に覆われた自分の手を見て、首をかしげた。
「……なんだ?」
 じっと意識を集中させている。
『どうしたのよ』
「ダルマーニが……何か言っている」
 リンクは一人で合点し、石碑――ダルマーニの墓石に両手をかける。
『ちょ、何してんの!』
 ゴロンの力で強く押すと、墓石は土台ごと移動した。その下には穴があり、見る間に湧いてきたのは――湯気を立てる温泉だった。
 リンクはしきりに「なるほど」とうなずいている。
『もしかして、仮面に宿る魂と会話できるってこと?』
「そうらしい。デクナッツの時はそうじゃなかったんだが」
 ダルマーニの持つ知識はこの先役に立つだろう。しかし、デクナッツの時との違いは何なのだろうか。
 リンクは両手で温泉をすくい上げる。そして湯気を立てる水を空きビンに入れた。
「一旦、ゴロンの里に戻ろう」

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