第二章 後ろ姿

Side Moon 1

 アリスは大妖精の泉に漂うあぶくの中から生まれた。
 妖精珠の頃はほとんど自我もなく、全てが曖昧な存在だった。しかし幸運が重なり、彼女は羽根を授かることとなった。たまたま、同じ日に四つの妖精珠から四人の妖精が誕生した。彼女たちは互いに名前をつけあい、姉妹となった。全くの同時刻に生まれたので年齢の違いはないのだが、アリスはその控えめな性格からいつしか末妹の扱いを受けるようになった。
 このことを思い出したのは、海の大妖精が力を取り戻したその瞬間だ。どうもアリスは上位の存在から影響を受けているらしい。ならば、このまま順番に各地の大妖精を復活させていけば、記憶はよみがえるはずだ。
 しかし……海の大妖精に向けられた、何らかの意味を含む目線が気になっていた。そもそもどうして自分は記憶を失っていたのか。そして、クロックタウンで出会った青年ゼロは一体何者なのか。
 彼女は、おそらくゼロ本人よりも真剣にそれを考えていた。



 夢が途切れる感覚とともに、アリスの意識は覚醒した。
 どこかの部屋の中にいた。穏やかな日差しが低い角度から差し込み、窓辺を明るく照らしている。
(ここは……クロックタウンでしょうか)
 窓の外の景色から検討はつく。直後、近くのベッドで眠りこけているゼロを発見した。アリスは何故だか心の底からほっとした。
 部屋にある小さな時計で時刻を確認する。朝の六時だった。なぜ自分とゼロはここにいるのだろう? つい先ほどまでは夕方で、しかもミルクバーの前にいたのではなかったか? 
 分からないことは山ほどあったが、無防備に眠り続けるゼロのそばを離れるわけにはいかない。情報収集に行きたい気持ちを抑えてその場に待機した。
「ふわあ、おはようアリス……あれ?」
 なんと、ゼロが起き出したのは六時間後だった。もう太陽がずいぶん高く上ってしまった。体の疲れを感じない妖精といえど、いささか待ちくたびれた。さすがのアリスも何度か起こそうとしたのだが、ゼロは全く反応してくれなかったのだ。
 彼女が手早く事情を説明しようとした時――扉の外に気配を感じた。
「あら、目が覚めたんですね」
 ノックもなしにノブが回り、女性が入ってくる。ゼロは目を瞬く。
「アンジュさん?」
 呼びかけられた当人はきょとんとした。
「あの、どうして私の名前を……?」
「えっ」
 気まずい沈黙が流れる。
「だって、この前教えてもらって――あ!」
 そう、アリスと同じことに気づいたのだ。目と鼻の先にあったはずの月が遠ざかり、空が正常な青色を取り戻していることに。窓の外を見て凍りつくゼロに、ひたすら困惑するアンジュ。
 アリスは思わず『ゼロさん!』と呼びかけた。彼は紅茶色の瞳を目一杯見開く。
「アリス、これって一体どうなってるの」
 この場で唯一平静を保っていた妖精は、すかさずアンジュの前に出る。
『宿の従業員の方ですね。私は……町の大妖精様の使いなのです。この方とのお話は任せてください。目覚めたばかりで、まだ混乱しているようです』
「大妖精様の……? ええ、分かりました」
 アンジュは納得していないそぶりだったが、そそくさと戻っていく。あまり関わりたくない、と思われたのかも知れない。
 視線を戻すと、ゼロはベッドから起き上がって手早く着替えていた。
「ねえアリス。もしかしてこれは……時間が巻き戻ったってことかな」
 彼は不安そうに胸元をかきいだく。
『ええ、私はそう思います。月は三日前の位置に戻っているようです』
「オレが最初に目覚めた日だ」
『ゼロさんはこの宿で一ヶ月眠られていて、ついこの間目覚めたんですよね』
「そう。時間もぴったり同じ十二時だった。その後アンジュさんやアリスと知り合って……」
 腕組みしたゼロは、ぽつりとつぶやく。
「月が落ちるのは二度目だって、あの女の子が言ってた。あの子に聞いたら何か分かるかもしれない」
「昨日」ミルクバーの前で出会った金髪の少女だ。アリスもそれは考えていた。
