第五章 亡国への鎮魂歌



 崖下に取り残されたリンクは、ポウマスターに鋭く問うた。
「ゼロはイカーナ王国の関係者なのか」
「さあ、私は死者の魂にしか興味ないからねえ」
 はぐらかされていると感じたが、これ以上口答えをして相手の機嫌を損ねるわけにもいかない。
 多くの感情を含んだ息を吐く。彼は態度を変えることにした。
「俺はどうしてもこの先にある神殿に行かなければならない。お前は門番なんだろう、どうしたら通してくれるんだ?」
 なるべく早くゼロを追いかけたい。彼は前回の三日目で自身の記憶やイカーナについての話を聞いて、ひどく混乱した様子だった。あまり放置したら余計な方向に思考を働かせかねない。アリスが先ほどから黙りこくっているのも気になる。
 ポウマスターは悠々と肩をすくめた。
「呪いを解く方法もなしに今のイカーナに向かうのは、無謀ってもんさ。そうだねえ……ここから少し戻ったところに、イカーナ王家の墓がある。そこに何かあるかもしれないねえ」
『アタシたちに墓荒らしになれってこと? あーやだやだ』
 チャットの文句も無理はないが、いざとなればリンクはその程度のことはいくらでもするつもりだ。墓荒らしならば、不名誉なことに故郷でも前科があった。
 一行は来た道をすぐさま戻り、分岐路を墓地の方面へと曲がった。
 そこは低い丘だった。ほとんど植物のない谷間から打って変わって、わずかばかりの下生えがある。丘の上には一本道が伸びていて、両脇にいくつも墓が立ち並ぶ。遠くの方をコウモリの魔物・キースが飛んでいた。日が傾いてきたこともあり、ますます人を遠ざける風景ができあがっている。
 道に雑草は少なく、墓石も苔生したり倒れたりしているわけではない。誰かが手入れしているらしい。生者は皆逃げ出したと聞いたが――
『きゃあ!?』
 突然チャットが悲鳴をあげた。暗がりから猫背の男が出てきたのだ。男はよたよたと近づいてきて、じいっと妖精を見上げる。それこそ亡霊と見まごうような生気のない顔だ。リンクもわずかに驚く。
 ……また、かつての知り合いにそっくりな人物だった。だが、前ほど嫌な気持ちが湧かなくなったのは何故だろう。こんな体験にそうそう慣れるはずがない、と思っていたのに。
「オラ、この墓地を守っている墓守のダンペイだ〜。顔はコワイけど悪人じゃねえゾ!」
 自分で言っているあたり余計に怪しいのだが、生者であることは確からしい。リンクはこの墓守から情報を引き出すことに決めた。
「ここにあるのはイカーナ王家の墓だと聞いたが」
「そうダ、み〜んな山むこうのお城の王さんたちの墓ダ。今でも夜になるとユーレイが出る、おっかねえ〜墓なんだゾ」
 ダンペイはしきりにリンクから視線を外し、そわそわしている。日暮れを気にしているのかもしれない。
 ならば夜を待って、いっそ亡霊相手に聞き込みをすべきか。
「この墓の奥にでっけぇ〜ガイコツがあるダ。あれは、この墓を守っていた王家の兵隊の成れの果てだって、オラのオヤジが言ってたダ」
 何かが引っかかったのだろう、アリスが質問する。
『そのガイコツは、お墓には入っていないんですか?』
「そうダ。死んじまった今でもああやって道をとおせんぼして、王家の宝を守っているんダ。きっと立派な兵隊だったんだろうな……」
「宝か」
 都合よく、その宝が呪いを解く方法だったりしないものか。チェックしてみる必要がありそうだ。
 ダンペイと別れ、蛇行する道を奥へと進むと、城壁の一部と思しき建造物が立ちふさがる。そのガイコツは壁の切れ目に寝そべり、門の代わりを果たしていた。
 雨ざらしでも朽ちてしまわないのは巨人の骨だからだろう。何百年そこにあったかは知らないが、通常のサイズではとうの昔に風化して崩れていたに違いない。
 城壁には文字が彫られていた。
『我が魂を目覚めさせる者、我と戦い、燃えさかる炎を消したもう……だそうです』
『目覚めさせる者かあ。そういう曲、あったわね』
 リンクもすぐに思い当たった。デクナッツ王国でサルに教わった、目覚めのソナタだ。さっそく時のオカリナで演奏する。夕暮れの墓地にあまり似つかわしくない、気分がぽっと明るくなるようなメロディが流れる。
