第三章 光の交差



「刻のカーニバルが、なくなる……?」
 その話を聞いた瞬間、ルミナは突然目の前に幕が下りたような気がした。視界が暗くなったのは、ショックによって現実感が失せたためだった。
 ゴーマン座長はかぶりを振った。
「違う、カーニバル自体はまだ分からないが、公演がなくなったんだ。月が落ちてくるから開催を見合わせるらしい。明日、ワシらもゴーマントラックに避難する」
 そんな大事な決定なのに、ゴーマン一座の仲間たちには何の相談もなかった。座長の決めつけるような言い方に、ルミナは反発を抱いた。
 他の皆がまるで「仕方ない」という風に受け入れていることも納得できなかった。刻のカーニバルでの公演、しかもダル・ブルーというゾーラバンドの前座をつとめる大舞台を、皆楽しみにしていたのではなかったのか。
 本番三日前にして、ダンサーのローザ姉妹が踊りの振付けに悩んでいるだとか、音楽家のグル・グルさんの新曲作成が行き詰まっているだとか――不安要素は多々あれども、ゴーマン一座は今までずっとカーニバルのために練習してきたのに。
 何よりも、各地を回って芸を披露する一座に入ったばかりのルミナにとって、今回がはじめての舞台だった。
「なんで」
 そのつぶやきは存外に大きく、ナベかま亭の大部屋に集まっていた一座の仲間たちは全員振り向く。
「なんでそんなに簡単に諦められるの? 刻のカーニバルの舞台、それもダル・ブルーの前座なんだよ? この……座長のわからず屋っ」
「ルミナ!」
 勢いよく立ち上がったルミナは、ローザ姉妹が止めるのも聞かず、足を踏み鳴らして部屋を出ていく。思いっきり音を立ててドアを閉めてやってから、目に付いた扉に飛び込んで内側から鍵をかけた。
「あの子、トイレに閉じこもったわよ!」「宿の人にカギを取ってきてもらうんだ、早く!」
 意地になったルミナは扉の中から怒鳴り返す。
「カギなんて開けても手でドア押さえるから。絶対出ていかないから!」
 この騒動があったのは夕方であり、結局一座は夜までずっと騒いでいた。ルミナはいつの間にか膝を抱えて眠ってしまっていた。
 翌日、目を覚ますと足腰が痛んでいた。無理な体勢のまま寝たから仕方ない。結局、寝ている間に引きずり出されることはなかったようだ。
 そのままぼんやりしていると、扉の向こう――廊下から静かな声がした。
「ワシらはもう避難するぞ。行き先はゴーマントラックだからな。気が向いたらすぐに来たらいい」
 ゴーマン座長だった。ルミナは返事をしなかった。やがて気配は去った。
 クロックタウンに不気味な月が近づいていること、それによってカーニバル開催が危ぶまれていることは、ルミナもよく分かっていた。町を歩けばそんな噂はいくらでも耳に入る。だが、彼女はどうしても諦め切れなかった。月が落ちるというのも半信半疑だった。
 ルミナ一人が立てこもったところでどうにかなる話ではない。だいいちゴーマン一座の皆がいなければ公演なんてできないのだ。彼女は身を焼くような理不尽に対して、ただ駄々をこねたいだけだった。
 一座が去ってからも、ルミナはうつらうつらしながら狭い部屋に居座った。時刻がよく分からないが、夕方ごろだろうか。ドアの前にそっと誰かが立つ。
「ルミナ……この宿はもう閉館するの。あなたも逃げないといけないわ」
 ナベかま亭の看板娘アンジュだった。彼女とルミナはそれなりに長い付き合いの友人だった。
 だが、いくらアンジュに頼まれようと、ルミナは己を曲げる気はなかった。
「ごめん、放っておいて。別に宿のものを盗ったりしないから……ここにいさせて」
 アンジュのため息が聞こえる。
「分かったわ。もし出ていく気になった時のために、玄関の鍵、置いておくわね」
 扉の下から差し出された鍵に、しかしルミナは手を伸ばさなかった。
 宿の中からあらゆる人の気配が消えても、ルミナはずっとそこに居続けた。そして、今まで自分が歩んできた道を、ひとつひとつ思い出していた。
 タルミナから遠く離れた自分の故郷で、遠征に来たダル・ブルーのライブを見たこと。素晴らしい演奏をしたギター奏者に憧れ、自分もその道を志したこと。そして、たまたま興業に来たゴーマン一座の本拠地がタルミナと知り、猛アタックをかけたこと。
 クロックタウンで行われる刻のカーニバルでは、ダル・ブルーの今代の歌姫と名ギタリストが共演するはずだった。それなのに今、すべての可能性は閉ざされている。
(なんで月なんてわけの分かんないものに、わたしの夢が負けなきゃいけないの……?)