 だが、本当に時間が戻っているというのなら、つじつまの合わないことが多すぎる。三日前の今頃、アリスはナベかま亭ではなくビンの中にいた。そもそもこの二人の記憶だけが残り、アンジュの記憶が消えていることも変だった。
『ゼロさん、その方のことは後回しにしませんか』
 アリスの提案に、青年は目を丸くする。
「どうして?」
『おそらく時を巻き戻しているのは彼女ではないからです。笛の音を聞いた、そうしたら時が戻った……というようなことを言っていましたよね』
「オレもその笛の音、聞いた。そっか……確かにそうだね」
 ゼロは合点がいったようにうなずく。
『それに、彼女はかなり混乱されていたようでした。あまりそのことを追及するのは酷かもしれません』
 だから、真相が分かったら教えてあげようとアリスは言い、ゼロもうなずいた。
 身支度を整えた彼は、何か「前回」と変化がないかとさっそく宿の外に出ることにした。ロビーにいるアンジュには適当に挨拶しておく。
 東地区を上下に二分する階段を上り、北へと向かいながらゼロは首をかしげた。
「あの女の子は二回目だって言ってたけど、オレ、一回目の時のことって全然覚えがないんだ。アリスは何か覚えてる?」
 アリスはマニ屋の埃っぽい棚で、ずっとビンの中にいた。閉じ込められている間は意識も時間の感覚も不明瞭だった。笛の音を聞いたかどうかすら定かではない。
 素直にそう伝えると、
「そっか……。オレ、ずっと寝てたのかなあ」
 北地区は公園のようになっていて、ベンチが置いてある。ゼロはそこに座って足をブラブラさせた。
「時間を巻き戻している誰かは、もしかして月の落下を防いでるのかな」
 アリスもそれが一番ありえる理由だと考えていた。このタルミナのどこかには、世界を救おうとしている「誰か」がいるのかもしれない。
(大妖精様のお力を借りずとも、そのようなことが可能なのでしょうか……)
 思わず彼女は考え込んでしまった。月の落下を阻止するなんて、よほど特別な力に恵まれていないとできないだろう。
「ねえアリス」ゼロが紅茶色の瞳をくりくりさせて妖精を覗き込む。
『あ、はい。なんでしょう』
「オレたちは何故か二人とも『前の三日間』の記憶がある。それに、時を巻き戻している誰かのおかげで時間の余裕もできた。ってことは、海以外の大妖精様を復活させられるってことだよね。ルルさんだって、いつかミカウさんとライブに出られるかもしれないよね」
 ゼロはごく真剣に、明るい希望を提示した。
『……はい、その通りです!』
 アリスにもし心臓があったのなら、早鐘のように鳴っていたことだろう。この記憶喪失の青年は、彼女の予想よりもずっと責任感を持って行動してくれている。それは頼もしい一方で、アリスの心に後ろ暗い気分を作り出す。まるで、何も知らない彼を自分の都合のいいように利用しているような――そんな気がして仕方がない。
 だが今は、彼に頼るしか方法はないのだ。なるべく早く記憶の手がかりが見つかるように、自分も全力を尽くそうとアリスは誓った。
 月に手のひらをかざして大きさを測りながら、ゼロは言った。
「時を巻き戻しているのは、いったいどういう人なんだろう?」
『そうですね……きっと、時の女神に愛された方なのではないでしょうか』



 木々が途切れて視界が開けた瞬間、ゼロは歓声を上げて駆け出した。
「見て、すっごくきれいな水!」
 さっそく空きビンに沼の水を入れ、太陽を透かし見た。こうして新しいものと出会って好奇心で胸をいっぱいにしている間、彼は月のことも大妖精のことも忘れているのだろう。アリスはなんだかほほえましい気分になった。
 次なる目的地として、ゼロは沼のある南を選んだ。これにはきちんとした理由がある。行動の指針を決めるにあたり、ナベかま亭に置いてある新聞を読んでみることをアリスが提案したのだ。
「新聞……?」
『もしかすると、前の三日間とは何か変化があるかもしれません。私が今回マニ屋にいなかったように、完全に同じ時間を繰り返していないとしたら――ですが』