 果たして三人が見守る中、ガイコツはがらんどうの両目に光を宿した。降り積もったホコリを落として立ち上がる。その勢いは凄まじく、城壁の上部を盛大に壊してしまった。瓦礫が飛び散り、リンクはバックステップで避ける。
「で、でた〜!」と後ろの方から聞こえたのはダンペイの悲鳴だろう。
 昔の装備の名残か、ガイコツは立派な装飾のついたボウシをかぶっていた。そして一言も発することなくこちらに背を向け、墓地のさらに奥へと歩き出す。
『追いかけましょ!』
 リンクは剣を抜き盾を背中から外した。壁に彫られていた文言からすると、相手は戦いを望んでいるはずだ。実際追いかけはじめてすぐ、炎によって退路が塞がれた。
『もう、一体なんなのよアイツ!』
『リンクさんを試しているのではないでしょうか』
 両脇は切り立った崖に囲まれ、後ろは炎で前にはガイコツ。さらに、地面からスタルベビーと呼ばれるガイコツ兵士が湧き出してきた。こちらはリンクと同じくらいの背丈だ。この程度の相手なら恐るるに足らず、フェザーソードの一閃で難なく崩れ落ちる。
 その戦いを少し先で見つめていた巨大ガイコツは、スタルベビーが掃討されたと知ると、突然跳躍した。大きな体は全て骨なので、見た目よりも軽いのだ。リンクは全力で走り、なんとか危険な押しつぶしを回避した。
「あの巨体は厄介だな」
 ガイコツは腕をふりかぶる。パンチか掴みかかりを予測し、リンクは好機だと悟った。ぎりぎりで横に避けると、伸び切った骨の腕に飛び乗り、足場にして駆け上がった。
 無言の気合とともに狙うのは肩の関節だ。骨だけの魔物は、筋肉ではなく魔法の作用によって体を動かしている。だからこういう場所が弱点となりうる――それは彼の経験則だった。
 ガイコツが体勢を立て直す前に、左肩に剣先が差し込まれた。骨の腕が地に落ちてバラバラに砕ける。リンクは振り払われる前にひらりと脱出し、軽やかに地面に降り立った。
 バランスを崩して尻もちをついたガイコツは、残った片手を上げた。
「待て、私の負けだ! 武器をしまわれよ……」
 言葉遣いはごく丁重であり、朗々としたいい声である。空っぽの体のどこから響くのだろう。
 リンクは相手の言葉に嘘はないと見て、武器をしまった。
「私は丘の上のイカーナ王国で軍を指揮していた、スタル・キータと申す者。王国で起きた戦いに敗れ、屍となってからも、我が魂を呼び起こしてくれる者が訪れるのをここで待ち続けていた」
 よほど強烈な未練だったのだろう。ダルマーニ三世はこれと同じパターンだが、体を失い亡霊となっていた。ガイコツといえどスタル・キータの体が残っていたのは、管理された墓地で眠っていたおかげなのかもしれない。
 スタル・キータは軍を率いる者にふさわしい威厳と礼節を持っていた。彼は頭に手をやると、隊長の証であるボウシを外す。
「私を呼び起こし見事うち倒した若き剣士よ、そなたの力を見込んで頼みがある。このボウシを――我が魂を手にし、死してなお私への忠誠を貫き通す我が部下たちに、この言葉を伝えて欲しい。
 もう、戦いは終わったのだと……」
 リンクは神妙な面持ちでボウシを受け取った。不思議なことに触れただけでサイズが縮み、彼でもかぶれるようになる。
 死者に思いを託されるのはもう何度目になるのだろう。こういうやりとりにも慣れてきた彼は、堂々と口を挟んだ。
「それは構わないが、こちらも聞きたいことがある」
 スタル・キータの目に宿った光が瞬いた。
「イカーナの地には呪いが撒き散らされているそうだな。俺はそれを解除する方法を探している」
 合わせてゼロについても尋ねるべきだろうか。いや、今頃彼は自分でそれと向き合っているはずだ。彼にもし「正体」と呼ぶべきものがあるとしたら、リンクはゼロ自身の口から聞きたかった。
 スタル・キータはゆっくりとうなずく。
「かつて、イカーナの地には音楽家の兄弟がいた。確か、あの戦いの末期には呪いを解くメロディを作り出そうとしていたはずだ。彼らも亡霊となっているとしたら、おそらくこの墓地に埋葬されているだろう」