 鈍い振動とともに建物全体が軋んだ。いよいよ月が近づいてきたのだろうか。それでもルミナの心は恐怖よりも悲しみや怒り、やるせなさで満たされていた。
 泣き疲れてうつらうつらしていた彼女は、曖昧な意識の中でかすかに笛の音を聞いていた。



「あ、れ?」
 次に気がついた時、彼女はナベかま亭の大部屋にあるベッドに横たわっていた。寝具のふわふわした感触を久々に味わった気がする。どうしてここに寝ているのだろう。さすがにトイレに嫌気がさして、無意識のうちに逃げてきたのだろうか。
 部屋は嘘のように明るかった。今は朝のようだ。ゆっくり体を起こすと、テーブルを囲んでローザ姉妹の姉ジュドと妹マリラが座っていた。今日も踊りに適した体のラインを見せる衣装を着ている。
「あら、おはようルミナ」
「お、おは……!?」
 衝撃を受けて全身が凍りついた。ゴーマン一座はルミナをのぞき、全員が座長と一緒にゴーマントラックに逃げたはずなのに。慌てて部屋を見回すと、見事に皆そろっていた。
(な、なんで?)
 混乱したまま窓の外から顔を出せば、例の月はずいぶん遠くに戻ってこちらをにらんでいる。
(えーっと、私がトイレに閉じこもった時でも、月はもっと近かったはず……だよね?)
「ぼんやりしてないで、早く朝ごはん食べてきたら?」
 ジュドに促され、ルミナは半ば呆然としながら階段を降りた。
 台所でせかせかと動き回る宿の看板娘を見つけ、肩を叩く。
「ねえアンジュ」
 振り向いた彼女は、ルミナが思わずぎょっとするほどにうつろな表情をしていた。
「あ、えーと。ナベかま亭って閉館したんじゃなかったの?」
 アンジュは困ったように首をかしげた。
「いいえ、まだよ。でもきっと、カーニバルの前日にはそうなるわ……」
 明らかに憔悴した様子だ。ルミナはかける言葉を失う。そうだ、月のせいで忘れかけていたが、アンジュの婚約者はもう長いこと行方不明なのだ。
 それにしても、カーニバルの前日とはすなわち昨日であり、今日こそがカーニバル当日ではなかったのだろうか? 