「オレ、前の時に新聞なんて読んでないんだけど」
 ゼロは冷や汗をかく。『私の記憶に頼ることになりますが』と前置きすると、「さっすがアリス!」と喜んだ。新聞といえば、マニ屋の薄暗い店内で幾度か店主が広げていたのを思い出す。閉じ込められたアリスにはそのくらいしか情報源がなかったのだ。
 ナベかま亭のロビーには自由に閲覧できるタルミナの地方新聞が置かれていた。アリスは、ゼロが膝の上に広げてくれた新聞の上を飛ぶ。
 滑るように文字をその光で照らし、読み込んでいく。ある一つの記事の上で止まった。
『この記事は――』「えっと、沼の話だね」
 そこには「沼の清らかな水によってつくられた赤い薬は効力抜群」と書いてあった。
『確か、しばらく前から沼には毒が流れ出していました。毒がそのままでしたら、このような記事は載らないはずでは』
「え! それがきれいになったってことは、前の三日間と違うことが起こったんだから……もしかして、時を巻き戻した人がやったの?」
『その可能性は高いと思います』
 首肯したが、アリスは実のところ自説に対して半信半疑だった。その人物が月を止めるために行動しているとすると、何故沼を浄化したのだろう。それに、世界ごと時間が巻き戻っているのならば、沼に行っても「時を操る者」が残したものに出会える可能性はほとんどない。
 だが、ゼロは沼に行くと決めた。そうなると彼女には反対する理由はなかった。
 沼を覆う空は、海と違って晴れ晴れとしていた。だが、この地には魔力の乱れを感じる。いくら沼が平和になろうと、大妖精が復活したわけではないようだ。
「大妖精の泉ってどのあたりにあるんだろうね。誰かに聞いてみるしかないか」
 口では真面目な話をしているが、ゼロは心底沼の探索を楽しんでいるらしい。湿っぽい地面をブーツで踏みしめながら、あちこち見回し目を輝かせている。連れ回している身としてはほっとする光景だ。
 二人はやがて「沼の観光ガイド」という看板を見つけ、水の上に足場を組んで建てられた案内所に入った。
「こんにちはー」と屈託なく挨拶すると、ゼロの二倍近い大きさの肉体を持つ男性が出迎えてくれた。
「おう兄ちゃん、写し絵コンテストに参加するのかい?」
 室内なのにゴーグルをかけていていかつい見た目だが、雰囲気はいたって気さくだった。
「え? いやそうじゃなくて……このあたりに、大妖精様はおられませんか」
 ガイドの男は残念そうに首を振る。
「なんだあ違うのかい。このあたりで妖精は見かけたことがないなあ。もっと奥の、ウッドフォールのあたりにいるんじゃないかね。
 あ、沼を渡るならボートクルーズを使うといいよ。そうだ、デクナッツたちなら妖精の泉の場所を知ってるかもな。ボートクルーズならデクナッツの城の前を通るし、ちょうどいいだろ」
 なかなか言葉巧みに観光を勧めてくる。ゼロは疑問符を浮かべてアリスを見上げた。
「デクナッツって何?」
『植物から進化した、背の低い種族です。クロックタウンにも似た成り立ちを持つアキンドナッツという種族がいましたよ』
 あんまり覚えてないかも……とゼロが首をひねる前で、男性は話を続ける。
「でもなあ、今日はボートクルーズの案内人がまだ出てこなくて……風邪でも引いたのかな。家族がここからすぐのところにある薬屋にいたはずだから、聞いてみたら分かるだろ」
「ありがとうございますっ」
 ゼロが声を弾ませた。ボートクルーズという単語にわくわくしたようだ。彼はそのまま案内所から退出しかけて――中断し、くるりと男性に向き直った。
「あの! やっぱり写し絵コンテストっていうの、参加してみたいんですけど」
「おお、いい心がけだ」
 にいっと口を横に広げた男性は、ごほんと咳をする。
「え〜沼の観光ガイドでは、ただいま写し絵コンテストを開催しております。子どもからお年よりまで参加は自由。この沼で撮ったナイスな写し絵には、賞金かボートクルーズの無料サービスをプレゼント! 