「助かる。確かに部下たちにお前の言葉は伝えよう」
 リンクが隊長のボウシをかぶった姿を見て、スタル・キータは心底安堵したように力を抜いた。
「これで私は安らかな眠りにつくことができる……」
 彼は枯れた大地に慈しむようなまなざしを投げた。その瞳に映る在りし日のイカーナは、豊かな緑に包まれていたのかもしれない。
 滅びた王国、今はもう帰ることのできない場所――そういうものはリンクにも理解できる。
 スタル・キータはリンクに向き直り、背筋を伸ばしてひさしをつくるように片手を額に当てる――敬礼だ。
「隊長どの! しばらく休暇をいただいてもよろしいでしょうか?」
 何か言おうとして、リンクはそれが求められた行動でないことに気づく。
 彼はぴしりとかかとを揃え、敬礼を返した。
「イエッサー!」
 ガイコツはばらばらになって青い炎に包まれた。その一欠片が塵となって消えるまで、リンクは敬礼を崩さなかった。



 すっかり夜の帳の下りたイカーナ墓地は、亡霊たちの宴会場といった様相を呈していた。
 体があるなしの区別なく霊魂がつどい、鬼火をちらつかせて墓石にたむろする。一体誰がスタル・キータの部下なのかも分からない有様だ。妖精たちはすっかり気味悪がって、リンクのふところに引っ込んだ。
 隊長のボウシをかぶったリンクは、そのうちの一人に「おい」と声をかける。
「うん?」振り向き、スタルベビーは仰天して頭蓋骨を落としそうになった。「ああっ! 隊長〜どの!」
 どうやらあたりだったようだ。
「し、失礼しました。皆のもの、隊長に敬礼!」
 わらわらとスタルベビーたちが集まり、並んでぴしりとポーズをとる。皆どこか嬉しそうだった。
「お久しぶりです隊長どの! 隊長の命令通り、墓はしっかり守っておりました。皆、隊長どのの次の命令を心待ちにしておりますぞ。どういたしましょう?」
 リンクはにやりと笑う。
「この墓地に、音楽家の墓があるだろう。それをあばけ」
「あ、あばけ?」
「そうだ」
 今までと真反対の命令をされたのだ、戸惑うのも当然である。スタル・キータもあの世で怒り出しそうなものだが、「これもイカーナを救うため」とリンクは自己弁護する。正直に言うと、気分が乗っていた。
「できないのか?」と畳み掛ければ、スタルベビーたちはすくみあがった。
「みなのもの! われに続け〜!」
 スタル・キータの部隊は寄ってたかって一つの墓石をすっかり壊してしまった。墓石の下には穴が空いていた。中に降りるためのはしごまで用意してあり、ただ棺がおさめてあるわけではなさそうだ。
 リンクはボウシの向きを直し、部下たちに言った。
「ご苦労だった。もう戦いは終わったんだ。お前たちは好きにしていい」
 スタルベビーたちはじいんと感じ入ったようだ。
「隊長どの……!」「あ、ありがとうございましたっ」
 口々に感謝を述べ、青い炎をまとって消えていく。ただの魔物とは違う、スタル・キータと同じ消え方だった。何かしらの未練が果たされたのだと願いたい。
 リンクは全員分の最期を見届け、ボウシを外して首を振った。
 安らかな眠りは亡霊たちにとって悲願だったのだろう。だが、生者たるリンクはあまり興味を持てない。なぜなら、
(俺はまだやることがある)
 穴から墓石の地下に潜った。妖精たちの明かりを頼りに、持っているデクの棒に火をつける。
『それ火打ち石?』妙にスムーズに着火したので、チャットが不思議がった。
「いや、ゼロに借りた炎の矢の先端だ。こういう時に役に立つ」
 そう言った瞬間、今は矢の援護が得られないことに気がついた。ほんの数日前と同じ状況に戻っただけなのに、用心しなければならないと考えてしまう。
 すぐにたいまつの必要はなくなった。次の部屋は広く、明るかった。壁自体が発光する材質なのか、もしくはそのような塗料が使われているらしい。
 正面の壁には一面に幕が下りていた。その前に、リンクの体の二倍はある鎧の魔物が、黄金色の斧を持って待ち構えていた。