(あ、そっか。夢なんだこれ)
 そう考えると腑に落ちた。月が落ちてカーニバルがなくなるなんて、悪い夢に決まっている。
 ただ、あの夢はいささかリアリティがありすぎた。正夢になる可能性だって高い。もし夢の出来事がこれから起こるとすると、座長が避難の話を切り出すのは明日の夜だ。
「アンジュ、座長がどこ行ったか知らない?」
「朝からどこかにでかけて行ったわよ。それよりルミナ、ご飯は――」
「どこかで適当に食べる!」
 端的に言って、アンジュの料理はまずいのだ。火加減が大雑把なことに加えて謎の「省略癖」があり、必要な手順をすっ飛ばしてしまう。客商売でそれはまずいのではないか、と友人が心配になる。
 ルミナはさっそく町に飛び出した。朝の空気は少し冷たい。カーニバル三日前のクロックタウンは、まだ落ち着きを保っていた。
 それにしても、座長はどこに行ったのだろう。
(もしかしてあそこかな)
 彼女はナベかま亭のすぐそばにあるミルクバー「ラッテ」に突撃した。そこがダル・ブルーのライブ会場、ひいてはゴーマン一座の公演会場となる。だからステージの下見をしに行ったのでは、と考えたのだ。
「ごめんくださいっ」
「あの、まだ開店前ですよ」
 勢いよくドアを開けて階段を降りると、床掃除をしていたマスターはさすがに迷惑そうな顔をした。
「ちょっと聞きたいことがあって。ここにゴーマン座長は来てませんか?」
 マスターは首を振った。
「いえ。おそらく町長公邸じゃないでしょうか。カーニバルの興行関係は町長夫人のアロマさんが仕切っているはずです」
 なるほどそうかと納得した時、折しもドアが開いた。顔を出したのは話題の主であるゴーマン座長だった。
「座――」
 ルミナは口をつぐんだ。座長は見るからに重苦しい雰囲気に包まれていた。階下にいる彼女には、まだ気づいていない。
 なぜだかルミナは後ずさりし、ひょいとカウンターを乗り越えた。
「あ、お客さん!?」
 そのまま彼女はカウンターの裏にしゃがみこみ、息をひそめた。マスターはしばらく呆れていたが、それ以上の追及を諦めたようだ。
 マスターは、とぼとぼと階段を降りてきた座長に話しかける。
「どうされました? うちはまだ開店前なんですが」
「悪いが、しばらくここに置いてくれねえか」
 ひどく疲れた様子だ。座長は返事も聞かず椅子に座る。
「何もお出しできませんよ」
「構わねえよ……」
 それきり無言でカウンターに突っ伏す座長を見て、マスターは掃除に戻ったようだ。完全に出るタイミングを失ったルミナは、カウンターの裏でドキドキする胸を押さえている。
 突然、がばりと座長は顔を上げた。
「カーニバルの興行はなし、って言われたんだよ。アロマ夫人に」
 ゴーマン座長の告白が虚空に響く。ルミナの心臓が大きく脈打った。
 座長が朝からアロマ夫人のもとを訪れると、ゾーラバンドのマネージャーが先に来ていたという。そのゾーラが言うには、突如としてダル・ブルーの歌姫の声が出なくなり、ライブを取りやめることになったらしい。前座のゴーマン一座は言わずもがなだ。
「くそ、一体座員たちになんて言えばいいんだ……」
 座長は頭を抱える。ルミナだって同じポーズをとりたい気分だった。
(本当に公演自体がなくなったんだ。しかも、ダル・ブルーのライブすら聞けないなんて……)
 指の先が冷たくなる。その感覚によって彼女は確信した。公演中止にショックを受け、月の迫る中トイレに立てこもったあの出来事は、決して夢じゃない。現実にあったことなのだ、と。
 どういうわけか、タルミナはカーニバル前の同じ時間を繰り返している。ルミナを除き、すべてのヒトの記憶が消えたまま。
 気詰まりな時間が流れた。ほうきで床を掃く音だけが、がらんとしたミルクバーにこだまする。
(戻りたくない……)