 ところでお客さん、写し絵の箱はもってるかい」
 ゼロが「いいえ」と答えると、「なら、これな」無造作にそれを渡してくる。
「え……もらっていいんですか?」
「それがないとコンテストに参加できないからね」
 写し絵の箱は、片手で持つには大きすぎるサイズだった。丸いレンズのはまった「目」が正面についていて、それを被写体に向け、スイッチを押して「撮る」。その像は箱内部のフィルムに焼き付いて、現像すれば紙の写し絵として保存できる、という寸法らしい。
 ゼロは一通り使い方を教わってから、写し絵の箱を大事そうに胸に抱いて案内所を出た。
「ボートクルーズに乗るために、はやく窓口の人を呼んでこないとね!」
 と言いつつ良いフォトスポットを探す気満々である。とはいえ、彼が完全に己の楽しみのために行動しているのは、アリスにとっても心地よい気分だった。



「……もしかして、ボートクルーズのお客さんかい? あいにく、コウメさんならウラの森にキノコをとりに行っているよ。
 あれ、そういやあちょっと帰ってくるのが遅すぎるねぇ! あんた、ついでに見に行ってくれないかい? ほら、アタシは店があるからさ」
 薬屋にいたのはギョロギョロした目玉を持つ老婆だった。見た目が特徴的なのでゼロはぎょっとしたが、話してみると普通の人だった。
 コタケと名乗った老婆は、「会ったらコウメさんにこれを飲ませておくれ」と言って「赤い薬」をビンに入れて渡してくれた。新聞記事にあったものだ。
 ゼロは薬屋の裏に回り込み、清水を踏み越え「フシギの森」の入り口に立つ。
 シダが垂れ下がってトンネルのようになっている。鬱蒼として薄暗い場所だ。
 意を決してゼロは森の奥に進んでいった。
「これは……確かに迷いそうだね」
 ぬかるんだ地面なのに足跡がついていない。コウメは空でも飛んでいったのだろうか、とアリスは考える。
 ゼロがふと立ち止まって、何かの実を拾い上げた。
『デクの実ですね。衝撃を与えると破裂して、閃光を出します』
「コウメさんが道すがらこれを落として、自分の場所を知らせてる……なんてことはないか」
 彼はがくりと肩を落とした。どうやら何の目印もない森の中で途方に暮れたらしい。
「アリスは道、分かる……?」
『気配を感知してみます』
 意識を集中した。視覚を閉ざし、代わりに目に見えないものを感知するためセンスを研ぎ澄ませる。木々や動物たちのざわめきが遠のいていった。
 森の向こうに老婆のゆったりとした息遣いを感知する。正確な位置を探ろうとそちらに感覚を絞った時、不意にノイズが混ざった。
「アリス、下がって」
 ゼロの声が低くなる。はっとしてアリスが意識を戻すと、彼は前方をにらんだまま剣を抜いていた。
 戦いが近づいた時、彼の雰囲気はガラリと変わる。海でルルを助けた時もそうだった。紅茶色の瞳が赤々と燃え、アリスが思わずぞくりとするほどに険しい気配を立ち上らせる。
 二人の目の前には、大きな甲羅を持った亀の魔物が立ちはだかっていた。



『スナッパーです、弱点はお腹にあります!』
 アリスは鋭く叫んだ。スナッパーはその場でコマのようにくるくる回り、勢いを増してゼロのふところへ飛び込んでくる。彼はすばやく横に飛んで避けた。
 弱点は地面に隠されたままだ。スナッパーはすぐに反転し、またゼロを襲う。避けることは難しくないが、このまま同じことを続けていても永遠に倒せない。おまけに魔物は結構な勢いで迫ってくるため、無視して通るのも難しかった。
 普段は知識によってゼロを手助けできるアリスも、戦闘になると彼に頼るしかない。ハラハラしながら戦いの推移を見守った。