『お宝を守る番人ってわけね』
『アイアンナックです。大ダメージを与える斧にご注意を!』
 フェザーソードが鞘走る音で、鎧の魔物が起動した。がしゃんがしゃんと金属音をさせつつ距離を詰めてくる。鈍重な動きだが、繰り出す一撃には手足が切断されかねない威力があるのだとリンクは知っていた。
 ふりかぶった斧を、まずは盾で受ける。じいんと腕に衝撃が広がった。
『真正面から戦うのは無茶よ!』
「それなら――」
 相手の横薙ぎをかわした直後、ジャンプ斬りと同じように片足で踏み切り、跳躍する。いつもより高く飛び、足りない分は相手に叩きつけた刃を支点にして高度を稼いだ。彼はアイアンナックの頭上でぐるりと一回転し、背面へと降り立つ。
『兜割り……!』アリスが驚く。
 そこには鎧の継ぎ目があった。すばやく切り上げると、相手の鎧が外れて無防備になる。魔物は怒気とともにリンクに襲いかかる。
 その顔面に向かって投げつけたのは、さきほど火打ち石代わりに使った矢じりだった。兜とぶつかった拍子に火花が散って発火し、魔物が炎に包まれる。
 アイアンナックは苦悶の声を上げて倒れた。
『やるじゃない! ますます冴えてきたわね』
「まあな」
 リンクは少しだけ自慢げに手首で剣を回し、鞘にしまった。
 ……と。奥の幕がおもむろに持ち上がり、一つの墓石が現れる。
「私の魂を解放してくれたのはお前か?」
 厳かな声とともにぼんやり浮かび上がったのは、男の幽霊だ。豊かな髭を蓄え、生前の権威を示す重そうなローブをまとっている。右手のランタンはポウという魔物がよく持っているものだが、左手の白い棒はなんだろう。
「そうだが」
 リンクが答えると、幽霊は頭を下げた。
「助かった。礼を言わせてほしい。
 私はイカーナ王家に仕えていた作曲家のフラットと申す者である。この地に残る王家ゆかりの曲は、私と兄のシャープが全て作曲したもの」
 大当たりだった。これでやっと目的が果たせる。疲労のにじんだリンクの顔に明るさが戻る。
 フラットは天に両手を差し伸べた。
「おおシャープ、我が愛しき兄よ。悪魔に魂を売り、私をこんな所に閉じ込めた張本人――」
 音楽家の兄が裏切り者だったというわけか。ちらりとゼロのことを考える。かつてイカーナであった戦いと、あの青年とはどういう関係があるのだろう。
「死者を恐れぬ者よ、私の後ろに刻まれた曲をよくおぼえてほしい……。そして、どこかで兄に会ったら告げてほしい。
 わが歌がいざなう数千の雨粒は私のナミダ、大地にとどろくカミナリは私の怒りだと!」
「承知した」
 リンクがタルミナを訪れてから、一体何度こうして亡霊たちに後を託されたのだろう。約束が積み重なる度に彼の責任ややるべきことは増えていく。
 だが、背負った荷物は決して重すぎることはなかった。それは、彼がタルミナの地に存在するために必要な重さだったのだ。
「頼んだぞ……」
 フラットが消えた後に残された墓石には、楽譜が刻まれていた。これこそ呪いを浄化するメロディだ。しかし、覗き込んだリンクの表情が曇る。
「この表記は……」
 それなりに長い間音楽と関わってきた彼にも、見たことがない形式だった。そもそも五線譜でないのだ。
 すう、とアリスが前に出た。
『ずいぶん昔の楽譜ですね。私が解読します』
 難関と思われた壁もあっさり突破してしまった。ゼロがこの妖精に頼りきりになるのも道理だ。
 今更いちいちリンクも疑問に思うことはなくなっていたが、それはそれとしてアリスの記憶喪失の件は気になっていた。もしや彼女の記憶も、ゼロと同じように何かあるのではないか? だが、アリスはあまり自分のことを語ろうとしない。それはリンクも同じだから、突っ込んだ質問はしなかった。
 アリスは解読したメロディを羽根で鳴らした。そして『墓石には「嵐の歌をその胸に」と書かれています』と付け足す。
「嵐の歌?」
 そう、名前もメロディも、リンクがよく知るものと完全に同じだった。ロマニーのエポナの歌と同じように。
(これが本当に呪いを解くメロディなのか……?)