 冷たい床に座り込むルミナよりも先に、座長が音を上げた。椅子から立ち上がる。ルミナは見つからないように頭を低くした。
「長居してしまって、どうもすみません」
 マスターにかける言葉は、あの座長とは思えないくらい腰が低い。
「また夜、飲みにきてください」
 マスターの返答はあたたかい響きを持っていた。
 ドアが閉まり、しばらくしてからルミナは立ち上がった。
「お邪魔しました。次はシャトー・ロマーニを飲みに来ます」
 頭を下げるが、マスターは今度は何も言わなかった。それも気遣いの一つの形だった。
 行くべき場所も目的も見失ったルミナは、仕方なしにナベかま亭に戻った。
 足を引きずるように階段を上る。ゴーマン一座が宿泊する大部屋の隣にある「ナイフの間」のドアが開け放たれていた。
 ルミナは思わず中を覗き込む。アンジュが掃除をしていた。
「あれっ。ここって病人が寝てたんじゃなかった?」
「ええ。でもお昼ごろ急に起き出されて、そのままどこかに行かれたの。思ったより全然元気そうだったわよ」
 ルミナは目を丸くした。そんなことが「前回」あっただろうか。彼女がトイレに閉じこもる直前まで、ドアは閉まったままだったはずだ。
「おかしいよね。そんなこと、前はなかったよね」低い声でつぶやくと、
「ルミナ、どうしたの……?」
 あまり元気とは言えないアンジュに逆に心配されてしまった。ルミナは慌てて作り笑いをし、身を引く。
 その日は食欲もわかず、当然ギターの練習などする気にもならず、そのまま布団をかぶって眠ってしまった。



 座長の例の話――ゴーマントラックに避難すること――を、ルミナはろくに聞かなかった。二日目の夜中に大部屋を抜け出して、ミルクバーに居座った。現実逃避だった。入荷が滞っているため鮮度が落ちているというシャトー・ロマーニは、それでも優しく舌の上で転がった。
 途中で、ダル・ブルーのマネージャーであるトトという名のゾーラがやってきて、名残惜しそうに特設ステージを眺めていった。ルミナはあまり話す気になれなかった。
 三日目の朝、営業時間を終えて片付けをはじめようとするマスターに、頭を下げる。
「ここにしばらく置いてくれませんか」
「……掃除の邪魔にならないのなら」
 マスターは月が落ちようと店を閉める気はないらしい。ここは今のクロックタウンで唯一ルミナが息をつける場所だった。
 しかし、その状況は夜になって一変する。アロマ夫人が入店してきたのだ。この静かな場所で最期の時を迎えよう、という考えなのだろう。
 別に興行中止の件は夫人が悪いわけではないのに、ルミナは彼女と同じ空間にいるのが耐えられず、マスターの視線を振り切って店の外に逃げ出した。
「えっ!?」
 ドアを開けた途端に誰かとぶつかった。ルミナはふらついた体を支えることができず、そのまま相手にもたれかかる。
 そこにいたのは白銀の髪をした青年だった。大きく見開かれた紅茶色の瞳と視線が合う。こんなに特徴的な容姿をしているのに、ルミナは今まで一度も見たことがなかった。カーニバル目当てにやってきた旅人だろうか。彼のそばには、珍しいことに青い妖精まで浮かんでいる。
「どっ、どうしたんですか」
 彼女はほとんど正気を失っていたのだろう、青年にそっと体重を預けた。
「二回目なの……」
「へ?」
 彼はぎょっとしたようだ。
「月が落ちるの、もう二回目なんだよ」
 そう告げた途端、どこからともなくあの笛の音が聞こえてくる。トイレに立てこもった時と同じ音色が、じわりと忍び寄ってくる。
「聴こえるでしょ、あの笛の音」
(やっぱりそうだ。この音が時間を戻してるんだ!)
 閃きによる喜びは一瞬で沈んだ。時を巻き戻す――同じ三日を何度も繰り返すなんて、一体誰が、何のためにそんなことをしているのだろう? 