「――そうだ!」
 ゼロはポケットを探る。そして取り出したものを、スナッパーの眼前に叩きつけた。
 パシッと音がして視界が白に染まる。デクの実だ。先ほど拾ったものを早速使ったのだ。衝撃を受け、スナッパーがきれいにひっくり返る。ゼロはすかさず腹に剣を突き刺した。
 魔物はぐったりと体を弛緩させる。戦いを終え、剣をしまった彼はふう、と息を吐いた。
『お見事でした、ゼロさん』
「ありがとう。ちょっとは戦いにも慣れてきたかな?」
 などと言っているが、ゼロの剣術は達人レベルであるとアリスは判断していた。それだけでもただの旅人でないことは明白だった。その強さが、記憶を失う前から引き継いだものだとしたら――昔のゼロはどんな人だったのだろう。
 思考を遮るように、甲高い声が割って入った。
「いたたたたっ、誰か、助けてくれ〜!」
 ゼロははっとしてその方向を振り向く。
『こちらです!』
 アリスはすでに気配の探知を完了していた。ゼロを先導して空を飛ぶ。並んだ木々を右へ左へと抜けていくと、どんどん気配が近づいてきた。
 やがて、木の下に座り込んでいた老婆――薬屋のコタケにそっくりだった――を見つける。ゼロはすぐさま「大丈夫ですか!?」と助け起こした。
 コウメは頭をさすり、うっすら目を開けた。
「キノコ探しに気をとられてたら、いきなりポカッとやられてこのザマさ。いまいましいスタルキッドめ、顔をかくせばこのオババが分からないと思ったのかい!」
 存外に元気そうに悪態をつく。アリスはその内容が気になった。
 スタルキッド――小鬼とも呼ばれる魔物だ。ここでも出てくるなんて。
 そもそも、小鬼程度が大妖精をバラバラにできる力を持っているはずがないのだ。ゼロにはあまり話していないが、アリスはその存在をかなり警戒している。そして、いつかゼロの前に立ちはだかるのではないか、と危惧していた。
 コウメは腰をさすった。
「あいたた、あんなに力があったなんて……おかげで腰が動かなくなっちまったよ! あんた、なんか元気がでるモノ持ってないかい?」
「ああ、それならこれを」
 ゼロは薬屋に託された薬を取り出した。コウメはそれをひったくり、一気に飲み干す。
「おおっ、みなぎるパワー! コウメふっかーつ!」
 ぷはっと吹いた息は赤みがかっていた。どこからともなくホウキを取り出し、機敏にまたがって宙に飛び上がる。コウメは魔女だったのだ。
「助かったよあんた! さあて、沼の観光ガイドに戻ろうかね」
「あの、オレたちボートクルーズに乗りたいんですけど」
 あっけにとられたゼロが、それでも当初の目的を果たそうとすると、コウメはこっくりうなずいた。
「よしきた、アンタならサービスするよ。……とはいえ、今日はもう店じまいかねえ」
 コウメは夕空を見上げる。森は暗く沈みかけていた。
 そもそもゼロが目覚めたのが昼の十二時である。そこから沼にやってきたので、順当に時間が経過したわけだ。森を探索しているうちに日が落ちなくてよかった、とアリスは思った。
「そうですか。じゃあ明日、また来ます」
 コウメはホウキを操り低空飛行に切り替える。ぴったりゼロと視線の高さを合わせた。
「アンタ、うちに泊まるかい? このあたりは宿泊施設もないし、貴重な観光客を無下にするわけにはいかないよ」
「あ、ありがとうございます!」
 ゼロは満面に笑みを浮かべた。案外気のいい老婆だ。
 アリスも彼を野宿させずに済んで、ほっとしたのだった。

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