 試しに吹いてみると、地下にもかかわらず雲が立って、雨風が吹き込んでくる。『なにこれ!?』とチャットが騒いだ。
 やはりリンクの知る嵐の歌だ。しかし、このメロディには呪いを解く効果などなかったはずだ。どうかこれがポウマスターの示す「正解」であることを信じるしかない。
『それにしてもアリスってすごい知識量よね。そのうち大妖精様にもなれるんじゃない?』
『い、いえ、そんなことは……』
 アリスは照れているというより困惑しているようだった。
「これで崖を越えられる。行くぞ、イカーナへ」
 リンクはオカリナをしまい、地上の方へと鋭い視線を向けた。



 イカーナへの行軍は二日目に持ち越された。ダンペイの家に押しかけて無理やり泊まり込んだリンクたちは、門番のポウマスターから無事に許可をもらい、ゼロが行ってから半日ほど遅れてあの崖を越えた。
 枯れ果てた谷間を抜けると、わずかばかりの雑草が目につくようになる。大地に水分が含まれているのだ。前方から川の音が聞こえてくる。
 小川の手前でひょろりとした男と出会った。足は妙に軽いステップを踏んでおり、へらへら笑いが顔に張り付いている。ダンペイとはまた別種の怪しい人物だった。
「おっと、おにいちゃんいい剣持ってるね」
 無視して通ろうとしたら絡まれた。イカーナの地は亡霊だらけだというのに、普通の人間がどうしてここにいるのだろう。
「やっぱり武器はそれっくらい立派じゃないとねえ、うんうん」
 男はしきりにフェザーソードを褒めている。リンクは仕方なく返事した。
「このあたりの者か」
「うん、川向こうのイカーナの村だけど。最近おっかねえ死霊がわんさか出てねえ。なんでも、イカーナの王家の亡霊とかなんとか……よく分かんねえけどね。もう住めやしねえんで引っ越してきたんだ。今はモノ好き親子が亡霊の研究とかしながら住んでるだけさ……へへっ」
 研究家とは、いいことを聞いた。助力を期待できるかもしれない。リンクが考えを巡らせていると、不意に男が手を伸ばしてきた。
「それにしてもいい剣だねえ。ちょいと見せてくんねえか?」
「断る」さっとステップで手をかわす。
「そんなこと言わないでさあ」
 食い下がる男の前に、勢いよくチャットが割り込んできた。珍しいことに真っ赤な光を放っている。
「あ、な、なんか赤いのがたかってきましたよ。てっ、敵意を感じますねえ」
 威嚇が効いたのだろう、憎まれ口を叩きながら男は去っていった。草のない荒れ地の方面だが、そちらに家を構えたのだろうか。
「チャット、助かった」
『あんなのもっと適当に相手すればいいのに。変なところで律儀なんだから』
 つけ入る隙を見せたことは確かだ。リンクは渋い顔でうなずいた。
 川を渡ると、そこがイカーナの村らしき場所だった。いくつも並んだ家屋はひと目見て無人だと分かる。朽ち果ててはいないので、先ほどの男が言った通り、ごく最近抜け殻になったのだろう。
 村の中心には大きな水車がくっついた家がある。そこだけは扉も閉めきられて、ごく最近人が出入りした形跡がある。亡霊研究家の自宅に違いない。
 リンクとしては是非その研究家と接触を図りたかったのだが、
『うわあ、ギブドだらけじゃない』
 家のまわりには包帯を全身にまとった魔物が何匹も徘徊していた。あれも亡霊の一種だが、スタル・キータの部下とは思えない。スタルベビーたちの雰囲気とは異質で、さらに生気が抜けているのだ(そもそも死者なのだが)。