(わたしをひたすら苦しめるため、だったりして)
 驚く青年が目の前から遠のいていく。
 このまま自分は、永遠にやってこないカーニバルを待ち続けるしかないのだろうか。



「怪我はないか」
 こちらを覗き込む瞳の色は、柔らかい紅茶色から、冬の空のような透き通った青に切り替わった。
 ルミナは目をぱちくりさせる。
「な……ないよ。きみは?」
 こちらに手を差し伸べているのは、ルミナの半分くらいしか歳を重ねていないような子どもだ。民族衣装らしき緑色のチュニックを着ている。町では見かけない格好だ。おまけに、彼は白い妖精を連れていた。
 どうして自分は石畳の上に尻餅をついているのだろう――不思議に思って見回すと、ルミナの周囲には材木がたくさん転がっていた。大工がてきぱきと片付けている。どうも、月見やぐらを組み立てている最中に木材を落としてしまったらしい。それが上空からルミナに向かって降ってきたところを、この子どもが助けてくれたようだ。
 意識の混濁が激しく、ミルクバーを出て笛の音を聴いた時から記憶が飛んでいた。今は一体何日目なのだろう。
「平気だ」
 ルミナを立たせると、彼はそれだけ告げてあっさり立ち去りそうになる。
「待って!」
 急いでその腕を掴んだ。
 彼女は強烈な違和感を感じていた。月の位置と時計塔の示す時刻から、今は一日目の朝だ。そんな時間に今までこのような事故が発生しただろうか? あの大きさの木材が落ちたらすさまじい音が出るはず。ナベかま亭にいれば絶対に聞こえただろう。
 そう、「前回」までこの事故は起きなかった。繰り返す時に変化が生まれた、その原因はおそらくルミナだけではない。
 もしも自分の直感が正しいなら――彼女はカマをかけてみることにした。
「助けてくれてありがとう。それで、その……なんできみはこの時間にここにいるの?」
 少年は目をそらした。異様に物腰が落ち着いた子どもだ。ボンバーズよりは年上だろうが、本当に彼は見た目通りの子どもなのか、という疑問が頭をかすめる。
「お前には関係ない。俺はこれから山に行くんだ。邪魔をするな」
 全身から拒絶のオーラが出ていた。子どもながらに語気は激しく、ルミナは圧倒される。
 山に行く? 一体何の用だろう。剣を背負っているので旅人らしいが、あのような辺境にわざわざ赴く理由が分からない。
「……そっか、ごめんね変なこと聞いて。あ、そうだこれ!」
 彼女は首からマフラーを外した。そろそろ暑くなる時期とは分かっていても、夜の肌寒さを回避するためつけていたものだ。
「山はまだ冬だって聞いたんだ。助けてくれたお礼に、貸してあげるよ」
 少年は驚いたように彼女を見上げ、反射的に手を出した。その上に、マフラーが軽やかに乗る。
「……受け取っておく」
「わたし、ルミナっていうの。いつもはナベかま亭にいるから、ちゃんとあとでマフラー返してよね」
 彼女の顔は自然とほころんでいた。なんだか久々にこういうやり取りをした気がする。思いもかけず、ルミナは「初対面の相手」との会話に飢えていたようだった。時の繰り返しを経験すればするほど、身内にどう応対していいか分からなくなっていた。
 変化の兆しはすぐそこに見えていた。



 山が春を取り戻した。ルミナは見たのだ。二日目になって、山の頂を覆っていた雪がみるみる溶け、茶と緑の地表が姿を現す場面を。
 彼女はクロックタウン天文台に通い、望遠鏡を使わせてもらってその変化を発見した。
 三日目。町に戻ってきた少年をミルクバーに連れていき、シャトー・ロマーニをおごった彼女は、真剣な面持ちでたずねた。
「ねえ、わたしにできることってないの?」
 この少年が山に春を取り戻した。今までの二回にそんなことは絶対になかった、と言い切れる。彼が何かしているに違いないのだ。
 しかし。
「ない。お前が何もしなくても、絶対に月は落ちない」
 全力で拒否される。彼には、絶対に踏み込まれたくない心の領域があるようだった。
 その後、ルミナは食い下がってなんとか彼らの名前を聞き出した。リンクとチャットというらしい。目付きの鋭い子どもと付き従う妖精なんて、おとぎ話から抜け出たような組み合わせだった。
 リンクが出ていってからしばらくミルクバーで時間を潰していると、またあの笛の音が聞こえた。今回は、心なしかいつもより近くで響いたような気がした。
 再び一日目。二段ベッドの上に寝転んで天井のシミを確認し、ルミナはつぶやく。
「そんなわけないでしょ」
 何もしなくてもいいだなんて、そんなはずはない。
 ルミナは戦えないし、特別な力が使えるわけではないけれど、それでもできることはきっとある。
 リンクの言葉は完全に逆効果だった。その青い瞳には、久しく失っていたやる気が燃え盛っていた。

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