 幸いギブドはこちらに気づいておらず、襲ってくる気配もない。注意深く迂回した。水車が止まったままなのは、そもそも動力源がないだからだろう。水の通り道と思しき乾いた溝だけが残っている。
 亡霊研究家はひとまず後回しだ。窪地になっている村から坂を登り、もう一つの目立つ建造物に向かった。
 そこは高い城壁に囲まれていた。石づくりの門は地面までぴったり閉まっていて、ゴロンの腕力でも動きそうにない。
「イカーナ城正門いかなる方法をもってしても封印された門は開かない」
 看板が謳っていることも確かのようだ。
(情報が足りないな)
 何よりも、ゼロは一体どこにいるのだ。「先に行って待っている」とは何だったのか。
 来し方行く末を考えていたリンクが顔を上げると、チャットが落ち着かない様子でキョロキョロあたりを見回していた。
『ねえアンタ、なんか感じない? 目に見えない殺気、みたいな……』
『リンクさん、気をつけてください!』
 物騒な気配が背後に出現した。殺気としか呼びようのないそれは、刃という形をとってリンクの首筋へと襲いかかる。
 とっさにかがみこみ、背負っていた盾で受け流した。高い金属音とともに刃がすべる。
 リンクはすぐに戦闘態勢を整えて相手をにらみつける。
(なんだこいつは)
 ローブというよりもぼろを継ぎ合わせただけの布を頭からすっぽりかぶり、目を出している。布の裾からは両手と二振りの曲刀が見えていた。その服装は、ロマニー牧場で熱に浮かされていた時に見た、夜盗の覆面とどこか似ていた。
 もしや、夜盗退治の時に妖精たちが感じた邪気はこれだったのか。リンクは納得しつつ、真正面から浴びせられる殺気をはねのけるべく、足を踏み出した。
『突っ込んでくるわよっ』
 走るというよりも短い跳躍を繰り返して突っ込んでくる相手を、横っ飛びでかわす。そのまま地面を転がって相手の背中側にまわり、切り上げる。敵は無理な体勢のまま振り返って反撃しようとしたが、リンクがその隙を逃すはずがない。もう一歩踏み込むと同時に相手の剣を弾き飛ばした。
 フェザーソードの切っ先を喉元にあてる。
『アイツ、あんな技使えたんだ』
『背面斬りですね』
 リンクは表情を崩さなかったが、内心驚いていた。
(そういう名前だったのか……)
「ム、無念なり……テキながら、見事であった」
 魔物は低くうめいた。近くでじっと眺めると、亡霊の一種のように見えた。
「最後に我が言葉心して聞け。フラットという音楽家の霊が、イカーナの墓地に眠っている。ここイカーナにはその兄シャープがいると聞く」
 辞世の句でも読むのかと思えば噂話を聞かされて、リンクは何度か目を瞬いた。
「信じる信じないはお前しだい。死してシカバネ残すまじ……それが我がガロたちのおきて」
 ガロと名乗った魔物はふところからバクダンを取り出した。ぎょっとしたリンクが飛び退くと、相手は塵も残さず爆散した。
 チャットはわなわな震えている。
『もうっ。なんだったのよ今のは!』
「あれがガロか。ゼロがロマニー牧場でふれた覆面も、おそらくガロのものだろう」
 もしや、ゼロはあのお面の効果があるからポウマスターに認められたのか。そちらの可能性もありそうだ。
『ガロは敵国のスパイの成れの果てではないでしょうか。昔の戦いの時にイカーナに潜入し、情報を探っていたのだと思います』
 アリスの推測を聞いてリンクの両目がぎらりと輝く。唇が歪んだ弧を描いた。
「なるほど。このあたりの情報をたくさん握っていそうだな」
 なんか悪者みたいよアンタ、というチャットの呆れ声は当然無視した。

inserted by FC2 system